Interview -...

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PISA の読解力調査の結果について、 どんな感想をお持ちですか。 周知のように PISA の読解力テストは、日本の子どもたち が授業で学んでいる教科書や、教科としての国語のテストで 経験したことのない問題です。その経験不足が無回答率の高 さになって表れていると考えられます。 学校のテストとはまったく文脈の違うテストで、今まで計 ったことのない能力を測定したら、他国よりいくらか劣って いたこうした条件付きの意味に限定するなら、「日本の子 どもたちの読解力は必ずしもトップレベルではない」といっ てもよいでしょう。 自分の考えを表現する自由記述型問題の無回答率の高さは、 確かに日本の子どもたちのある種の傾向を示していると思わ れます。つまり、一つの意味のまとまりを持ったテキストを自 分の考えに基づいて表現する力が弱くなっているのです。 このことは、作文の授業などを見学させていただいて、実 感しました。要因は複雑でしょうが、例えば携帯電話の普及 なども一因かもしれません。携帯電話は従来の電話のように、 まとまった要件を短時間に伝えることよりも、いつでもどこ でもつながっていられる以心伝心型のコミュニケーションを とる傾向が強い。そうした以心伝心型のコミュニケーション に慣れてしまうと、一つの意味のまとまりを持ったテキスト を他者に向けて作る能力が低くなることは、十分に考えられ ます。 また、PISA の読解力調査だけでなく、学校読書調査など にも表れているように、「本を読んで自分の考えをまとめる」 経験が小学校高学年から中学校にかけて少ないことは事実で す。2004 年に文部科学省が実施した「親と子の読書活動等 に関する調査」を見ると、小学校低学年まで母親はむしろ熱 心にわが子に本の読み聞かせをしています。ところが、年齢 が上がるにつれて、子どもが本に触れる経験が減っている P.29、図表1 3)。そうしたことが PISA の読解力調査の結 果にも表れているのではないかと考えられます。 発達段階に応じた読解力と表現力の向上には、 どのような授業が効果的なのでしょうか。 読解力の指導では小学校の場合、主に説明文と物語文が使 われます。説明文とは本来、分かりやすいように構造化して 書かれた文章のはず。ところが実際に日本の小学校の教科書 で取り上げられている説明文は、子ども向けということで難 しい部分を省略したり複雑な事柄を単純化したりしているた めに、「こと」(事実)と「わけ」(理由)を区別して読みなさ い、といった指導がなされても、そのテキストだけでは深く 読み取りようがない場合が多いのではないでしょうか。 そこで私は、教科書のテキストの理解をさらに深める補足 資料の提示を先生方にお勧めしています。 27 NO.06 2006 Interview 「読み合う」ことで育まれる深い力 ──「本をめぐる経験」が読書への意欲を生む── 秋田喜代美 東京大学大学院教育学研究科教授 分の考えに基づく表現の基礎になる読解力。 子どもたちに不足しがちなこの力を養うには、 授業でどのような工夫が必要なのだろうか。 また、深い読解力には不可欠な読書への意欲を育む環境は、 どうしたら整えられるのか。 発達心理学の観点から授業や読書指導について 提言する秋田喜代美先生に話をうかがった。 あきた きよみ 東京大学大学院教育学研究科教授。 専攻は発達心理学、教育心理学、教師教育。 東京大学大学院教育学研究科 博士課程修了、博士(教育学)取得。 立教大学専任講師、同大学文学部助教授等を経て現職。 主な著書に 『読書の発達心理学~子どもの発達と読書環境~』 (国土社)、『ことばの教育と学力』(明石書店)、 『読む心・書く心~文章の心理学入門~』(北大路書房) など。 Q Q

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Page 1: Interview - ベネッセ教育総合研究所...読解力の指導では小学校の場合、主に説明文と物語文が使 われます。説明文とは本来、分かりやすいように構造化して

