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多職種協働 Ant imi crob ia l St ewardsh i p P rogram による抗菌化学療法
の適正使用推進における臨床薬剤師の貢献に関する研究
S tud ies on the Con t r ibu t ion o f C l in i ca l Pharm ac i s t s i n P romot ing
Ra t iona l An t imic rob ia l Chemothe rap y wi th Mul t id i sc ip l ina r y
Ant imic rob ia l St ew ardsh ip P ro gram
平成 27 年度
論文博士申請者
栃倉 尚広( To ch ikura , N aoh i ro)
指導教員
越前 宏俊
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目次
序章 1
第 1 章.カルバペネム系抗菌薬の使用と緑膿菌の薬剤耐性
1.はじめに 4
2.方法
2 .1 カルバペネム使用状況の推移 5
2 .2 緑膿菌の薬剤感受性と推移 5
2 .3 カルバペネム 5 抗菌薬の M IC 測定 5
3.結果
3 .1 カルバペネム使用状況の推移 7
3 .2 緑膿菌の薬剤感受性と推移 7
3 .3 カルバペネム 5 抗菌薬の M IC 測定 8
4.考察 8
第 2 章.多職種協働による抗 MRSA 薬適正使用推進の効果
1.はじめに 13
2.方法
2 .1 抗 MRSA 薬適正使用カンファレンス 14
2 .2 抗 MRSA 薬使用状況の推移 15
2 .3 抗 MRSA 薬適正使用の推移 16
2 .4 MRSA と MSSA 検出状況の推移 16
2 .5 MRSA の薬剤感受性と推移 17
2 .6 統計解析 17
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3.結果
3 .1 抗 MRSA 薬使用状況の推移 17
3 .2 抗 MRSA 薬適正使用の推移 18
3 .3 MRSA と MSSA 検出状況の推移 18
3 .4 MRSA の薬剤感受性と推移 18
4.考察 19
第 3 章.鼠径ヘルニア根治術における予防的抗菌薬投与の有効性
1.はじめに 24
2.方法
2 .1 研究デザイン 25
2 .2 選択基準と除外基準 26
2 .3 無作為化 26
2 .4 手術手技 27
2 .5 介入 27
2 .6 フォローアップ 27
2 .7 統計解析 28
3.結果
3 .1 患者 29
3 .2 研究結果 29
3 .3 SS I 症例の詳細 30
4.考察 31
終章
1.総括 36
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2.結語 37
謝辞 38
引用文献 39
図表 48
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1
序章
抗菌薬に対する耐性菌の出現と蔓延は世界的な問題となってい
る。米国疾病管理予防センター( C ente r s fo r Di s eas e Con t ro l and
P reven t ion ; C D C ) は 、 カ ル バ ペ ネ ム 耐 性 腸 内 細 菌
( Carbap enem -r es i s t an t Enteroba c ter i aceae; CRE)を「悪夢の耐性
菌」として大きく取り上げている。また、多剤耐性アシネトバクタ
ーやニューデリー・メタロ β ラクタマーゼ産生菌( NDM)はイラ
ク、インド、タイなど中東から東南アジアの国々において急激に増
加している。このような状況のなかで、耐性菌に対する対策がグロ
ーバルな視点で展開されるようになった。 2011 年、世界保健機関
(World Hea l th Organ iza t ion;W HO) は「 Ant imicro b ia l Res i s t ance :
No Act ion Tod ay, No Cure Tomo rrow」というメッセージを発信して
いる。1)耐性菌感染症の制御には、サーベイランスによる正確な疫
学情報の把握が必須であり、また効果的な感染対策、適切な抗菌薬
療法、ワクチンによる感染症予防など複数の対策を並行して実施し
ていくことが必要である。
耐性菌による感染症の実態として、米国では毎年 200 万人以上
の人々が耐性菌による感染症を起こし、そのうち、少なくとも 2 万
3 千人が死亡しているという推定結果が報告されている。 2)また、
耐性菌による感染症の死亡率は、感受性菌に比べて 2~ 3 倍程度死
亡率が高くなっていると報告されている。3)耐性菌による医療コス
トへの影響も少なくない。耐性菌による感染症が起こると、治療の
ために追加の費用が必要となり、また入院期間を延長せざるをえな
くなる。耐性菌感染症による医療費の増加は莫大なものとなり、米
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2
国では耐性菌感染症によって年間の医療費が 200 億ドル増大し、さ
らに社会的に 350 億ドルの経済損失が起こっていると推定されて
いる。 3)
米国感染症学会( In fec t iou s Di s eas es Soc ie t y o f Am er i ca; IDSA)
は “耐性菌に立ち向かうために重要な 4 つの手段 ”として、①感染症
の予防、耐性菌の広がりを防ぐ、②耐性菌の状況の把握、③抗菌薬
の適正使用、そして④新しい薬あるいは検査法の開発、の重要性を
指摘している。 4)とくに④に関して、米国は 202 0 年までに耐性菌
に有効な抗菌薬を 10 薬剤開発することを目標に、 “Bad bu gs , N eed
Dru gs 1 0 × ’20 ”という標語で国民に呼びかけている。新薬の開発には
莫大なコストがかかるが、抗菌薬は高血圧、脂質異常症、糖尿病な
どの慢性疾患に比べて投与期間は短く、たとえ使用される頻度が高
くても、企業にとってあまり利益を生み出さない。そのため新規抗
菌薬の開発は近年停滞しており、現存する抗菌薬の適正使用を推進
し、薬剤耐性菌の出現を抑制することが求められている。
抗菌薬の濫用を防ぐ手段として、 An t imicrob ia l s t ew ar dsh ip は感
染症診療の基本や抗菌薬の適正使用につながる重要な考え方であ
る。米国では 200 7 年に IDSA と米国病院疫学学会( The Soc i e t y f o r
Hea l th car e Ep id emio log y o f Amer i ca; SHEA)の合同で「抗菌薬管理
の た め の プ ロ グ ラ ム 作 成 ガ イ ド ラ イ ン 」 を 発 表 し た こ と か ら 、
Ant imicrob ia l s t ewardsh ip の 啓 発 が 進 め ら れ て い る 。 5 ) こ の
Ant imicrob ia l s t ew ardsh ip p ro gram( ASP)の中心となる戦略は「介
入とフィードバック」と「抗菌薬使用制限」であるが、教育やガイ
ドライン、施設ごとのローカルファクターの把握、適切な投与量や
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3
de-es ca l a t ion などを組み合わせて実践する診療科横断的な活動を提
案している 6)。
本研究では ASP の理念を実現する包括的な抗菌化学療法管理に
関する臨床薬学的実践の試みについて検討することを目的として、
第 1 章では、院内カルバぺネム系抗菌薬の使用ガイドラインを策定
するために必要となるカルバペネム系抗菌薬の使用状況と緑膿菌
の薬剤耐性に関するサーベイランスを行った。第 2 章では、抗菌薬
使用届出制度および多職種感染症専門家(医師、薬剤師、看護師、
臨床検査技師)による介入とフィードバックが抗 MR SA 薬適正使用
推進に与える抗菌薬使用状況への影響を検討した。第 3 章では、臨
床的課題としてヘルニア根治術における早期術後創感染( Surgica l
S i t e In f ec t ion; SSI)に対する抗菌薬予防投与が有効であるかを前
向き臨床試験で検討した。
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4
第 1 章.カルバペネム系抗菌薬の使用と緑膿菌の薬剤耐性
1.はじめに
緑膿菌は、水まわりなどの生活環境中に広く常在し、健常者に対
しては通常病原性を示さない、日和見感染の原因菌のひとつである。
しかしながら、免疫能が低下した患者などでは血液中に侵入し、菌
血症や敗血症を起こすと、エンドトキシンショックが誘発され、多
臓器不全、死亡することもある。また、多くの抗菌薬に対し自然耐
性を示し、しばしば治療に難渋する。
カルバペネム系抗菌薬(以下、カルバペネム)はほとんどの嫌気
性菌、グラム陰性桿菌、グラム陽性球菌に抗菌活性のある広域抗菌
薬で、これら細菌のうち、さまざまな β‐ラクタマーゼを産生する
株に対しても抗菌活性をもつ。そのため、カルバペネムは日本で繁
