北太平洋の中層循環 - HUSCAP125 cl/ton (σ8=26.8)...

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Instructions for use Title 北太平洋の中層循環 Author(s) 西野, 茂人; 金成, 誠一; 日比谷, 紀之; 見延, 庄士郎 Citation 北海道大学地球物理学研究報告, 58, 1-19 Issue Date 1995-09-20 DOI 10.14943/gbhu.58.1 Doc URL http://hdl.handle.net/2115/14223 Type bulletin (article) File Information 58_p1-19.pdf Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

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Instructions for use

Title 北太平洋の中層循環

Author(s) 西野, 茂人; 金成, 誠一; 日比谷, 紀之; 見延, 庄士郎

Citation 北海道大学地球物理学研究報告, 58, 1-19

Issue Date 1995-09-20

DOI 10.14943/gbhu.58.1

Doc URL http://hdl.handle.net/2115/14223

Type bulletin (article)

File Information 58_p1-19.pdf

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

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北海道大学地球物理学研究報告

Geophysical Bulletin of Hokkaido University, Sapporo, ]apan

N o. 58, September 1995, p. 1-19

北太平洋の中層循環

西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

北海道大学理学部地球物理学教室

( 1995年 6月15日受理)

Mid-depth Water Circulation in the North Pacific

by Shigeto NISHINO, Sei-ichi KANARI, Toshiyuki HIBIYA, Shoshiro MINOBE

Department of Geophysics, Faculty of Science, Hokkaido University

(Received June 15, 1995)

1

A structure of the mid-depth water circulation in the N orth Pacific is investigated by

using the inverse method. This structure is compared with the distributions of the oxygen

and the potential vorticity. Furthermore the circulation patterns are explained by the

dynamical model which is based on the potential vorticity homogenization theory with the

thermohaline process.

The inverse analysis shows the following results : 1) In the upper intermediate layer the

subtropical gyre extends from 200 N to 450 N and the westward blanch of the gyre flows

intensively not only in the homogenized potential vorticity region but also out of that region

; 2) In the lower intermediate layer the subtropical gyre extends from 300 N to 450 N and

corresponds to the region of the homogeneous potential vorticity ; 3) The distribution of the

oxygen is explained by these circulation patterns.

The model suggests that the flow outside the homogeneous region of the potential

vorticity is driven by the thermohaline forcing. However, the westward flow outside the

homogenized potential vorticity region is more intensive in the upper intermediate layer than

in the lower intermediate layer. Therefore the thermohaline effect plays the most important

role in shrinking the subtropical gyre from the upper to the lower intermediate layer in

addition to the effect of shrinkage of the homogenized potential vorticity region.

I.はじめに

中層水はサーモクラインから深層水上部にかけてみられる水系で,塩分や酸素の分布で特徴づ

けられる.北太平洋中層水は塩分極小層や酸素極小層で特徴づけられ,ほぼ亜熱帯全域に広がっ

ている.

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2 西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

北太平洋中層水の塩分極小は亜寒帯域の海面付近から中層へもぐりこみ低緯度へとその濃度を

徐々に高めながら亜熱帯域に広がっている. Reid (1965)は,北太平洋中層水の塩分極小がほぼ

125 cl/ton (σ8=26.8)の等比容アノマリ一面に沿ってみられ,この等比容アノマリ一面は冬期で

も亜寒帯域の海面に露出しないことから, 125 cl/ tonの等比容アノマリーを北太平洋中層水の代

表特性と考え,その起源は亜寒帯域の表面水にあるのではなくサーモクラインの中にあって,亜

寒帯循環内で、の鉛直混合によって低温,低塩分,高酸素といった特性を獲得し,これが等密度面

に沿って亜熱帯循環中層へ広がってゆくと説明した.これに対して Hasunuma(1978)は,混乱

水域では塩分極小から下の水塊はほとんど変質していない亜寒帯系水で,塩分極小より上の水塊

は亜寒帯系水と亜熱帯系水の混合水であることを指摘し,塩分極小は中層水というひとつの水塊

の中心を示しているのではなく,車熱帯系水と亜寒帯系水の混合によりできる境界の下限を示し

ていると結論づけた.また Talley(1991)は, Kitani (1973)の研究を発展させ,オホーツク海

北西部での海氷形成にともなう表面水の沈みこみとクリル海峡での鉛直混合が低塩分水を北太平

洋中層水の密度層に供給すると考えた.混乱水域での塩分極小の分布とその形成過程に関しては

Talley (1993)が詳しく述べている.それによると塩分極小は,親潮水域の冬期混合層内の低塩

分水が混乱水域にもぐりこみ上部の高塩な混乱水の浸食を受けて形成されるものと,暖水渦や親

潮の前線で混合や貫入によってより深いところに形成されるものがあり,これらによってできた

ものが中層の亜熱帯循環にのって運ばれてゆくことを示唆した.これまで述べてきたように,塩

分極小層に関してはさまざまな考えがあり,いまだ謎の部分が多い.このような塩分極小層の形

成機構を明らかにするためにも中層循環を解明することは非常に重要でみある.