PISAの読解力調査の結果について、

どんな感想をお持ちですか。

周知のようにPISAの読解力テストは、日本の子どもたち

が授業で学んでいる教科書や、教科としての国語のテストで

経験したことのない問題です。その経験不足が無回答率の高

さになって表れていると考えられます。

学校のテストとはまったく文脈の違うテストで、今まで計

ったことのない能力を測定したら、他国よりいくらか劣って

いた|こうした条件付きの意味に限定するなら、「日本の子

どもたちの読解力は必ずしもトップレベルではない」といっ

てもよいでしょう。

自分の考えを表現する自由記述型問題の無回答率の高さは、

確かに日本の子どもたちのある種の傾向を示していると思わ

れます。つまり、一つの意味のまとまりを持ったテキストを自

分の考えに基づいて表現する力が弱くなっているのです。

このことは、作文の授業などを見学させていただいて、実

感しました。要因は複雑でしょうが、例えば携帯電話の普及

なども一因かもしれません。携帯電話は従来の電話のように、

まとまった要件を短時間に伝えることよりも、いつでもどこ

でもつながっていられる以心伝心型のコミュニケーションを

とる傾向が強い。そうした以心伝心型のコミュニケーション

に慣れてしまうと、一つの意味のまとまりを持ったテキスト

を他者に向けて作る能力が低くなることは、十分に考えられ

ます。

また、PISAの読解力調査だけでなく、学校読書調査など

にも表れているように、「本を読んで自分の考えをまとめる」

経験が小学校高学年から中学校にかけて少ないことは事実で

す。2004年に文部科学省が実施した「親と子の読書活動等

に関する調査」を見ると、小学校低学年まで母親はむしろ熱

心にわが子に本の読み聞かせをしています。ところが、年齢

が上がるにつれて、子どもが本に触れる経験が減っている

(P.29、図表1~3)。そうしたことがPISAの読解力調査の結

果にも表れているのではないかと考えられます。

発達段階に応じた読解力と表現力の向上には、

どのような授業が効果的なのでしょうか。

読解力の指導では小学校の場合、主に説明文と物語文が使

われます。説明文とは本来、分かりやすいように構造化して

書かれた文章のはず。ところが実際に日本の小学校の教科書

で取り上げられている説明文は、子ども向けということで難

しい部分を省略したり複雑な事柄を単純化したりしているた

めに、「こと」(事実)と「わけ」(理由)を区別して読みなさ

い、といった指導がなされても、そのテキストだけでは深く

読み取りようがない場合が多いのではないでしょうか。

そこで私は、教科書のテキストの理解をさらに深める補足

資料の提示を先生方にお勧めしています。 27

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Interview「読み合う」ことで育まれる深い力──「本をめぐる経験」が読書への意欲を生む──●

秋田喜代美[東京大学大学院教育学研究科教授]

分の考えに基づく表現の基礎になる読解力。

子どもたちに不足しがちなこの力を養うには、

授業でどのような工夫が必要なのだろうか。

また、深い読解力には不可欠な読書への意欲を育む環境は、

どうしたら整えられるのか。

発達心理学の観点から授業や読書指導について

提言する秋田喜代美先生に話をうかがった。

自 あきた きよみ●

東京大学大学院教育学研究科教授。

専攻は発達心理学、教育心理学、教師教育。

東京大学大学院教育学研究科

博士課程修了、博士(教育学)取得。

立教大学専任講師、同大学文学部助教授等を経て現職。

主な著書に

『読書の発達心理学~子どもの発達と読書環境~』

(国土社)、『ことばの教育と学力』(明石書店)、

『読む心・書く心~文章の心理学入門~』(北大路書房)

など。

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Q

Page 2: Interview - ベネッセ教育総合研究所...読解力の指導では小学校の場合、主に説明文と物語文が使 われます。説明文とは本来、分かりやすいように構造化して