用されており、不適切な使用や漫然とした継続投与により、耐性菌
の発現・増加が引き起こされることは周知の事実である。 7 , 8 )とく
にカルバペネム耐性緑膿菌、多剤耐性緑膿菌の出現が大きな問題と
なっており、全国的な抗菌薬感受性サーベイランスにおいても緑膿
菌に対するカルバペネムを含めた各種抗菌薬の感受性は全般的に
低下していると報告されている。 9 )現時点で日本大学医学部付属練
馬光が丘病院(以下、当院)ではカルバペネム使用に関する院内ガ
イドラインはなく、その使用は主治医の裁量にのみ任されている。
今回我々は、今後策定すべき院内ガイドラインの基礎的な資料作成
を目的として、カルバペネム使用状況、緑膿菌の薬剤感受性に関す
る調査を行った。また、 3 ヵ月と短期間ではあるが、緑膿菌の臨床
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5
分離株を対象にカルバペネムの感受性試験を行い、全国サーベイラ
ンスとの比較、交差耐性について検討を行った。
2 .方法
2 .1 カルバペネム使用状況の推移
2005 年 1 月から 2 008 年 6 月までの 3 .5 年間の im ipen em/c i l as t a t i n
( IPM/CS)、merop enem(MEPM)、p an i penem/be t amipron( PAPM/BP)、
b iapen em( BIPM)、 dor ipenem( DRPM)の使用量(バイアル数)を
オーダリングシステムにより 6 ヵ月ごと(前期: 1~ 6 月、後期: 7
~ 12 月)に集計、調査した。
2 .2 緑膿菌の薬剤感受性と推移
同期間において入院患者から分離、同定された緑膿菌 813 株を対
象に IPM/CS、MEPM、gen tamic in( GM)、amikac in( AMK)、c ip ro f lox ac in
( CPFX)、 l evof lox ac in( LVFX)、 p i perac i l l i n( P IPC)、 cef t az id ime
( CA Z)、 cef ep ime( CFPM)の感受性率の調査をカルバペネム使用
状況の調査と同様に、 6 ヵ月ごとに行った。測定には日本ビオメリ
ュー社の V ITE KⓇを使用した。また、 2007 年後期から 2008 年前期
におけるカルバペネム耐性株に対する各種抗菌薬の感受性率の比
較検討を行った。
2 .3 カルバペネム 5 抗菌薬の M IC 測定
1)使用抗菌薬
PAPM(第一三共)、 BIPM(明治製菓)、 DRPM(塩野義製薬)に
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6
ついては力価の明らかな原末を用いた。MEPM、 IPM については極
東 オクトパネル MP OP2(極東製薬工業)を用いた。
2)対象菌株
2007 年 11 月~ 2 008 年 1 月の 3 ヵ月間に、当院の入院患者から分
離、同定された緑膿菌 38 株を対象とした。なお、同一患者の同一
材料由来の株については、初回分離株のみとした。
3)薬剤感受性の測定
最小発育阻止濃度( min imum inh ib i to r y concen t r a t ion;M IC)の測
定は日本化学療法学会による微量液体希釈法に準じて行った。 1 0 )
なお、精度管理には日本化学療法学会の精度管理株に指定されてい
る Pseud omonas a erug inosa ATCC27 853 株に相当する、 J CM6119 株
を使用した。
4)耐性菌の判定基準
耐 性 菌 の 判 定 は 臨 床 検 査 標 準 協 会 ( Cl in i ca l and Labo ra to r y
Standards Ins t i t u t e; C LS I)に準じ、 1 1 )規定のない PAPM、 BIPM、
DRPM については MEPM、 IPM と同様の基準を適応した。
全国的な感受性サーベイランスとの耐性率の比較は χ2 独立性の
検定を行い、危険率 5%で有意と判定した。全国的な感受性サーベ
イランスについては 2004 年にメロペン調査研究会が報告している
が、 1 2 )DRPM の感受性を測定していないため、 5 抗菌薬の感受性を
測定した 2002 年の吉田らの報告 9 )も合わせて比較を行った。なお,
統計解析には Micr osof tⓇ Ex ce l XP( Microsof t Co .)アドインソフト
のエクセル統計 St a t ce l 2(オーエムエス出版)を使用した。
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7
3 .結果
3 .1 カルバペネム使用状況の推移
カルバペネムの使用量は 2005~ 200 7 年前期までは 25 47~ 3765 バ
イアルと著明な増加はみられなかったが、 2007 年後期、 2008 年前
期では各々、 6479、 6879 バイアルと前年に比し 2 .0、 2 .1 倍と使用
量の急激な増加がみられた(図 1)。
診療各科の抗菌薬使用におけるカルバペネムの割合の経時変化
は少なく、内科、外科、小児科、泌尿器科で各々、 5 2~ 59%、 12~
17%、 9~ 16 %、 5~ 11%、その他は 3~ 16%であった。
3 .2 緑膿菌の薬剤感受性と推移
2005~ 2007 年前期では感受性率の経時変化は乏しく、GM、AMK、
CPFX、LVFX、P IP C、CFPM においては 90%以上の高い感受性率を
維持していた。また、 IPM、M EPM においても 80%以上の感受性率
であった。200 8 年前期は 200 7 年後期と比較し IPM/C S、MEPM、CPFX、
LV FX、 CA Z の感受性率に約 1 0~ 1 5%程度の著明な低下を認めた。
(図 1)。メタロ‐ β‐ラクタマーゼ産生株、および IPM、 CPFX、
AMK に同時に耐性を示す多剤耐性緑膿菌はみられなかった。
2007 年後期から 2 008 年前期における各種抗菌薬の交差耐性につ
いての成績を表 1 に示した。 IPM 耐性 35 株と MEPM 耐性 27 株の
各種抗菌薬の感受性率を比較すると、IP M 耐性株において高い感受
性率を示した。 IP M/CS 耐性・MEPM 感受性 7 株の感受性率は CA Z
を除き 100%であった。
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8
3 .3 カルバペネム 5 抗菌薬の M IC 測定
検査材料の内訳は、痰 13 件、尿 10 件、便 3 件、膿 1 件、胆汁 1
件、耳漏 1 件、その他 9 件であった。なお、血液由来の緑膿菌は検
出されなかった。
感受性試験の結果を表 2 に、耐性率の比較を表 3 に示した。M IC 5 0
と M IC 9 0 値でそれぞれの抗菌力を比較すると、 DRP M の M IC 5 0 と
M IC 9 0 値はそれぞれ 0 .25、 8μg/m L と最も優れており、ついで BIPM
では 0 .5、 16μg/m L、M EPM、 IPM では 2、 32μg/m L、 PAPM では 4、
32μg/m L の順であった(表 2)。
耐性率は高い順に MEPM で 23 .7%、 IPM、 PAPM で 21 .1%、 B IPM
で 15 .8%、 DRPM で 5 .3%であった(表 3)。この耐性率を全国的な
サーベイランスのデータと比較したところ、MEPM では 2 つの報告
と比べて耐性率が高く、メロペン特別調査研究会の報告 1 2 )と比べ
て耐性率は有意に高かった( p=0 .01 3)。 B IPM では耐性率が 2 つの
報告の間の値であり全国的な耐性率と同様であった。PAPM では吉
田らの報告 9 )、メロペン特別調査研究会の報告 1 2 )と比べて耐性率は
有意に低かった(各々、 p=0 .0 11、 p =0 .004)。 IPM、D RPM では、耐
性率は低い結果であったが統計学的な有意差は認められなかった。
カルバペネム耐性株における各種カルバペネムの交差耐性を図 2
に示した。 IPM、MEPM、 PAPM、 BIPM 耐性株に対する DRPM の耐
性率はそれぞれ 2 5、 22、 25、 33%と低値であった。また、DRPM 耐
性株では他のカルバペネムは全て耐性を示した。
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9
4 . 考察
2005~ 2007 年前期までは、緑膿菌に対する抗菌薬感受性の経時
的な変動は乏しかった。 2008 年前期には 90%以上の高い感受性を
示す薬剤は P IPC、 GM、 AM K のみとなり、カルバペネムでは感受
性率 80%を下回り、カルバペネムの使用量増加の影響が示唆された。
このため重症感染症におけるエンピリックセラピーとしての使用
も困難になりつつある(図 1)。
研究開始点では、カルバペネム使用に関する院内ガイドラインは
なく、その使用は主治医の裁量にのみ任されているため、不適切な
使用や漫然とした継続投与が増加したものと考えられる。とりわけ、