一方,酸素極小層は海洋のほぼ全域でみられ,東部北太平洋では 0.5ml/l以下の最も酸素濃度

の低い領域(以後,低酸素領域と呼ぶ.)が北米大陸沿岸から北緯 15度と 35度に沿って舌状に張

り出している.北緯 15度に沿って張り出している低酸素領域は水深約 500m程度の浅いところ

にあるが,北緯 35度に沿って張り出している低酸素領域は水深 1000mから 1200m程度の深い

ところにある.このような酸素極小層の形成機構も中層循環を知ることにより説明することがで

きる. Reid (1965)やWyrtki(1966)は,亜熱帯循環の西向きの流れと赤道反流は酸素濃度が比

較的高いが,このふたつの流れの聞によどんだ水塊があり,ここでは酸素の供給が少ないために

低酸素となると考え,浅い方の酸素極小層の形成機構を説明した.また Reidand Mantyla (1978)

は,水深 3500mを無流面とする 1000m層での地衡流の結果から,北太平洋の中層 (1000m層)

にはふたつの高気圧性循環があり,この循環の東向きの流れが西岸の高酸素水を東に運び,西向

きの流れが変質した低酸素水を西に運ぶことにより北米大陸沿岸から低酸素水が張り出すと考

え,深い方の酸素極小層の形成について説明した.しかし無流面を 2000mに浅くすると 1000m

層での循環パターンが変わり上述したような説明ができなくなってしまうことを指摘した.

中層の塩分や酸素の分布に関しては多くの研究者によって研究されてきたが,中層の循環に関

しては表層循環や深層循環に比べてあまり研究きれなかった.海洋の循環を考える場合,表層は

風成循環,深層は熱塩循環として大筋は説明できる.勿論,表層循環系を詳しく論ずれば,亜熱

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北太平洋の中層循環 3

帯前線にともなう反流や亜熱帯モード水に関わる再循環流,亜熱帯循環と亜寒帯循環の境界での

クロス流などの現象は熱塩的な効果が重要な役割を担うが,ごく表層の現象である亜熱帯反流を

除いて表層循環系を駆動しているのは風であり,熱塩は駆動力としては二次的である.このよう

に表層循環系にはさまざまな現象があり,それに対する理論やモデルもいろいろ考えられている.

しかし表層と深層に挟まれた中層の循環はどうであろうか.中層付近では観測が少ないためどの

ような現象が起こっているのか把握するのは難しい.例えば前述した塩分極小で、特徴づけられる

北太平洋中層水についても,その起源や生成・変質過程,循環経路などいまだ明確なものではな

い.また中層付近では風の駆動力の影響も弱まり,風の影響と熱塩的な駆動力の相互作用で中層

の水を動かしているので中層循環の解釈は容易ではない.しかしながら前述した Reid and

Mantyla (1978)のように温度や塩分のデータをもちいて地衡流計算をすることにより中層の循環

を探ることはできる. しかし中層の流速は小さいので無流面の取り方によりその循環が変わる恐

れがある.そこでインパース法などにより絶対流速を求める必要がある.本論文は北太平洋の中

層循環を把握するためにインパース法により循環像を求め,その循環を酸素分布や渦位分布と比

較し循環ノfターンの力学的解釈を簡単なモデルによっておこなう.北太平洋の中層におけるこ

のような研究は中層循環の力学を構築する上で非常に意義がある.

II. イン 1'¥ース法

インパース法(Wunsch,1978)とは,ある海域にいくつかの間じたボックスを設定し,そのボッ

クス内でさまざまな特性量が保存するように地衡流の絶対流速を決定する手法である.インパー

ス法により北太平洋の循環像を求めた例としては, Roemmich and McCallister (1989) と深津

(私信)のふたつの研究がある. Roemmich and McCallister (1989)では大きなスケールの循

環像しか求めておらず,中層の酸素分布や渦位分布等と比較するにはいたらない.本研究では深

津(私信)のインパース法をもとに解析をおこなう.

解析では Levitus(1982)の年平均気候値データをもちいる.解析領域は北緯 10度から北緯 50

度,東経 150度から西経 110度までの北太平洋とする.

特性量の保存等の制約条件が成り立つべきボックスは次のように設定される.解析領域を緯度

10度×経度 10度のエリアに区切り,各エリアをさらに等密度面によって表層水,上部中層水,下

部中層水,上部深層水,下部深層水に分けることにより 10度X10度×各層厚のボックスをつく

る.このとき表面からサーモクラインまでを表層水とし,サーモクラインの底の密度面はの=26.

5とする.この密度面が冬期に西部亜寒帯海域の比較的広い領域で表面に露出する最大密度であ

る.また深層水は酸素極小層より深しの=27.5以深の密度層とする.そして中層水はサーモク

ラインから酸素極小層を含む密度面まで,すなわちの=26.5から 27.5までの密度層とする.

中層水はさらに酸素極小層の空間分布からの=27.2の密度面で2層に分ける. Fig.1に中層の

各等密度面上の酸素分布を示す.それぞ、れの密度面は(a)σ。=26.8,(b)の=27.0,(c)σ。=27.2,(d)σ。=27.4である.斜線部は酸素濃度が0.5ml/l以下の低酸素領域をあらわす.この低酸素領域は,

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西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

Fig. 1 (a), (b)にみられるようにの=26.5から 27.2にかけては北米大陸沿岸から北緯 15度に沿っ

て,また Fig.1 (d)にみられるようにの=27.2から 27.5にかけては北米大陸沿岸から北緯 35度に

沿って舌状に張り出している.そして Fig.1 (c)のの=27.2の密度面が南側の浅い酸素極小層の下

部と北側の深い酸素極小層の上部に位置し,ちょうどこの等密度面が南側の浅い方と北側の深い

方の酸素極小層を分ける境目になる.このように酸素極小層がふたつに分かれ,その存在する緯

度がちがうのは,浅い方と深い方で循環パターンが異なるためであると考えられるので,中層水

はさらに浅い方の酸素極小層を含む上部中層水(σ8=26.5-27.2)と深い方の酸素極小層を含む下

部中層水(のニ27.2-27.5)に分けることにする.ここて塩分極小で、特徴づけられる北太平洋中層

水は上部中層水に含まれる.深層水も上部深層水 (σθ二 27.5-27.7)と下部深層水 (σ。=27.7-海底)に分ける.上部深層水は中層から深層への遷移層であると考える.

