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阪大物理学オナーセミナー (担当:久野、長島):Note 3 平成 20年 7月 10日
3 超対称性・ゼロ点エネルギー
3.1 復習:調和振動子の量子化
量子化手続きにはハミルトニアンを使う正準形式が用いられる。調和振動子のハミルトニアンは、式 (1)で与えられる。
H =p2
2m+
mω 2
2q2 (1)
調和振動子の運動方程式を具体的に計算すると
q̇ =∂H∂p=
pm, ṗ = −∂H
∂q= −mω 2q (2a)
∴ q̈ = −ω 2q (2b)
ここまでは古典論である (補遺参照)。ここで
[q, p] = i~ (3)
という量子化条件を課し、qや pはハイゼンベルグの運動方程式
~dOdt= i[H, O] (4)
に従う演算子と見なせば、量子力学に移行できる*1) 。さらに
q =
√~
2mω(a+ a†), p =
1i
√m~ω
2(a− a†) (5)
を導入すると量子化条件は、[a, a†] = 1 (6)
ハミルトニアンおよび演算子 (a, a†)の運動方程式は
H = ~ω
(a†a+
12
)≡ ~ω
(N +
12
)(7a)
と書き換えられる。1体の調和振動子を考える限り、これはエネルギーが基底状態の整数倍に等しいという事実を示すだけにすぎないが、ここで重要な再解釈を行うと場の量子論に移行できる。すなわち粒子のエネルギーが n倍になるのではなく、エネルギー ω を持つ粒子が n個生成されたと考えるのである。そうすると N = a†aは粒子の数演算子を表し、ハミルトニアン H = ω a†aはN個の粒子のエネルギーを表す。a, a†は粒子の消滅・生成演算子と解釈できる。
* 1) ハイゼンベルグ表示では演算子が時間に依存するが、状態は時間に依存しない。シュレーディンガー表示では、時間依存性は状態 (波動関数)にあり、演算子は時間に依存しない。E = H において、E→ i~d/dt, p→ −i~d/dxと置き換え波動関数にかかる演算子と見なせば、量子化条件 (3)が充たされるのでやはり量子力学に移行しシュレーディンガー方程式が得られるが、この時の演算子は時間依存性を持たない。
1
フェルミオンの量子化 調和振動子は、q̈ = −ω 2qという方程式に従うが、この方程式は、ハミルトニアン (1)と q, pの交換関係 (3)から、ハイゼンベルグの運動方程式 (4)を使って導けた (組み合わせ A)。一方、ハミルトニアン (7a)と a,a†の交換関係 (6) (組み合わせ B)から、aがやはり調和振動子であることを導けた。この (q, p)と (a, a†)は式 (5)で結びついており、どちらの組み合わせから出発しても他方を導けるので、組み合わせAと組み合わせBは同等である。ところで、組合わせBを出発点にとると、交換関係 (6)は唯一の選択ではない。反交換関係
[a, a†]+ ≡ {a, a†} ≡ aa† + a†a = 1{a, a} = {a†,a†} = 0
(8)
を要求しても、ハイゼンベルグの運動方程式から調和振動子であることは導ける。しかし、この場合の個数演算子の固有値は
N2 = a†aa†a = a†(1− a†a)a = a†a = N∴ N = 1, 0
(9)
となり、N=1または 0の固有値しかとれない (フェルミ統計)。固有ベクトルは |1 >, |0 >のみである。また
Na†|0 >= a†aa†|0 >= a†(1− a†a)|0 >= a†|0 > (10)
であるから、a†|0 >は Nの固有値が 1の固有ベクトルである。従って
a†|0 >= |1 > (11)
同様にしてa|1 >= |0 >, a|0 >= 0, a†|1 >= 0 (12)
結局、a, a†は消滅生成演算子としての解釈が成り立つが、反交換関係を充たす系では、状態を指定すると粒子は最大1個しか入れない。このような粒子をフェルミ粒子と言う。この生成消滅演算子から (5)を使って q, pに直したハミルトニアンは
H = iωqp (13)
であるので、古典的解釈が付けられず純粋に量子力学的概念である。ただし、a, a†で表すと
H =ω
2
(a†a− aa†
)= ω
(a†a− 1
2
)(14)