緑 膿 菌 に 対 す る 抗 菌 力 に 優 れ 、 中 枢 神 経 系 の 安 全 性 が 高 い た め
MEPM が積極的に使用され、その使用量増加が顕著になったと考え
られる。1 3 )また、診療各科の抗菌薬使用におけるカルバペネムの割
合の経時変化は少なく、内科、外科、小児科、泌尿器科で各々、 52
~ 59%、12~ 17 %、9~ 16%、5~ 11 %であった。とりわけ抗菌薬使用
量の最も多い内科での割合は高く、全体の使用動向、感受性動向も
これに大きく影響するものと推察される。
カルバペネムに対する耐性機序として、① Opr D 欠損、②抗菌薬
排出システム、③メタロ‐ β‐ラクタマーゼ産生などがあげられる。
とりわけ抗菌薬耐性で問題になる経路は、 Opr D ポーリンによって
形成された親水経路である。 Op rD ポーリン孔は、塩基性アミノ酸
やそれに富むオリゴペプチドの透過経路として機能しているが、比
較的強い塩基性側鎖をもつカルバペネムをこの孔を介して緑膿菌
の細胞内に透過する。oprD 遺伝子の変異によって Op r D の発現量が
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10
減少した株はカルバペネムの使用により選択される。今回の IPM
と MEPM の感受性率の比較検討では、 IPM 耐性株と MEPM 耐性株
は各種抗菌薬に対する感受性が異なり、MEPM 耐性株の方が各種抗
菌薬に耐性を示す割合が高く、MEP M は複数の抗菌薬に対し交差耐
性が示された(表 1)。これは、 IPM 耐性が主に Op rD の欠損に依存
するのに対し、M EPM では OprD の欠損の他にセフェムと共有する
透過経路の減少により、抗菌薬の取り込みが低下、抗菌薬の排出シ
ステムの影響により交差耐性が生じるものと考えられる。 1 4 , 1 5 )ま
た、田村は IPM 耐性、かつ MEP M 感受性株では各種抗菌薬の感受
性率が高いと報告しており、 1 6 )われわれの成績と同様であった。
今回、抗菌薬排出システム耐性機序に関して検討するには至って
おらず明確な言及はできないが、緑膿菌の抗菌薬耐性には RND 型
に分類されるマルチコンポーネント型の排出システムが重要と考
えられている。1 7 )これらの抗菌薬耐性菌が重要な理由のひとつには
排出する基質域が広いことであり、これによって構造的に類似性の
ない抗菌薬間での広域交差耐性が起こる。野性株でもわずかに発現
し、緑膿菌本来の抗菌薬自然耐性に寄与する排出システムである
Mex A-Mex B-Op r M は、キノロン系抗菌薬だけでなく、メロペネム
のようなカルバペネムを含むほとんどの β‐ラクタム系抗菌薬に対
する耐性化をもたらす。こうした耐性の獲得によって、カルバペネ
ムを中心に各種抗菌薬の耐性化の傾向が認められたと考えられる。
本邦における全国規模の調査では、メタロ‐ β‐ラクタマーゼ産
生株は 1 .6~ 5 .8%とされているが、1 8 )今回の結果では産生株は認め
られなかった。
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カルバペネムの薬剤感受性試験の結果では、耐性率を全国的なサ
ーベイランスのデータと比較したところ、MEPM では 2 つの報告 9 ,
1 2 )と比較して耐性率が高く、今後、MEPM 耐性株の動向にいっそう
注意が必要と考えられる(表 3)。当院では、MEPM の使用量は最
も多く、前年比では約 2 倍と増加しており MEPM 耐性化が進んだ
可能性が考えられる。他のカルバペネム耐性率は全国的なサーベイ
ランスの結果と比較しても増大していなかった。DRP M においては
カルバペネム耐性菌に対し、最も優れた抗菌活性が示唆された。
OprD の欠損や Mex A-Mex B-OprM の高産生による DRP M の抗菌活性
の低下は IPM や MEPM に比べて小さく、 1 9 )このことが他のカルバ
ペネム耐性株に対しても強い抗菌活性を発揮するものと考えられ
た。また、Sak yo ら 2 0 )は、DRPM はカルバペネム耐性緑膿菌の増殖
を抑制する効力が最も大きく、その抗菌活性の強さによるものと報
告しており、我々の成績を支持するものであった。なお、院内感染
対策サーベイランス( J apanese Noso comia l In fec t ion Surve i l l an ce ;
J AN IS)の 20 14 年度報告 2 2)では、 IPM 耐性率 16 .3%、M E P M 耐性
率 9 .6%と 2007 年度以降は緩やかではあるが低下傾向を示しており、
本邦においても薬剤師が ASP 活動に積極的に取り組むようになっ
たことも一因と考えられる。
今回は 3 .5 年と短期間の観察であるが、カルバペネム使用量の増
加に伴う感受性率の低下が示唆され、特に MEPM 耐性株ではセフ
ェム系をはじめとする各種抗菌薬に対する感受性率の低下が認め
られた。カルバペネムの適正使用には、これら抗菌薬の使用動向調
査、および緑膿菌をはじめとする薬剤感受性サーベイランスを継続
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12
し、これに基づいたモンテカルロ・シミュレーションなどを活用し
た、薬剤部による感染症診療支援業務も重要であると考えられた。
また、院内 ICT ラウンド、薬剤管理指導業務を介したカルバペネム
適 正 使 用 の 取 り 組 み と し て 、「 抗 菌 薬 の 体 内 動 態
( pharm acok in e t i c s ; PK ) ‐ 原 因 菌 に 対 す る 抗 菌 活 性
( pharmacod yn amics; PD)」を考慮した処方支援も重要になると考
えている。
カルバペネムをはじめとする抗菌薬の適正使用には感染制御チ
ーム( In f ec t ion C on t ro l Team; ICT)の積極的な介入によって、カ
ルバペネム以外での治療実績、あるいはカルバペネムから他系統の
抗菌薬への de- esca l a t ion による治療実績を蓄積していくことが重
要である。カルバペネムは重症感染症に対する切り札的抗菌薬であ
ることを周知徹底し、使用届出制、許可制といった使用コントロー
ルを含めた院内ガイドラインの策定についても検討する必要があ
ると考えられた。
![Page 17: Studies on the Contribution of Clinical Pharmacists in ...Rational Antimicrobial Chemotherapy with Multidisciplinary Antimicrobial Stewardship Program 平成27 年度 論文博士申請者](https://reader035.fdocuments.us/reader035/viewer/2022081616/5fe6ff75ba16e92a3330c893/html5/thumbnails/17.jpg)
13
第 2 章.多職種協働による抗 MRSA 薬適正使用推進の効果
1.はじめに
Meth i c i l l i n - r es i s t an t Staphy lococcus a ureus(MRSA)は医療関連感染
を起こす代表的な菌であり、院内で分離される耐性菌として最も分
離頻度が高いものの1つである。その頻度は各医療機関によって異
なるものの、入院患者から分離される S .aureus の 50~ 70%を MRSA
が占めているとされる。2 1 , 2 2 )MRSA 感染症患者の増加は、不十分な
標準予防策の実施や抗菌薬の不適切な使用による部分が大きく、抗
菌薬を処方する医師個人の問題であるとともに、ICT にとって重要
な課題である。抗菌薬適正使用の方法として米国では 2007 年に
IDS A と SHEA から Ant imicrob ia l s t ewa rdsh ip に関するガイドライン
が発表されている。5)ASP の中心となる戦略は前向きな抗菌薬使用
調査と介入によるフィードバック、抗菌薬使用制限、教育などを組
み合わせて実践する診療科横断的な活動である。 2 3) A SP の一環と
して抗菌薬使用制限による使用量減少や耐性菌抑制の報告は散見
されるが、 2 4 - 2 6)多職種連携によるカンファレンスやラウンドの効
果を検証した報告は少ない。 2 7)
日本大学医学部附属板橋病院(以下、当院)では ASP 介入方法
として、すべての入院患者を対象に ICT メンバーの薬剤師が抗
MRSA 薬処方症例をピックアップし、多職種から構成された「抗
MRSA 薬適正使用カンファレンス」を開催している。医師、薬剤師、
細菌検査技師、看護師は臨床情報と細菌検査結果に基づいて使用状
況の評価を行い、使用継続・変更・中止の推奨を行っている。我々
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は今回、カンファレンスの効果を検証し ASP の有用性について検
討した。
2 .方法
2 .1 抗 MRSA 薬適正使用カンファレンス
カ ン フ ァ レ ン ス は 感 染 予 防 対 策 室 の メ ン バ ー で あ る i n fec t ion
con t ro l do c to r( IC D)、抗菌化学療法指導医、感染制御専門薬剤師
