NAVIS 029 | FEBRUARY 2016 ·...

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Page 1: NAVIS 029 | FEBRUARY 2016 · しい新興国では医師不足が深刻なので、こうした国々供できるようにするという仕組みです。経済成長が著の診断精度やスピードを向上させ、効率的に医療を提ナビゲーションシステムに組み込むことで、医療現場ギャップの部分が暗黙知です。

日諸

社会政策コンサルティング部の日諸と申しま

す。本日は、

を活用した医療産業の海外展開に

向けた当社の事業についてご紹介したいと思います。

私は医療政策、中でも医療機器や医薬品の産業振興と

輸出促進など医療産業分野の業務を担当しています

が、これまで業務で得た知見をもとに、日本の医療産

業の輸出促進に関する戦略立案に挑戦してみたいと考

え、社内の企画提案制度に応募しました。

土屋 

それは、どういう制度なんですか?

日諸 

私の所属するコンサルティンググループが、人

材の戦略的な育成と新たな事業基盤の開拓を目的に実

施している制度です。対象案件として選定されると、

事業の実施が認められます。

土屋 

会社から、こういうことをやってみてはどうか

と助言されるのですか。

日諸 

何をやるかは提案者が立案します。私は、業界

横断の検討会を立ち上げ、医療産業の海外展開促進策

を協議した結果を取りまとめて政策提言を行う企画を

提出しました。この企画は

年度に選定され、

現在も継続して取り組んでいます。

土屋 

個人で発案して?すごいなあ。その企画が承認

されたわけですか。その事業はどういう体制でやって

いるんですか。

日諸 

社内の協力に加え、みずほ銀行産業調査部との

連携や外部有識者の皆さまのご助力も得て実施してい

ます。

土屋 

そういうプロジェクトをよく思いつきました

ね。何がきっかけだったのですか。

ツチヤ教授の

P

大人の社会科見学

哲学者でありコラムニストでもあるツチヤ教授が、

みずほ情報総研のさまざまな〝現場〞を訪問。

ソリューションやサービスが生まれる

舞台裏をご紹介します。

医療産業の海外展開に関する

戦略を策定

〉〉 第9回 〈〈

企画力と実行力が

必要な仕事ですね

ツチヤ教授

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これからの日本式医療の

可能性を見に行こう

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日諸 

今の日本は、コストパフォーマンスの高い医療

が実現できているといえます。平均寿命や乳児死亡率

といった各種健康指標は世界的にトップクラスであり

ながら、医療費の対

比はアメリカ、ドイツ、フ

ランス等の有力先進国より低く抑えられています。一

方で、高齢化が進展する中で人材不足や医療費増大と

いった課題を抱えているのも事実で、これらを解決し

サステナブルな医療システムを構築することが求めら

れています。

 

現在、政府においても、医療現場に

を導入す

ることで、より効果的で効率的な医療のあり方を実現

しようという議論が行われています。

年に

は、内閣官房

健康・医療戦略推進本部にテーマ別協

議会の「次世代医療

基盤協議会」が設置され、

健康・医療分野における

基盤の構築や医療・健

康情報等の利活用の方向性に関する議論が行われてい

ます。つまり、医療現場における診療や治療、個々の

病院の経営、さらには地域の医療体制の効率化や最適

化を推進しようというわけです。

土屋 

そうなんですか。確かに、医療の

化は進

めてほしいですよね。

日諸 

また、政府は医療の国際展開も重要政策として

掲げており、

年までに

兆円の市場獲得を目

指すという目標を掲げています。そこで、これらの政

策的な流れをふまえ、

を活用して医療の効率化

や最適化を図り、次の50年も維持可能な医療の形を

作って、「日本式医療」として輸出すればいいのでは

ないかと考えました。

億を超える人口規模で国民皆

保険を実現できているのは世界の中で日本だけです。

そこに、新興国が抱える課題に応える効率的で効果的

な次世代の医療モデルが加われば、国際競争力のある

コンテンツになると考えたのです。

 