となり、妥当な解釈が可能である。なお、交換関係 (6)を充たす系は、一つの状態に何個でも粒子が入れる。これをボーズ統計に従うという。一般に整数スピンを持つ粒子はボーズ粒子(ボソン)であり、半奇数スピンを持つ粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)である。これをスピンと統計の関係と呼ぶ。
3.2 超対称性操作とは
toyモデル 超対称性が存在すると、同じ質量を持つボソンとフェルミオンが対になり多重項を作ることを、簡単な toyモデルで考察しよう。今フェルミオンとボソンの消滅演算子を、a,bで表すと最も簡単な調和振動子のハミルトニアンは
H = ω Fa†a+ ω Bb
†b, (15)
{a, a†} = [b,b†] = 1, {a,a} = {a†,a†} = [b,b] = [b†,b†] = 0 (16)2
で与えられる。超対称性演算子Qを
Q ≡ b†a, Q† = a†b (17)
で定義すると[Q,H] = (ωF − ωB)b†a, [Q†,H] = −(ωF − ωB)a†b (18)
すなわち ωF = ωBならば Q,Q†はハミルトニアンと交換し、時間によらない保存量である。また
[NB,Q] = [b†b, b†a] = b†a = Q, [NB,Q
†] = −Q† (19a)[NF ,Q] = [a
†a, b†a] = b†a = −Q, [NF ,Q†] = Q† (19b)
が成立することも容易に導ける。従って
NBQ|ψ > = QNB|ψ > +Q|ψ >= (nB + 1)Q|ψ >NFQ|ψ > = QNF |ψ > −Q|ψ >= (nF − 1)Q|ψ >
NBQ†|ψ > = Q†NB|ψ > −Q†|ψ >= (nB − 1)|ψ >
NFQ†|ψ > = Q†NF |ψ > +Q†|ψ >= (nF + 1)|ψ >
(20)
これは、Qがボソン数を1増やしフェルミオン数を1減らすこと、すなわちフェルミオンをボソンに変える演算子であることを意味する。同様に、Q†はボソンをフェルミオンに変える演算子である。
|nB,nF >=(b†)nB√
nB!(a†)nF |0 > (21)
を定義すれば
Q|nB,nF > =
√
nB + 1|nB + 1,nF − 1 > nF , 00 nF = 0
(22a)
Q†|nB,nF > =
1√nB|nB − 1, nF + 1 > nB , 0, nF , 1
0 nB = 0 or nF = 1(22b)
は容易に証明できる。さらに、
{Q,Q†} = 1ω
H (23)
であるので、演算子の組 Q,Q†,Hは閉じた代数系を構成する。すなわち、超対称性が存在するならば、超対称性演算によりフェルミオンとボソンが入れ替わるから、同じ質量を持ち同じ多重項に属するフェルミオンとボソンの対が存在する。式 (23)は演算子Qがハミルトニアン演算子のいわば平方根みたいな量であることを意味する。Hは時間並進の演算子で時空に関わる演算子である。すなわち超対称性は時空対称性と内部対称性をつなげる演算子であり、通常の内部対称性が時空と内部対称性 (アイソスピン)を完全に切り離していることと際だった違いである。もう一つの著しい特徴は、超対称性が成り立てば真空エネルギーがゼロでなければならないということである。真空を |0 >とするならば
a|0 >= b|0 >= 0 (24)
3
であるから、Q|0 >= 0 = Q†|0 > (25)
式 (23)の真空期待値をとると< 0|H|0 >= 0 (26)
この理由は、ボソン場を量子化したハミルトニアンがH =∑ω (b†b+ 1/2)となるに反し、フェルミオン
場を量子化したハミルトニアンは H =∑ω (a†a− 1/2)のようにボソンとは符号が逆のゼロ点エネルギー
を与えることにあると考えられる。場の理論では半奇数スピンを持つフェルミオンはスピノール場で、整数スピンを持つボソンはスカラーやベクトル(一般的にはテンソル場)で表される。式 (22)の両辺のスピンを比較すれば、超対称演算子Qはスピノール場で表されることが判る。エネルギー・運動量や内部対称性保存量(電荷やアイソスピン)がすべてテンソル場で表される量であることと著しい対象をなしている。
3.3 超対称性が存在すると何が変わるか?
