Discussion - ベネッセ教育総合研究所Discussion...

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「知識」と「考える力」が 絡み合って学力が伸びる 学力調査や学力テストの話に入る前に、テストで測る学力 とはどういうものであるべきなのか、まずは先生方の学力 に対する考え方を教えてください。 西林 多くの人が指摘しているように、これまで学力観は、 振り子のように揺れてきました。一つは「考える力」とか 「生きる力」を重視した学力観ですね。ところがこれを実現し ようとすると、基本的な知識や計算力が身に付いていない子 どもばかりになる。そこで今度は、もう一つの極である基礎 基本の重視の方に振り子が振れるわけです。しかし基礎基本 の重視といってもイメージが貧弱なものだから、計算ドリル や漢字ドリルばかりやらせることになる。それでまた一方か ら「これは詰め込み教育だ。もっと考える力や生きる力を伸 ばす教育をするべきだ」という批判が出てくる。この繰り返 しだったと思います。 しかし、両極端の主張を行き来しているだけでは不毛です よね。ものごとを考えるときに、知識が必要でないはずがあ りません。また基礎基本を身に付けるときに、考える力の育 成を無視するというのもおかしいですよね。前回の学習指導 要領の改訂は、「学ぶ量を減らして、そのぶん考える力を伸ば す」という考える力重視の方向で行われたのですが、結局学 8 Discussion 力についての定義は、教育研究者の間でも見解が分かれる。 学力調査を実施するとき、私たちはどのような学力を測ることを狙いとするべきなのだろうか。 「本わかり」という概念をキーワードにして、学力の問題を考えてきた西林克彦教授と、 教授の研究グループで活動する現場の先生方に、 子どもに身に付けさせたい学力と、その力を測るためのあるべき学力調査の姿について語ってもらった。 子どもの学力実態を測る学力調査とは 「知識」が「考える力」へと結びつく学力にするために 西林克彦 宮城教育大学教育学部教授 新渡幹夫 青森県教育庁上北教育事務所主任社会教育主事 誠二 仙台市立南吉成小学校教諭 Q にしばやし かつひこ 宮城教育大学教育学部教授。 専攻は教育心理学。 豊富な授業研究と認知心理学の手法をベースに、 学習や学習指導の在り方を研究している。 著書に『間違いだらけの学習論』(新曜社)、 『わかったつもり』(光文社新書)など。

