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101 松戸OL殺 人事件 誤 判 に い た る論 理 と心 理一 1は じめ 1991年4月23口,東 京 高 裁 は,「 松 戸OL殺 人 事 件 」 の 犯 人 と さ れ,一 ・ 審 に お い て,無 期 懲 役 の 判 決 を 受 け た 被 告 のOに 対して無罪判決を言い渡 し た 。 こ の 逆 転 無 罪 の 判 決 に 終 わ った 松 戸OL殺 人 事 件 は,刑 事手続をめ ぐ る 現 状 に 対 し て い くつ か の 間 題 を提 起 し た 。 一 つ は,加 熱 し た 事 件 の 取 材競争や 「連 続 女性 殺 人 犯」 と断定 した 実 名 で の 報道 な ど,行 き過 ぎた犯 罪 報 道 の あ り方 に 対 す る疑 問 で あ る(1}。 第二に挙げられるのが代用監獄である。代用監獄が捜査の密室性を助長 し,冤 罪 の 温 床 とな る 危 険 が あ るた め 廃 止 され るべ き こ とは か ね て よ り指 摘 され て きた と こ ろで あ るが,そ れ に もかか わ らず,「代用」監獄 の存続 恒 久 化 を 内 容 と す る 拘 禁 二 法 案 が 再 三 に わ た り(1983,1987,1991年)国 に上程されてきた。そのような状況のなかで本件の控訴審判決の反響は大 きか った(3)。 そ れ は,代 用監獄が 「自白の強要等の行なわれる危険性の多 い 制 度 で あ る の で,そ の 運 用 に は 慎 重 な 配 慮 が 必 要 で あ る。 … … 本 来,被 疑 者 の 取 調 べ と い う犯 罪 捜 査 と,代 用 監 獄 と し て 被 疑 者 の 身 柄 を 留 置 場 に 収 容 す る 業 務 と は,同 じ警 察 が 行 な うに し て も,… … そ れ ぞ れ 別 個 独 立 の 立場で適正に行なわれることが必要不可欠」ωであることを前提に,代 監 獄 へ の 留 置 を 捜 査 に 不 当 に 利 用 し た こ とを,自 白 の 任 意 性 を 否 定 す る理

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Page 1: 松戸OL殺 人事件 - Meiji Repository: ホーム...松戸OL殺 人事件 一 誤判にいたる論理と心理一 辻 脇 葉 子 1は じめに 1991年4月23口,東 京高裁は,「

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松戸OL殺 人事件一 誤判にいたる論理と心理一

辻 脇 葉 子

1は じ め に

1991年4月23口,東 京 高裁は,「 松戸OL殺 人事件」 の犯人 とされ,一 ・

審にお いて,無 期懲役 の判決 を受けた被告のOに 対 して無罪判決 を言い渡

した。 この逆転無罪 の判 決に終わ った松戸OL殺 人事件は,刑 事手続 をめ

ぐる現状に対 して い くつか の間題 を提 起 した。一 つは,加 熱 した事件の取

材競争や 「連続 女性殺 人犯」 と断定 した実名での報道 な ど,行 き過 ぎた犯

罪報道のあ り方に対す る疑問 であ る(1}。

第二に挙げ られ るのが代用 監獄であ る。 代用監獄が捜査 の密室性を助長

し,冤 罪の温床 となる危険があ るため廃止 され るべ きことはかねて よ り指

摘 され て きた ところで あるが,そ れ に もかか わ らず,「代用」監獄 の存続 ・

恒 久化を内容 とす る拘禁二法案 が再三にわた り(1983,1987,1991年)国 会

に上程 され て きた。 そ の ような状況のなかで本 件の控訴審判決の反響 は大

きか った(3)。それは,代 用監獄 が 「自白の強要等 の行なわれ る危険性 の多

い制度 であ るので,そ の運用に は慎重 な配慮 が必要 であ る。 ……本来,被

疑 者の取調 べ とい う犯罪捜査 と,代 用監獄 として被疑者の身柄を留置場に

収容す る業務 とは,同 じ警察 が行 な うに して も,… …それ ぞれ別個独立の

立場で適正 に行 なわれ ることが必要不可欠」ω であ ることを前提に,代 用

監獄への留置 を捜査 に不 当に利用 した ことを,自 白の任意性 を否定 す る理

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由の一つ とした,刑 事裁判 としては異例 の判断 が下 されたか らである。

また,そ れ以外に も,こ の事件は,別 件逮捕 ・勾留,起 訴後の余罪取調

べ,白 白の任意性,自 白の信用性 と,冤 罪事件に共通 した問題 点を内包 し

ていた。

本稿 では,松 戸OL殺 人事件 が,以 上 の問題点が あ った に もか か わ ら

ず,第1審 裁判所が有罪の判決 を下 したのはなぜか,誤 判 の構造一 論理

の歪曲 と心理的諸側面 を探 るこ とをn的 とす る。

一般に,冤 罪の原因の多 くが捜査段階 に存在す る ことは よ く知 られ てい

る ところであ り,本 件の場 合 も,無 罪 判決後の法 律雑誌 ・新 聞等 の論評 も

「代用監獄に警鐘」 「自白偏重 の捜査」「問われ る事 件報道 」 とい った タイ

トルが 目立 つ の もうなず け る。 しか しなが ら,誤 判原 因 として ともす る と

見過 ごされが ちなのは,こ の よ うな違法 な捜査 をチ ェヅクす るはず の裁判

所 の問題 であ る。 自白の証拠能 力制限の原則が機能 してお らず,自 白の信

用性 に関す るチ ェ ックが杜撰 になる背後 に,裁 判官 の 「有 罪推 定」 の偏見

が見 え隠れす る。本件 の第1審 判決 を素材に して,裁 判所をめ ぐる誤判原

因を論 じようと考 える。

II事 件 及び捜査の概 要

(1)捜 査の端緒

1974年7月3日 午 後10時 ころ,信 用 金庫に勤務 していたM子(当 時19

歳)が,千 葉 県松戸 市馬橋 にあ る寮 に帰宅途 中に行方不 明にな った。通報

を受けて,警 察は翌4日 か ら捜 査を開 始 したが,8月8日 にな り,馬 橋駅

西 口の造成地で,強 姦 され殺害 された うえ全裸で埋 め られ てい る同女 の死

体が,作 業中の ブル トーザ ーの運転手 に よって発見 され た(M子 事件)。

被害老 の死体か ら検出 された人精液の血液型(Se式)はOSe型(分 秘型

の0型)かSe非(分 秘型)で あ った。 これが 「松戸OL殺 人事件」の発

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端 であ る。

この ころ,松 戸市馬橋駅周辺 では,同 じ様な事件が相次いで発生 してい

た。7月10日 には駅西 口の北側 のアパー トで一人住 まいの若 い女性(当 時

21歳)が 強姦 され殺害 された うえ放火 された事件(K子 事件)や,8月10

日には6月25日 頃か ら行方不明 となっていた女性(当 時30歳)が 強姦 され

殺害 されて埋 め られて いるのが,や は り造成地内か ら発見 され た事件(T

子事件)な どで ある。 そ こで警察は,以 上の3件 とも同一 犯人に よるもの

との疑いを強め,松 戸警 察署に 合同捜査本部を設け,大 掛か りな捜査が開

始 された。

被疑者Oは,同 年7月27日 未 明,馬 橋駅西 口付近 を俳徊 していた ところ

を,警 蓬中の警察官 の職務質問 を受けていたので,捜 査本部 は,そ の後0

の前歴を調査 した結果,M子 事件 など3事 件の有力容疑者の一 人 として,

その身辺調査を開始 した。 同年12月 初 め ごろまでの間に,約130名 位の者

が直接 の容疑者 として捜査 の対 象 とな り,そ の うち後に本件 の被告人 とな

った0も 含めて約8名 程 の 者 が 身 柄 を 拘 束 され て取 調べ を受けた。 しか

し,0以 外の被疑者は,血 液型がM子 等 の殺人事件の犯人の もの と矛盾す

る ことや,ま た,ア リバイが存在す るな どの理由で,最 終的に0だ けが捜

査対象者 として残 る こととな った。

(2)別 件の窃盗事件に よる逮捕 ・勾留期間(1974年9月12日 ~9月30

日,第1期 間)

9月12日,Oは,1方 への住居 侵入 ・窃盗 の容疑で逮捕 され,同 月4日

勾留 と同時 に接見 が禁止 され,松 戸警察署 の代用監獄に留置 され た。 これ

が連続 殺人事 件の犯人 との見込 みに基づ く別件逮捕 であ った ことは,そ の

3日 後 の9月15日 の 「女性連続放 火殺人事件 の有 力容疑老」 を別件で逮捕

した ことを実名 で報 じる記事(毎 日新聞及 び 日経新聞の1974年9月15日 付

朝刊)を 皮切 りに,連 日0を 殺人事件の犯人 と書 き立て る各紙記事及び週

刊誌等の報道に よ り明 らかで あろ う。実際に,取 調 べ時間のかな りの部分

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が本件の取調べに当 て られ て い た。 後に0が 公判廷で供述 してい るよ う