以下、超対称性のかわりに SUSY(=Super Symmetry)という言葉を採用する。
1. 全ての既知の粒子にたいし SUSYパートナーが存在するので、粒子数が倍増する。ただし、同じ質量のSUSYパートナーは観測されていないので、SUSYは破れている。また、SUSYが存在するとアイソスピン 1/2のヒッグス場が二つ必要で、自発的に対称性が破れた後は、2種類の中性ヒッグス (h0,H0)と正負の電荷を持つ荷電ヒッグス (H±)が必要であるので、対応する SUSY粒子も増える。
クォーク ⇒ スピン 0の squark (q̃L, q̃R) 一般にmq̃L , mq̃Rレプトン ⇒ スピン 0の slepton (l̃L, l̃R) 〃 ml̃L , ml̃R
ゲージ粒子 ⇒ スピン 1/2のゲージーノ (g̃, γ̃, W̃±, Z̃)(グルイーノ、フォティーノ、ウィーノ、ジーノ)
ヒッグス ⇒ スピン 1/2のヒッグシーノ (h̃0, H̃0, H̃±) グラビトン ⇒ スピン 3/2のグラビティーノ (G̃)
S U(2)× U(1)対称性 (電弱相互作用)が自発的に破れると、ヒッグシーノと電弱ゲージーノは混合して、2種類のチャージーノ χ̃±と 4種類のニュートラリーノ χ̃0となる。
χ̃±1 , χ̃±2 ∼ (W̃± + H̃±), チャージーノ
χ̃01, χ̃02, χ̃
03, χ̃
04 ∼ (γ̃ + Z̃
0 + h̃0 + H̃0) ニュートラリーノ
最も軽い χ̃01は、次に述べるR-パリティが保存すれば安定粒子であり、ビッグバンで作られて未だに残っているはずである。また、暗黒物質に適合すべき条件を種々備えており、暗黒物質の最有力候補である。
2. MSSM *2) を含む大方の SUSY理論では、Rパリティが保存する。
R= (−1)2S+3B−L S,B,Lはスピン、クォーク数、レプトン数 (27)* 2) Minimum Supersymmetric extension of Standard Model
4
したがって既知の粒子は全て R=+、全ての SUSY粒子は R=-である。この結果、最も軽い SUSY粒子は安定で、通常 χ̃0か G̃とされる。R-パリティが保存するため、SUSY粒子生成は対生成もしくは連携生産のみ可能となる。
3.4 SUSYがあると何が良いか
1. 大統一理論の階層問題の困難の除去。大統一は & 1016GeV付近で成立する。大統一理論では強い相互作用のゲージ場グルーオンと電弱相互作用のゲージ場 (γ,W±,Z0) が単一の対称性に従うゲージ場としてまとめられる。大統一理論で可能な最小の対称性 SU(5)には、標準理論のゲージ場の他に (X,Y) というゲージ場が現れる。X,Y はカラーとアイソスピンの両方を持ち、クォークとレプトンを混合させることができるので陽子崩壊を起こすことができる。大統一エネルギー付近で第 1回目*3) の (大統一)相転移が生じ (対称性が自発的に破れ)て、X,Y が質量を獲得するので (mX,mY ∼ 1016GeV)で、電弱相互作用と強相互作用が分離するとともに、X,Y の介在する大統一力は弱くなる。*4) ∼ 1TeVで第 2の (電弱)相転移が起こり、弱い相互作用のゲージ粒子が質量を持つ。すなわち、大統一理論には、mGUT ∼ 1016GeV, mW ∼ 102GeVという二つのエネルギースケール (階層、hierarchy)が存在する。
理論計算は最低次のトリー近似の他に通常高次のループ補正 (量子ゆらぎ)を含む。例えば質量計算の場合、電弱相互作用による補正は ∼ mW、X,Y との相互作用は ∼ MGUT程度の補正を与える。現実の現象観測値を与えるためには、∼ MGUTの補正はあってはならず、摂動の各次でGUT補正を相殺してゼロにしなければならない。フェルミオンにはカイラル対称性、ゲージ場にはゲージ対称性があり、質量を軽くするメカニズムを内包するが、スカラー粒子すなわちヒッグス場にはそのような対称性は知られていない。スカラー粒子の質量補正は、関与する粒子質量の 2乗に比例するので、GUT効果を相殺するには (mW/mGUT)2 ∼ 10−28の桁の微調整が必要である。しかもこれを摂動の各次で行わなければならない。これは大変に不自然 (unnatural)と考えられている。これを階層問題という。これを防ぐ方法は大きく言って2種類ある。