次に各ボックスで成り立たせる制約条件について述べる.Wunschや深津は地衡流近似のもと

で,等密度面を横切る流れはないと仮定し,各ボックス内での質量保存を制約条件としていたが,

本解析では渦位(相対渦度は考えない)保存が表層を除〈各ボックス内で成り立つように制約条

件を与える.つまり Wunschや深津の制約条件は非地衡流成分の存在を許したが,本解析の制約

条件は非地衡流成分の存在を許さず,中・深層の流れは完全に地衡流であると考える.このこと

は風の外力を直接受けない中・深層の内部領域において妥当であると考える.もっとも,インパー

ス法では特異値分解を施し,観測誤差や制約条件の不確定性による影響を小さくするために特異

値の小さいものは切り捨てるので,切り捨て誤差の程度の非地衡流は含まれる.

インパース法により得られた結果は Fig.2, Fig. 3に示されている. Fig.2は北太平洋のほぼ

中央に位置する西経 170度における東西流速の南北断面である.ただし縦軸は密度 (σ8)である.

斜線部は西向きの流れをあらわす.星印(*)は各等密度面上で流速の極大により定義した亜熱

帯循環の西向流軸をあらわし,点線は流軸の鉛直的変化をあらわす.この図から明らかなように

亜熱帯循環の西向流軸の位置はの=27.2付近で急激に北にシフトするが,亜熱帯循環の東向流軸

の位置は深さによって変わらない.このような傾向は他の経度における南北断面でもみられ,中

層の亜熱帯循環はの=27.2付近より上層では北緯 20度から 45度にかけて広がっていたのが,

の=27.2付近より下層では北緯 30度から 45度の範囲に収まっている.このことから中層水を

の=27.2で上部中層水 (σ8=26.5-27.2) と下部中層水 (σθ=27.2-27.5)に分けて解析するこ

とは妥当であることがわかる. Fig. 3 (a)は上部中層水, (b)は下部中層水における流量の流線関数

であり,この図からも亜熱帯循環が上部中層水では北緯 20度から 45度にかけて広がっていたの

が下部中層水では北緯 30度から 45度の範囲に収まっていることが明らかである.また上部中層

水 [Fig.3 (a)]の亜熱帯循環の南には解析領域の南東の方から西に向かう流れが存在する.一方,

下部中層水 [Fig.3 (b)] の亜熱帯循環の南西部には低気圧性の循環がみられる.

Fig.3のような亜熱帯循環のパターンは Fig.1に示された酸素の空間分布とも矛盾しない.中

層の低酸素領域がの=27.2を境に下層で北に移転するのは亜熱帯循環の西向き流れの流軸が

の=27.2付近で急激に北にシフトすることによって亜熱帯循環の広がりが上部中層水に比べ下

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北太平洋の中層循環

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Fig.1. Maps of dissolved oxygen (ml/ l) on the isopycnal surface of (a) 26.8, (b) 27.0, (c)27.2, and (d)27.4, respectively. Oxygen concentration is less than O. 5ml/ l in the shaded regions.

5

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6 西野茂人・金成誠一・日比字予紀之・見延庄企郎

10N 20N LATITUDE

30N 40N 50N 26.

26.

cf)

~26 凸

,26. ト斗

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;:::27. Z ~27. 1 o ~27.

27.

27.

27.

2. A meridional section of zonal velocity as a function of potential density,

σ0, at 1700

W, Unit is 1O-4m/sec, The shaded area indicates westward velocity, Stars and dash巴dcurve represent positions ofaxes of the west-ward flow in the subtropical gyre

(a) 。/ddf

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10N十=ょこ十~ニトーム一位i 5'0 E 16'0 E 17'0 E 1 S"o'E 17'OW 16'OW 15'OW 14'OW 13'OW 12'OW 1 !'OW

Fig.3. Transport stream functions of (a) the upper and (b) the lower intermedi但

ate lay巴rin the N orth Pacific

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北太平洋の中層循環 7

部中層水で小さくなることと関係していると思われる.酸素の空間分布を詳細に説明しようとす

ると循環パターンだけでは不十分で,拡散や酸素消費速度等の情報が必要となるが,インパース

法により得られた中層の循環ノfターンから酸素の空間分布の解釈を試みると次のようになる.

Fig. 3 (a)にみられるような上部中層水の亜熱帯循環は北西部より北太平洋中層水の起源とされる

低温,低塩分,高酸素の水塊を運んでくるので,その内側は酸素濃度が比較的高<.外側はよど

んだ領域なので酸素の供給がなく酸素濃度が低くなり, Fig. 1 (a), (b)のような酸素分布になると

考えられる. Reid (1965)は地衡流計算によって得られた流速場から同様な説明をしている.一

方,下部中層水では Fig.3 (b)にみられるような亜熱帯循環の東向きの流れは西岸の比較的高酸素

な水塊を東に運ぶが,流れが弱いので下流の水塊は非常に古くなり低酸素領域を形成する.亜熱

帯循環より南側は深層水あるいは南緯 60度付近の南太平洋表層に起源をもっ高酸素水の影響を

受けて酸素濃度が高くなる.このとき亜熱帯循環の広がりが上部中層水に比べて小きくなってい

るので低酸素領域が北に現われ, Fig. 1 (d)のような酸素分布になると考えられる.このように酸

素の空間分布はインパース法により得られた循環パターンからある程度定性的に説明ができる

が,さらに明確に酸素の空間分布を理解するためには,拡散や酸素消費速度等の情報を含め今後

さらなる研究が必要である.

111.循環パターンと渦位分布との比較

インパース法によって求められた循環パターンと Levitus(1982)の年平均気候値データから計

算された渦位分布を比較し,力学的な推察を行なう.

