Title 女性傍尿道部嚢腫の1例

Author(s) 深田, 聡; 井上, 啓史; 澤田, 耕治; 安田, 雅春; 執印, 太郎

Citation 泌尿器科紀要 (2001), 47(3): 207-210

Issue Date 2001-03

URL http://hdl.handle.net/2433/114478

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

泌 尿 紀 要47:207-210,2001 207

女 性 傍 尿 道 部 嚢 腫 の1例

高知医科大学泌尿器科学教室(主 任:執 印太郎教授)

深 田 聡,井 上 啓史,澤 田 耕治

安田 雅春,執 印 太郎

FEMALE PARAURETHRAL CYST : A CASE REPORT

Satoshi FUKATA, Keiji INOUE, Kohji SAWADA,

Masaharu YASUDA and Taro SHUIN From the Department of Urology, Kochi Medical School

We experienced a case of paraurethral cyst in a 42-year-old woman. A paraurethral cyst, the diameter of which was about 2 cm, was observed in the septum between urethra and vagina. No communication between the cyst and urthra or vagina was detected. The resected cyst did not reveal malignant findings. Sixty-one cases of paraurethral cyst in the Japanese literature are also reviewed.

(Acta Urol. Jpn. 47 : 207-210, 2001) Key word : Paraurethral cyst

緒 言

女性傍尿道部嚢腫は尿道との交通を認めない嚢腫と

定義され,尿 道腔中隔部を中心 とした尿道周囲に存在

する.今 回,わ れわれ はその病理学的所見 よ り,

Muller管 嚢腫 と考えられ,嚢 腫部分切除術 を施行 し

治癒 した1例 を経験 したので報告する.さ らに,女 性

傍尿道部嚢腫は本邦では自験例を含め61例 の報告があ

り,そ れらを成人例45例,小 児例16例 に分類 し,若 干

の文献的考察を加えた。

症 例

患者:42歳,女 性

主訴:外 尿道口部腫瘤

家族歴 既往歴:特 記事項なし

現病歴:1999年1月 頃より外尿道口下部に腫瘤を自

覚 し,2月9日 当科外来受診 となる.受 診時,排 尿

痛,排 尿障害などの自覚症状は認めなかった.一 旦,

外来経過観察されていたが,腫 瘤の増大傾向を認め,

1999年8月2日,精 査加療 目的にて入院となる.

現症:体 格栄養中等度.胸 腹部理学所見異常なし.

外陰部所見は尿道膣中隔部のほぼ正中線上に径2cm

大の表面平滑,弾 性軟の腫瘤を認めた.腫 瘤を圧迫し

ても排液および腫瘤の縮小はみられなかった.外 尿道

口は上方に偏位 していた(Fig.1).そ のほか,異 常所

見は認めなかった.

検査成績:末 梢血液,血 液生化学,検 尿,沈 渣では

特に異常所見は認めなかった.

画像検査:DIPに て上部尿路に異常所見は認めな

い.MRIで は膣前庭部に約15×10mmの 境界明瞭,

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Fig. 1. A paraurethral cyst, the diameter of

which was about 2 cm, was observed

in the septum between the urethra and

vagina.

辺縁整,内 部構造均一なcysticmassを 認めた(Fig.

2).排 尿時膀胱尿道造影では腫瘤への造影剤の貯留は

認めなかった.嚢 腫穿刺お よび嚢腫造影を施行 した

が,嚢 腫の内腔はほとんどなく,ま た尿道との交通 も

認めなかった.嚢 腫穿刺内容液は細胞診で悪性所見な

く,細 菌培養 も陰性であった.

以上の結果より,傍 尿道部嚢腫と診断し,1999年8

月16日,経 前庭的嚢腫部分切除術を施行 した.

手術所見:前 膣壁に約4cmの 縦切開 を置いた.

膣,尿 道壁との境界は不明瞭で,注 意深 く鈍的操作を

施行するも,癒 着は高度であった.尿 道壁の損傷を回

避すべ く,全 摘除術は行わず,可 能なかぎり嚢腫壁を

切除し手術 を終えた.

組織学的所見:嚢 腫内面は一部,粘 液を含む円柱上

皮を認め,大 部分は非角化性重層扁平上皮で覆われて

いた.

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泌尿紀要47巻3号2001年

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また,上 皮直 下 に は リ ンパ 球 主体 の炎 症細 胞 浸 潤 を

軽 度 認 め た.悪 性 所 見 は認 め なか った(Fig、3).