1)ヒッグス粒子を複合粒子と考える (テクニカラー理論)。この場合高エネルギーではヒッグスは分解するので、理論のループ計算にも自然に高エネルギー切断が入り、微調整をせずとも補正を小さくできる。クーパー対との類推から言っても物理的にはありそうに思えるが、この方法でのモデル構築にはいろいろ困難があり、今は人気がない。
2)超対称性を要求する。ヒッグスの質量補正を含め大方の過程で、ボソンとフェルミオンで正反対の符号を持ち、互いに相殺する性質がある。ゼロ点エネルギーが超対称性を要求すると消滅することは既に述べた。SUSYが厳密に成り立つならば、ループ内にはフェルミオンとボソンがペアで現れ (図 1)かつ相殺は完全なのでゼロ補正を与える。SUSYがエネルギースケール ∼ mS US Y以下で破れているとすれば、補正は
∼ O[(Λ2 +m2F) − (Λ2 +m2B)] = m2F −m2B ∼ O(m2S US Y)
* 3) 大統一では重力は考えないが、重力も入れた統一理論では第 2回目となる。* 4) ゲージ粒子が質量を持つとゲージ粒子を交換する過程は ∼ (12/m2)2だけ起こりにくくなる。理由は、ゲージ粒子が質量を持つと短距離力になることにある。ゲージ粒子の交換で生じるポテンシャルが湯川型 ∼ 12e−mr/r となり、このフーリエ変換 (運動量空間での成分)は 12/(Q2+m2)なので、低エネルギー (E ∼ Q
図 1:ヒッグス粒子の自己エネルギー (質量)補正項。標準モデルによる補正項 (a)(b)(c)は、2次発散を与えるが、対応する SUSYパートナーの寄与 (d)(e)(f)により相殺される。
である。Λは切断エネルギーである。種々の現象論からの現在の予想では、m2H . (1Tev)2である
から、mS US Y. 1TeVと推察される。
2. 同一多重項に属する粒子の量子数は同じである。すなわち、SUSY粒子はペアを組む標準理論粒子と同一の相互作用を持ち*5) 、強さも同じである。この性質は SUSYが破れても変わらない。
3. SUSYが存在する実験的証拠 (ヒント)がある(図 2)。ゲージ粒子の結合定数は、高次補正を入れる
図 2:高エネルギーでの基本的な力の強さの変化とそれらの強さの統一の図。縦軸は力の強さの逆数で、横軸はエネルギー(距離の逆数)である。これらの強さ(結合定数)が高エネルギーで一致する可能性を示唆している。赤線は超対称性粒子が存在している場合、黒線は超対称性粒子がない場合であり、後述のように超対称性粒子が存在している場合に力の統一がうまくいくことが分かる。一致点は Q ∼ 1016GeV付近。(東京大学宇宙線研究所・久野純治氏より)
とエネルギー (より正確には運動量遷移 Q2)の関数として変化する。計算は繰り込み群方程式を使って得られ、補正量は関与するゲージ粒子により異なる。SUSYを入れない補正はエネルギーの高いところで3種の相互作用の強さが一致しないが、SUSYを Q & mS US Y∼ 1TeV付近から入れると、3つの相互作用の強さが一致し、大統一が成立している可能性がある。
* 5) スピンの違いによる構造の差は当然ある。
6
4. 暗黒物質の最有力候補を与える。宇宙に存在する暗黒物質の性質は、宇宙の大規模構造や宇宙マイクロ波背景輻射 (CMBR) *6) の分布などからある程度判っていて、電気的に中性でカラーを持たず、通常物質とは非常に弱い相互作用しかせず、そしていわゆる冷たい物質 (p
や、原子核による µ → e転換反応は、ハドロン反応に比べバックグラウンドが少なくかつ SUSYによる大きな反応率増大効果が期待されるので、検出可能性がある (図 4)。