Fig. 4は等密度面上の渦位分布を示したものである.それぞれの密度面は(a)σθ=26.8,(b)の=

27.0, (c)σ。=27.2,(d)の=27.4である.渦位の緯度方向の変化率において,成層の緯度変化によ

る効果がコリオリパラメータの緯度変化による効果 (β効果)の半分より大きくなっているとこ

ろ,つまり両効果が同程度となり,お互いに打ち消し合って渦位の緯度方向の変化率を小さくし

ているところに斜線をつけてある.斜線部は北太平洋中緯度域の北側に広く分布しており,この

領域は渦位の一様化されている領域である.渦位一様化領域より南側では,成層の緯度変化が小

きくなるのでβ効果が支配的となり,渦位は緯度とともに大きくなっている. Fig. 4 (a)から(d)ま

での図を重ねると,渦位一様化領域は深さとともに北にシフトしながら小さくなっていることが

わかる.このような渦位分布は Rhinesand Young (1982)の渦位一様化理論によく合っている.

Fig. 4 (a), (b)のような中層でも比較的浅い等密度面には,亜熱帯循環と亜寒帯循環の境界付近か

ら北側に渦位が大きくなっている領域が表われる. Talley (1988)は,この領域は上向きのエク

マンポンピングの影響を受け等密度面が表面付近の塩分躍層まで押し上げられるため渦位が大き

くなっていると説明している.

Fig.5は等密度面上の東西流速をベクトルで示したものである.それぞれの密度面は(a)σθ=26.

8, (b)σ。=27.0,(c)の=27.2,(d)σ。=27.4である.黒丸印は各等密度面上の流速極大により定義し

た亜熱帯循環の西向流軸を示し,その近傍をつないだ実線はそこでの流線をあらわす.また斜線

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西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

日g.4. Maps of potential vorticity on selected isopycnals. Potential density,σ8,

is (a)26.8, (b)27.0, (c)27ムand(d)27ムrespectively.Unit is 10-円n-1cl.The

potential vorticity is homogeneous in each shaded region.

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北太平洋の中層循環 9

部は渦位一様化領域を示す (Fig.4に同じ). Fig. 5 (a), (b)に示きれているようにの=27.2より上

層つまり上部中層水では,亜熱帯循環は渦位一様化領域内にとどまらずその南でも西向きに強〈

流れている.しかし渦位一様化領域より南に存在する(亜熱帯循環の西向きの流れと解析領域の

南東の方から西に向かう流れにより構成されている)西向流は深さとともに弱くなり, Fig. 5 (c)

に示すようにやがての=27.2付近で渦位一様化領域内の流れと同程度となる.さらにの=27.2よ

り下層すなわち下部中層水では, Fig. 5 (d)に示すように亜熱帯循環はほぼ渦位一様化領域内に収

まるようになる.

上部中層水における渦位一様化領域外の強い西向きの流れはRhinesand Young (1982)の理

論では説明できない.彼らは,中層のようにベンチレートきれない層が駆動される場合は,中規

模渦による水平渦拡散によってその層の渦位を一様化するように表面の風応力の回転が鉛直粘性

を通して伝わると考えた.このとき外力は風のみで熱塩的なものは考慮、しなかった.このことか

ら上部中層水における渦位一様化領域外の強い流れは,風の外力の影響によるものではなく,熱

極的に駆動されていることが考えられる.一方,下部中層水においては渦位一様化領域外の流れ

が小さいことから熱塩的な流れは小さいと考えられる.密、度がσ。=27.2付近で亜熱帯循環の西向

流軸が急激に北にシフトするのは,この密度面あたりで熱塩的な流れである渦位一様化領域外の

西向きの流れが小さくなるためであろう.つまり亜熱帯循環の西向流軸は,上部中層水では渦位

一様化領域外の熱塩的に駆動されているものをみており,下部中層水てすま渦位一様化領域内で風

成的に駆動されているものをみているのであろっ.このよ 7なことを検証するために次章では,

ベンチレート・サーモクライン理論と渦位一様化理論を結合させた Pedloskyand Young (1983)

のモデルに鉛直混合をパラメタライズした熱塩的外力を組み込んで,これを北太平洋の亜熱帯海

域にあてはめることにより北太平洋の中層循環のモテ、、ル化を試みる.

IV. モ ア jレ

前章で述べたように,循環パターンと渦位分布の比較から申層の循環を考える場合は,渦位一

様化理論に熱塩的な外力を考慮、しなければならないことがわかった.そこで,ベンチレートサー

モクライン理論に渦位一様化理論を結合させた Pedloskyand Y oung (1983)のモデルを北太平

洋の亜熱帯海域にあてはめ,基本場の成層厚が風の効果で決められるとする.さらに,熱塩的外

力の付加により鉛直混合を通じて成層厚が基本場からわずかに歪むと仮定する.

まず風の効果によって基本場の成層厚が決まることを考える.つまりベンチレートきれるか,

あるいはベンチレートきれない深きでは渦位が一様化するように風の外力が粘性で下方に伝えら

れ流速場がつくられる.この仮定を Pedloskyand Young (1983)のモデルをもとに北太平洋の

亜熱帯海域にあてはめる.

北緯 15度から 45度における北太平洋の亜熱帯海域で,経度方向には 80度の大きさのモデル領

域を考える.この領域の鉛直構造を表層(ベンチレート・サーモクライン),上部中層,下部中層,

深層の 4層に分ける(便宜的に表層を第 0層,上部中層を第 1層,下部中層を第 2層,深層を第

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西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

Fig. 5. Maps of zonal velocity on selected isopycnals. Potential density,σ。, is (a)26.8, (b)27.0, (c)27.2, and (d)27ムrespectively.In each map, a curve connecting dots indicates an axis of the westward flow in the subtropical gyre. The potential vorticity is homogeneous in each shaded region as shown in fig. 4.