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  • 「知識」と「考える力」が

    絡み合って学力が伸びる

    学力調査や学力テストの話に入る前に、テストで測る学力

    とはどういうものであるべきなのか、まずは先生方の学力

    に対する考え方を教えてください。

    西林 多くの人が指摘しているように、これまで学力観は、

    振り子のように揺れてきました。一つは「考える力」とか

    「生きる力」を重視した学力観ですね。ところがこれを実現し

    ようとすると、基本的な知識や計算力が身に付いていない子

    どもばかりになる。そこで今度は、もう一つの極である基礎

    基本の重視の方に振り子が振れるわけです。しかし基礎基本

    の重視といってもイメージが貧弱なものだから、計算ドリル

    や漢字ドリルばかりやらせることになる。それでまた一方か

    ら「これは詰め込み教育だ。もっと考える力や生きる力を伸

    ばす教育をするべきだ」という批判が出てくる。この繰り返

    しだったと思います。

    しかし、両極端の主張を行き来しているだけでは不毛です

    よね。ものごとを考えるときに、知識が必要でないはずがあ

    りません。また基礎基本を身に付けるときに、考える力の育

    成を無視するというのもおかしいですよね。前回の学習指導

    要領の改訂は、「学ぶ量を減らして、そのぶん考える力を伸ば

    す」という考える力重視の方向で行われたのですが、結局学8

    Discussion

    力についての定義は、教育研究者の間でも見解が分かれる。

    学力調査を実施するとき、私たちはどのような学力を測ることを狙いとするべきなのだろうか。

    「本わかり」という概念をキーワードにして、学力の問題を考えてきた西林克彦教授と、

    教授の研究グループで活動する現場の先生方に、

    子どもに身に付けさせたい学力と、その力を測るためのあるべき学力調査の姿について語ってもらった。

    子どもの学力実態を測る学力調査とは─「知識」が「考える力」へと結びつく学力にするために─●

    西林克彦[宮城教育大学教育学部教授]新渡幹夫[青森県教育庁上北教育事務所主任社会教育主事]山 誠二[仙台市立南吉成小学校教諭]崎立

    Q

    にしばやし かつひこ●

    宮城教育大学教育学部教授。

    専攻は教育心理学。

    豊富な授業研究と認知心理学の手法をベースに、

    学習や学習指導の在り方を研究している。

    著書に『間違いだらけの学習論』(新曜社)、

    『わかったつもり』(光文社新書)など。

  • ぶ量も減り、考える力も身に付きませんでした。「考える力偏

    重」でも「知識偏重」でもない第3の道を見つけないと、国

    家百年の計を誤ることになると思います。

    山 「考える力」と「知識」は、お互いに絡み合うものです

    からね。両者が相反するものだとする捉え方からは、解き放

    たれた方がいいと思います。求められるのは、「知識」を使っ

    てものごとを「考えていく力」です。となると、どんな知識

    を身に付ければ、子どもはそれを使ってものごとを考えるこ

    とができるのか、知識の質が問われるわけです。

    ちょっと具体的な話をすると、算数で長方形の面積の求め

    方の公式を学習しますよね。多くの子どもたちはこの公式を

    丸暗記します。しかし、長方形の面積の出し方をきちんとし

    た知識として習得しておけば、そこから三角形の面積を出す

    ことも可能です。三角形の底辺と高さを、長方形の縦と横に

    置き換えて長方形を作ってみると、三角形の倍の面積の長方

    形ができます。ということは、まずは長方形の面積を出して、

    それを2で割れば三角形の面積が出るわけです。これが三角

    形の面積の公式である「底辺×高さ÷2」の根拠ですよね。

    同じように長方形の面積の知識を使いながら、平行四辺形

    の面積も求めることができます。たとえ三角形や平行四辺形

    の面積の公式を知らなくても、答えにたどり着くことができ

    るわけです。ものごとを考えるための「知識」とは、そういう

    ものですよね。ところが単に暗記しただけの長方形の面積の

    公式についての知識だと、長方形の面積を解くことはできて

    も、そこから三角形や平行四辺形の面積を導き出すことはで

    きません。「知識」が「考える力」に結びついていないからです。

    新渡「知識の質」の重要性は、算数のような計算問題だけで

    はなくて、他の科目でも同様のことがいえますね。例えば昆

    虫の体のつくりは、理科の教科書では「頭、胸、腹がありま

    す」という記述で終わっています。しかしそれだけを知識と

    して覚えても、その知識を使って子どもたちが自然や生き物

    について考える力は身に付きません。

    昆虫の特性は、「体のつくり」に「働き」を結びつけること

    によって見えてきます。昆虫には2対の翅と3対の脚がある

    のですが、これらはいずれも胸の部分に付いています。です

    から昆虫の胸の部分は、頭や腹の部分とは別に、筋肉を非常

    に固く発達させる必要があったわけです。そこまでの知識を

    身に付けて初めて、「なぜ昆虫の体は、頭、胸、腹に分かれて

    いるのか」が考えられるようになり、昆虫が自然環境に適応

    していった理由とか、他の生き物とはどこが違うかといった

    発展的な考察をする上での足掛かりにもなります。

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    あらと みきお●

    青森県教育庁上北教育事務所主任社会教育主事。

    野辺地町立馬門小学校などで教頭を務め、

    2004年より主任社会教育主事として上北教育事務所に勤務。

    特集 学力調査、その狙いとデザインを考える──子どもの学力向上につなげるために求められること──

    やまざき せいじ●

    仙台市立南吉成小学校教諭。

    小学校の教壇に立つかたわら、宮城教育大学の非常勤講師、

    同大学主催の現職教育講座の講師などを務める。

  • 昔の子どもは自分で

    知識を関連付けていた!?