図 3:香りの変化 ( µ→ e)過程。(a)標準モデル。実験不可能なほど反応率は小さい。(b) SUSY粒子 (ニュートラリーリノと”slepton”)が内部ループに入ると検出可能性がある。
図 4: µ → e過程反応率の過去実験上限値と計画中( MECO (中止), PRISM )の到達予想値を、SUSYモデルの予想値と比較する。
3. 暗黒物質探索:暗黒物質の候補は SUSY粒子に限らないが、SUSYのニュートラリーノが最有力候補である。宇宙・素粒子物理の最先端のテーマである。
3.6 真空エネルギー
標準理論は真空がある種の超伝導状態にあるという前提で成り立つ。これは真空のエネルギー最低状態が変化すること、すなわち真空がエネルギーを持つことを意味する。超弦理論では4+D次元時空を扱う。我々の住む空間は 4次元であるから、余剰のD次元空間の構造により、真空が様々な性質を持つ。宇宙にはダークエネルギーと呼ばれるある種の真空エネルギーが充満しており、その量は宇宙エネルギーの∼ 70%を占める。これらは互いに関連しているかも知れない。真空の理解は 21世紀最先端の話題となろう。ここでは、調和振動子の量子化から生まれた場のゼロ点エネルギーが実際に存在することを示す。原因は量子ゆらぎである。古典的物理像では真空とは何もない無の世界と考えられるが、量子力学ではハイゼンベルグの不確定性原理により、短い時間ならばエネルギーが発生し、粒子・反粒子対を発生できる。全空間にわたりエネルギーが揺らいでいれば平均的に真空がエネルギーを持つ状態となる。
3.6.1 ゼロ点エネルギーとカシミヤ効果
場の量子論で電磁場のエネルギーを計算すると
E =∑
k,spin
~ω(k)(a†(k)a(k) +
12
)(32)
8
従って粒子数がゼロの真空状態においても、
E0 =~c2
∑k,spin
√k2x + k2y + k2z (33)
だけのエネルギーを持つ。これは定数であるが発散する量である。電磁場のエネルギーは常に基準エネルギーとの差を問題にするので、通常は問題にならないが、重力を含めるときは、エネルギーの絶対値が問題となるので、無視するわけには行かない。ゼロ点エネルギーは不確定性原理にに基づき、真空がエネルギー的に揺らいでいることを意味する。簡単に言えば真空には波が立っていること (図 5、6)を意味する。この真空エネルギーが実際に存在することはカシミヤ効果 (図 6)によって確かめられている。
図 5: (a)真空は何もない空間ではなく、量子ゆらぎによりエネルギー状態が変わり、また粒子対が生成消滅を繰り返している、いわば温泉地獄のように煮えたぎっている状態である。2枚の絵は違う時刻のエネルギーを 2次元的に表現したものである。(b)空間が波立っているかどうかを探るには、波を感じる2つの物体を近距離に置けばよい。波が静かであれば2艘のボートは静止している。(c)波立っていると 2艘のボート間に力が働き互いに近づく現象が観測される。
図 6:カシミヤ効果:(a)近接した 2枚の平行金属板には力が働く。電磁場のゼロ点エネルギーの存在証拠。(b)理由:空間にゼロ点エネルギーを持つ電磁場が存在するとしよう。金属板の間隙内では特定の波長の電磁波のみ許される。したがって自由空間に比べ存在する波が少なく、外側に比べエネルギー密度が小さくなるので、金属板に引力が働く。
3.6.2 カシミヤ効果の計算
カシミヤ効果の定量的評価のため、間隔が dで、面積が L2の2枚の金属平行板を考える。平行板内のゼ9
図 7:カシミヤ効果の計算に用いる量の定義。
ロ点振動は、金属板が存在しないときとは異なる。なぜならば、金属板が完全導体で帯電していないとすれば、導体表面における境界条件で、存在し得る電磁波に制限が付くからである。平行版内のエネルギーを計算するとやはり無限大となるが、平行板がないときとの差は有限となるので、平行板の間に働く力を計算でき実験により検証が可能である。
まず最初に、1次元のスピンゼロの波を考える。境界条件により、z軸方向の波数には条件が付く。波数を kとすれば、金属面で電場はゼロとなるから、