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北太平洋の中層循環 11

3層と呼ぶことにする.)各層の密度をρ0,ρh P2,ρ3とし,層厚をho,hh h2, haとする. Fig.6

はこれを模式的に表したものである.表層は 24.0-26.5σ8,上部中層は 26.5-27.2σ8,下部中層

は27.2-27.5σ8,深層は 27.5-27.75のの密度層をもち,各層の平均密度を表層で25.25σ8,上部

中層で26.85σ8,下部中層で27.35σ8,深層で 27.63のとする.

450 N subtropical 15・Nt = f n R:yre

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Fig.6. A schema of the layers mode1. Four layers represent the surface layer, the upper intermediate layer, the lower intermediate layer, and the deep layer, respectively. The surface layer is venti1ated, the upper and lower intermediate layers correspond to the intermediate water, and the deep layre is characterized by the deep water.

風の外力は(1)式のようにエクマン層下面のエクマンポンピングで置きかえられる.

We=一(πA/1ρfL)sin{(8-8s)/(8n-8s)}π(1)

ここで, Aは風応力の経度方向の振幅をあらわし,北太平洋の平均的な値である 0.08N 1m2をも

ちいる.また, ρは海水の平均密度 fはコリオリパラメータ,。は緯度をあわらす. 8s, 8nはそ

れぞれモデル領域である亜熱帯海域の南の境界(北緯 15度)と北の境界(北緯45度)の緯度で,

8s=150

N, 8nニ 450Nである. Lは緯度方向のスケールで,3000kmである.

東岸の境界条件は各層で東岸 (x=a)を貫く基本場の流れはないという条件を与える.ここで

基本場の流れとは風の効果により生ずる流れである.東岸での層厚はHo,Hh H2' H3とする.

今,モデルの深層は動かないとする.また表層はベンチレート・サーモクライン理論に従い直

接風で駆動され,中層(第 1層,第 2層)は風の外力が粘性で伝えられ渦位が一様化するように

渦拡散により駆動されるとする.ここで基本方程式系は地衡流,静水圧,非圧縮と考える.この

とき深層を除いた全層(第 0層から第 2層まで)でスペルドラップの関係式が成り立つ.これを

東岸 (x=a)から西方へ積分することにより (2)式を得る.

γ'Oh02+rl(ho+hl?+ riho+h1十h2)2

= roH02+ rl(Ho+ Hl)2十r2(Ho+Hl十H2)2+roD02 (2)

ここでrn(換算重力), D02は次式のように定義される.

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12 西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

rn=g(ρn+1一ρn)/1ρ。(n=0,1,2) (3)

D02=一(的イ:wedx (4)

また表面に露出していない中層(第 1層,第 2層)では渦位保存式(5)が成り立つ.

J(九 f/hn)=O (n=1,2) (5)

ここでJはヤコビアン,仇は基本場の流線関数をあらわす.流線関数仇は次のように定義する.

仇=zqj) 何)

ただし基本場の地衡流速Un,Vnは

fun= -aOn/ay (7)

fVn=aOn/8x (8)

として求められる.渦位保存式(5)で,外力である粘性項(散逸項)はあらわには与えられていな

いので,流線関数と渦位の関係は一意には決まらない.そこでPedloskyand Y oung (1983)は,

北の境界で各層の渦位を一定とし,中層の渦位一様化領域の渦位は北の境界で与えることにした.

北の境界では各層の厚さは東岸での厚きと同じになるので,中層の渦位一様化領域の渦位は

f/hn=fo/Hn (n=1,2) (9)

として与えられる.ここでもは北の境界で、のコリオリパラメータである.(9)式と(2)式から各層の

基本場の厚き(成層厚)が決定され, (6), (7), (8)式により基本場の流速場を求めることができる.と

ころが,東岸を貫く基本場の流れはないという境界条件は(9)式を東岸で成り立たせなくする.この

ため中層の渦位が一様化きれず表層だけしか動けない領域を東岸付近に設定しなければならない.

東岸の境界条件を満足させるために,X=X1から東岸 (x=a)までに表層だけしか駆動されない

領域を設ける.ここでは表層だけしか動かないから,スペルドラップの関係式のみから解を求め

ることができる.x=めの西側では上部中層が動けるようになり,スペルドラップの関係式と上部

中層の渦位保存式から解を求めることができる.この境界X1(f)はX=X1における解(h1)の連続性か

ら決定され,モデル領域の北東から南西にのぴる曲線となる [Fig.7 (a)の曲線J.さらにx=ゐよ

り西では下部中層も動けるようになり,スペルドラップの関係式と上部中層および下部中層の渦

位保存式から解を求めることができる.この境界X2(f)はx=ゐにおける解(h2)の連続'性から決定き

れ,ゐ(f)<X1(f)となるので,X1(f)よりもモテール領域の北西の角に寄った曲線となる [Fig.7 (b)の

曲線J.これらの解を求めることにより,モデル全領域において風の効果のみによる流速場を得る

ことができる.これらの解は Pedloskyand Y oung (1983)の理論と一致している.

次に鉛直混合による等密度面を横切る流れを考える.等密度面を横切る流れは鉛直方向の密度

の移流拡散方程式にもとづきパタメータ化し,熱塩的外力としてモデルに組み込む.このとき中

層の各層において等密度面を横切る流れの発散量はモデル領域(亜熱帯海域)の外から供給され

る水の量と等しいと考えられるが,どこからどれだけ供給されるのかは厳密には議論できない.