これまでも、説明文の授業で補足資料のプリントを配るこ

とはありました。ところが多くの授業を見ていると、補足資料

に載っている図やグラフ、または短いテキストだけを参考にす

ることが多いようです。実際には補足資料は教科書のテキス

トよりはるかに文章量が多くてレベルが高く、詳しく説明さ

れています。したがって、それを合わせて読み解いていけば

「なるほど教科書に書かれていることの意味はこういうことだ

ったんだ」と理解が深まるわけです。こうした作業はPISA型

の非連続・複数のテキストを材料にした読解にも通じます。

例えば、法隆寺を建てる時に使った30cm以上ある「和釘」

とはどのような製法で作られ、何のためにそれを使ったのか

という文章が、ある出版社の国語の教科書に載っています。

そこには「錆びない釘を使う」と書いてありますが、ではどう

したら錆びないのか、ということはその文章をいくら読んで

も製法名以上のことは分からない。

そこで、ある先生は、和釘の製造法の該当ページを補足資

料として用意しました。「これはちょっとみんなには難しいか

もしれない大人の本なんだけれどね」などといいながら資料

を提示すると、小学校5年生くらいにもなれば、子どもたち

はちょっと背伸びをしたくて、一生懸命に食いついてきます。

決して易しくはないテキストを先生の指導の下にみんなで読

み解いていくことで、知識も増えるし、読む力も付いていき

本文の言葉の理解も深まるのです。

また、メディア・リテラシーをテーマにした中学校の授業

では、その著者の書いた同テーマの新書を補足資料に使って

いました。テキストは中学生向けに書き下ろされたものなの

で分かりやすいのですが、やや根拠が曖昧なところがある。

著者の主張通りのような気もするけれど、根拠を突きつめて

みると、いささか疑わしい部分もいくつかでてきます。その

部分を大人向けの本ではどのように詳しく述べているのか、

補足資料として提示するわけです。そうやって読みを深めて

いくと、テーマに関心を持った中学生は、今度はその新書を

読み出す。そうして発展していく可能性もあります。

接続詞を手がかりに段落と段落の関係をつかむ、「こと」と

「わけ」の読み分けといった従来型の指導だけでは、子どもは

興味をそそられないので、それ以上深く読もうとはしません。

複数の資料を重ね読みし理解を深めていく指導をすると、子

どもたちがテキストの言葉を丁寧に読むようになり、知識も

増えるので意味を奥深く推理することができるようになりま

す。小学校高学年から中学校までは、こうした授業の組み立

てが望ましいでしょう。発達段階から見ても、読むのが楽し

いという小学校低・中学年を越えると、知的な興味を引き出

しながら吟味したり推理したりする力を付けさせていくこと

が必要になってきます。

こうした読解力の授業は教科を越えた実践も重要です。ア

メリカで試みられているのは、科学の文章を読むことによっ

て読解力を付ける授業。例えば、光の反射について解説した

テキストを子どもたち同士で議論しながら読み解いていく。

日本でもいくつかの研究開発校で、教科をまたいだ読解力や

コミュニケーション力をどう付けていくか、という研究が始

まっています。

それから私が最近お勧めしているのは、各教科で補足資料

を使うときに辞書を子どもの手元に置いておくこと。言葉の

意味が分からなかったらすぐ先生に聞くのではなく、辞書を

引く習慣を付ける。それによって語彙力が増えるし、辞書を

使いこなしながら読解力も付けていくことができます。

国語の授業では、読解力の育成に関して

どんな工夫が考えられますか。

「メタ認知」と呼ばれますが、「自分の読みについて自覚さ

せる」ことが重要です。

小学校の国語の授業で、「大切だと思った部分、いいなと思

った部分に線を引いてごらん」と先生がいうと、ほとんど全

文に線を引いてしまう低学年の子どもが時々います。そうい

う子どもに対しては、「どの言葉が気になったのかな、そこだ

けに線を引いてごらん」といったように、自分が何を明確に

したいのか限定的に意識させる指導が必要です。

それから、「最初の部分をもっと丁寧に読むといいね」とか

「もう一度この部分に戻って読み返すとよく分かるね」といっ

た読み方についての「方略」を子どもに意識させていくこと

も、小学校高学年以上では大切になります。

要約の作り方では発達に応じた方策が必要です。一番易し

いのは重要な文章をそのまま引き出して継ぎはぎすること。

高度になるにしたがって、接続詞でつなげて構造化する、自

分の言葉で言い換える、といった熟達度が見られます。要約

といっても、自分の言葉も入れてまとめる力を付けることが

国語の授業では重要でしょう。

ある先生が、説明文を段落ごとワークシートにして、授業28

Interview「読み合う」ことで育まれる深い力

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特集 読解力(reading literacy)、日本の教育の何が問われているのか