sinkz= 0, at z= 0 or d (34a)
∴ kd = πn (n = 1,2, . . . ) (34b)
E0 =12
∑k
~ω =12~c
∑k
k =~cπ2d
∞∑n=1
n (35)
これは発散する量であるが、発散の度合いを見やすくするために、あるパラメター αの極限値として正則化を行う。k→ ke−αk/πと置き換えれば、k ∝ n→ ∞でも発散しない。このように置き換えて収束するようにしてから計算をし、最後に α→ 0とする*7) 。以下、自然単位 ~ = c = 1を使う。
Eα =12
∑ke−αk/π =
π
2d
∑ne−αn/d = − π
2d
(d∂
∂α
)∑e−αn/d = −π
2∂
∂α
(−1+ 1
1− e−α/d
)=
π
2de−α/d
(1− e−α/d)2α→0−−−−→ πd
α2− π
24d+O(α2) (36)
対応するエネルギー密度は
ϵ =E0d=
π
2d2e−α/d
(1− e−α/d)2α→0−−−−→ π
α2− π
24d2+O(α2) (37)
金属板が無い場合のエネルギー密度は、d→ ∞で与えられるから、差をとり α→ 0とすれば、間隔 dの空間内にある全エネルギーは、エネルギー密度を d倍して
Ecab = limα→0
[E(d) − E(d = ∞)] = − π24d
(38)
* 7) 金属は高い周波数の電磁波に対しては透明になるので、減衰因子を掛けることは、物理的にも正当化される論理である。
10
これから、導体間に働く力は
F = −∂Ecab∂d
= − π24d2
(39)
***********************************************
注釈:式 (35)はゼータ関数
ζ(s) =∑n=1
1ns
(40)
を使えば、E0 =
π
2dζ(−1) (41)
と書き表される。式 (40)によるゼータ関数の定義は、s> 1でのみ収束するが、解析接続すれば、s= 1以外の全複素平面で収束する正則関数であることが判っている。
ζ(−1) = − 112
(42)
を使えば、ただちにEcab = E0 = −
π
24d(43)
この式は、金属板がないときのエネルギーを引き算することなしに得られた。ゼータ関数の適用できる状況は限られているが、場の量子論に伴う無限大がゼータ関数で解決できることは、無限大の困難の原因が、展開してはいけない級数展開から来るのかもしれないという一つの暗示かもしれない。
***********************************************
3次元計算 3次元の場合も同様にして計算できる。ここでは結果のみ記す。単位面積あたりのエネルギー密度は
∆E = d∆ϵ = − π2
720d3(44)
間隔が dの平行導体に働く単位面積あたりのカシミヤ力は、次元を回復して
FCasimir = −∂
∂d
(− π
2~c
720d3
)= − π
2~c
240d4= −1.3× 10
−3
[d(µm)]4Pa= −1.3× 10
−7
[d(µm)]4N/cm2 (45)
実験に際しては、金属板は完全導体ではなく、温度も絶対零度にはほど遠いことを考慮して補正する必要がある。平行導体板に 17mVの電圧が掛かると、クーロン力による引力はカシミヤ力より強くなるので、これは困難な実験である。
11
図 8:カシミヤ力の間隔 dによる変化。ある程度以上近づけないと、カシミヤ効果は重力作用に隠されて見えない。
図 9:平行板の代わりに、球と板の組み合わせで行った実験。アルミの球と平板 Bの間の力を測定 (1%精度)(AFM(原子間力顕微鏡)の原理を用いた測定。アルミ球の直径は 201.7μm)。力が働き、球と平板の間隔 zが変わるとレーザービームが動き感知される。W. Harris, F. Chen, and U. Mohideen: Phys. Rev A 62 (2000) 052109
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