今,風と熱塩の効果で成層厚が決まるとする.ここで,前述した風の効果のみにより決まる基

本場の成層厚をhnとし風の効果と鉛直混合により決まる成層厚はhn+hn'であらわすことにする.

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北太平洋の中層循環 13

後者の場合の成層状態に鉛直一次元の移流拡散方程式を適用すると,第n層の上面を横切る流れ

は次式のようにあわらされる.

Wn=tl{L1n-1ρ/(hn-1 + hnー/)-L1nρ/(hn十hn')}/(ρn-1一ρn) (n=1,2,3) (10)

ここで, tlは鉛直拡散係数で0.5XlO-4m2/sの場合を扱う.L1nρは第n層の上面と下面の密度差で

ある.また表層の密度差L10ρを求める際に,表面の密度分布は北緯 15度, 30度, 45度でそれぞれ

22.5, 24.0, 25.5のとなるように緯度方向に直線的に与える.

もし

ε= O(hn' /hn)~l (11)

であれば(10)式は

Wn=tl{L1n-1ρ/hn-1-L1nρhn}/(ρn-1一ρn)

+εtl{ -L1n-1ρ/hn-1 + L1nρ/hn} /(ρn-1一ρn) (12)

となる.つまり,もし鉛直混合が非常に微弱で、熱塩の効果による成層厚への寄与が非常に小さけ

れば(ê~ l), (12)式の右辺第 2項を無視して,風の効果によって決められた成層状態に鉛直一次元

の移流拡散方程式を適用し等密度面を横切る流れを見積もることができる.

中層の各層における上面と下面を横切る流れWn,Wn+1があれば,これを外カとして受けて中層

の渦位方程式は次式のようになる.

主----1一一=----1一一・笠C 血チ (n=1,2) (13) Dt hn+hn' hn+hn' hn+hn

ここでD/Dtはラグランジュ微分であり,風の効果により生ずる基本場の地衡流速Un,Vnと熱塩の

効果により生ずる摂動場の地衡流速Un',vn'をもちいると

D/Dt = a/at + (Un十Un')(a;,批)+(Vn+Vn')(a/ay)

としてあらわされる.このとき,再び(11)式の仮定が成り立っているとすると,渦位一様化領域内

では最低次 Oeadingorder)の渦位方程式は(5)式に他ならない.一方,渦位一様化領域の外では

最低次の渦位方程式はO(ε)だけ小さく,次式であらわされる.

un'(ahn/ax) + vn'(ahn/ay)- …一一九 '-f-huf-17i(14)

j品位の緯度方向の変化率は,Fig.4に示した渦位一様化領域の外では,コリオパラメータの緯

度変化による効果(β効果)が成層の緯度変化による効果に比べ支配的である.すなわち,渦位一

様化領域の外では

hn(àf/Iむ)~f(àhn/ày) (15)

となるので, (14)式の左辺第 2項は第 1項に比べて小きいと考えられ,この項を無視することに

よって渦位一様化領域の外の流れ (Vn')を等密度面を横切る流れの発散から容易に見積もること

ができる.つまり等密度面を横切る流れがわかれば,渦位一様化領域の外では微弱な鉛直混合に

よる成層の歪みhn',およびそれによる流速 (Vn',vn')が求められ,熱塩的外力が二次元的な場合

の成層厚と流速場が決定される.このとき,渦位一様化領域の東岸にベンチレート境界を設け,

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14 西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

熱塩的に駆動される流れ (Un')が東岸を貫くことを許す.

このモデルでは,渦位一様化領域内の成層厚は風の効果のみで決まり, (2)式と (5)式で支配され

る渦性循環であるとし,渦位一様化領域の外との境界xl(f),ぬ(f),およびこの境界より西側では

熱塩の効果による成層の歪みがない (hn'=O)とする.一方,渦位一様化領域の外では風の効果に

よる流れはなく,熱塩的外力で流れは駆動きれ, (5)式より O(ε)だけ小さい(14)式により支配され

るとする.境界xl(f),ぬ(f)より東の領域では熱塩の効果による成層の歪みが生じ,xl(f),ゐ(f)で、

各層の厚さ (hn+hn')に連続性をもたせると,東岸境界での各層の厚さはもはや一定ではなくな

る.このため東岸を貫〈熱撮的な流れが生ずる.こうすることにより渦位一様化領域の内と外で

の解の連続性を得ることができる.

v.結果

パラメータである北の境界での各層の厚さを実際の海洋に近い値として表層でHo=300m,上部

中層でHl=500 m,下部中層でH2ニ 600m,深層で込H3=2600m と与えた場合の上部中層と下部

中層における流速場をそれぞれ Fig.7 (a), (b)に示す.図中の太線Xl(f), x2(f)は各層における渦位

一様化領域内とその外との境界をあらわしており,この境界より西側(北側)が渦位一様化領域

であり,上部中層から下部中層に深くなるにつれて北西の角に寄ることがわかる.

上部中層の流速場をあわらす Fig.7 (a)をみると,渦位一様化領域の外側に西向きの強い流れが

存在し,この流れは東から低気圧性循環にのってやってくるものと,東岸のベンチレート境界か

らやってくるものからできていることがわかる.この東岸境界からやってくる西向きの強い流れ

が,インパース法によって得られた渦位一様化領域の外に流れ出している亜熱帯循環の一部をあ

らわしているとも考えられる.

下部中層の流速場である Fig.7 (b)では,渦位一様化領域の外側に北緯25度以南で東向きの流

れが存在し,一部は低気圧性循環となり,一部はそのまま北に向かっ.インパース法により求め

た循環パターンにもその広がりは小さいが低気圧性の循環が存在する.ところが,インパース法

ではモデルにあらわれたような北向きの流れはあらわれない.また,亜熱帯循環南西部付近での

渦位一様化領域の外(南側)の流れは西向きであるものの,渦位一様化領域の東側で東岸のベン

チレート境界に向かつて東向きの流れが存在する.このために下部中層では亜熱帯循環が渦位一

様化領域内に納まっていると考えることもできる.