( Bo ard Cer t i f i ed In fec t ion Con t ro l P harmac y Spec i a l i s t; BC ICPS)、
抗 菌 化 学 療 法 認 定 薬 剤 師 ( In fec t ious Di sease Chemother ap y
Pharmac i s t; IDCP)、感染制御認定臨床微生物検査技師( In fec t ion
Con t ro l Micro b io logica l Tech no lo gi s t; ICM T)、感染管理認定看護師
( In f ec t ion Con t ro l Nurse; ICN)など有資格者を中心に構成され、
週 1 回開催されている。細菌検査の結果から抗 MRSA 薬投与が必要
と考えられる細菌は MRSA、 meth ic i l l i n - res i s t an t coagu las e -n ega t iv e
s t aph yl oco cc i (M R-CNS)、 Entero co ccus fa ec iu m、 Bac i l l u s cereus、
その他の Baci l l u s sp、 Coryneba c ter i um sp であるが、治療開始時に
は汚染菌、定着菌などの除外も必要である。本カンファレンスにお
いては、「抗 MRS A 薬の投与の対象となる原因菌が無菌的な検体か
ら検出されている状況」、「無菌的な検体ではないが白血球の貪食像
が認められるなど原因菌の可能性が高いと考えられる」、「臨床的に
投 与 が 必 要 な 状 況 と 判 断 さ れ る 」、「 発 熱 性 好 中 球 減 少 症 」、「 抗
MRSA 薬の投与が必要な菌が検出されているが、原因菌であるか不
明な状況」、「抗 M RSA 薬の適応内だが、他剤でも治療可能と考えら
れる」、「細菌学的検索がなされていない」「抗 MRSA 薬の投与は不
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要と考えられる」、「使用理由が不明」の 9 項目に分類した。カンフ
ァレンスにて使用理由が不明の場合には病棟ラウンドを行ない、診
療録の閲覧、「抗 MRSA 薬の適応内だが、他剤でも治療可能と考え
られる」「細菌学的検索がなされていない」「抗 MRS A 薬の投与は不
要と考えられる」、「使用理由が不明」に該当する場合には、主治医
への確認なども行ない評価を完成させた。評価結果に関しては、感
染防止対策委員会に報告され、更に感染対策リンクドクターへ文書
として報告されている。また検出菌の感受性結果から de- esca l a t ion
が可能な症例については介入して、主治医に標的治療に変更を提案
した。
2 .2 抗 MRSA 薬使用状況の推移
2006 年 1 月から 20 12 年 1 2 月までの 7 年間の v an com yci n( VCM)、
t e i cop lan in( T E IC)、arbekac in( A BK)、l i nezo l id( LZD)、dap tom ycin
( DAP)使用量、および使用患者数を 1 年ごとに集計した。なお、
抗 菌 薬 の 使 用 量 は 1 ,000 患 者 日 数 あ た り の Ant imicrob ia l Usage
Dens i t y( AU D)を次式により算出し、評価した。抗菌薬の Def ined
da i l y dose( DD D)は WHO の ATC in dex vers ion 20132 8)を使用した。
また、小児のデータは成人のデータと区別せずに集計した。
AUD( 1 ,00 0 患者日数あたり)=抗菌薬使用量( g) ÷[ DDD( g)
×入院患者延べ在院日数] ×1 ,0 00
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2 .3 抗 MRS A 薬適正使用の推移
抗 MRSA 薬の適正使用率、および de- esca l a t ion の実施率を 1 年
ごとに集計した。適正使用の判定は「抗 MRSA 薬の投与の対象とな
る原因菌が無菌的な検体から検出されている状況」、「無菌的な検体
ではないが白血球の貪食像が認められるなど原因菌の可能性が高
いと考えられる」、「臨床的に投与が必要な状況と判断される」、「発
熱性好中球減少症」の 4 項目とした。また、検出菌の薬剤感受性試
験結果によって、抗 MRSA 薬から他剤による標的治療に変更が可能
であったものを d e-es ca l a t ion とし、汚染菌と判定され抗 MRSA 薬
が中止となったものは de- esca l a t ion から除外した。
2 .4 MRSA と MSSA 検出状況の推移
同期間において入院患者から分離、同定された MRSA、meth ic i l l i n
s ens i t i ve Staphy lococcus au reus(MSSA)を対象に検出状況を 1 年ご
とに集計した。なお、検出状況は 1 , 000 患者日数あたりの検出率を
次式により算出し、評価した。同一患者から複数検体が提出された
場合には、 1 入院期間につき 1 回のみのカウントとした。
検出率( 1 ,000 患者日数あたり)=(検出患者数 ÷入院患者延べ在
院日数) ×1 ,0 00
また、同期間において検出された M RSA および MSSA の総和に
占める MRSA の割合を算出し 1 年ごとに集計した。
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2 .5 MRSA の薬剤感受性と推移
入院患者から分離、同定された MRS A を対象に VCM、TE IC、A BK、
LZD の感受性率の調査を 1 年ごとに行った。 VCM については M IC
の分布も検討した。測定には日水製薬株式会社のライサスエニー ®
を使用した。なお、薬剤感受性菌の判定は C LS I に準じ、 1 1 )規定の
ない ABK については GM と同様の基準で行った。
2 .6 . 統計解析
2 群のベースライン比較のカテゴリー変数に関しては χ2 独立性
の検定を用いた。各群の期待度数が 5 未満の場合は Fi sher の直接
確率計算法を用い,何れも危険率 5 %で有意と判定した。なお,統
計解析には Micros of tⓇ Ex ce l 2010( Microsof t Co .)アドインソフト
のエクセル統計 St a t ce l 3(オーエムエス出版)を使用した。
3 .結果
3 .1 抗 MRSA 薬使用状況の推移
抗 MRSA 薬の投与患者数は全調査期間において年間 4 20~ 476 名
の間を推移しており大きな変化はみられなかった。抗 MRSA 薬の
AUD についても 1 2 .9~ 16 .5 の間を推移しており有意な変化はみら
れなかった(図 3)。また、VCM の占有率(% A UD)は 55~ 81%と
最多であり、TE IC、ABK、LZD、D A P で各々、14~ 25 %、2~ 26%、
2~ 3%、 2%であった。
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3 .2 抗 MRSA 薬適正使用の推移
使用状況の評価では、2006 年カンファレンス開始時の 65 .3%から
2012 年では 82 .3 %と「適正使用」と判断される症例の増加が認めら
れた( p<0 .01)(図 4)。検体未提出で「評価不能」な症例や「抗 MRSA
薬の投与は不要」と考えられる定着症例など減少傾向にあった。同
様に de-es ca l a t ion 実施率も 2006 年カンファレンス開始時には 33%
であったが、 200 7 年には 72%、 20 10 年には 85%と有意に増加が認
め ら れ た ( 各 々 p <0 .05、 p<0 .0 1)( 図 5)。 全 調 査 期 間 に お け る
de-es ca l a t ion 実施の内訳は、検出菌の感受性結果から MSSA と判明
した場合には cef azo l in( CEZ)への変更が 90%、ampic i l l i n / su lbac t am
( A BPC/SBT ) へ の 変 更 が 1 0 % で あ っ た 。 meth i c i l l i n - sens i t i ve
coagu l ase -n ega t ive s t aph yloco cc i ( MS-CNS)では CE Z への変更が
100%、 Ente roco ccus faeca l i s では A BPC への変更が 1 00%であった。
また、主治医への提案で問題となる症例はみられなかった。
3 .3 MRSA と MSSA 検出状況の推移
2012 年における MRSA 検出率は、カンファレンス開始時 2006 年
と比較して 1 .72 から 0 .84 へと減少した(図 6)。また、 S .aureus に
おける MRSA の割合は 2006 年カンファレンス開始時の 59 .3%から
35 .8%へと有意に減少した( p<0 .01)
3 .4 MRSA の薬剤感受性と推移