図表[1] 自分の子どもに本の読み聞かせをしていた時期

0 20 40 60 80 100(%)�

0 20 40 60 80 100(%)�

0 20 40 60 80 100(%)�

26.2 25.2 3.7 2.418.9 1.89.3 11.8 0.8

11.4 14.6 10.9 8.315.6 9.911.5 17.4 0.5全体�

(N=2322)�

小学2年生�

(N=653)�

小学5年生�

(N=641)�

中学2年生�

(N=535)�

高校2年生�

(N=493)�

全体�

(N=2267)�

0冊� 1冊� 2冊� 3冊� 4冊~6冊� 7冊~9冊�10冊~20冊�

21冊以上�

無回答�

2.0 4.4 20.8 17.67.2 17.59.0 20.8 0.6

6.9 10.8 11.9 7.512.9 13.413.4 22.9 0.3

14.8 21.7 4.3 3.226.2 11.6 3.914.0 0.4

1.1 4.6 13.8 7.7 5.6 3.22.013.9 25.3 22.0 0.8

2歳になるまで�

1歳になるまで�

3歳になるまで�4歳になるまで�

小学校中学年まで�5歳になるまで�

6歳になるまで�

小学校低学年まで�

小学校高学年まで�

読み聞かせはしていなかった�

無回答�

42.0 28.0 11.8 7.96.9 3.4 0

25.7 22.0 7.4 11.813.918.6 0.5全体�

(N=2322)�

小学2年生�

(N=653)�

小学5年生�

(N=641)�

中学2年生�

(N=535)�

高校2年生�

(N=493)�

0回� 1回~2回� 3回~4回� 5回~6回� 7回~10回�11回以上�

無回答�

4.6 15.9 12.3 18.221.926.5 0.6

14.2 23.2 9.2 12.916.123.4 0.9

50.3 22.6 9.7 3.0 6.47.9 0.2

*図表1~3まで、平成16年度文部科学省委託事業「親と子の読書活動等に関する調査」より

図表[2] 1か月に読んだ本の数

図表[3] 1か月の間に学校の図書館に行った回数

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の終わりに「この段落を読んで思ったことを見出しにしてお

こう」という指導をなさっていました。次の授業で、みんな

がそれぞれ付けた見出しを発表し合うと、子どもたちは鑑賞

を楽しみます。感じ方の違い、言葉の使い方の違いが分かる

からです。そして、みんなの見出しを比べながら、どのよう

な見出しが内容に即して最も効果的かを学んでいきます。「ど

うかな、〈金魚について〉よりも〈金魚の強さについて〉の方

が具体的によく分かるよね?」といった具合に。

このように良い見出しの付け方を学ぶことを通じて、自分

の言葉で内容を要約し、段落と段落の関係をつかみ、テキス

ト全体を読み深めていく力を付ける。こうした力が積もり積

もって、テキストに対して自分のまとまった考えを述べるこ

とのできる力も付いていきます。

読解力については、学年を越えたカリキュラムを、系統性

を意識して組むことが理想です。どうしても先生方は「何年

生の担任」という意識が強いので、1年を通じてどの時期に

何をするか、という考え方になりがちですが、1年生から6

年生を通じて発達段階に応じたカリキュラムを組み立て、単

元を位置付けられればよいと思います。

そのときに求められる発想は、ある教材をどう読むか、と

いうことだけではなく、その教材を通してどんな力をこの学

年だから付けていけるか、ということ。それと合わせて、子

どもたちがその教材に対して、より深い関心を持つためには、