術 後 経 過:術 後 経 過 良好 で,嚢 腫 の再 発,外 陰 部 の

変形 もな く,排 尿 痛,排 尿 障害,尿 失 禁 な どの 自覚 症

状 も認 めて い な い.

考 察

尿 道膣 中隔 部 の嚢 腫 性 疾 患 は一 般 的 に は,尿 道 との

交 通 の 有無 にか か わ らず,尿 道憩 室 と定義 され るが,

狭 義 には尿 道 との 交通 を認 め る もの を尿道 憩 室,交 通

を認 め ない もの を傍 尿 道 嚢 腫 と定 義 され る1)自 験 例

で は嚢 腫造 影 にて 尿 道 との交 通 は認 め られ な か った た

め,傍 尿 道 嚢 腫 と診 断 した.わ れ わ れ の 調 査 に よれ

ば,本 邦 で は1996年,玉 田 ら1)に よ り56例 が 集 計 さ

れ,そ の 後4例 が 報 告 され て い る(Tablel)2'5)自

験 例 は これ らにつ ぐ本邦61例 目と思 わ れ る.そ こで,

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×40).

わ れ われ は 本邦 で報 告 され た61例 を成 人 例45例,小 児

例16例 に分類 し,両 者 の相 違 点 につ いて,比 較検 討 を

行 っ た(Table2).

本 疾 患 の発 生 要 因 は先 天 性,後 天性 に2分 され6)・

前 者 は小児 に後 者 は成 人 に 多 く,多 数例 は後 天1生で あ

る.先 天 性 の 要 因 と し て は,①Gartner管 嚢 腫

(Wolff管 原基 の 不 完 全 癒 着 に よ る もの),②Muller

管嚢 腫(傍 中腎 管 由 来),③Skene氏 管 嚢 腫(泌 尿 生

殖 洞,傍 尿 道腺 由 来),④ 膣 嚢 腫(子 宮 膣 管 の 遺 残)

な どが あ り,成 人 例 に 比 べ,感 染 と の 関 連 性 は 少 な

い.ま た これ らは完 全 に 区別 す る こ とは 困難 で あ り,

また必 ず しも区別 す る必要 もな い ため,大 き く一 疾 患

と して取 り扱 うべ き とい う考 え もあ る3)後 天 性 の要

因 と して① 分娩,性 交 に よる尿 道 損 傷,② 尿 道周 囲腺

の 感染,③ 尿道 内機 械 操作,④ 尿 道 結 石 な どの 関連 性

が 報告 され て い る4)わ れ わ れ の検 討 に お い て も,成

人 例 に お い て,結 婚 歴27例(60%),分 娩 歴27例

(60%)と,嚢 腫 の 発 生 に性 交,分 娩 時 の 尿 道 損 傷,

感 染 の 関連 が示 唆 さ れた.自 験 例 も2度 の 分 娩歴 が あ

り,ま た病 理組 織 上 嚢 腫 壁 内 に炎 症 細 胞 浸 潤 を認 め た

こ と よ り,尿 道 周 囲腺 に感 染 に よる 閉塞 が 起 り,感 染

性 嚢腫 が形 成 され た と も考 え られ る.

好 発 年 齢 は20～40歳3)(本 邦 で は25～55歳7))で,

分 娩 時 の外 傷 が 多 い た め,既 婚 者 で かつ 分 娩 歴 の 多 い

女 性 に多 い とされ て い る8)

自覚 症状 と して は,外 陰 部 腫 瘤 が最 も多 く,つ いで

膀 胱 炎,尿 道 炎 症 状(外 陰部 不 快 感,頻 尿,排 尿 痛,

残 尿 感)が 多 い.ま た嚢 腫 が 増 大 す れ ば尿 道 を圧 迫 し

排 尿 障 害 や尿 失 禁 な どの症 例 を示 す こ と も考 え られ る

が,実 際 に は,臨 床 症状 を呈 す る もの は きわ め て 少 な

く,か つ 比 較 的軽 い もの が多 い.自 験 例 で も外 尿 道 口

部 腫瘤 の 自覚 の み で あ った.ま た小 児 の場 合 は,母 親

に よる会 陰 部腫 瘤 の指 摘 が 主訴 の大 部 分 を 占め る.