検討会には、医療機器メーカー、医療機器および医

業界団体、医療現場の関係者をお呼びしまし

た。また、オブザーバーとして内閣官房、経済産業

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省、厚生労働省、総務省など関係省庁の方もお呼びし

ました。

土屋 

そういう方々も、日諸さんが手配して集められ

たのですか。

日諸 

はい。普段のお仕事でお付き合いのある方々で

すので、自主事業でこういったことを検討するので出

席してくださいませんかとお願いしたのです。また、

公益財団法人医療機器センター

理事長の菊地眞先生

に検討会の座長になっていただいて、いろいろとご相

談しながら進めました。

土屋 

企画力と実行力がないと絶対にできない仕事で

すよね。僕なんかどっちもないですよ(笑)。

日諸 

皆さんのご協力があったからこそ実現できたん

です。検討会は

回行い、医療機器メーカーの海外輸

出における課題抽出や、医療人材育成へのコミットの

あり方、医療

の最新動向と医療機器の

に関する取り組み等を議論しました。最後に菊地先生

に取りまとめていただいて、基盤となるデータプラッ

トフォームとそれに接続される医療機器、「次世代診

療支援システム」の

点セットが有力な輸出コンテン

ツになるのではないかという案を打ち出しました。

 

この「次世代診療支援システム」は、熟練医師の暗

黙知をデジタル化し、海外の経験の浅い医師でも、高

度な診療を可能にする支援を行うものです。たとえ

ば、診療経験が浅い医師の方は、問診だけでは候補を

十分には絞りきれず、多くの検査を行って該当する病

気を診断することになります。しかし熟練の医師の方

は問診だけで少数の候補に絞り込むことができ、少な

い検査で確定診断ができます。この経験の差による

ギャップの部分が暗黙知です。これをデジタル化して

ナビゲーションシステムに組み込むことで、医療現場

の診断精度やスピードを向上させ、効率的に医療を提

供できるようにするという仕組みです。経済成長が著

しい新興国では医師不足が深刻なので、こうした国々

で有効ではないかと考えます。

土屋 

名医の技術を限られた患者だけに使うのは、あ

まりにももったいないですしね。だから、先生方のお

知恵をお借りしたいんだということですよね。

日諸 

その通りです。このシステムに日本および各国

の熟練医師の暗黙知を形式知として落とし込み、市場

成長の著しい新興国の医療現場に展開することで、広

く高品質の医療が提供できるようになるとすれば、競

争力のある日本の輸出コンテンツになるのではないか

と考えました。この診療支援システムが対象国におい

て受け入れられれば、それに付随して検査データ等を

即時に共有することができる

の医療機器や、そ

れらを支える基盤プラットフォームとセットで輸出こ

とが求められますので、結果的に、医療産業輸出の裾

野を拡大できると考えています。

 

今回の事業では、こういうシステムが、輸出対象国

にとっても魅力的に映るのかを確認するため、輸出対

象国候補の一つであるベトナムにも行きました。

土屋 

ベトナムの医療制度や医療設備は進んでいるの

ですか。

日諸 

富裕層向けの私立病院や、大学病院・国立病院

といった一部の高度医療機関については設備レベルは

一定水準にありますが、特にプライマリ・ケアを担う

医療機関の診療レベルは低いのが現状で、風邪や腹痛

等の軽微な症状の人もより信頼性の高い高度医療機関

を訪れます。そのため、本来であれば専門性の高い治

療を担うはずの高度医療機関が慢性的なパンク状態に

なっています。

土屋 

そうなんですか。

を使っている病院はど

のくらいあるんですか。

日諸 

医療現場だけでなく、事務領域での活用も少な

いです。電子カルテもほとんど導入されていません。

日本のように医療機関が診療報酬の請求事務を行う必

要がないため、病院主導で事務の

化をしようと

いうモチベーションが働かないのです。

土屋 

なるほど。そうなんですね。

土屋 賢二 (つちや けんじ) 氏 1944年、岡山県生まれ。お茶の水女子大学名誉教授。柔らかな語り口の哲学論集・講義集のほか、数多くのユーモアあふれるエッセイ集でも知られる。趣味はジャズピアノ。ユーモアエッセイ集には『妻と罰』『ツチヤ学部長の弁明』『紳士の言い逃れ』など多数。ほか『ツチヤ教授の哲学講義』『哲学者にならない方法』など。