に,こ の間0は,昼 は窃盗事件につ いて,夜 は連続女性 殺人事 件につ いて

取調べ を受けたので ある。

(3)別 件 のN子 事件 による逮 捕 ・勾留期 間(1974年9月30日 ~10月21

日,第2期 間)

窃盗事 件の捜 査中,0が,連 続 女性殺人事件 とは別にN子(当 時18歳)

のアパ ーFに2回 にわた り侵入 し強姦 を した事件が発覚す る と,9月30日,

0は,今 度 はN子 に対す る強姦事件で逮捕 され,そ れ と同時に今 まで の柏

署か ら印西署の代用監獄 に移監 され るこ ととな った。 この印西署は,千 葉

県 と茨城 県の県境 の静か な町にあ る小 規模の警察 署で,新 築 されたぼか り

で,3室 ある留置場 はそれ まで一度 も使 用 された こ とが な く,専 属の看守

もいなか った。0は,こ の遠 く隔離 され た代用監獄に,こ の後,N子 事件

で起訴 され る1975年3月12日 までの163日 間た った一人 で留置 され るこ と

に なるのであ る。 印西署に0を 単独 で留置す るに当た り必要 な看守 は,合

同捜査本部か ら捜査本部員が派遣 された。交 替で24時 間の監視体制 が とら

れ,0の 一挙手一投足が分刻み で詳細 に 「留 置人動 静 日誌」に記録 され,

その房内での言動 はすべて取調官に報告 され ていた。

印西署への移監後か らN子 事件の起訴 までの22日 間の うち,取 調べのな

か ったnは 一 日もな く,連 口平均7時 間'rの 取調べ が行なわれた。午後10

時台 までの取調 べはそ の うち11日,9時 台 までの取調べ は9日 であ る。連

続殺人事件につ いては 松 戸 警 察 署で も取 調 べが行 なわれ たが,本 格的に

は,印 西署 移監 後,と くに1974年10月15日 頃か ら集 中的 な取調べが行 なわ

れた。 当初 は,取 調べ の中心はK子 事 件についてであ った。逮捕 した9月

30日 には,0を ポ リグラフ検査 にかけM子 事件な ど連続女性殺人事件につ

いての質問 も行 なわれ てお り,そ の後 も何 回か このポ リグラフ検 査は行な

われ ている。

この よ うな尋常 では ない取調体制 を組 んだ捜査 側の意図が,被 疑者Oを

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孤立無援の密室 に追 い込 んで,単 にN子 事件の取調 だけでな く,捜 査側が

狙い とす る とす る連続 女性 殺人事件 の自白を獲得す ることにあ ったであ ろ

うことは想像 に難 くない。

(4)1方 の窃盗事件 とN子 事件で起訴後の勾留期 間(1974年10月21日 ~

12月9日,第3期 間)

10月21H,0はN子 事件で起訴 された。代用監獄が常態化 してい るのが

現状 とはいえ,起 訴後は拘置所に移 され るのが通常 である。 しか しなが ら

本 件の場 合,Oは,起 訴後 も引 き続 き印西警察 署に留 置 された まま連続女

性 殺人事件の取調べが行 なわれた。 この ことは,N子 事件 もまた 「別件」

に しかす ぎなか った こ とを物語 ってい る。

起訴後の勾留 期間 を利用 して,取 調班 は,N子 事件続いてT子 事 件 と集

中的 に取調べ を行 ない,0も 一旦 はK子 事 件の犯行 を認め る供述をす るよ

うに な った。 しか し,そ の後取調べ は難航 し,結 局11月20日 頃,捜 査本 部

は,全 裸 死体 で発見 され,着 衣や所持品等 の物証 の得やすいM子 事 件に取

調べ を切 り替 える ことに 方針 を変 えた。そ して,同 月22日 の取調べでは,

0は,M子 事 件について 自供を し,犯 行 の概要 を説明す る図面や メモ等 を

作成 し,12月8日 にな る と供述 調書 も作成 され るよ うにな ったω 。この間,

ユ1月30日 には,被 害者M子 が行方不明当時所持 していた ときとされ る傘

が,造 成地 内の側溝か ら発見 され,次 いで12月4日 には造成地 の東側 を流

れ る新板川の富士見橋 近 くの東側土手か ら,被 害老M子 の定期 入れや財布

等 が発見 され た。

(5)M子 事 件 に よ る逮 捕 ・勾 留 期 間(1974年12月9日 ~12月31日,第4

期 間)

捜 査本 部は,上 記 の被害 者の所持品は,Oの 供述に基づ いて発見 され た

証 拠物であ ると断定 して,0がM子 殺 人 事 件 の犯 人であ るとの心証 を固

め,12月9日,M子 事件 で逮捕 ・勾留 し,12月31日 まで,引 き続 き印西警

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察署に留 置して取調 べ を行な った。逮捕か ら,12月31Hに 処分保留 の まま

釈放 され るまでの23日 間 の うち,取 調 べがなか ったのは3日 間 にす ぎず,

取調時間 は,長 い ときには12時 間40分 に も及ぶ ことさえあ った。 この間,

犯行 を認め る多数 の供述調書が作成 され たが,千 葉 地力検察庁 は,結 局,

公判 を維持す るに は,そ れ まで発 見 され た証 拠 だけ では 物 証 が十 分 で な

く,被 害者 の着衣 あ るいは凶器 の発見 を待 って起訴すべ きだ と判断 して,

勾留期 間が満 了 した12月31日,0を 処分 保留 の まま釈放 した。

㈲M子 事件で処分保留の まま釈放 された後にM子 事件 で起 訴 され る

までの期 間(1975年1月1日 ~3月12日,第5期 間)

しか し0は 釈放後 も,す でに起訴 されて いた別件 で印西署の代用監獄 に

勾留 された まま,M子 事件 の取調べが続行 された。0は,1月23日 頃 か ら

2月8日 頃 まで行 なわれた検察官に よる取調べ に対 しては犯行 を否 認す る

供述 を していたが,2月17日 頃か らは再 び犯行 を認め る供述 をす るよ うに

な った。

この71日 間の うち,取 調 べのなか った 日は,正 月三箇 臼を含 む4日 間に

す ぎず,そ の うち午 後10時 台 までの取 調べは26日 間。11時 台 までは11日 間

に及ぶ長時間 の 取 調 べ が 連 日行 なわれた。特 に,1月 中旬頃か ら取調べ

は一段 と厳 し くな った。1月 の厳寒 期に,留 置場 の暖房は 止め られ,窓 は

開け放たれ ま まで,看 守は,ス トーブを 入れた仮眠室 で,留 置場 に設 置 さ

れ たテ レビカ メラか らの映像 をモニターで監 視 していた。 取調室 では,取

調官 が,被 害者3人 の死体写真 ・葬儀写 真 ・位牌 等を持ち込み,線 香 を焚

いて煙でいぶ しなが ら取調べ が行 なわれ た。 そ うす る うちに1975年1月21

日,捜 査本 部が造成地南側 の排水溝 を捜索 した ところ,被 害者 が行方 不明

当時着用 していたサ ロペ ッ トス カー トの吊 り紐 が発見 され,さ らに2月10

日には,同 じ排水溝 の下 流か ら,ビ ニール製雨用 ズボ ソに入れ られた被害

者 の物 と思われ るサ ロペ ッ トスカー ト等の着衣 と所持品 が発見 された。

h記 の ような,被 害 者の着衣等 の発見 とOの 取調 べの進展の 結果,3月

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12日,検 察官はM子 殺人事 件につ いて公訴を提起す るに至 った。起訴に よ