    西林 本来、文部科学省が学習内容を削減した意図は、覚え

    るべき知識を最小限度必要なものだけにして、その知識をベ

    ースにして考える力を身に付けさせようというものでした。

    しかし実際にはそうはなっていません。長方形の面積の求め

    方をベースに三角形の面積を考えるという風にはならずに、

    長方形や三角形、平行四辺形の面積の公式を、それぞれの関

    連性を示さないままに教えているからなんです。昆虫にして

    も、体のつくりを名称として教えているだけでは、生きた知

    識にはなりません。だから子どもたちは、学ぶ量は減ってい

    るはずなのに、考える力は身に付いていないのです。

    山 私は先日、30年前ごろの教科書を読み直して驚いたの

    ですが、「小学校3年生でこんなことまでやっていたのか」と

    いうぐらいに内容が詰め込まれているんですね。これを当時

    の子どもたちがそれなりに理解できていたのは、別に昔の先

    生が丁寧な授業をしていたからではないと思います。

    ではどうしていたかというと、子どもは恐らく覚えるもの

    がたくさんありすぎて、とても丸暗記では対応できなかった。

    そこで子ども自身が自分でさまざまな知識を関連付けて覚え

    ることで、対処していたと考えられるんですね。

    ところが今は学習内容が削減されて覚えるものが少なくな

    ったので、丸暗記が可能です。また覚えるべき項目が飛び飛

    びに置かれているので、それぞれの関連性をつかみ取ろうに

    も、つながりが見えにくくなっています。それで知識の関連

    付けができなくなっていると思うんですよ。

    西林 それは大学生でも同じです。昔よりも今の学生の方が、

    覚えることは少なくなっているはずなのに、「受験勉強が辛か

    った」というんですよ。大学入試のときに必要とされる知識

    の量が、丸暗記で対応できる範囲内に入ったということだと

    思います。だから本当に丸暗記で覚えて「あんな勉強は、も

    ううんざりだ」となるわけですね。そして大学に入学した時

    点をピークにして、後はどんどん学力が落ちていく。

    私は以前、大学生に三角関数の問題を解かせたことがあり

    ます。すると入学時点での数学の成績は同程度でも、解ける

    生徒と解けない生徒に分かれる。そこで両者の違いを細かく

    調べてみると、受験のときの勉強の仕方が異なるんですね。

    解けなくなっている学生は、受験生のときにはかなりの数

    の公式を丸暗記して、その公式群に問題を当てはめながら解

    答していた。だから受験が終わって公式を忘れると、お手上

    げになります。片や今でも解ける学生は、「受験生のときはた

    くさんの公式を覚えるよりも、コアとなる公式だけは習得す

    るようにしておいた」というんですね。そのため直接問題を

    解ける公式を忘れたとしても、コアとなる公式を応用させる

    ことで答えを導き出すことができます。先ほど山 先生が話

    していた、長方形の面積の公式から三角形の面積を出す力と

    同じです。丸暗記ではなく本当に分かっているから、私がよ

    く使う言葉でいえば「本わかり」しているから、大学生にな

    ってからも学力が剥落しないのです。

    私は学力というのは、未知の問題に出合ったときに、ベー

    スとなる既存の知識に戻って、そこから答えを導き出してい

    ける力だと思う。基礎学力の定着というと反復学習というイ

    メージがあるけれど、多様なバリエーションの問いに答えら

    れないようでは、それは基礎学力とはいわないと思いますね。

    新渡 子どもが知識を丸暗記で身に付けるようになったのは

    ゆとり教育の弊害ですが、ゆとり教育が始まってから学校の

    先生も勉強しなくて済むようになったんです(笑)。教える内

    容が減って、それぞれの知識を結びつけて教える努力をしな

    くてもよくなりましたからね。自分が持っているありきたり

    の知識でもって事を済ませようとする教師が増えているよう

    に感じます。

    西林 もちろん先生方には「頑張ってください」とエールを

    送りたいですね。でも先生ばかりの問題ではなくて、正直に

    いって学習指導要領や教科書のつくりも良くありません。「知

    識をベースにした考える力を身に付けさせたい」という思い

    が伝わってきません。

    となると、先生の技量に委ねなくてはいけない部分が非常

    に大きくなるわけです。意識の高い先生のいる学校の子ども

    は伸びるけれども、そうでない子どもは伸び悩むという現象

    が起きます。子どもの学力が、本当の意味で先生次第になっ

    ている時代だと思います。しかし先生のみに頼るのではなく、

    学習指導要領や教科書の質を高めないと、わが国の教育は危

    ういことになります。

    崎立立�

    立崎

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    Discussion子どもの学力実態を測る学力調査とは