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日諸 

単に高度医療機関の施設数を増やすだけではこ

の問題の根本は解決しません。仮に病院をたくさん

造ったとしても、そこで働く熟練した医師を短期間で

育てることはできません。そこで我々は、むやみに

ハードを増やすのではなく、熟練医師のノウハウを組

み込んだ診療支援システムをプライマリ・ケアの医療

インフラに導入することで、しっかりとした診療がで

きる仕組みを作るという提案を行いました。

土屋 

すごいですね。ベトナムに行って政策提言して

いるみたいじゃないですか。

日諸 

ありがとうございます。結果的に、ベトナム現

地で面白い提案として受け入れていただくことがで

き、前向きに進めていこうということで、現地企業な

どと覚書(

)を締結しました。

土屋 

すごい成果ですね。

土屋 

日本の政府関係者はこのことを知っているので

すか。

日諸 

日に開催された第

回次世代

医療

基盤協議会で、検討委員の先生方が、検討

内容の一部を発表されました。

土屋 

すごいな。要するにこちらから提案したんです

よね。

日諸 

そうですね。今後は、自主事業でとりまとめた

内容をビジネスに落とし込んでいくために、ベトナム

の公立病院で診療支援システムのユーザビリティ評価

を行う予定です。

土屋 

診療支援システムは、ベトナムへ持っていける

ような形になっているんですか。

日諸 

まだデモシステムの段階です。現地展開を実現

するためには、現地の医師の知見を得ながら進めてい

く必要があります。ベトナムの医療事情や現地医師の

ノウハウを十分に取り入れることで、真にベトナムの

ためになるものを一緒に作り上げたいと思っていま

す。また、今後の展開にあたっては、現地政府への働

き掛けも必要になると考えています。

土屋 

僕がベトナムの首相だったらすぐ採用しますよ

(笑)。わかりやすいし説得力があるし、聞いている

とそれしか選択肢はないような気分になります(笑)。

と医療のプロジェクトはこの先どんどん大きく

なっていく可能性が高いですしね。

日諸 

はい。ベトナムで成功事例ができればA

SEA

N

やその他の同じような問題を抱えた国にも展開できる

のではないかと思っています。また、今後のビジネス

展開として、たとえば、この診療支援システムを使え

ば、低コストで高品質の診療が提供できるようになる

ため、日常生活でかかりやすい7割程度の軽症疾患は

カバーしてくれる低額な保険パッケージを開発し、診

療支援システムを導入する医療機関と提携すれば、貧

しい方も保険に加入して必要最低限の医療は安心して

受けられるようになるのではないかと思うのです。

土屋 

世界の医療を変えるかもしれないですね。

 

今日のお話は本当に感心しました。今まで感心して

いなかったわけではないんですが(笑)。お聞きする

前はもっと漠然とした話かと思っていたんですが、非

常に具体的で、すぐにも実用化できそうな感じがしま

す。しかも自主提案でしょう。需要があって何かを行

うのではなくて、需要を作り出しているわけですから

ね。発想も素晴らしいけれど、いろいろな交渉も必要

なわけで、よくできるなと感心しました。

日諸 

そんなに褒めていただけて嬉しいです(笑)。

今後も、こうした業務を通じて、有志の人のつながり

を作っていけば、「医療のI

C

T化を通じた世界的な

Universal H

ealth Coverage

(*)の実現と新たな医療産

業モデルの創出・展開を目指す」という目標もきっと

実現できるのではないかと思います。

Pベトナムでの現地調査の様子を写真で紹介

*全ての人が適切な医療を適正な費用で受けられる状態

世界の医療を変えるかも

しれませんね

ツチヤ教授