って,印 西署か ら松戸拘置支所 に移監。0は,窃 盗事件で逮捕 されてか ら

181日 の間,代 用監獄に留置 されて いた ことに なる。そ して,K子 事件及

びT子 事件については起訴 され なか った。

111証 拠 関 係

本 件において,0と 犯行 とを結び付ける証拠はわずかで あ っ た。 第1

は,被 害者 の死体か ら検 出 された人精液 の血液型 と0の それ とが矛 盾 しな

い とい うこと。第2は,被 害者M子 の発見 された着衣等 に付着 していた と

され る毛髪 が0の 毛髪 と類似す るとい う鑑定である。 しか し,M子 の着衣

等 に付着 していた とされ る毛髪の中に,捜 査段階で0か ら採取 され た毛髪

が作為的 に混 入 された疑 いがあ り,第1審 判決 において も,そ の証拠価値

が否定 されてい る(5)。第3に,0の 捜査段階 に おけ る 自 白調 書 である。

0は,起 訴後,公 判を通 じて犯行 を否認 していたので,Oと 犯行 とを結び

付け る唯一の直接的な証拠は 自白調書だけであった とい えるだろ う。 この

ため,裁 判においては,そ の 白白調書の証拠能力 と信用性 が最大の争点 と

な った。

上記 皿に概説 した事件 と捜査の概要か らも明 らか なよ うに,Oに 対す る

捜査 ・取調べに は,そ の自白の任意性を疑わ しめ る多 くの 問題 点 が あ っ

た。別 件逮捕 ・勾留 に始ま り,そ れに続 く本件の逮捕 ・勾留に よる長期間

の身柄拘束,印 西署 への単独留置,長 時間の深夜に及ぶ取調べ,代 用監獄

を悪用 した24時 間監 視体制 ・食事制限 ・睡眠妨害等 に よる自白強要,脅

迫 ・誘導に よる違法 な取調べな どである。 その結果得 られた自白は,時 間

の経過に伴 って内容が著 し く変 転 し,客 観的事実 と符合 しない点や不合理

な点 も多 く,捜 査側に よって秘密 の暴露 と指摘 され るものにつ いては,む

しろ捜査側の作為性 が疑われ る状況にあった。

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IV自 白の証拠能 力について

(1)総 説

唯一 の証拠 ともいえる自白調書 は,上 記 の ような異常 な状況の下 で作成

された ものであ り,前 述 の点 において その証拠能力 が疑問視 され る もので

あ った。に もかかわ らず,第1審 裁判所 がその証拠能 力を否定 したのは第

5期 間の自白だけであ った。「被告人は,M子 事 件で釈放 され た とはいえ,

印西警察 署にその まま留 置 され たばか りか,釈 放前 よ り,よ り厳 しい監視

状況下 に置 かれ,時 に よ り厳 しい方法 での取調べ を受けたの であ るか ら,

釈放 後の取調 べは強制捜 査期 間の制限 を逸脱 して強制的 な取調べ を継続 し

た との評価 を免れ 難い」 として,こ の期 間の自白の証拠能 力を否定す るの

を相当 とした(6)。 しか しなが ら,そ れ 以外の第1期 間か ら第4期 間の自白

については,弁 護 側の,被 告人の 白白は違法収 集証 拠又 は任意性 を欠 くも

のであ り証拠能力はない とい う主張に対 して,い ずれ も,取 調べ に違法 な

点はな く,任 意の取調べ として許容 され る範囲内の ものであ ると,証 拠能

力を肯定 したのであ る。

(2)別 件 逮捕 ・勾留について

前述 した ように,0に 対す る身柄拘 束の出発点 は,連 続女性 殺人事件の

犯人 との見 込 みに基づ く,別 件の窃盗に よる逮捕 であ った。本件 の判示に

おいて は,第1に 別 件 とされ る窃盗事件 での逮捕 ・勾留 の理 由 と必要性が

認め られ る点 と,さ らに 「昼 は窃盗事件 につ いて,夜 は首都圏連続女性殺

人事 件につ いて取 調べを受 けた」 旨の被告人の公判廷 におけ る供述 に触れ

て,取 調べ の回数 ・時間 ・内容等 か ら判断 して窃盗 に よる逮捕 ・勾留 が専

ら連続 女性 殺人事 件の取調 べを 目的 とした もの とはいえない として,違 法

な別件逮捕では ない とされ てい る。 ところで,違 法 な別 件逮捕 ・勾 留 と適

法 な余罪取調 べ との限界 につ いては,最 高裁 は未 だ明確 な判断基準 を示 し

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てお らず,下 級審 裁判例 の見解 も一 致 していない。 ただ,判 例 の全般的 な

傾向 として言 える ことは,別 件 その ものが通 常立 件 され ない ような軽微な

ケースであ るな ど,そ もそ も別 件の逮 捕 ・勾留の理 由 と必要性が欠け てい

るか,薄 弱であ る場 合や,ま た別件での逮捕 ・勾留期間中に別件につ いて

の取調べがほ とん ど行なわれ ていない場 合(ηな どに,そ の違法性を認める

ケースは限定 されて いるのが現状 である。

別件 の窃盗事件に よる逮捕 ・勾留,そ れ に続 く二つ 目の 別件の住居侵

入 ・強姦事件(N子 事件),両 事件 の起訴後の勾留,本 件であるM子 事件

に よる逮捕 ・勾留,そ して釈放後か ら起訴 までの勾留期間,こ れ らすべ て

を合わせれ ば,0が 代用監獄 に拘禁 され ていた期 間は181日 間,6か 月に

及ぶ 。これは,過 去の著名 な冤罪事件の 中で も警察での拘禁 期間の長 い,財

田川事 件の140日 間,鹿 児島夫婦 殺人事 件の110日 間 と比較 してみて も,

その拘 禁期 間の長 さが異常 であ った ことが明 らか であろ う。 しか しなが ら

第1審 判決 は,こ の よ うな別件逮 捕 ・本 件逮捕 の繰 り返 しに よって身柄拘

束 期間が長 期に及んだ ことの問題性 につ いては,一 切触れて いない。

(3)長 時間 の取調 べについて

第1審 判 決 自らが判決 の資料 として添付 してい る 「留 置人取調べ 日時一

覧表」 を見 て も,一 日の取調 時間は長 い ときは13時 間43分 に及 び,7時 聞

以.Lに 及んだ ことは86回 。 深夜 にわた る取調 も,最 も遅い ときで午前0時

19分 までがあ り,午 後9時 過 ぎまで取調 が行 なわれ たのはユ09回,10時 以

降の取 調で も60回 あ る。

ところが第1審 判決は,一 方 では,「 連 日,相 当長 時間にわた り,取 調べ

等が行 なわれ てい ることが認め られ る」 としなが ら,そ のす ぐ後に,「一 日

を通 してみた場 合,そ の終了が午後10時 を超えて いるか らとい って,殊 更

深夜 までの長 時間にわた る取調 べが行 なわれ た もの とい うこ と は で きな

い」《8)。と全 く反 対 の結論に な って しま っているのであ る。 但 し第5期 間

の 自白についてだけは,長 期 間 ・長時間にわたる取 調べ を,別 件起 訴後 勾

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留 中の自白の証拠能 力を否定す る一要因 と認めて いる。

(4)代 用監獄について

松戸OL殺 人事件においては,代 用 監獄 とい う制度が 自白獲得 のため最

大限に活 用 された。

第1審 に よれば,0が 印西警察署 に身柄 を移監 された理 由は,「K子 事

件につ いての被告人の容疑が濃 くな り,捜 査本部は,同 事 件を も見通 して

被告人を取 り調べ るためには,被 告人 を静か な環境 の警察署に独居 留置 し

て取 り調べ る必要 がある と判断 した ため であ るが,捜 査本部 のあ る松戸 警

察署 には常 に他の被疑者 の出入 りが あ って独居留 置す るには無理があ るこ

と,同 署 は,国 道六号線に面 していて騒音が激 し く取調べに支障があ るの

に対 し,当 時 の印西警察署は新設 されたぼか り静かな環境下 にあ ること,

同署には,報 道関係者の常駐 がないためその対 策に都 合が よい こと,前 記

大矢班に属す る警察官 はいずれ も千葉市在 住で印西警察署 の力 が通勤 の便

に よい ことな どを理由 とす るものであ った」ω と認定 してい る。

事 件の所轄警察 署であ る松戸警察 署か ら極め て遠距離 の辺鄙 な場所 にあ

る印西署がわ ざわ ざ選ぼれ,0は そ こにた った一人で合計163日 間留 置 さ

れた。 そ こには,専 任 の看守が いなか ったため,捜 査本 部員が看守 として送

られ,看 守者は24時 間監視休制 を と り,留 置場 内での0の 言動 を監 視 し,

分刻 みで その言動 が 留 置 人 動 静 日誌に記録 され,そ れ が0の 取調べ に も

利用 された。 歯磨 き粉 の購 入,髪 を洗 う,髪 を刈 るといった 日常些細 な

事柄 まで も,取 調べ班の意向を尋 ね る必要 があ った。別件で の逮捕直後か

ら,家 族等 の接見 は一切禁止 され,捜 査関 係者以外の者 と接見 が許 され た

のは,起 訴事件の国選弁護人のみで あった。 この よ うに代用 監獄 を利用 し

て意 図的 に密室 を作 り出し,0を 孤立無援の異常 な状態に追 い込 んだ捜査

本部 の 口的 は,自 白を強要す るこ とにほかな らなか った。

そ もそ も被疑者を警察署の支配下にあ る留 置場 に収容す る ことを許す代

用監獄は,自 白強要 の危険を孕んでお り,代 用 監獄 その もの の廃止が必要

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とされてい るところであ り,そ の運用は慎重でなけれぽな らないのであ っ