このようなことから北太平洋の中層循環において東岸でのベンチレート境界が重要な役割を果

たしているのかもしれない.いずれにしても,モデルの結果 [Fig.7 (a), (b)] はインパース法に

よって求めた循環ノマターンとよく一致し,中層循環をよくモデル化していると言ってよいであろ

フ.

モテデルの各層における熱塩の効果による収束・発散 (ωn-Wn+1/hn)の分布を Fig.8に示す.た

だし厳密には, Fig.8の値は収束・発散 (Wn-Wn+1/hn)にコリオリパラメータ(f)をかけたもので,

熱塩的外力の大きさをあらあすものである. Fig. 8 (a)は上部中層の収束・発散の分布で,北側に

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北太平洋の中層循環

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(b) 45 i -1- + +

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o. 5 c m/・

Fig.7. Velocity fields of (a) the upper and (b) the lower intermediate layer caIculated from the model that has the eastern ventiIation boundary. At this boundary, non-zero zonaI flow is caused by the thermal forcing. At the northern and the eastern boundaries, each layer thickness which has no thermaI forced distortion is given as Ho = 300m, H, = 500m, H2 = 600m, and H3 = 2600m. Other parameters are prescribed in the text. In the figures,

curves of Xl and X2 indicate the boundary between inside and outside of the potential vorticity homogenized region.

15

斜線であらわされている収束域 (Wl-w2/h1 <0)があり,南側は発散域 (Wl-w2/h1 >0) となっ

ている. これはモテデ申ルでで、表層(第 0層)における鉛直密度勾配L10ρ/加hoを北で

ため, (12)式から明らかなように上部中層の上面を横切る流れ叫が北でソj、さく南で大きくなるか

らで,このとき北では収束 (ω1<ω'2),南では発散 (Wl>W2)が起こるのである.上部中層の全領

域で考えると合計で0.74v (1 Sv= 1 X 106m3/ s)の水が発散していることになる.一方, Fig.8

(b)は下部中層の収束・発散の分布で,全領域で発散 (W2 助 /h2>0)となっており合計で0.97Sv

の水が発散している.

Tziperman (1986)はベンチレート・サーモクラインモデルを北大西洋にあてはめ,等密度面

を横切る流れを鉛直方向の移流拡散方程式にもとづきパラメータ化し,熱的外力として組み込ん

だ.このとき各層において等密度面を横切る流れの発散量は高緯度で冷却によって形成される水

塊の量と一致すると仮定した.本モデルでは北太平洋の亜熱帯海域を考えているが,北太平洋は

北大西洋とちがい熱塩循環が弱く亜寒帯海域と亜熱帯海域の間での水の交換は小さい.北太平洋

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16

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西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

Fig.8. Distribution of the divergence (f/hn Xω'n -Wn+1) of the cross-isopycnal flow caused by the thermal forcing in (a) the upper and (b) the lower intermediate layer. The model parameters are the same as仕lOsein the cases shown in Fig. 7. Unit is 10-16 sec-2

• The shade indicates convergent region (W1-W2!h1 <0).

は熱塩循環のコンベア・ベルト (Gordon,1986)の終着地点であり,むしろ亜熱帯海域とその南

の海域の聞での水の交換の方が大きい.よって本モデルでは各層における等密度面を横切る流れ

の発散量はどこからどれくらい供給されるかは明確には言及できない.しかし上部中層において,

特に北太平洋中層水の起源や供給量に関しては多くの研究者が注目しており,観測による成果な

どが期待される.

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北太平洋の中層循環 17

VI.考察

モデノレでFig.7 (a)にみられる上部中層の渦位一様化領域外の強い西向流は, Fig. 8 (a)の収束域

(削-w2/h1<0)の南の縁に位置する.渦位一様化領域の外側の収束域では負の渦位がわずかに注

入きれ,熱塩的に駆動される流れは南に向かう.また,この領域では等密度面を横切る流れの発

散 (WI-W2/h1)をあらわす等f直線がこんでおり,流速U1'の南北変化が大きいことを示している.

つまり,ここでは鉛直流速の発散が負 (Wl-w2/h1 <0)で水平流速の発散の南北成分も大きな負

の値 (JVl'/Jy<O)をとり,そのため水平流速の発散の東西成分 (JUl'j,批 >0)が大きくなるので,

東から西にゆくにしたがって西向きの流れが大きくなる.

東岸のベンチレート境界でFig.7 (a)のように東岸を貫〈西向きの流れがあれば,渦位一様化領

域の外側にできる,鉛直流速の発散が負 (wl-w2/h1<0)で水平発散の南北成分も大きな負の値

(JVl' /Jy< 0)をとる領域でより強い西向きの流れとなる.この流れがインパース法により得られ

た渦位一様化領域の外に流れ出している亜熱帯循環の西向流の一部であると考えることができ

る.

モデルの東岸で西向きの流れをつくるためには上部中層の東岸の厚き (Hl+ h1' (x=a))が南に向

かうにつれてうすくならなければならない.つまり東岸て'Jh1'/Jy>0でなければならない.なぜな

ら上部中層の下部中層に対する流速の熱塩による成分 Ul'-U2'は境界面の勾配の熱塩による成

分, Jhl'/'むをもちいて

U/-U2'= -rdf. Jh//Jy

として与えられるので,東岸で、Ul'<Oとなるためには,U2'がノj、きいとすると, Jh1'/Jy>0でなけれ

ばならない.