  • 「見えない学力」も

    テストで測れる

    新渡 ここまでの話の中で、求められる学力についてのイメ

    ージはだいぶ明確になってきたのですが、ではテストは何の

    ために行うかというと、そういう学力が本当に身に付いてい

    るかどうかのモニタリングが一番の目的だと思います。教員

    が「自分の授業によって、子どもは本当に理解できただろう

    か」というのを、テストによってモニタリングする。そして

    モニタリングの結果、理解できていないと判明した部分の手

    立てをしていく。テストは本来そういう使われ方をするもの

    だと思いますね。

    山 そうですよね。授業が終わって子どもに「分かったか

    い?」と尋ねると、ほとんどが「分かりました」と答えます。

    分かってなくても(笑)。これは当てにならない。教員として

    は本当に分かっているかどうかを知りたいから、そのための

    手段としてテストを用いるわけです。

    ところが実際にはテストが、優劣を測るための手段として

    用いられているケースが多いんですね。テストの結果を基に

    「彼の成績は上の中、彼は中の下」と割り振りしていく。入試

    なんてその典型ですけど。でも入試だって本来の目的をいえ

    ば、「どの程度まで生徒が分かっているのか」を測るためのも

    のですから。そこを間違えると、テストはおっかないなとい

    う気がします。

    新渡 テストっていうと「テストの点数だけが学力じゃない。

    そんなのは学力の一部です」と反発する先生がいます。「学力

    には思考力も判断力も興味関心も含まれるわけで、そのうち

    テストで測れるのはほんの一部にすぎない」と主張するわけ

    です。そんなとき私は「一部でもちゃんとやれなくてどうす

    るんですか」と反論します。けれども本当は、テストで測れ

    るのは一部だけではないんじゃないかという気がします。も

    っと可能性があるはずだと。

    西林 テストでは測れない学力があるという発想は、ちょっ

    と単純すぎると思いますね。「見える学力、見えない学力」な

    んていいますけれど、「見えない学力」なんてごまかしです

    よ。私たちが見ようと思うものは見ることができます。「本わ

    かり」しているかどうかを確認するためのテスト問題を作る

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    図表[1] 山崎先生作成の調査問題「平均を求めよう!」�

    [問題]�平均の問題が4問あります。それぞれ平均を求めましょう。下記の注意を読んでから始めてください。� 注意1 : 学年、組、名前をきちんと書きましょう。� 注意2 : 《考え方》には、式や計算を書きます。式を立てなかったり、計算をしないで答えを出したりした時には、�     どのように考えたのかを簡単に書いてください。� 注意3 : 間違ったとき以外は消しゴムを使わないでください。計算もそのまま残しておいてください。� 注意4: 《答え》には答えを書いてください。(あたりまえ!)単位も忘れずに!!�

    [問1]�次の4人の体重の平均を求めましょう。�

    A君―25kgB君―43kgC君―52kgD君―34kg

    1月―986個2月―982個3月―984個4月―988個5月―981個6月―983個

    [問2]�次の5人の身長の平均を求めましょう。�

    A君―140cmB君―140cmC君―150cmD君―140cmE君―130cm

    A君―234日B君―234日C君―234日D君―234日E君―234日F君―234日G君―234日H君―234日

    [問3]�Aさんはたくさんのニワトリをかっています。1月から6月まで、ニワトリたちがうんだ卵の個数を調べてみると右のようになりました。1月から6月までにニワトリがうんだ卵の平均の個数を求めましょう。�

    [問4]�8人の小学生が、自分のお父さんの1年間の出勤日を調べて表にまとめました。出勤日の平均を求めましょう。�

    立立�

    特集 学力調査、その狙いとデザインを考える──子どもの学力向上につなげるために求められること──

    各問の解答欄には考え方を記入する大きめの欄と答えの欄が用意されている

  • のだって、それほど難しいことではありません。

    山 先生は、算数の平均についてのテストで、興味深い問

    題を作成されていましたよね。

    山 ええ。以前勤務していた学校でのことですが、6年生

    を受け持っている同僚の先生が「平均のテストの成績が良か

    った」と喜んでいたんですね。私も嬉しかったんですけど、

    しかしどうも話を聞いていると、「子どもたちは本当に平均の

    意味を理解していたわけではなくて、公式を丸暗記して、公

    式に当てはめて問題を解いただけかも知れない」という気が

    しました。そこで使える知識になっているかどうかを確かめ

    るために、こんな問題を作成して、複数の学校の四つのクラ

    スの子どもに取り組んでもらったんです(P.11、図表1)。

    例えば、問4のお父さんの1年間の出勤日の平均を求める

    問題。「全員234日なのだから、まさか計算する子どもはいな

    いだろう」と思いますよね。テスト用紙にはあらかじめ「式

    を立てなかったり、計算をしないで答えを出したりした時に

    は、どのように考えたのかを簡単に書いてください」という

    注意書きをしていますから、計算をしなくてもよいことは、

    子どもたちに伝わっているはずなんです。

    ところが結果を見ると、クラスによってはっきりと差が出

    たんです(図表2)。Bクラスは、「全員234日で同じだから、

    計算する必要がない」と答えた子どもが半分以上います。と

    ころがCクラスでは、計算をしなかった子どもは5分の1し

    かいなくて、残りの子どもはみんな平均値を求めるための公

    式を律義に使って問題を解こうとしています。

    あるいは問2の身長の平均を求める問題ですが、Bクラス

    では4分の3の子どもが、10cm高いC君の身長と10cm低い

    E君の身長をならすことで 140cmという答えを導いていま

    す。しかしCクラスではほとんどの生徒が公式を使って計算

    している。

    新渡 先生が「公式を教えることをゴールとしているか」、そ

    れとも「平均の概念を子どもが理解することを目的として捉

    えているかどうか」の違いでしょうね。公式をゴールとして

    いる先生は、公式を説明した後に、「では問題を解いてみまし

    ょう」といって、公式をそのまま当てはめれば解ける練習問

    題ばかりを子どもたちに出す。すると子どもたちは、本当の

    意味で平均の考え方が知識として身に付いていなくても、ひ

    たすら公式を使って問題を解こうとします。

    一方、計算をしないで答えを出した子どもは、「ならす」と

    いう平均の概念を理解している。公式は、平均を出すための

    一つの手法にすぎないことが分かっているわけです。

    山 こうした問題は、通常の学力調査ではまず出題される

    ことはありません。興味深いのは、Cクラスは通常のテスト

    立崎

    立崎

    崎立立�

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    Discussion子どもの学力実態を測る学力調査とは

    図表[2] 「平均を求めよう!」の解答に見る考え方の傾向�

    問2「身長」の問題の内訳�

    ABCD

    53%19%86%57%

    37%5%

    11%34%

    7%76%

    3%9%

    3%0%0%0%

    80%100%

    97%100%

    (+)/n�(+)/n→*�C君→E君� 間違い�クラス�

    式や考え方�正答�

    問1「体重」の問題の内訳�

    ABCD

    97%97%

    100%100%

    76%92%97%97%

    クラス� 式� 正答�

    (+)/n……すべての数値を足して、要素の個数で割るという、いわゆる公式の単純な適用(+)/n→*……式では公式を適用しているが、計算の段階で乗法(140×3)も併用C君→E君……式を立てずに、「ならす」という操作(C君からE君へ10cmあげる)を行って解答

    問4「出勤日」の問題の内訳�

    ABCD

    13%19%33%14%

    10%5%

    11%14%

    40%22%31%23%

    27%54%22%46%

    10%0%3%3%

    80%100%

    89%94%

    (+)/n�(+)/n→*�234*n/n 同じだから�間違い�クラス�

    式や考え方�正答�

    問3「ニワトリ」の問題の内訳�

    ABCD

    87% 35%

    94%94%

    0%41%

    0%0%

    3%24%

    3%6%

    10%0%3%9%

    67%95%75%91%

    (+)/n� ならす� 一位数のみ計算� 間違い�クラス�

    式や考え方�正答�

    (+)/n……すべての数値を足して、要素の個数で割るという、いわゆる公式の単純な適用(+)/n→*……式では公式を適用しているが、計算の段階では加法部分を乗法(234×8)で処理234*n/n……式の段階から、公式の加法部分を乗法で処理(234×8÷8)同じだから……すべての数値が等しいことに着目し、計算をせずにそのまま解答