て,「 騒音等 の取調べの支障」や 「捜査官 の 通勤 の便」 とい った 理由で留

置場所 を決め る ことが許 され るべ きよ うな問題 では ない。

ところが,第1審 は,E記 の ような事 実を認定 したに もか かわ らず,捜

査 上 の便宜を 自白強要 の危険 よ り優先 させ る判示 をす るのであ る。 「捜 査

本 部では,被 告人を独居留 置 して取調べの必要 を感 じ,そ の ころ身柄 のあ

った松戸警察 署では独居房 の確保 が難 し く,か つ,騒 音等に よ り取調べに

支障 を来たす ことな どを理 由 として印西警察署に移 監 した ものであ って,

そ2zfi体 が不当な理由に よるもの とは いえない し,更 に,N子 事 件につ き

被告人を勾留すべ き監獄 として印西警察署 と定め られ たのは裁判官に よっ

てその 旨の記載の ある勾留状が発布 された ことに よるので あるか ら,こ れ

を もって不 当であ る とい うことはで きない」(10)とす る。捜査 の便宜 とい う

理巾 があ り,し か も令 状 が あ る か ら不 当ではない とす るのであ る。 しか

し,こ れは,令 状裁判官の令状 発布手続が適法であ ったか ど うかを も含め

て,捜 査段階 において被疑者に加 えられ る不当な人権侵害 を,事 後的にで

は あれ裁判所 が抑制す るとい う,本 来,司 法機関であ る裁判所 に課せ られ

た基 本的な責 務を放棄す るに等 しいのではなかろ うか。

本 件の場 合,そ うした基本的 な責務の放 棄は,刑 事事件の裁判 にたず さ

わ る専門家 が,因 襲的な思考 と判断に よって,一 個人の人間 としての,被

疑者のおかれ た立場 と状況に よって生みだ された,正 常な らざる心理 に対

す る公正な判断 力を欠落 させ ていた結果 と見 ることが できないだろ うか。

V自 白の信用性について

証拠 の証明力の判断は,裁 判官 の自由な裁量に委ねるとい うのが刑 事裁

判の原則であ る(自 由心証主義,刑 訴法318条)。 唯一 の例外は,自 白の証

明力 の制限で あって,自 白の真実性 を裏付け る補強証拠がなけれぽ有 罪 と

す ることがで きない ことにな っている(318条2項)。 したが って,こ の制

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限に抵触 しなけれ ば,真 実 の自白 と虚偽 の 自白 とを区別 し証 明力を評価す

る際に,裁 判官を法的に制約す るものは存在 しない。 しか し,裁 判官の 自

由裁量 とい って も,恣 意的 な裁量が許 され るわけでは な く,合 理的 な心証

形 成で なけれ ぽならず,そ こには経験法則 ・論理法則 に基づ く内在的 な制

約 がある ことは もちろんであ る。 自白の信用性 の判断基 準 として,し ぼ し

ば指摘 されて いるのは,① 秘密の暴露が ある こと,② 自白が論理的矛盾を

含 まない こ と,③ 自白内容 と客観的事 実 ・証拠 とが合致す る こと,④ 不 合

理 な自白の変遷 がない こと,⑤ 自白の採 取過 程に虚 偽 自白を誘発す るよ う

な状況が ない こ とな どであ る。

ところで第1審 裁判所 は,こ の よ うな基 準 と照 らし合わせて,本 件に お

け る0の 自白の信用性 を どの よ うに評価 したのであろ うか。

「被告人 の捜査官 に対す る自白には,重 要 な点につ いての変転や犯人 で

あれ ぽ言及 して当然 と思われ る事 実についての説明が欠落 している部分が

あ るが,そ れ らは,被 告人の性格 及び供 述態度 に由来す る もの と推 認 され

て,白 白の信用性 を損 な うもの とはいいえず,か え って,被 告人 の供述 に

基 づいて本 件傘を初 め とす る各証拠物 が発見 され るとい う,そ の 自白には

犯人 しか知 りえない秘密の暴露が含 まれ てお り,他 に も客観的事 実に符合

す るい くつかの内容が含 まれて いるので あるか ら,被 告人の前記 自白は,

信用性 を認め るに十分で ある といわね ぽな らない」(11'と,形 式的には前述

の判断基 準を援用 して いる。

しか し,果 たして本件0の 自白において,自 白の変 遷は 単にOの 性格 に

起 因す るものなのだろ うか。 傘 などの証拠物の発見 は0の 供述 に よって初

めて明 らかにな った秘密 の暴露 であ るのか,自 白内容は客観的事実に符 合

す るのであ ろ うか。50通 を超え る0の 供述調書 ・図面等 と,捜 査 の進展状

況,客 観的に 明らか とな って いる事実等 を虚心坦懐に照合 した とき,む し

ろ判 決 とは反対の事柄が 明 らかに なって くる。 自 白 の 内 容 の 著 しい変 転

は,取 調 べ る側である捜査官 の認識や捜査 の進展状 況に呼応 し,重 大 な点

におい て客観的事 実 と符合 しない点や不 合理な点 も多い。 そ して秘 密の暴

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露 とされ る証拠物の発見につ いては,捜 査手続 に不可解 な点 が多す ぎるの

であ る。 しか も,自 白の採取過程 については,IVに 述べた ように虚偽 自白

を誘発す る ような諸要 因が幾重 に も重 な って存在 していた。

以下 において,こ れ らの自白の信用性 に関 す る上 記 の 疑 問 点 を 詳述 す

る。 自白の内容は著 し く変 転 したのであ るが,最 終的 な自白の概要は(1975

年2月21日 付員面 調書及 び同年3月5日 検 面調書)に よれば,次 の とお り

であ る。

0は,1974年7月3日 馬 橋に行 って,以 前に強姦 した ことのあ るN子

と関 係す るか,通 行 人を脅 して金を取 るか姦淫 す るか と考 え,包 丁 と ド

ライバ ー及び懐 中電灯 を持 って午後9時 半(10時)頃 馬橋駅 に着 いた。

駅を降 りて西 口に行 き,N子 が住んでい るアパ ー トまで行 ったが,ま だ

N子 が帰宅 していないのでN子 の帰宅を待 とうと思 ってN子 の部屋には

入 らず,馬 橋駅 の西 口にあ る楓林堂 と言 う本屋の ところに行 った。 しぼ

ら く待 ってい ると,ち ょっときれ いな若 い女が電車か ら降 り歩道 橋上に

しぼ ら くたたず んだ後,北 側の階段を降 りてい くのを認め,N子 の代 わ

りに同女 を強姦 しよ うと思 い,同 女が駅前広場か ら中央大通 りを一人 で

西方 に歩いてい くのを確 認す るや,同 女の歩いて行 く中央通 りよ りも一

筋南 側の道路 を歩 きなが ら同女をおいかけ,縦 の木畑 の近 くの十字 路の

所に先回 りして女の来 るのを待 ち伏せ た。

持 っていた包丁 を女に突 き付け なが ら 「騒 ぐな,騒 ぐと殺す そ」脅 し,

ll旧 マ ンシ ョンの3階 に引 き入れ,2回 にわ た り女を強姦 した。その際,

包丁 をつ きつけて 「騒 ぐな,大 きな声 を出す と殺すそ」 と脅か したので

女 はあ ま り暴れ なか った。 そ して午後10時40分 頃,「 家 まで送 って行 く」

とい って,縦 の木畑 の近 くまで来た ところ,女 が突 然逃 げ出そ うとした

ので,犯 行が発覚す るのを恐れ て,女 を捕 まえサ ロペ ヅ トス カー トの取

れ た釣 り紐 で しめ,そ の後右腕 で首 を しめ て殺 し,縦 の木畑 まで引 きず

ってい った。 そ して犯行を隠すため,女 を土中に埋め よ うと考 え,ま た

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女 の身元を隠すために裸 に して埋 め るこ とに した。 国分 マ ンシ ョン飯場

か ら盗みだ したス コ ヅプで深 さ1メ ー トル程 の穴を掘 って,女 の死体 を

中に いれ,そ の上 に土 を被せて埋 めた。盗 んだス コップは,草 で きれ い

に拭 いて元の ところに戻 しておいた。 その後,建 設中の国分 マ ンシ ョン

2階 か ら雨用 ズボ ンを盗んで,女 のス カー トな どを入れ,ズ ボ ンの裾 を

男結 びに強 く縛 った うえ,国 分 マ ンシ ョソ東側の道路のふ ちにあ るマ ン

ホールの蓋 を ドライバーを使 って開け て,そ の 中に捨てた。女の傘は,

山 ロマ ンシ ョン近 くの道路脇 の下水溝 に,包 丁 と ドライバ ーは,女 の手

提 げにいれ橋の下か ら新坂川に捨 てた。電車に乗れば他人に見 られて ま

ず い と考 え,タ クシーに乗 って帰 ろ うと思 い6号 線に向か う途中,手 提

げ袋 の中か ら取 り出 しておいた定期入れ と財布 を新坂 川の河岸斜 面の草

地に捨てた後,タ クシーに乗 って姉 の ところに帰 った 。財布 を捨て る際,

中か ら13,000円 くらいを抜 き取 り背広 のボ ケ ヅ トに いれて持 ち帰 った。

以上が,0に よるM子 事件 の白白の概要であ る。

(1)自 白の変遷 について

白白の変遷が問題 となる場合に,犯 罪事実 を構成 す る基 本的部分 が変 遷

す る ことは稀 であろ う。 犯罪事実 が窃盗か ら殺人に変更 された り,殺 害方

法が射 殺か ら絞殺に,被 害者がAか らBに 変 更され るこ とは実際上考 えら

れ ない。 なぜな らぽ,捜 査側に犯罪が発覚 した段階において,そ れが窃 盗

事件か 殺人事件かは もちろん,死 因が 出血多量に よるものか窒息死 かは,

通常 は,死 体が発見 され ていれば捜査側 にはすでに明 らかであ り,そ れ と

明 らか に矛盾す る ような自白調書が取 られ ることは考 え られ ないか らであ

る。 したが って 自白の変遷が裁判に おいて問題 とされ るのは,犯 罪事実 の

大筋では な く比較的細部についての変遷 であ る。

それでは,犯 行 その ものについては 自白 してい るのに,な ぜ被疑者 の 自

白は細部で変遷す るのであろ うか。端的 に言えぽ,そ れは知 らない ことを

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話 さなけれぽ な らないか らである。一度供述 して も,捜 査 の進展に よって,