どのような資料を足せばよいのかを考えることが大切です。

学ぶ力と深い内容理解は分離できないのです。

指導の際の発問を先生が作るのではなく、子どもたちに作

らせる方法も有効だと思います。「この文章を読んで友達に聞

きたい質問を作ってみよう」と。そうすることで、すぐ解け

る質問と、よく考えないと解けない質問があることが子ども

たち自身で分かる。つまり、良質の質問を自ら作ることを通

じて課題意識を持ち、自分の理解過程をモニタリングするメ

タ認知の能力を付けていくことになるわけです。

PISAの調査でも明らかなように、読書量に応じて

読解力も育まれると思われますが、本を読む意欲を

喚起するような環境をどうしたら築けるでしょうか。

いくら国語の授業で読解の技法を身に付け語彙を増やして

も、読書の積み重ねがなければ、根底のところで深い読解力

は付かないし、思考を支える自分の言葉は生まれません。

冒頭でも少し触れたように、読書体験については、小学校

3~4年生あたりに「壁」があるようです。それはちょうど

絵本から活字本へ移行する時期。他人に読んでもらう経験か

ら、自分の内側に向いてじっくり読む経験へスムーズに移行

できるかどうか。ここがポイントです。

すでに多くの学校で実践されている「朝の読書」のような

試みが一つの支えになるでしょう。あとは例えば、家族が

「これ読んだんだよ」という子どもの読書の経験を聞いてあげ

ること。それから、読んで面白かった本の話を友達にするこ

とも、読書の意欲を喚起する手立てになると思います。

小学校4年生の女の子が「私の読書について」という作文

の中で、「読んだ本についてお母さんに話したらとても喜んで

くれたので、今度はお母さんの知らない本をもっと読んで話

してあげようと思った」という趣旨のことを書いていました。

本についてのこうした親との関係は、恐らく中学生くらいに

なると切れてくるので、別の手立てが必要になります。子ど

もたちが本と出合うきっかけをどう作っていくか。

それには学校だけではなく、地域の力も必要でしょう。例

えば東京都杉並区で実施している「本の帯アイデア賞」は、

子どもたちがお気に入りの本に対して、その本を読みたくな

るような帯広告を作って応募するコンテスト。短文だけでは

なく、絵や写真を入れてもよいことになっています。キャッ

チコピーやデザインは本来、高度な作業ですが、子どもたち

はコマーシャルの文化に慣れているからでしょうか、とても

楽しいようです。その帯を掛けた本を私も図書館で見ました

が、やはり手に取りたくなります。こうした、子どもたち同

士の口コミを促進するような工夫が、学校でも地域でも、も

っと試みられてよいはずです。

小学校3年生の男の子が読書について書いた作文の中に、

興味深い意見がありました。「大人が『タメになるから読みな

さい』という本は、何となく読みたくない」と。先生や母親

に勧められた本ではなくて、自分で選んで読みたいという思

いは、すでに小学校の中学年あたりから自覚的に芽生え始め

ています。そうした子どもたちに、うまく本と出合わせてあ

げたいものです。

本との出合いのガイダンスとして、大村はまさんが考えた

「これから読みたい本のリストを作る」という方法を私はとて

も気に入っています。「読んだ本」のリストだと、読んでいな

い子どもがそれを見たら「自分はとてもこんなに読めない」30

Interview「読み合う」ことで育まれる深い力

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Page 5: Interview - ベネッセ教育総合研究所...読解力の指導では小学校の場合、主に説明文と物語文が使 われます。説明文とは本来、分かりやすいように構造化して