嚢腫 の大 き さは一 般 的 にlcm前 後 で,そ れ 以 上 大

き くな る こ と は少 な い と され て い るが,報 告 例 を集 計

す る と,成 人 例 は平 均2.57cm,小 児 例 は1.13cm

と成 人 に お い て若 干 嚢腫 径 は大 きい よ うで あ る.自 験

例 で も初 診 時 と比 較 し,入 院 時 に は径 約2cmと 明 ら

か な増 大傾 向 を示 してい た.

鑑 別 診 断 と して は,充 実 性 の 腫 瘤 と し て,leio-

myoma(平 滑 腫),lipoma(脂 肪 腫),fibroma(線 維

腫),lymphangioma(リ ン パ 管 腫),neurofibroma

(神経 繊 維 腫)な どが あ げ ら れ る.ま た,嚢 腫 性 の も

の と して,異 所 性 尿 管瘤,傍 尿 道 部 膿 瘍,尿 道 脱 な ど

が 考 え られ る.さ らに本 邦 で は1例 で は あ るが 腺 癌 の

合 併 例 も報 告 され て お り9),厳 密 な鑑 別 が 重 要 で あ

る.ま た 小児 例 で は腎 無 形 成 な どの尿 路奇 形 の 合併 も

報 告 さ れ て お り10),同 時 に そ れ ら の検 索 も必 要 で あ

る.

深田,ほ か:女 性傍尿道部嚢腫 209

Tablel. R・p・ ・t・d・a・e・ ・fp・ ・au・eth・al・y・t・fterthcca・e・rep・ ・t・dbyT・m・d・ ・t・1.1)

番号 報告年 報告者 年齢 主訴 嚢腫の大 きさ 治療法 結婚 分娩歴 病理組織

57

58

59

60

61

1996

1997

1997

1998

1999

垣本 ら

松 本 ら一柳 ら

津田 ら

自験例

34

0

60

0

42

外尿道口部腫瘤

会陰部腫瘤

外尿道口部有痛性腫瘤

陰唇間腫瘤

外尿道口部腫瘤

3.0×2.5×1.5cm

O.7×0.8cm

不 明

小 指 頭 大

2.Ocm

経膣的嚢胞摘出術 既

経膣前庭的憩室摘出術 未

経底的嚢腫全摘術 不明

嚢腫穿刺術 未

経膣的嚢腫部分切除術 既

1扁 平上皮

0重 層扁平上皮

2重 層扁平上皮

0不 明

2重 層扁平上皮

Table2.Analysisoffemaleparaurethralcysts

成人例(45例) 小切例(16例)

1.年 齢

2.主 訴

3.結 婚 歴

4.分 娩 歴

5.嚢 腫 径

6.治 療 法

7、 病 理 組織

17～67歳(平 均35.0歳)

外陰部腫瘤26例

外陰部不快感6例

排尿痛3例

排尿困難2例

その他8例

既婚27例

未婚6例

不明12例

有27例

無10例

不明8例

O.5～4.Ocm(平 均2.57cm)

全 摘 除術42例

部 分 切 除術(内 壁 剥 離)2例

開窓 術1例

扁平上皮

移行上皮

円柱上皮

扁平,移 行,円 柱上皮

移行,円 柱上皮

移行,立 方上皮

不明

18例

6例

2例

2例

1例

1例

15例

O～10歳(平 均2歳4カ 月)

外陰部腫瘤

排尿困難

異常分泌

14例

1例

1例

0、5～2,2cm(平 均1.13cm)

摘除術

開窓術

嚢腫穿刺

無治療,自 然縮小

移行上皮

円柱上皮

扁平上皮

不明

6例

5例

4例

1例

2例

2例

1例

10例

検査法 としては,視 診,触 診 により本疾患 を疑え

ば,充 実性または嚢腫性の鑑別のため超音波検査を行

い,ま た尿道との交通性の確認のため,排 尿時尿道造

影,嚢 腫穿刺造影,高 圧尿道造影などを行 う.さ ら

に,尿 道膀胱鏡お よびCT,MRIな ども有用である

と考える。

病理組織像は,上 皮は脱落 している場合 もあるが,

重層扁平上皮が最 も多 く,つ いで移行上皮,円 柱上皮

が多 く.ま た先天性嚢腫では,Gartner管 嚢腫は円柱

上皮 または立方上皮,Muller管 嚢腫は円柱上皮ごく

稀に扁平上皮,Skene氏 管嚢腫は移行上皮,膣 嚢腫は

扁平上皮であると考えられている1Dま た小児例 と

成人例を比較すると,成 人例の方が扁平上皮の頻度が

多いと考えられており,わ れわれの集計においても,

成人例では18例(40%)で あるのに対 し,小 児例では

1例(6%)の みであった。自験例 も大部分が扁平上

皮で覆われていたが,一 部,粘 液を含む円柱上皮が認

められ,嚢 腫の由来はMuller管 であると考えた.