例 えば,鑑 定 の結果 明 らか にな った殺害方法や 死亡時刻 と,古 い自白 との

あいだにつ じつ まがあわな くな ると,取 調官 の誘導 に よって客観的状況 ・

証拠 と符合す る別の 自白が被疑者か ら引 き出され るか らであ る。

例 えば,松 山事件 の場合を例 に とれば,被 害者 を薪割を凶器 として用 い

て殴打 して殺害 した点 につ いては自白は一貫 しているが,凶 器 の薪割があ

った場所 に関す る 自白は変転す る。当初は,① 「岩竈 の うしろの土間」 で

あ ったが,② 「縁 側の続 きの板 の間」 と変わ り,さ らに③屋 外の 「風 呂場

の前 の壁」へ と変転 して いる。薪割は,被 害者の死体 のそばにあるのが発

見 された ものであ って,事 件発生 当初か ら捜査官 に とっては凶器 とす るに

足 りる十分 な根拠があ ったが,薪 割の所在場所 については捜査官に とって

も不 明だ ったわ けである。後 に,薪 割が風 呂場 の前にあ った とす る証人が

出現す るに及ん で,自 白調書 も最終的に 「風 呂場 の前の壁」に落 ち着 くわ

けで ある。

この ように 自白内容の大筋が一貫 してお り変遷がない場合 であ って も,

その細部につ いて供述の変更が繰 り返 され,し か もその変更の理由に合理

性が乏 しい場 合には,自 白の 信用性 は疑わ しい と言わねぽな らない。

それ では本件 の場 合0の 供述 に不合理な変遷 はなか ったであろ うか。

第1審 判決 自体 も指摘 してい るように,犯 行 当 日の0の 服装,犯 行時使

用 した凶器の種類やその入手先,被 害者M子 を発見 した ときの0の 位 置や

追 跡経路,脅 迫や強姦場 所への連行方法,強 姦場所,殺 害方法,死 体 を埋

め る ときに使用 した ス コップの入手先 とその処理,死 体 を埋め る順序,M

子 の着衣等の遺棄場 所や遺 棄方法な ど犯行の細部にわた る諸点についての

自白は変遷 してい るのである。

例 えば,犯 行 当 日のOの 服装は,当 初 は 「作業 ジ ャンパ ー,ズ ボン,ゴ

ム長靴」 を着用 してお り犯行後それ らが泥 だ らけにな ったので近 くの飯場

か らジ ャンパー,ズ ボ ン,サ ソダルを盗 んだ としていた(1974年12月16日

付員面調書)。 それが,後 には 「背広。6月 下旬,緑 屋で月賦で買 った も

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の」(12月27日 付検面調書)に 変わ る。強 姦場 所は,11月22日 か ら12月10

日までは 「縦 の木畑」 とな っていたのが,12月16日 以降は 「山 ロマ ンシ ョ

ソ」 に変 わ ってい る。強姦場所 へ連行す る際M子 を脅すために使 用 した凶

器の刃物にいた っては,そ の変遷 は著 し く 「果物 ナ イフ」(12月8日),「 包

丁,2,800円 位。北千住で買 った」(12月17日),「 包丁,950円 。小台で買

った」(12月25日),「 包丁は買 ってい ない」(ヱ2月27日),「 包丁(刃 約20cm。

ピカピカ)950円 位。 尾台で買 った」(12月28日),「 牛刀。950円 か1,950円

か は っき りしな い」(12月29日),「 柳刃包丁 ではな く小型包丁(刃10cm柄

6cm木 製)950円 位。北千住 で買 った」(2月17日),「 果物 ナイ フ。950円

位」(2月18日),2月21日 の 「包丁」 でや っと落ち着 くことにな る。

以上 の ような自白の変遷につ いて第1審 裁判所 は,ど の よ うに評価 した

か。

まず,「 これ らの点 は,犯 人であれ ば容易に説明で きる事項 であ り,し

か も,犯 行 日か らさほ ど日数 を経 ていない ときの供述だけに記憶違 いに よ

る もの とは考 えがたいか ら,自 白に一貫性,安 定性 を欠 くこととな り,そ

の信用性に疑い を挟む余地 がある といわね ぽな らない」働 としなが らも,

最 終的には,供 述 の変遷 は被告人 の恣意的,気 ま ぐれ な性格 に起 因す ると

して,以 下の ように この問題 を片付けて しま ってい るの である。

「被告人 は,情 緒に安定 さを欠 き,気 分 易変型 で,反 抗的 であ り,そ の

性格 の偏 りは大 き く,一 筋縄では行か ない したたか さと計 算高 さもあ り,

自己に不利 な事実はか た くなに押 し隠 そ うとし,そ のためにい ったんな し

た供述 も平気で翻す な どの傾向 と,気 分に動揺が あ って供述に一貫性,安

定性 がな く,時 に故意 に虚実 を織 り混ぜた り,供 述が恣意的,気 紛れ的 に

な り易いな どの傾 向にある ことが推認 され るのである。 そ して,被 告人 の

右性 格や供述傾 向が,捜 査官 らに よるM子 事件 の捜査 を難航 させ,ま た,

犯人であれ ぽ言及す るのが当然 と思われ る ような事実,た とえぽ,本 件雨

用 ズボソに入れて宮 田の着衣や所 持品等を遺棄 した ことや,右 着衣等 が寸

断 されて いる理 由な どについての説 明を欠落 させ る原 因をな してい るもの

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と推認 され るのであ る。j(13)。

しか し,な ぜ裁判所は,雨 用 ズボ ンや,着 衣等の寸断の理 由が 自白調書

で言及 されていないのは,実 は,被 告 人 が まった く知 らな いか らだ とい

う,最 も素直 な結論に結びつかないのだ ろ うか。裁判所 は,む しろ,こ の

説明の欠落部分 を被告人 の白己中心的,一 筋縄ではいかない したたかな性

格に帰 し説明 し ようとす るのであ る。

強姦殺人の 犯行その ものについては 自白 しなが ら,0が 当 日の服装や凶

器の種類等につ いて供述 をつ ぎつ ぎに変 えた理 由は,何 であ ったろ うか。

一つには,記 憶違いの場 合 もあ ろ う。しか しなが ら強姦場 所が 「縦の木畑」

(1974年11月22日 か ら12月10日 まで)か ら 「山 ロマ ンシ ョン」(12月16口

~)に ,被 害 者の着衣等 の投i棄方法 が 「セ メン ト袋」(12月10日 ~26日),

「茶 色紙袋」(12月28日)か ら 「雨用 ズボソ」(1975年2月17日 ~)に と供

述が変更 され た ことの理 由が,0の 記憶違 いに よるとは考 えに くい。む し

ろ,松 山事件 の場合 の,薪 割 の所在場 所に関す る自白の変遷 と同様に,供

述 した0白 身 の実体験 とは無関係 な,取 調べ る側であ る捜査官 の心証や捜

査の進展状況に応 じて,供 述内容が変更 された と考 え るほ うが合理的な状

況に あ ったのではなかろ うか。

記録に よれば,12月10日 には犯行当 日の気象状況に関す る捜査報告書が

作成 されてお り,さ らに12月16日 には気 象庁か ら気象照会 につ いての回答

が届いたが,そ れ らに よれば,犯 行当 日,現 場 付近 では午後か ら夕方にか

けて雨が降 つていた事 実が捜査 当局に明 らか とな った。梅雨の季節,午 後

い っぱ い降 った雨で どろ どろ とな った縦の木 畑が強姦 の現場 とす るのは,

捜査官に とって も,そ れは不 自然 とい う判断に至 った ことは想像に難 くな

い。 この捜査官の判 断が働 いた ことが,12月16日 に山 ロマ ソシ ョンの中で

強姦 した こ とにOの 供述が変更 された,も っとも合理 的な理 由 と考 え られ

ないであろ うか。 また,被 害者 の着衣 等の投棄方 法が 「セメン ト袋」 「茶

色紙袋 」か ら 「雨用 ズボ ン」に変 更 され る1週 間前の2月10日 には,造 成

地南側の排 水溝か ら,被 害者の着衣 等が ビニール製雨用 ズボ ンに包 まれて

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発見 されてい る。 本件におけ る0の 自白のか くも著 しい変転 は,被 告人 の