と思って落ち込んでしまう。ところが、「読みたい本」なら、

そんなことはありません。具体的に読書の計画を立てる作業

から始めるのは良い方法です。

本に出合う機会さえうまく作れば、子どもたちは

自発的に読書の楽しみを発見するのでしょうか。

そう思います。この前の冬に、東京都昭島市で「中学生高

校生の読書フォーラム」に呼んでいただきました。大人が主

催するのではなく、昭島市の高校生が学校を越えて小委員会

を作り、自分たちの読書体験を語るフォーラムです。誰に向

かって語るかというと、同じ中高生と大人に対してです。

テレビドラマの「1リットルの涙」を観て、母親がその原

作本を図書館から借り、それで自分もいっしょになって読み

始めたらハマってしまった、という子どもがいました。そう

かと思うと、とても本を好きな中学生の子どもが、『平家物

語』を読み武将が泣いているシーンに出合った。武将という

と大昔に戦をしていたというイメージしかなかったけれど、

男が泣く姿を読んで、現在を生きる自分自身とつながってい

ることに気付いたというのです。多感な時期だけに、さまざ

まな機会を通じて本と出合うと、大人が気付かないようなこ

とを発見できるのだな、と痛感しました。

メディアが多様化している今、テレビやインターネット、

ゲームから本の世界へ誘われることもあり得ます。世界的ベ

ストセラーになった「ハリー・ポッター」シリーズのように、

友達が読んでいるから読んでみたい、という話題性で本を選

ぶことも、それはそれで読書への入り口。また、孤独に独り

で読んでいるのではなく、先の「中学生高校生の読書フォー

ラム」のように、その本についていっしょに語り合える場が

できると素晴らしい。本を介して意見を交換し人とつながる

ことは、読書への意欲を育む契機になると考えられます。そ

うした本との出合いを限られた学校の授業時間の中で保証す

るのは難しいので、地域や公共図書館、学校図書館などのサ

ポートが必要でしょう。

と同時に、子どもたちに本をめぐるさまざまな経験をさせ

ることが大切だと思います。ジョン・デューイがいっている

ように、教育で重要なことは今の経験が次の経験につながっ

ていく「経験の連続性」です。

例えば小学校低学年なら「読み聴かせごっこ」。たくさん大

人から読み聴かせてもらうことによって、その絵本をすっか

り暗唱してしまう。そして今度は自分から音読を始める。さ

らに次は友達に読み聴かせてあげる、といった経験の連続性

の中から、子どもたちは読書の楽しみを発見します。先ほど

の「本の帯アイデア賞」にしてもそうです。本の帯を作って

いるうちに、本屋に行って本の帯を見たら、これ面白そうだ

から読んでみよう、という行動につながる。

また、たくさん本を読んでいるうちに「今度は自分で本を

書いてみたくなった」という子どもも出てくるでしょう。

このように、本をめぐるさまざまな経験を連続させていく

ことが豊かな読書生活につながるはずです。

小学校の国語の教科書の定番になっている『大造じいさん

とガン』などの作者で、鹿児島県立図書館長を務め、「母と子

の20分間読書運動」を提唱した椋鳩十さんは、「読書環境が

大事だとよくいうが、読書は料理と同じだ」と書いています。

この食べ物にはビタミンA、ビタミンCが含まれている、な

どといいながら与えても美味しくない。美味しく食べない限

り、栄養は付かない。読書も同じで、面白がって読まない限

り、読む力は付かない。だから読書の習慣は指導して身に付

くものではなく、本を読むことの喜びを子どもたちの中に流

し込むしかない、というわけです。

こうした考え方に私も共感します。 31

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特集 読解力(reading literacy)、日本の教育の何が問われているのか