MRSA に対する感受性率は VCM、 T E IC、 A BK、 LZD で各々、 96
~ 100%、 100%、 98~ 100%、 100%と良好な感受性率を維持してい
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た(表 4)。また、 VCM に対する M IC が 2μg/m L 株の割合は 10%程
度で推移していたが、大きな変化はみられなかった(図 7)。
4 .考察
抗 MRSA 薬の使用状況の検討とフィードバックの結果、適正使用
と判断される症例の増加、および薬剤感受性判明後の de- esca l a t ion
実施率の増加の 2 つのアウトカムが得られた。当院では抗菌薬適正
使用のための方策として、抗 MRSA 薬のうち LZD と D AP は許可制、
VCM、 TE IC、 A BK は届出制を実施している。また、血液培養陽性
患者ラウンドに加え 2006 年から感染症専門家による個々の症例で
の適正使用チェック、介入を実践する目的でカンファレンスを開催
している。
使用状況の評価では 2006 年カンファレンス開始時の 65 .3%、2012
年では 82 .3%と「適正使用」と判断される症例の増加が認められた
( p<0 .01)(図 4)。介入とフィードバックは抗菌薬の適正使用を推
進するために最も効果的でエビデンスレベルの高い方策である。2 9)
当院においても、カンファレンスの開催、評価結果の公表、病棟ラ
ウンドの実施、あるいは個々の感染症診療への積極的支援は教育的
観点からも有用であり、抗菌薬の適正使用を可能にすると考えられ
た。「適正使用」と判断される症例が経年的に増加した要因として
は、コンサルテーション数の増加、介入による処方医への教育効果、
原因菌検索のための血液培養 2 セット採取率の向上など積極的な
ICT 活動下における感染症診療体制の向上が整ってきたためと考
えられる。また、当院では週 1 回のカンファレンスのため、カンフ
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ァレンスでの検討は最長で 1 週間近く前に治療開始された症例も
含まれるが、カンファレンスのみならず、随時、医師による血液培
養陽性患者ラウンド、薬剤師による抗 MRSA 薬使用患者モニタリン
グや TDM、微生物検査技師による耐性菌モニタリングを行なうこ
とで介入等のタイムラグを解消し、疑義のある症例では感染予防対
策室に情報を集約することで適時適切なフィードバックを可能と
している。
また、薬剤感受性判明後の de -es ca l a t ion 実施率では、 2006 年カ
ンファレンス開始時は 33%であったのに対し、 2007 年では 72%、
2010 年では 85 %と有意な増加が認められた(各々 p <0 .05、 p<0 .01)
(図 5)。敗血症性ショックでは 1 時間以内に有効な抗菌薬治療が
行われた場合、生存率は 80%と高率であるが、その後 6 時間は毎時
間 7 .6%ずつ減少するとされている。 3 0)そのため、敗血症のような
重症感染症の経験的治療には想定されるすべての原因菌に有効で、
感染巣と思われる部位で適切な濃度となる抗菌薬の単独または複
数投与が推奨されており、抗 MRSA 薬を含む多剤併用療法が必要と
なる場合も多い。 3 1)一方で、MSSA 菌血症において原因菌判明後
の適切な de -es ca l a t ion は VCM 継続に比較して予後を改善すること
が報告されており、 3 2)今回の結果は耐性菌抑制のみならず、臨床
効果の点からも重要である。
当院では「MRSA ゼロへ!」をスローガンに活動している。一般
に入院患者から分離されている S .au reus の 50~ 70%を MRSA が占
めるとの報告もあるが、 2 1 , 2 2)当院では標準予防策や接触感染予防
策の徹底により近年数年間で MRSA は減少傾向を示し、S .aureu s に
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おける MRSA の割合は 2009 年には 5 0%を下回り、20 12 年には 35 .1%
まで減少したことも de- esca l a t ion 実施率の増加につながったと考
えられる。しかしながら、 ICT による病棟ラウンド実施、あるいは
個々の感染症診療への積極的支援は抗菌薬の適正使用を可能にす
るが、MRSA 検出率には影響を及ぼさないとの報告もある。 2 3 , 2 4)
一方、当院では田中らの報告 2 4)と同様に MRSA 検出率は 1 ,000 患
者日数あたり 1 .7 2 から 0 .84 と 51%と大幅な減少効果が認められた。
小林の報告 3 5)では MRSA 感染症は在院日数の増加をもたらし、医
療費でみると 1 施設あたりおよそ 2 億 7500 万円の増加につながる
とされる。この点からも MRSA 検出率の大幅な減少は耐性菌抑制の
臨床効果のみならず、医療費抑制の点からも非常に重要な結果であ
る。なお、詳細なデータの報告はないが、当院の S .au reus における
MRSA の割合は 2012 年以降も緩やかではあるが減少傾向を示し、
2014 年では 30 .7%まで低下が認められている。
調査期間において抗 MRSA 薬の使用患者数、使用量に変化はみら
れなかった。使用量に著明な変化がみられなかった要因のひとつに
は、 2009 年に ID SA、米国病院薬剤師会、感染症薬剤師会による
VCM のコンセンサスレビュー 3 6)に基づいた VCM の高濃度管理の
積極的な実践、また TE IC についても t he r apeu t i c d ru g moni to r in g
( TDM)ガイドラインで推奨されている 2 日間負荷投与、および高
濃度管理の実践も要因であると考えられる。2 1 , 3 7)当院の TDM 実施
率 は 短 期 使 用 例 を 除 き ほ ぼ 100 %で あ り 、 高 濃 度 管 理 の 影 響 が
de-es ca l a t ion 実施率の向上による使用日数の減少効果を上回った可
能性がある。また、詳細なデータは示していないが M RSA 以外の適
![Page 26: Studies on the Contribution of Clinical Pharmacists in ...Rational Antimicrobial Chemotherapy with Multidisciplinary Antimicrobial Stewardship Program 平成27 年度 論文博士申請者](https://reader035.fdocuments.us/reader035/viewer/2022081616/5fe6ff75ba16e92a3330c893/html5/thumbnails/26.jpg)
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応菌種の検出率に著明な変化がみられなかったこと、発熱性好中球
減少症に対する抗 MRSA 薬の使用増加も要因として考えられる。抗
MRSA 薬の占有率について、日本病院薬剤師会学術第 5 小委員会 活
動報告と比較しても VCM が最多、次いで TE IC と大きな違いはみ
られなかったが、LZD の使用はきわめて少なかった。 3 8) V C M に対
する M IC が 2μg/m L 株に対して VCM の臨床効果は期待できないと
の報告も多数あり、 3 9 , 4 0)今後は DA P、LZD も含め症例を限定して
積極的に使用することも考慮していきたい。
MRSA の薬剤感受性率は諸家の報告 4 1)と同様に V CM、 TE IC、
ABL、 LZD 各々で今回の研究期間を通して良好に維持されていた
(表 4)。 VCM は幅広い適応症を有しガイドラインでも第一選択薬
として推奨されるが、海外では MRS A に対する VCM の M IC が僅か
ずつだが年々上昇している現象( MIC creep)が報告されている。
4 2)日本では M IC が 2μg/m L 株は三学会合同抗菌薬感受性サーベイ
ラ ン ス 呼 吸 器 領 域 の 2006 年 ~ 2 009 年 収 集 454 株 か ら 56 株
( 12 .3%)、手術部位感染領域の 2010 年収集 103 株から 10 株
( 9 .7%)と報告されており、世界的にも 10%程度存在しているこ
とが報告されている。4 0)当院においても 8~ 13%と同様の結果であ
り、M IC c reep はみられなかった(図 7)。今後も継続して感受性サ
ーベイランスを実施するとともに、D AP も含めた検討が必要と考え
られる。
本研究では、カンファレンスの臨床的効果として治癒率、死亡率、
入院日数との関連性を示すまでに至らなかった。これは評価結果に
ついてのデータ解析は過去のカンファレンス記録をもとにしてお