「恣意的,気 ま ぐれ」 な性格 に よってつ じつ まをあわせ るべ き問題では な

く,む しろ取 調官の心証や捜 査の進 展 状 況 に 呼 応 し て お り,取 調官 の強

制 ・誘導 と,長 期間 の代用監獄での留置に よって精神的 に極 限状態に あ っ

た0の 側 の迎合に よって もた らされた もの と考 えるべ きであろ う。

この点 に関 して,控 訴審裁判所が,「 被告人の 白白は,警 察での厳 しい

身柄拘束 と取調べ の結果な された ものである との疑いが 消しが た く,木 人

の記憶 とは無関係 に,取 調 べ る側の意 向ない し心証 に答え,無 原則 に迎合

した結果 とも考 え られ る。 この点 か らも,白 白の変転 を,被 告人 の性格 な

どに帰せ られ る ものか疑わ しい」"4)としたのは,正 当であ る。

(2)客 観的証拠 との不一一致,自 白内容の不 自然 さについて

自白内容が 他の証拠や客観的状況 とよく一致 して いる場 合には,そ の 自

白は真実 の可能性 が高 いが,矛 盾 が認め られ る場 合には虚偽 の危険性が高

い といえ よ う。 しか し注意 しなけれ ばな らないのは,捜 査側にす でに明か

とな ってい る客観的証拠や事 実 と全 く一 致す るところのない自白 とい うの

は稀であ る とい うことである。 自白の変遷の ところで もすでに指摘 した よ

うに,捜 査官 が被疑者 を誘導 して虚偽の 自白 をさせ る場 合であ って も,ま

た,被 疑者 が捜査官 に迎 合 して虚偽 の自白をす る場 合であ って も,自 白調

書 が客 観的証拠 ・事実 と一致す るよ うに作成 され るのが取調べ の常識 だか

らであ る。 したが って,自 白 内 容 が 「お お む ね 」あ るいは 「大 筋におい

て」客観的証拠 と矛盾す るこ とが ない とい うだけでは,自 白の真実性 の判

断を誤 る危険があ る。犯罪事実の大筋ではな く比 較的細部について も客観

的証拠 ・事実 と一 致す るか否 かを詳細 に検討す る必要が あるの である。

さらに 自白内容 自体 が論理的矛盾 を含まず,自 然で,か つ,具 体的 であ

るか ど うかにつ いての慎重な検討 も必要 であ る。 自白内容に不 自然 な点や

類型的 な部分が あ り,矛 盾 を含 んでい る場 合には虚偽 自白の可能性 が高い

の であ る。

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例 えば免田事 件において,逃 走経路 につ いての現場 検証の結果では,人

吉か ら免田 までの往路は約3時 間,免 田か ら人吉への帰路 は約4時 間かか

ってい るが,自 白内容か らす ると,往 路に約6時 間45分,帰 路 に約2時 間

45分 かか った とい うこ とにな っていて極 めて不 自然であ った。 しか し誤判

事例 の多 くにおいて,こ の点 は 「あなが ち不 自然 とまではいえない」「直

ちに不 白然 とまではいえない」 と比較的安易に不 白然 さが否定 され る傾向

にあ る。

本件 の0の 自白は ど うであ ったろ うか。

Oの 自白には,以 下 の ような客観的証拠 と明 らか に 矛 盾 し,ま た 不 自

然 ・不合理 な点 があ った。

第1に,被 害 者の殺害方法 である。 殺害方法に関す る自白は 当初 「後方

か ら右腕 を女の首 に巻 いて強 く絞め た」(1974年11月22日 ~12月23日)で

あ ったが,12月21日 午 後,担 当検事 が鑑定人 を訪ね,被 害者が索状物に よ

って絞頸 され た ことが直接 の死因である ことを知 った直後か ら,自 白内容

に 「紐」状 の物が登場 して くる。例 えぽ12月23日 の検察官調書には 「右腕

を巻わ して引 きつ った後,も う一一度 しめる。 スカー ト紐使 ってない」 と,

0は 殺害方法 としては否定す るものの 「紐」 が初め て 自 白 に登 場 して お

り,取 調べ でその点 につ き追及 された こ とを うかがわせ る。 これが12月30

日以降になる と 「紐 が巻 きついて引 っぱた気 もす るが,気 がついた ときは

右腕 で」 とな り,最 終的 には被害老が 当時着用 していたサ ロペ ッ トスカー

トの 「取れ た紐 で右手 で女 の首 の右耳下 当た りで しほ り,し め る。 あ と又

右腕で しめ る」(1975年2月21日 員面調書)と なる。 殺害方法に関す る自

白が,捜 査側 の鑑定結果 の認識に呼応 して この ように変転す る点 において

もそ の信用性に疑問が もたれ る ところであ る。

さらに,そ ればか りで な く,最 終的な 自白内容に おけ る被害者 の殺害方

法 も,実 は鑑定結果 と矛盾 してい る。最 終的 な自白内容に よれば,被 害者

の首 を紐 で絞めた ものの,結 局は右腕 で しめて拒頸に よ り殺害 した ことに

な る。 しか し複数 の鑑定 人の鑑定結果に よれば,死 因は明 らか に索状物に

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よる絞頸に よる窒 息死であ り,自 白 と客観的証 拠 とは矛盾す る。その上,

た といサ ロペ ッ トス カー トの紐を用 いた として も,被 害者の首に残 された

索状痕をつけ ることは不可能であ った。

第2は,犯 行 に要 した時間に関す る 自白内容の不 自然 さであ る。 被害者

が馬橋駅に下車 したのは7月3日 午 後10時7分 す ぎ頃 とされて い る。 それ

か ら自白の とお りに,被 害者 を発見 ・追跡 し,2度 にわ た り強姦 した うえ

で殺害 し,死 体 を全裸に し,造 成地 内に穴を掘 り死体 を埋設 し,さ らに着

衣 ・所持品等 を捨て るに は,か な りの時間が必要 であ る。弁護 人の実験結

果 に よれば3時 間を優に超 えた ことが予想 され る。す ると犯行 が終了 した

のは早 くて も翌4日 午前1時 以 降 とい うこ とに なる。 しか るに0の 初期の

自白(1974年12月29日 まで)に よれ ば,帰 路は電 車で帰 った こ とにな って

いる。 当時 の上 り最終電 車は午前0時13分 であ り,0が 電 車に帰 る こと

は,物 理的 ・時間的 に不 可能 であ る。 このためか,自 白は後に,タ クシー

で帰 った ことに変わ る。

以上の2点 以外に も,歩 道 橋の上 に立つM子 を,夜 間,午 後10時 過 ぎで

あ り,ま た,遠 くか らであ るに もかかわ らず 「きれ いな女」 として識別で

きた とす る点,被 害者 は相 当抵抗 したに もかか わ らず,そ れ が自白には述

べ られていな い点 な ども含めて,そ の他に も,自 白内容に不 自然 ・不 合理

な部分 が多 く存在す る。

しか し,こ れ らの点に関 して第1審 裁判所は,何 ら触れ ていない。被害

者 の傘,定 期 券入れ,着 衣等 が0の 供述 に基づ いて発見 され た こ とが,ま

ず0の 自白の信用性 を保 障す る極めて重要 な証拠 とした上 で,そ れ以外に

い くつか客観的事実に 符合す る ものが ある とす る(15'。 犯行 当夜,M子 を

追 跡す る際に通 った吉野方 に電 灯がついていた事実 と,山 ロマ ンシ ョソの

内部の様子及 びマ ンシ ョソの窓か らの景観 と,自 白内容 とが一致す る こと

を挙げてい るの である。 ところが,ま ず,傘 や定 期券,着 衣等 の発見 が果

た して0の 供述 に基 づい て発見 され たか否かについて は,そ もそ も疑問の

ある ところなので,こ の点 は後述す るが,そ れ以外 の2点 は,果 た して自

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白の信用性を肯定す る根拠 とな りうるのであろ うか。裁判所が客観的事実

と一 致する と判断 した点 は,殺 害方法 と鑑定 結果 との不一致,自 白内容に

おけ る犯行に要す る時間の不合理 さ,被 害者発見か ら追跡な どに至 る犯行

態様に関す る自白の不 自然 さ,強 姦 の状況 に関す る自白の不 自然 さ等の重

大性に比較す る と,犯 罪事実 の極 く瑛末 な ことに しかす ぎない。つ ま り,

0の 自白は 「大筋」においてす ら客観的事実 とは一 致 して い な い の で あ

る。 その上,犯 行現場 とされた山 ロマ ンション内部の様子や窓か らの景観

等は,取 調官がす でに現場検証等に よ り知 っていた ことが十分に予想 され

る事実 である。取調官 のすでに知 ってい る客 観的事実に符合す る自白内容

があ った として も,そ の ことを も って 自白の信用性 を高 く評価す ることは

で きないであ ろ う。

(3)秘 密の暴露について

捜査官が知 りえなか った もので,犯 人でなけれぽ認識で きない ような事

実が 自白内容に含 まれ てお り,そ れが後に客観的証拠に よって裏付け られ

た場 合に は,そ の自自は 真実であ る可能性 が高い。 これを秘密 の暴露 とい

う。 しか し秘密の暴露 を認め るに当た っては慎重 な検討を必要 とす る。検

察官 が秘密の暴露 と主張す るものの うちには,一 見 す ると確かに犯人 でな

けれ ば認識で きない事情の よ うであ るが,実 際には捜査官がす でに知 って

いた事柄 も含 まれている虞れがあ るか らである。その典型的 な例 は,財 田

川事 件の自白の中のいわゆ る 「二度突 き」 の部分 であろ う。

自白に よれば,「 被害者に止めを刺す ため,そ の左胸部を刺身 包丁 で一

度突 き刺 したけれ ど も,血 が出て こないので,包 丁 を全部抜かず に,同 じ

ところをも う一度突 き刺 した」 とな ってい る(16)。 これは,被 害者の創傷

が,外 部 所見 では一個であ るのに,内 景においてはV字 型 に二個の創 口を

生 じている事実に符 合 してお り,本 来 ならば犯人でなけれ ぽ知 りえない事

実であ って,秘 密の暴露の点か らして,自 白の信用性 を裏付け る重要 な決

め手 とな るはずであ った。 ところが,二 度突 きの 自白の時点 です でに,取

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調官 は解剖所見 に接 してお り,被 害者の創傷の状況を知 っていた事実が,