このモデルでは(14)式から明らかなように,渦位一様化領域の外側で、Wn-ωn+dhn<OならVn'<

Oとなり,このときこの層の下面は,下層の流速が小さいとすると,東にゆくにつれて浅くなる

(Jhn'/,批<0).東岸にベンチレート境界を設けた場合,上部中層における渦位一様化領域の内と

外との境界xl(f)で、はh1'=0で、あり,それより東では Fig.8 (a)にみられるように則一助/h1<0なの

でJhdJx<o,h1<0となり層の下面は浅くなる.さらに東では則一助/h1>0となるのでJh1'/Jx>0

となり層の下面は次第に深くなる.一方,曲線ね(f)は低緯度になると東西方面にねてくるので,

渦位一様化領域より東で、WI-W2/hl<0となり層の下面を浅くする効果は低緯度ほど大きくなる.

そのため東岸での層の厚さHl+h1'(x叫は低緯度はどうすくなり,東岸で、JhdJy>Oなる部分ができ

る.この部分が東岸で西向きの流れを形成する.

モテールで上部中層の渦位一様化領域外に強い西向流がで、きるのは,東岸で西向きの流れが形成

され,鉛直流速の発散が負 (Wl-w2/h1 <0)で水平発散の南北成分も大きな負の値 (JV//Jy<O)

をとる領域が渦位一様化領域の外に?きるからである.

一方,下部中層では Fig.7 (b)にみられるように渦位一様化領域の外に強い西向流は存在しな

い.下部中層では Fig.8 (b)に示されているように鉛直流速の発散(助 制 /h2) は全領域で正と

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18 西野茂人・金成誠一・日比谷紀之・見延庄士郎

なっており,熱塩的に駆動される流れは北に向かう.また渦位一様化領域のすぐ南では,水平発

散の南北成分が負の値 (ovdoy<O)をとり,鉛直流速の発散 (W2-w3/h2 > 0)と打ち消し合うの

で,水平発散の東西成分 (OU2'f,批 >0)が小さく,西方で強い西向流ができない.また Fig.8 (b)

にみられるように,渦位一様化領域より東では東岸境界に向かつて東向きの流れとなる.このよ

うに下部中層では渦位一様化領域の外に強い西向流ができない.

以上に考察したように,上部中層の渦位一様化領域の外にできる強い西向流が下部中層でなく

なってしまうのは,上部中層で大きかった熱塩的外力が下部中層で弱まるからではなく,各層で

の収束・発散の分布が大きく影響しているためである.しかし,この分布は密度の鉛直方向の移

流拡散にもとづきパラメータ化したものなので,今後はより厳密に収束・発散の分布を議論する

必要がある.また渦位一様化領域内で、O(ε)の力学を考えることにより,中層循環のより正確な解

釈が期待できる.

VII.ま と め

北太平洋の中層 (σ。=26.5-27.5)における循環パターンを,特に酸素極小層の空間分布に着目

し,インパース法をもちいることにより解析した.北太平洋の酸素極小層には酸素濃度が0.5ml/

f以下の低酸素領域が,北緯 15度に沿ってはσ0=26.5から 27.2の密度層に,また北緯 35度に

沿ってはのニ27.2から 27.5の密度層に北米大陸沿岸から舌状に張り出しており,それらはの=

27.2の密度面で完全に分けられる.このように酸素極小層がふたつに分かれるのは中層の上下で

循環パターンが変わるためであると考え,中層水をの=27.2の密度面で上部中層水と下部中層水

に分けた.インパース法により得られた結果から,亜熱帯循環は上部中層水(σ。=26.5-27.2)で

は北緯 20度から 45度にかけて広がっていたのが下部中層水 (σ0=27.2-27.5)では北緯 30度か

ら45度にかけての広がりしかもたないことがわかった.つまり亜熱帯循環の西向流軸がの=27.2

付近で上層から下層にかけて急激に北にシフトすることがわかった.これは酸素分布とも矛盾し

ない.また渦位分布と比較した結果,上部中層水では亜熱帯循環が渦位一様化領域の外にまで張

り出し,そこでは強い西向きの流れがみられるが,下部中層水では亜熱帯循環はほぼ渦位一様化

領域内に収まることが明らかになった.

インパース法により求められた循環パターン,および渦位分布との関係を力学的に解釈するた

めに,ベンチレート・サーモクライン理論と渦位一様化理論を結合させた Pedloskyand Y oung

(1983)のモデルに鉛直混合をパラメータ化した熱塩的外力を組み込んで,これを北太平洋の亜

熱帯海域にあてはめることにより北太平洋の中層循環のモデル化を試みた.このとき,北太平洋

の中層を駆動する外力は第一次近似的には風応力の粘性による輸送で,二次的に鉛直混合を通じ

て熱塩的外力が加わると考えた.その結果,渦位一様化領域内は渦成循環であり,その外は熱塩

的な循環となると解釈した.渦位一様化領域の外の熱塩的な循環は,収束・発散の分布に大きく

影響されることがわかった.亜熱帯循環の広がりが上部中層水から下部中層水にかけて小きくな

るのは,渦位一様化領域が小さくなることの他に,渦位一様化領域の熱塩的に駆動される西向き

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北太平洋の中層循環 19

の流れが下部中層で小さくなるためと考えられる.このため亜熱帯循環の西向流軸がの=27.2付

近で上層から下層にかけて急激に北にシフトすると解釈できる.

謝辞本研究を行なうにあたり,東海大学の深津理郎教授には,いろいろと助言して頂いた.ま

た解析等には,北大大型計算機センターを利用した.図形の出力には, NCARで開発された図形

出力プログラムを使用した.記して厚くお礼申しあげます.

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