![Page 27: Studies on the Contribution of Clinical Pharmacists in ...Rational Antimicrobial Chemotherapy with Multidisciplinary Antimicrobial Stewardship Program 平成27 年度 論文博士申請者](https://reader035.fdocuments.us/reader035/viewer/2022081616/5fe6ff75ba16e92a3330c893/html5/thumbnails/27.jpg)
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り、患者転帰についての記載はなく詳細が不明であったためである。
しかしながら、 IC T による全抗菌薬処方例に対する介入の結果、 2
週間以上の長期使用例の減少、MRSA 検出率の減少、入院日数の減
少などの臨床的効果が報告されている。2 5)当院では 2014 年 6 月よ
り、カンファレンスを週 2 回とし、カルバペネム系抗菌薬も含めた
フォローアップを開始しており、患者転帰も含めた評価については
今後の検討課題としたい。
抗 MRSA 薬の使用状況の検討とフィードバックの結果、適正使用
と判断される症例の増加、および感受性判明後の d e- e sca l a t ion 実施
率の増加の 2 つのアウトカムが得られた。この成果は医師による治
療上の評価、薬剤師の薬学的な視点、臨床検査技師の感受性と病原
性の評価、看護師の院内感染対策の視点といった多職種での検討の
結果得られるものと考えている。AS P のひとつとして、カンファレ
ンスは適正使用の推進をもたらし、患者個々の使用状況を把握し、
問題点を抽出することが可能であり今後も継続していく必要があ
る。
![Page 28: Studies on the Contribution of Clinical Pharmacists in ...Rational Antimicrobial Chemotherapy with Multidisciplinary Antimicrobial Stewardship Program 平成27 年度 論文博士申請者](https://reader035.fdocuments.us/reader035/viewer/2022081616/5fe6ff75ba16e92a3330c893/html5/thumbnails/28.jpg)
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第 3 章.鼠径ヘルニア根治術における予防的抗菌薬投与の有効性
1 .はじめに
心臓胸部外科手術や股関節形成術のような人工デバイスを使用す
る場合には、日常的な予防抗菌薬の投与が行われている。ひとたび
感染を起こすと、人工物の除去、入院の長期化、医療費増加などを
引き起こす可能性があるためである。一方、鼠径ヘルニア根治術や
乳癌手術のような清潔創では SS I 予防のための予防抗菌の必要性
は明らかではない。 4 3)
鼠径ヘルニア根治術を対象に、予防抗菌薬の有効性を評価するた
め過去 10 年間で 10 のランダム化比較試験が行われている。 4 4 - 5 4)
このうち 2 つの研究 4 4、 4 6)では、予防抗菌薬は感染率を減少させる
のに有効であったことを示したが、 8 つの研究 4 5 , 4 7 - 5 3)では否定的
な結果であった。しかし、 6 つの研究 4 7 - 5 0 , 5 2 , 5 3)では症例数 400 以
下の小規模試験であったため、統計的な優位差を示すには検出力が
不十分であった。同様に、 6 つのメタ解析でも予防抗菌薬の有効性
は示すことができなかった。 5 4 - 5 9)従って、これはまだ議論の余地
のある問題である。また、ランダム化比較試験では感染率が高リス
ク患者ではなく、低リスク患者の登録が多くなされていた。この結
果を受け、欧州ヘルニア学会のガイドライン 6 0)では、臨床的に感
染率が低リスク( <5%)と推定される成人患者では予防抗菌薬は推
奨されておらず、ヘルニアの再発症例、高齢者、および免疫抑制状
態など SS I の危険因子がある場合のみ推奨されている。
![Page 29: Studies on the Contribution of Clinical Pharmacists in ...Rational Antimicrobial Chemotherapy with Multidisciplinary Antimicrobial Stewardship Program 平成27 年度 論文博士申請者](https://reader035.fdocuments.us/reader035/viewer/2022081616/5fe6ff75ba16e92a3330c893/html5/thumbnails/29.jpg)
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日本では 1 年間におよそ 16 万件の鼠径ヘルニア根治術が行われ
ており、米国と欧州を合わせると 1 年間に 100 万件を超える手術件
数となる。 4 5)もし、鼠径ヘルニア根治術において予防抗菌薬が不
要であれば、医療費を削減できるだけでなく、抗菌薬に起因するア
レルギーなどの副作用や耐性菌の獲得リスクを減少できる可能性
がある。6 1)また、鼠径ヘルニア根治術の SS I 発生率はわずか 1%か
ら 4%と低リスクであり、6 2)予防抗菌薬の使用を正当化するのに十
分ではない。また、日本大学医学部付属練馬光が丘病院(以下、当
院)での鼠径ヘルニア根治術のレビューでは、 SS I の発生は約 1%
であった(未発表データ)。しかしながら、研究時点において当院
では、予防抗菌薬の有効性の十分なエビデンスがないにもかかわら
ず、日常臨床では実施している現状があった。
今回我々は、鼠径ヘルニア根治術に対する予防的抗菌薬投与が
SS I 発生率を低下させるかどうか明らかにするため、単施設、プラ
セボ対照、無作為化二重盲検群間比較試験を行った。
2 .方法
2 .1 研究デザイン
試験は 2007 年 7 月から 2011 年 12 月に当院の一般外科にて行っ
た。本章の研究は「疫学研究に関する倫理指針」に準じ、院内の倫
理委員会の承認を得て実施、全ての患者に書面によるインフォーム
ドコンセントを行った。なお、本試験は Cl in i ca lTr i a l s .gov に臨床研
究の登録をされている( NCT006368 31)。
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26
2 .2 選択基準と除外基準
片側および両側鼠径ヘルニア症例のうち open m esh -p l ug 法によ
る t ens ion - f ree ヘルニア根治術の待機手術症例を対象とした。除外
基準は外来患者、日帰り手術、 18 歳未満、再発ヘルニア,緊急の
ヘルニア修復を必要とする嵌頓ヘルニアと絞扼性ヘルニア、妊娠ま
たは授乳中、β -ラクタム系抗菌薬またはセファロスポリン系抗菌薬
に対する重篤な薬剤過敏症、薬物アレルギーの既往、手術前 48 時
間以内の抗菌薬治療、手術時に感染症の存在、臨床上問題となる心
疾患を合併、基礎疾患による二次感染のリスクが高い症例、免疫抑
制(ヒト免疫不全ウイルス感染症、悪性腫瘍、抗癌化学療法など)、
米国麻酔学会( A mer ican Soc ie t y o f Anes thes io lo gi s t s;ASA)術前状
態分類が IV を超える症例、研究に同意がえられなかった症例とし
た。また、既往に糖尿病のある場合には HbA1 c<6 .5%を目標にコン
トロールを行った。
2 .3 無作為化
患者は予防抗菌薬群またはプラセボ群のいずれかに二重盲検法
で無作為に割りつけられた。すべての外科医と他の医療スタッフは
患者の無作為化の詳細を知ることはできなかった。なお、薬剤部に
て Microso f tⓇ Ex ce l 2010(Microsof t Co .)を使用しブロック無作為
化法で 50 名ごとに無作為割り付けを行った。
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27
2 .4 手術手技
皮膚は手術直前に剃毛を行い、10%ポビドンヨードを用いて消毒
したうえで、全身麻酔と局所麻酔下で手術を行った。メッシュには
monof i l amen t po l yprop ylen e mesh( P er Fix P lug®
; CR Ba rd , Crans ton ,
R I)を使用、縫合糸には 2-0 mono f i l am en t po l yprop yl en e 糸 (Po l yso rb®
;
Cov id i en ,M I)を使用してメッシュを固定した。なお、ドレーンの留
置は行わなかった。
2 .4 介入
予防抗菌薬群では 1 .0 g のセファゾリン Na(アステラス製薬株式
会社)を 100 m L の生理食塩液(大塚製薬工場株式会社)に溶解し
て、執刀直前に 3 0 分間で点滴静脈内投与した。プラセボ群では、
生理食塩液を同方法にて投与した。
2 .5 フォローアップ
最初のフォローアップは術後 7〜 8 日の外来受診とし創傷被覆材
および縫合糸を抜去した。第 2、第 3 のフォローアップは術後 1 ヵ
月と 3 ヵ月とした。創部の評価は執刀医を除いた 2 人の外科専門医