後に判 明 した のであ った。

本件 の場合,検 察 側に よって秘密 の暴露 とされたのは,被 害者M子 が行

方不 明当時所持 していたナ レンジ色の雨傘,定 期券入れや財布,着 用 して

いた青 色のサ ロペ ッ トス カー ト・靴 ・下着等が,0が 作成 した図面に指示

され た場所か ら発見 された とい う点にあ った。

(a)傘 の発見

被害者M子 が行 方不明当時所持 していた とされ るオ レソジ色の洋傘 の発

見 の経緯 は,捜 査関係者 らの証言に よる と,以 下 の ようになる。

11月30日 午後,0が 看 守を通 して 「忘れ ていた ことがあるのではな しま

す 。」 とい うメモを渡 して,取 調 べを求めた ので,取 調 べた ところ,0は

図面 を作成 した上 で26街 区南西角 の丁字路 を○ 印で囲んで場 所 を 示 し,

「赤い こ うも りだ よ。」 と告げ て,被 害者の傘 を捨てた ことを示唆 した。 こ

の供述 を信頼 で きる と判断 した取調班は,現 場 付近 の派出所に立 ち寄 って

いた捜査本 部員 に指示 して傘 を二度 にわた り捜索 させた結果,被 害者 の傘

が26街 区南西角の有蓋側 溝の中か ら発見 され た ことに なってい る。

しか しなが ら,捜 査本部 は,こ の時点で は担 当検事に対 しては被害者 の

もの と見 られ る傘が発見 され た こ とにつ いては知 らせず,た だ翌12月1日

に被告人が重大事項 を指示 す るか ら現場検証 に立ち会 って欲 しい 旨の電 話

連絡 をしたのみで あ った。 しか も,12月1日 に行 なわれ た検証調書には,

検証 当 日に初め て傘 が発見 された ような虚 偽の記載 がな され てお り,担 当

検事 が,前 日に傘 がす でに発見 されていた事 実につ いて知 ったのは,そ れ

か らかな り時が経 って,自 ら被害者 の同僚や捜査官の取調 べを した ときで

あ った。

また,傘 発見 の場所 は,死 体 発見 の場 所か ら直線で約205.6メ ー トルの

距離 こあ って,こ の造成 地内においては,1974年8月8日 に40街 区でM子

の死体が,8月10日 にはT子 の死休が14街 区で発見 され てお り,捜 査関係

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者 の証言や捜 査の常識か ら見 て,被 害者の死体発見 以降,現 場付近 はか な

り徹底的な捜査が行なわれたはず の場所であ った。事実,11月26日 付 「自

供 に基づ くM子 の着 衣の捜査 について」 と題す る書面に よれば,7月8日

に死体 発見場所 付近 のマ ンホールは捜索済み とな ってい る。 また,11月23

日付 「殺 人,死 体遺棄事件捜査について」 と題す る書 面添付 の図面には,

傘発見場 所に○ 印が付 されてお り,11月30日 の傘発見 以前に該当の場所が

す でに捜索 された ことを うかがわせ る。

さらに,一 般 に捜査に おいては,発 見 した証拠物に関 して現場検証 を行

な う場 合 は,ま ず捜査官か被疑者 が,発 見 した物を被害者 の所持品等 であ

るかを確認 した後に,初 めて第三 者に よる確 認が行 なわれ るのが通常であ

る。 発見 された物が,被 害者 の所持品等 と全 く異なる可能性 もあるの で,

第三 者に無駄足を踏 ませ るこ とがない よ うに との配慮か らであ る。 ところ

が,本 件の場 合には,捜 査本 部がM子 の同僚 に傘発見現場 での検証に立会

わせ るため待機を要 請 した時刻 は,傘 が発見 された午後4時 過 ぎ よ り以前

の午後2時 頃であ った事実 を示す,同 僚の供述調書が存在 してい る。 これ

は,捜 査本部が,未 だ被害者の所持品が発見 されていない段階です でに,

これか ら発見 され る物 が被害者の所持品である ことを確 信 していた ことを

意味 し,こ の こともまた11月30日 に行なわれた傘の発見手続の公正さに対

して疑念 を生 じさせ る要 因であ った。

しか も,傘 の場 所 を指示 した とされ る図面 については,常 に空腹状態に

あ った0を 取調官や看守が パ ソな どの食べ物 を食べ させ てや ると言 って,

0を,自 供 に誘導 し書か された ものであ ることを,0は 公判廷 で供述 して

い るぼか りか,捜 査 中に も,検 察官 に対す る弁解の中で述べていたのであ

った(1974年12月29日 付検面 調書 な ど)。 その上,傘 発見 の際には,0は

その場 に立会の機会 を与え られ てお らず,翌 日の現場検証 の時に も,発 見

の事 実 を知 らされない まま現場 に同行 し傘の場所 を指示 させ られ てい るの

である。

このため弁護人は,傘 は,事 前 に警察が発見 していて,あ たか もOの 指

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示 に よって捜索 した結果 初め て発見 され たか の よ うに偽 装工作 を した可能

性があ る と主張 した。

しか し,以 上 の ような傘発見 の経緯 につ いての疑問点 につ いて,第1審

裁判所 は,一 つ一つ検討 しなが ら も結局は否定 し,0を 取調官 が誘導 して

発見場 所 を指示 させた と疑わせ る証拠は ない として,傘 は0の 指示 に基 づ

いて発見 された とす るのが相 当であ ると判断を下 した のだ った(「7)。

すなわ ち,第1の 担当の主任検察官 に さえ傘発見の事実や発見の経緯等

を後 まで知 らせ なか った点については,「 疑問 の残 る ところで」あ り,「捜

査本部 の右態度 ははなはだ理解に苦 しむ ところであ る とい わ ざ るを え な

い」 としなが らも,「 前記認定 の とお り,右 同 日に取 調官が誘導 して被 告

人に傘発見 地点 を指示 させた ことを疑 わせ るに足 る証拠が な く,… …傘発

見につ き,取 調 官や他の捜査官 らの偽 装工 作の介入を疑わせ るに足 る事情

を見 出せ なか った ことにか んがみれば,前 記疑 問は,捜 査本 部の意 図は と

もあれ,そ の極度 の秘密 主義 のなせ る業 と理 解す るほか な く,偽 装工 作の

介入を疑 わせ るもの とは いえない。」 として いるのであ る(18)。

しか し,ま さに この 「極度 の秘密主義」 こそ,偽 装工作の介入 を疑わせ

るに足 る事 情,取 調官 が被告人を誘導 して傘発見地 点 を指示 させ た ことを

疑わせ るに足 る事情なのではなかろ うか。 これでは,な ぜ当の主任検察官

に対 して さえ知 らせなか ったのか とい う 「疑 問」に対す る答 え とは な って

いない。

また,第2の 傘発見場 所がすでに発見 以前に捜索 されて いる可能性 につ

いては,7月8日 の時点 では 「死体 のあ りそ うな マンホール等につ いては

徹底的な捜索が行 なわれ たが,死 体 のはい る余地 のない側溝等は,(捜 査

官 の供述 に よれば)徹 底 した捜 査の範 囲外にあ った と考 えられ るこ とか ら

す る と,… …傘が発見 されなか った として も不思議では な」 く,11月23日

付図面の○印 も 「それ は鉛筆 に よる ものであ って,右 報告書作成時 に付 け

られた もの とは認め られず,そ の後の捜 査の過程 で付 された もの と考 え ら

れ,こ れ を もって本件傘発見 以前に右 箇所が捜索 され ていた もの とはいえ

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ない」 とす るが(19',○ 印が報告書作成時 ではな くその後の捜査で付 され

た ことを裏付 け る証拠があ るわけではな く,こ れ も単に推測 に留 まる。

現場 付近 の徹 底捜索 か ら傘発見場所 が漏れ てい るのは,捜 査の常 識か らし

て不 自然であ るに もかか わ らず,裁 判 所は結局,捜 査側 の供 述を信用 して

しま うのであ る。

この裁判所の判断は,同 僚 の傘発見場 所への立会 のための待機要請に関

して も同様であ る。捜査本 部が被害者M子 の同僚 に傘発見現場 への立会 の

ため待機 を要請 した時刻 につ いては,傘 発見時に近 く記憶 もよ り鮮明であ

ろ うはずの1974年12月16日 及 び12月27日 付 の検面調書 には,傘 が発見 され

た午後4時 よ り早 い時刻 であ った ことが記載 され てい る事実 を一方 で認め

なが ら,裁 判所 は,む しろ後 か ら午 後7時 半頃か ら8時 頃 と訂正 された供

述 調書(12月28日 付検面 調書)と 捜査官 らの供述 の方 を信用 で きるとした

のであ った(20)。

こ うした捜査 側の供述 の方 を信用 す る裁判所 の傾向は,そ れ と矛盾する

被告人の供述があ る場 合には,顕 著に現われ る。 食べ物 で誘導 され図面作

成 に至 った経緯 についての0の 公判で の供述は,取 調官 の 「自分 は食べ物

で被告人 と取引 した ことはない とは っき りといえる」 と誘導を否定 す る供

述 に照 らす と 「疑いがあ るぼか りでな く,全 体 として あい まいで白信に乏

し く……信用 で きない」《21)とい う判断を示 してい るのである。

その結果,裁 判所は,以 上の点 と,傘 発見 以降 の自白調書 に も0が26街

区 南西角の有蓋 側溝に傘を捨てた こ とを自供 している ことを根拠 として,

傘が被告人の指示 に基づいて発見 された と認定 した。 ここには,自 白調書

の真実性 を根拠付け るはず の傘 の発見 とい う秘密の暴露 を認め るために,

その重要 な根拠のひ とつ として 自白調 書その ものを持 ち出す とい う撞 着著

しい論理が用 い られてい るのであ る。

(b)定 期券入れ 等の発見

さ らに,定 期券入れ等の捜査員に よる発見 に関 して も,傘 の場 合 と同様

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の疑問点があ った。 とい うのは,発 見 に際 して も,0の みな らず,待 機 し