治療としては,姑 息的な方法として穿刺吸引,造 袋

術などがあるが,成 人例では術後の再発,悪 性疾患と

の鑑別のため,経 膣的あるいは経前庭的に嚢腫全摘除

術が施行されることが多い13)し かし嚢腫径が大き

く,か つ尿道との癒着が高度であると,尿 道壁損傷の

可能性が大きくなり,全 摘除術は困難な場合もあり,

手術時間の延長を余儀なくされることもしばしばみら

れる14)自 験例 も嚢腫 と周囲組織との癒着は高度で,

全摘除術 は困難であったため,部 分切除術にとどめ

た.小 児例では,成 人例に比べ,自 然縮小,消 失する

こともあり,ま た括約筋損傷に伴 う術後排尿障害の危

険性を考えると,嚢 腫切開術,開 窓術で十分な場合が

多いとされているlo)ま た嚢腫穿刺あるいは無処置

にて経過観察のみで良い という報告 もある5)し か

し,年 齢 を経るにしたがって自然退縮の可能性は減少

していくため,幼 児以上の症例は成人例同様に摘出が

望ましいという報告 もある8)

自験例は術後,再 発 もな く,ま た排尿障害,失 禁な

210 泌尿紀要47巻3号2001年

ど も認 め て お らず 経 過 順調 で あ る.

結 語

42歳 女 性 にみ られ た,傍 尿 道 部 嚢腫 に対 し,嚢 腫 部

分切 除術 を施 行 した1例 を経 験 した の で,若 干 の 文献

的 考 察 を加 え報 告 した.

本症例 を御指導いただいた高知医科大学医学部検査部森木

利 昭先生 に厚 く御礼申 し上 げます.

文 献

1)玉 田博 志,金 井 秀 明 ,佐 久 間芳 文,ほ か:女 子傍

尿 道 嚢 腫 の1例.泌 尿 器 外 科12:1289-1292,

1997

2)垣 本 滋,白 石 和 孝,松 崎 純 宏,ほ か:女 子傍 尿

道 嚢 胞 の1例.西 日泌尿58:777-779,1996

3)松 本 光 正,藤 原 利 男,土 岡 丘,ほ か:新 生 児 尿

道 憩 室 の1例.日 小 児 外 会 誌33:7,1997

4)一 柳 孝,松 村 剛,石 丸 尚,ほ か:女 性 尿 道

嚢 胞 結石 の1例.臨 泌51:684-686,1997

5)津 田 聡,神 田 滋,古 賀 成彦,ほ か:新 生 児傍

尿 道嚢 腫 の1例.泌 尿 紀 要44:891-892,1998

6) Johnson CM : Diverticula and cyst of the female urethra. J Urol 39: 506-516, 1983

7)三 品輝 男,渡 辺 耕 介=女 子尿 道 憩 室 の13例.泌 尿

紀 要34:343-350,1988

8)千 葉 夫:女 児 傍 尿 道 嚢 腫 の1例.臨 泌49:

971-973,1995

9)長 野正 史,山 口孝則,西 昇 平,ほ か:女 子 傍 尿

道 嚢腫 腺 癌 の1例.西 日泌 尿54:1226,1992

10)半 田真 一,加 藤 哲 夫,蛇 口達 造,ほ か:片 側 腎 無

形 成 を合 併 した傍 尿 道 嚢腫 の2女 児 例.日 小 児 外

会誌22:1230-1235,1986

11)徳 丸 忠 昭,久 保 雅 子:新 生 児 女 児 傍 尿 道 嚢腫2例

の経験 日小 児 外 会 誌31:59-63,1995

12)仲 地研 吾,森 義則,生 駒 文 彦:Skene氏 管 嚢 腫

の1例.泌 尿 紀 要33:957-960,1987

13) Hill JT and Ashken MH : Parameatal urethral cyst, a review of 6 cases. Br J Urol 49 : 323-325, 1977

14)矢 崎恒 忠,近 喰利 光,川 井 博:女 子 傍 尿 道 嚢腫

の1例.臨 泌33:595-598,1979

Received on January 20, 2000 Accepted on September 11, 2000