によって慎重に検討された。CDC の基準 6 3)に準拠し、創傷感染が
表面的な SS I または深部 SS I( DSS I)として分類し、表在的な SS I
は術後 30 日以内に起こる切開部位の皮膚や皮下組織の感染と定義
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した。 DSS I は術後 1 年以内に発生し、人工デバイスが所定の位置
にあり、切開部位の深い軟部組織を含む感染と定義した。患者背景
の調査項目は BM I(WHO の基準に準拠し肥満は BM I>30)、ヘルニ
アの種類(内鼠径、外鼠径、併存型)、ヘルニアの部位(右、左、
両側)、基礎疾患(糖尿病、心臓病、神経疾患、肺疾患、その他)、
ASA グレード、外科医(専門医、レジデント)、手術時間、切開創
の長さ、および入院期間とした。
2 .6 統計解析
正規分布を示す連続変数は平均値 ±標準偏差、非正規分布を示す
連続変数は四分位範囲を有する中央値として示した。 2 群のベース
ライン比較にはスチューデントの t 検定またはウィルコクソンの順
位和検定を使用した。カテゴリー変数は、絶対値およびパーセント
を示した。比率のベースライン比較には χ2 独立性の検定または
Fi she r の直接確率計算法を用いた。主要評価項目の累積 SS I 発生率
については、K apl an -Mei e r 生存曲線を用い、ログランク検定を行っ
た。何れも危険率 5%で有意と判定した。
主要評価項目は予防抗菌薬群とプラセボ群での術後 3 ヵ月以内
の SS I とした。すべての統計処理は In t en t ion to t r ea t( ITT)解析の
原理に準拠し行った。必要症例数の算出には α - e r ro r =0 .05、
β - e r ro r =0 .2 を用い、文献値 4 4 , 4 5)より推測してプラセボ群の S S I 発
生率は 7%、予防抗菌薬群の SS I 発生率は 1%とした場合、片側検定
で必要症例数は各群約 200 症例必要であった。
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主要評価項目に対して、必要症例数の半数が登録した時点を含め
て 100 症例ごとに 3 回の中間解析、最終解析の 1 回を予定した。し
かしながら、 2 回目の中間解析で p <0 .031 と統計学的な有意差が認
められた。なお、 p 値の決定には La n & D eMets の α 消費関数
( O’ Br ian & Flemi ng タイプ)を使用した 6 4 , 6 5)。安全性データ・モ
ニタリング委員会は、 3 ヵ月ごとに盲検化された患者データを見直
し、計画的な中間解析を行うことにより、見落としを規制した。副
次評価項目は術後 3 ヵ月以内のその他の合併症の発生とし、同様に
危険率 5%で有意と判定した。また、研究対象の抗菌薬による可能
性のある有害事象も報告した。データ解析には Sta t a v e r s ion 12 .1
(S t a t aCorp LP , Co l l ege S ta t ion , T X) .を使用した。
3 . 結果
3 .1 患者
2011 年 12 月、 2 回目の中間解析の結果から、予防抗菌薬群に比
較してプラセボ群の有害事象が有意に認められたことから、本研究
は早期に中止した。試験登録された患者 200 名のフローチャートを
示した(図 8)。なお、主要および副次評価項目のフォローアップ
は全ての患者において完遂した。
3 .2 研究結果
合計 33 名の外科医(レジデント 2 3 名、専門医 10 名)が本研究
に参加した。全手術のうちレジデントが執刀したものは 83%であ
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り、発生した S S I はレジデントが執刀した手術でのみ認められた。
2 群間のベースライン比較では SS I の発生、およびその他の術後合
併症の発生率を除いて統計学的有意差はみとめなかった(表 5)。
主要評価項目の S S I 発生率は 2 0 0 例のうち 1 5 例( 7 . 5%)であり、
予防抗菌薬群では 100 例のうち 2 例( 2%)、プラセボ群では 100
例のうち 13 例( 1 3%)であった。この結果、相対リスク比は 0 .25
( 95%信頼区間 0 . 07〜 0 .92、p=0 .006)、絶対リスク減少は 11%[ SS I
の 1 エピソードを防ぐための治療必要数( number needed to t r ea t;
NNT)は 10]、および相対リスク減少率は 85%であった(図 9)。
すべての SS I は表在感染であり、深在感染はいずれの群でもみられ
なかった。術後 1 年 9 ヵ月でプラセボ群では 1 例の晩期感染を認め
たが、この症例は CDC による創感染の定義には該当していなかっ
た。副次評価項目のその他の合併症の発生は、 200 例のうち 23 例
( 11%)、予防抗菌薬群では 7 例( 7%)、プラセボ群では 16 例( 16%)
であった( p= 0 .04 6;図 10)。副次評価項目の詳細は表 6 に示した。
いずれの群においても、術中合併症などの有害事象や死亡はみられ
なかった。また、入院期間の中央値は、各群ともに 3 日間であった。
3 .3 SS I 症例の詳細
すべての SS I は退院後の外来フォローアップで診断された。予防
抗菌薬群の 2 例の SS I はドレナージのみで改善した。プラセボ群の
7 例の SS I は経口抗菌薬とドレナージの処置で、残りの 4 例はドレ
ナージのみで改善した(表 7)。また、片側ヘルニアでは 1 例、両
側ヘルニアでは 1 4 例が SS I を発症していた。両群においても、メ
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ッシュの除去を必要とする症例はおらず、すべての患者で SS I は治
癒した。
4 . 考察
本研究では Mesh - p lug 法によるヘルニア根治術に際して、予防抗
菌薬は SS I に対して 13%から 2%に発生率を減少させる効果がある
可能性が示唆された。そのうち約 1 0%の患者で予防抗菌薬の恩恵
を受けると推定できた( NNT =10)。また、抗菌薬の予防投与は、
他の術後合併症の発生率を減少させることが示唆された。
本研究では SS I の発生率はプラセボ群では 13%を生じていたが、
以前の報告と比較しても極端に高いものではなかった。 4 つランダ
ム化比較試験 4 4 , 4 6 , 5 1 , 5 3)では、open 鼠径ヘルニア修復後の予防抗菌
薬の有効性を評価したところ、 SS I の発生率はプラセボ群では 8 .2
~ 12 .5%と報告している。スコットランドの大規模スタディ 6 6)で
は鼠径ヘルニア根治術の退院後の S S I 発生率をサーベイランスす
るため、電話インタビューで有効性を評価したところ病院間での違
いは 0~ 14 .6%あることを実証した。本研究では他のランダム化比
較試験よりも多くのリスク要因(両側ヘルニア、 70 歳以上、糖尿
病、ASA グレード I I I、および手術時間 60 分以上)の症例が含まれ
ていた。したがって、本研究ではこれらの要因がプラセボ群の SS I
発生率 13%を反映していると考えられた。
本研究では全患者の 83%はレジデントが執刀しており、すべて
の SS I はレジデントによる手術で発生していた。全体としての SS I
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発生率は 7 .5%であったが、レジデントが手術を行う教育病院での
一般的な問題を反映しているかは不明である。しかし、 2 つのラン
ダム化比較試験 4 5 , 5 1)では患者の 43%~ 89%はレジデントによって
執刀されているが、外科医の経験年数は SS I 発生の重要な危険因子
ではないことを報告している。また、 Ta ylo r ら 6 6)の報告では外科
医の経験年数が S S I の発生率に影響を及ぼさなかったと結論づけ
ている。一方、本研究では 13 例は両側ヘルニアを有し、うち 1 例
が SS I を発症していた。我々の研究に加えて、 3 つのランダム化比
較試験 4 5 , 5 1 , 5 3 )は各々、全患者の 6%、 8%、および 11%が両側ヘル
ニアであったが、両側ヘルニアと S S I の発生率との相関は認められ
なかった。
以前の報告では S S I 発生率は 2%〜 3%と低く、感染は創傷ドレ
ナージと抗菌薬の簡単な方法で治療できるため、予防抗菌薬は低リ
スク患者では避けるべきであると述べられている。 4 4)低リスク患
者に対する予防抗菌薬の使用については議論の対象となることが
ある。第 1 に SS I の発生率は過小評価されている。 SS I の発生率は
患者に関連した危険因子、手術に関連する危険因子、および施設の
衛生状態によって影響されるので、患者ごと施設ごとに異なる。確
かに、大規模な研究では病院間での SS I 発生率は 0~ 14 .6%と違い
があることを報告している。 6 6)これは SS I の真の発生率が非常に