    (+)/n……すべての数値を足して、要素の個数で割るという、いわゆる公式の単純な適用ならす……式を立てずに、「ならす」という操作を行って解答一位数のみ計算……数値の違いが一位数のみであることに着目し、一位数だけに公式を適用

  • では非常に高い成績を収めるクラスなんです。だから通常の

    テストでは、「できる子どもがいるクラス」と判断される。と

    ころが本当に平均の考え方が理解できているかどうかを測る

    ことを狙いとしたテストを行うと、その学力の内実が明らか

    になるわけです。

    学力調査を有意義なものにするために

    西林 テストというと、あまりバリエーションがないように

    見なされがちですが、そうではありません。例えば大学入試

    は、志望者の中から入学者を選抜するためのテストですが、

    これだってやり方はいろいろあります。私は教員養成系の大

    学にいますが、特に義務教育の教員養成課程を志望する受験

    生に対しては、二次試験では中学までの学習事項をどれだけ

    多面的に理解しているかを測る問題を出したいという思いが

    強くあります。そういう地肩の強い学生に入ってきてほしい

    からなんです。しかし大学や学部によっては、もっと発展的

    な問題に対応できる学生を求めている所もあるでしょう。狙

    いに応じて、テストの内容は変わってきます。

    あるいは新渡先生や山 先生がおっしゃっていたように、

    子どもが学習事項をどこまで理解しているのかをモニタリン

    グして、自分の指導を見直すための手段としてのものもあり

    ますよね。こういう学力調査を学年単位や学校単位で行っ

    て、教員の指導法改善に結びつけるというのは、とても有意

    義なことだと思います。

    ところが来年度から文部科学省が行おうとしている全国学

    力調査なのですが、狙いが見えてきません。当時の中山文部

    科学大臣がいったように「競い合う心を育てる」ためにテス

    トが導入されるとしたら、いい点数を取ることが目的になる

    わけです。とても指導法の改善には結びつかない。

    山 来年行われる学力調査の中身には、非常に関心があり

    ます。学校現場の取り組みは、問題の内容によって左右され

    ますからね。まったくの冗談ですけど、もし学力調査で国語

    は漢字だけ、算数は計算問題だけという問題が出されたら、

    全国の学校は一斉に漢字ドリルと計算ドリルだけに力を注ぐ

    ことになります。出題の質が悪かったら、教育の質も悪くな

    っていきます。それだけに、どんな問題が出されるかは重要

    です。

    西林 私は子どもの学力の脆弱化が進んでいると思います。

    算数の計算領域における実態を見るために、ある学校を対象

    に学力調査を行ったことがありました。例えば「小数の足し

    算」についての正答率(図表3)なんですが、1.5+2.3とい

    った最も易しい問題については、かなり正答率が高いんです。

    ところが28+4.5とか34.5+8.71といった小数点以下の桁数

    が揃っていない問題になると、がくんと出来が悪くなります。

    小数点の計算の考え方をしっかりと理解できていないため

    に、学力の脆弱さが表れてしまうわけです。

    ちなみに先生方の中には、小数点が揃っていない問題を

    「意地の悪い出題」として嫌悪する方がいるのも事実です。し

    かし、位取りの考え方を「本わかり」させるには、あえてこ

    うした問題を積極的に使用する必要があるし、また学力調査

    においても、「本わかり」しているかどうかを確かめるため

    に、学習指導要領を超えた、まだ子どもたちが出合っていな

    い問題を出題するのも意味があると思います。

    さまざまな課題を自分の力で解決していく「タフな学習者」

    を育てたいですね。考える力か基礎基本かのどちらか一方に

    振れるのではなく、両者を統合していく第3の道を見つけて

    いく努力が必要とされているのではないでしょうか。

    立崎

    崎立立�

    13

    NO

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    6

    図表[3] 小数の足し算�100

    90

    80

    70

    60

    501.5+2.3 0.3+14.8 28+4.5 34.5+8.71

    正答率(%)�

    課題難易順�

    4年�

    5年�

    特集 学力調査、その狙いとデザインを考える──子どもの学力向上につなげるために求められること──

    調査は地方中核都市の公立小学校において悉皆調査の形式で行われたサンプル数は4年129名、5年130名西林克彦著「できるように見える子どもたち|算数中間学力層の脆弱さに関する認知心理学的研究」(2005年)より