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大人の価値観で押しつける読書が

一番いけないのでしょうね。

昭島市の「中高生の読書フォーラム」で子どもたちがこん

なことを話していました。

ヤングアダルトやライトノヴェルの中には、コミック的な

ものがある。でも、僕たちはそれを一生懸命読むことで本が

面白いと気付き始めているのに、大人は「そんなものはちゃ

んとした本じゃなくて漫画じゃないか」という|。

そこには、大人の考えている読書と、今の子どもが求めて

いる読書の間にズレがあるのでしょう。文部科学省の「親と

子の読書調査」にも、そのズレは表れています。子どもがな

ぜ本を読むのかというと、「面白いから」「自分にとってタメ

になるから」という理由が多い。それに対して親が読書に求

めている機能は「読解力が付く」「知識が身に付く」。親が読

書に求めているものと、子どもが本で得た経験には、もとも

とズレがあるわけです。

だからこそ、この本を読めと押しつけるのではなく、子ど

もたちが自分の興味・関心に基づいてさまざまな本と出合え

るようにしてあげたい。そうした読書環境を整えた上で、最

終的に何を読むかは子どもの判断に任せるべきです。

それにはまず、読みたくなるような本を紹介すること、も

しくは自分で読みたいと思える本を見つける方法を紹介する

ことが必要です。つまりガイド役がいなければいけません。

しかし、あまりにも多忙で自分自身も好きな本を読む時間を

まともに取れない(本当はそのことが問題なのですが)学校

の先生だけにそれを期待するのは難しい。そうであるなら、

学校図書館の司書や地域のボランティアがブックガイドの役

割を果たすことも考えられるでしょう。

以前バーミンガムに行った時、職業体験の時間に地域の企

業の人たちが小学校高学年や中学生に話をする際、それぞれ

お気に入りの本を1冊持ってきていました。その人を通して

子どもたちが本とも出合っていく環境を作るわけです。話を

しに来る人にとっても本をきっかけにすると話しやすい、と

聞きました。好きな本の話から始めて、何となく子どもたち

と関係ができてから、自分の仕事の話に入れる。地元の子ど

もたちを育む地域貢献として、普通のサラリーマンがコンス

タントに学校へ話しにくるというこの仕組み自体も面白いと

思います。こうした試みは日本の学校でも導入できるのでは

ないでしょうか。

読解力の育成で留意すべき

最も本質的な事柄は何でしょうか。

作家の長田弘さんが『本についての詩集』という本の中で、

「読む」のは活字の本だけではない、という趣旨のことを述べ

ておられます。絵を読む、音楽を読む、ある出来事を読む、

人生を読む、世界を読む。すべて物事との関わり方には「読

み解く力」が要求されます。「読解力」とは、単に書かれてあ

ることを読み解く能力ではなく、よりよく生きることの根底

に関わる能力であることを意識して、それが健やかに育まれ

るような環境を豊かにしてあげたいものです。

そのために最も重要なことは、子ども同士で「読み合う」

経験。他者の読みを共有する授業です。他者の読みを聴いて、

なるほどそういう読み方もあったのか、と発見することが極

めて大切になります。それは先生が正答を教えるだけの授業

とは明らかに違う。それぞれの子どもの読みには、多少の誤

りがときに生じるでしょう。しかし、その間違いを先生が一

方的に正すのではなく、教室の子どもたちみんなで吟味し、

読み直していく。そのことで読みが深まります。物語文でも

説明文でも、どのような文章を題材にしても、同じことです。

読解力は、個人指導で文章を何度も読ませ練習問題をさせ

れば育まれるような能力ではありません。他者の読みを聴き

取ることを通じて、自分の読みが深まっていくし、聴く力も

付いてくる。聴く力と読む力は大いに関係があると私は考え

ています。集中して他人の話を聴き取れる子どもは、集中し

てテキストにも向き合えます。人の考えを聴く楽しみ。その

上で自分の意見をいい、対話をする楽しみ。読解の授業の中

でも、そうした経験を大事にしてほしいと思います。

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Interview「読み合う」ことで育まれる深い力

●『読書の発達心理学~子どもの発達と読書環境~』秋田喜代美著/国土社/1998年

●『読む心・書く心~文章の心理学入門~』秋田喜代美著/北大路書房/2002年

●『ことばの教育と学力』秋田喜代美・石井順治著/明石書店/2006年●『読書コミュニティのデザインシリーズ1巻 本を通して世界と出会う~中高生からの読書コミュニティづくり~』秋田喜代美・庄司一幸著/北大路書房/2005年

●『読書コミュニティのデザインシリーズ2巻 本を通して絆をつむぐ~児童期の暮らしを創る読書環境~』秋田喜代美・黒木秀子著/北大路書房/2006年 

●『読解力とは何か~PISA調査における「読解力」を核としたカリキュラムマネジメント~』横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校FYプロジェクト編/三省堂/2006年

●『教育フォーラム38号』人間教育研究協議会編/金子書房/2006年●『大村はまの国語教室~ことばを豊かに~』大村はま著/小学館/1981年

Reference

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