高い可能性があり、すべての患者に予防抗菌薬を行うことで SS I の
発生を減少することが期待できると考えられる。第 2 に、最近のメ
タ解析 5 9)では患者の大部分は低リスクであったが、予防抗菌薬の
重要な有効性を示された [オッズ比 0 .54( 95%信頼区間 0 .37~ 0 .81)]。
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この研究では予防抗菌薬は低リスク患者においても非常に有効で
あることを示している。
本研究では予防抗菌薬の費用対効果についての検討はなされて
いない。 Auf en ack er ら 4 5)がオランダからデータベースを使用して
行った研究では予防抗菌薬の費用を削減できれば、米国と欧州では
約 1、 000 万ユーロの医療費削減につながると推定される。これと
は対照的に術後の感染症関連の医療費を評価した調査では、鼠径ヘ
ルニア根治術後に感染症の 1 患者あたりの年間医療費は 44 ,800 ド
ルであり、大腸手術の 48 ,440 ドルとほぼ同様であった 6 7)。これら
の研究は S S I が医療費の面で重要な問題となることを示している。
予防抗菌薬は医療経済の観点からも効果的であると考えられる。し
かし、抗菌薬の潜在的な利益については費用対効果に対する注意深
い分析されてはいなかった。
DSS I は鼠径ヘルニアの再発の危険因子であると考えられている。
一方、いくつかの研究では SS I はヘルニアの再発を増加させないこ
とが報告されている 4 6 , 5 2 , 6 8)。実際に本研究では 3 例のヘルニアの
再発があったが、 SS I はみられなかった。 Auf enacke r らの報告 4 5 )
によると DSS I の発生率は 0 .2%から 0 .4%の範囲であり、まれな
DSS I は鼠径ヘルニアの著しく低い再発率との関連がみられた。こ
れは議論の対象となる問題である。 DSS I に対する予防抗菌薬の有
効性を検討したメタ解析では予防抗菌薬の有効性は示されなかっ
た [オッズ比 0 .50( 95%信頼区間 0 .12~ 2 .09) ]。しかし、そのメタ
解析は DSS I に対する予防抗菌薬の有効性を証明するためには検出
力が 10%と十分ではなかった。したがって、これらの知見は慎重
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に解釈されるべきである。 Ta ylo r ら 6 6)は DSS I がいったん発症す
ると、しばしばメッシュの完全な除去が必要となるため、 DSS I の
管理は難しく、最終的には繰り返し入院が必要となると結論付けて
いる。 4 8)
ドレーンの留置が SS I を予防することができるかどうかは議論
の余地がある。 Yerde l らの報告 4 4)ではドレーン留置は SS I のリス
クが増加することが示された。一方、 Aufenacker ら 4 5)および
Tzovaras ら 4 9)の報告では SS I のリスク増加は認められなかった。
これらのランダム化比較では矛盾する結果が示された。したがって、
ガイドラインでは出血量の多かった患者、および凝固系の異常のあ
る患者に対してのドレーンの使用を推奨している。 6 0)
術後の数年経って発生する遅発性 D SS I はまれな合併症であり、
発生率は 0 .03%~ 1 .4%と報告されている 6 9 - 7 1 )。 我々は、プラセボ
群で 1 年 9 ヵ月後に遅発性 DSS I の症例を 1 例経験した。患者は、
メッシュの除去を必要せず、抗菌薬投与のみで治癒することができ
た。1 つの後ろ向き研究では、遅発性 DSS I の発生率は予防抗菌薬、
SS I の既往、メッシュの種類、またはヘルニアの再発との関連性は
みられなかったと報告している。7 0)また、遅発性 DSSI の病因につ
いては明らかになっていないが、このタイプの感染はメッシュの普
及でより一般的になる可能性があると考えられた。 7 0)
日常的な予防抗菌薬は SS I の発生率だけでなく、他の合併症も有
意に減少させた。同時にサブグループ解析においても、患者が高リ
スクか低リスクかどうかにかかわらず有意な差はみられなかった。
したがって、我々は入院患者の鼠径ヘルニア根治術における SS I 予
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防のために、日常的な予防抗菌薬を行うことは適切であると結論づ
けた。一方、真の危険因子、予防抗菌薬の費用対効果、および晩期
感染などその他の疑問を解決するためには、今後さらなる研究が必
要である。
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36
終章
1.総括と結論
本研究では耐性菌に対する戦略としての薬剤師 ASP 活動に焦点
を当てた検討を行った。
第 1 章では、耐性菌データの解析、および新規薬剤の M IC 測定
を行い情報提供することは、有効な抗菌薬の選択と長期的な抗菌薬
感受性の維持において有用である可能性が示唆された。 7 2)本研究
では詳細なデータの提示はなかったが、カルバペネム系抗菌薬の適
正使用に関する院内ガイドラインを策定し、適応症について明記し
た届出用紙を用いて使用制限を行った結果、使用量の減少と緑膿菌
のカルバペネムの感受性率の改善が認められた。 7 3)このように耐
性菌情報を把握し抗菌薬の適正な使用により、これら耐性菌を抑制
することは薬剤師の責務であると考える。
第 2 章では、積極的な介入とフィードバックは主治医に対する教
育的効果としての適正使用率と de- esca l a t ion 実施率の上昇だけで
なく、MRSA の減少にもつながる可能性が示唆された。 7 4)本邦で
は形式的な使用届出制や許可制であった施設も少なくないと推察
される。しかしながら、当院では届出や許可申請の際に多職種協働
で内容を吟味し、より適切な抗菌薬の選択や用法用量を主治医に提
案する「介入とフィードバック」の実践が本研究の結果につながっ
たと考えられる。現在では抗 MRSA 薬のみならず、広域抗菌薬とし
てカルバペネム系抗菌薬と p ip er ac i l l i n / t azobac tam( P IPC/TAZ)つ
いても同様の取り組みを行い、更なる適正使用の推進体制の確立を
目指している。
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第 3 章では、医師と共同で臨床的疑問を解決する前向き介入試験
を実施することで、術後感染予防抗菌薬の適正化に貢献することが
できた。 7 5)一方、日本ヘルニア学会からの鼠径部ヘルニア診療ガ
イドライン 20157 6)では予防的抗菌薬の SS I の予防は限定的である
としているが、最新の研究では有効性を示すメタ分析もあり、今後
ガイドラインの見直される可能性についても言及している点に注
意が必要である。また、本研究の対象は鼠径ヘルニアのみであった
が、今後は日本化学療法学会と日本外科感染症学会から発刊予定の
術後感染症予防抗菌薬ガイドラインを参照し、当院における周術期
の抗菌薬ガイドラインを整備し、IC T が苦手とする傾向のある外科
系への介入を進め、術後感染予防抗菌薬適正使用の普及にも努めて
いきたい。
筆者はその他にも ASP 活動として PK-PD 理論に基づいた投与量
の適正化についての検討も行っており、 7 7 - 8 2)こうした包括的な抗
菌化学療法管理を行うとともに、将来的には ASP 活動のアウトカ
ムの評価として、医療経済面での検討に拡大すべきであると考える。
さらに、当院においては病棟薬剤業務実施加算の導入に伴い、すべ
ての病棟に専任薬剤師が常駐しており、ICT 薬剤師との密な連携を
はかることで更なる抗菌薬適正使用の推進が可能と考える。
2.結語
耐性菌出現の抑制を目的とした薬剤師の ASP 活動として、包括
的な抗菌化学療法管理に関する臨床薬学的実践の試みについての
有用性を示すことができた。
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38
謝辞
本研究は、著者が明治薬科大学大学院薬物治療学教室教授 越前
宏俊先生のご指導のもとに行ったものです。本論文をまとめるに際
し、ご指導いただき、心より感謝申し上げます。また、副査として、
薬効学教室教授 庄司優先生、感染制御学教室教授 池田玲子先生
に貴重なご助言をいただき、深く感謝します。
本論文をまとめるに際し、終始ご指導、ご鞭撻を賜りました薬物
治療学教室講師 小川竜一先生に感謝申し上げます。また、本研究
の実施に際し、終始多大なご指導、ご鞭撻を賜りました日本大学病
院薬剤部部長 鏑木盛雄先生、日本大学病院薬剤部技術長 菊池憲
和先生、日本大学医学部附属板橋病院薬剤部部長 吉田善一先生、
医療法人社団隆樹会林内科クリニック院長 林国樹先生、日本大学
医学部内科学系総合内科・総合診療医学分野准教授 矢内充先生、
日本大学医学部医学科医学研究企画・推進室准教授 間﨑武郎先生
に心より感謝申し上げます。さらに本研究に多大なるご協力を賜り
ました同薬剤部諸氏に厚く御礼申し上げます。
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