ていた検察庁関 係者 も立 ち会 って お らず,や は り立会 を求め られ ていた松

戸市 の職 員は帰宅 させ られ ていて,捜 査員 しか現場 には いなか った。 しか

も,暗 幕を張 り巡 らして外部か ら様子 が見 えない ように した上 で事 を運ん

でいる。 また定期 券入れ等 の発見 現場 であ る新坂川土手はK子 事件 の現場

に も近 く,ま た証 拠 物 を捨 て る場 所 として も容易に予想で きるはずであ

り,当 然,す で に捜索 がな され た と見 られ る場所 で もあ った。事 実,1974

年11月29日 ~12月2日 まで連 日,新 坂 川付近 が捜索 され た ことが,12月2

日付 の読売新聞 ・東京新聞夕刊 に掲 載 され てい る。 しか も,O本 人は,捜

査段階か ら公判廷に おいて も,定 期券 入れ 等の遺棄場所 を指示 した ことを

一貫 して否定 してい るのであ る。

しか し,こ の点にお いて も裁判所が信用 したのは,取 調官 らの供述 であ

った。 「被告人の本件定期券入れ等 の 発見に至 る経緯に関す る公判廷 にお

け る供述 は,弁 解的であ って 自信に乏 しく,ま た,あ いまいであ り,そ れ

自体信用性 は低 い。 それ に反 し,前 掲 米本,大 矢,鶴 岡 らの各供述は,

特 に新坂川東側 土手 の捜索 に至 る経緯につ いての各人間の供述 は矛盾は な

く,具 体的 詳細 で,実 感 を伴 った体験的供述 も含 まれて いて,一 貫性 もあ

り,信 用性 は極 めて高 い。」 と評価 され たのであ る(22)。

また,発 見経過 の不 自然 さについて も,「 本件定期券 入れ 等が発見 され

た前記新坂 川東 側土手は,捜 査本部員 らに よって,本 件定期券入れ等が発

見 され た 日以前 に捜索 され た ことを認め るにた る証拠はない」 とし,暗 幕

に よる遮蔽 も,「 い うな らば 被 告人 の 意 に添 った ものであ り,検 証 官 ら

は,専 ら被告人の意を酌んで右 の措置 を講 じた ものにほか な らないので あ

って,暗 黙 の内部で秘 密裡に事 を運ぽ うとした ものではな いか ら,そ の間

に一 片の作為的動 作 も看取す るこ とはで きない」(23)と断 言す るのであ る。

(c)着 衣等の発見

1975年 にな って,そ れ までの大矢班に替わ って取調 べを担当す ることに

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な った安藤 班の申 し入れ に よって,造 成 地南側 を東西に 流れ る排 水溝 の大

掛か りな捜索 が行 なわれ ることにな った。 その結果,1月21日 午 後3時30

分 頃,被 害者が行 方不明当時着用 して いた と見 られ るサ ロペ ッ トスカー ト

の吊 り紐 が発見 され た。 その後,一 旦は中断 され ていた排 水溝 の捜索 は2

月8日 に再 開 され,2月10日 午後1時31分 頃,被 害者 の物 と見 られ るサ ロ

ペ ヅ トス カー ト,靴,パ ンテ ィース トッキ ソグ,下 着 らしい分断 され た布

片等が,ビ ニール製雨用 ズボ ソの腰部分 に入れ られた状態 で発見 された。

次 いで,同 日午後3時20分 頃,雨 用 ズボ ン発見地点 よ りやや上 流か らサ ロ

ペ ッ トスカ ー トの胸 当て部分 が発見 された。

検察側 の主張 に よれ ぽ,こ れ ら着衣の発見 は0の 指示 に基づ くものであ

った。0は,先 の安藤班 の取調 べにおいて,1975年1月11日 以降,44街 区

の南側 にある排水溝 に被害 老の着衣等を捨てた 旨供述 してお り,1月21日

の捜査 現場 において指示 した場所 か ら下流に約124メ ー トルの地点か らス

カー一トの紐が発見 された。 それ以前 も,1974年12月20日 と翌21日 に0は 図

面 を作成 し,44街 区南側 の排水溝 付近に ×印を付 して着衣等 を捨てた旨の

供述を した とされて いる。

しか しなが ら,0が 指示 した着 衣等の捨て場 所 は実は この排水溝 だけで

はなか った。捨て場 所に関す る0の 供述 は,著 し く変遷 し20数 箇所,馬 橋

駅前造成 地内のほぼ全域 に及 んでい るほ どであ る。

「死体 を埋めた場所近 くの くさむ らを掘 って埋めた」(1974年11月22日 付

捜査報告書),「 手賀沼に捨 てた」「小菅の川に捨 てた」(11月25日 付捜査報

告書)・「マ ンホールに捨 てた」(11月26財1:捜 査報告書),「 駅前 ドブJll噺

坂川)ド 流100メ ー トル くらいに捨てた」(11月30日 付捜査報告書),「 セ メ

ン ト袋に入れ,新 坂川下流に捨て た」(12月1日 付捜査報告書),「12街 区

に埋 めた」(12月3日 付捜査 報告書),「 新坂川東側 の土手 に捨 てた」(12月

4日 付捜査報告書),「 新坂 川の富士見 橋 上流の東岸に捨 てた」(17回 大矢

証言中のユ2月8日 の取調べ),「新 坂川上流の西側土手に セ メン ト袋につ め」

(12月10日 付員面調書),「 セメ ソ ト袋につめ10街 区に埋め た」(12月16日 付

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員面調書),「 セ メン ト袋 につめ10街 区の草がはえてい るところに埋めた」

(12月17日 付検面調書),「33街 区にセ メン ト袋 につめ埋め た」(12月18日

付員面調書),「44街 区南側排水溝…に ×印」(12月20日 付o作 成 図面),「 栄

町の盛土 の よしの木 の中に埋 めてあ る」「板張 りの下水溝の板二枚 はずれ る

ところ」(12月22日 付捜査報告書),「5街 区の下水溝につ なが る ヒューム

管の中に投 げ込んだ」(12月26日 付員面調書),「 茶色の紙袋 につ め埋 めた」

(12月28日 検面調書),「 ドブ川の土手に一緒に捨てた」(12月30日 付員面調

書),「 セ メン ト袋ではな くス トヅキ ングに しぼ って板のふたのあ る ドブ川

に捨てた」(1月11日 付捜査報告書),「 ス トヅキ ングで しば り紙袋に入れ

て南の下 水溝に捨 てた」(1月20日 付員面調書),「 丸めて持 ち,南 の ドブ

川に投げ捨てた」(1月22日 付員面調書),「 雨用 ズ ボンにつめ国分 マ ンシ

ョン東側道 路にあるマ ンホールに投げ捨てた」(2月17日 付員面調書)。 以

上 の よ うに,投 棄場所 ばか りでな く,投 棄方法(埋 め たか捨てたか,セ メ

ン ト袋か紙 袋か雨用 ズボ ソか)に 関 して も,そ の変転は著 しいのであ る。

これ だけ様 々な場所 を指示すれぽ その うち一つが実際 の投棄場所 と偶然

に一 致 した として もおか し くない くらいであ る。加 えて,捨 てた物 の内容

につ いて も同様に著 しく変転 した。

2月17日 には 「雨用 ズボ ンにつめ マ ソホールに捨 てた」 と,こ こで初 め

て雨用 ズ ボンが登場 して,そ れ以降0の 供述 は変化 しな くなる。 しか し,

投棄場所 が マ ンホ ールに変更 された点については後述す るが,前 述 した よ

うにす でに2月10日 に 被害者の着 衣等が ビニール製雨 用 ズボ ンに入れ られ

た状態 で44街 区の南側 を流れ る排 水溝か ら発見 されて いる以上,そ れ以降

の変化 しなか ったのは当然の ことであろ う。

以上の供述 の変遷 の点だけ取 り上げて も,着 衣等 の発見 が0の 供述に基

づ くものであ るとい う,検 察側の主 張は大 いに疑問の持たれ ると ころであ

る。

それ では,第1審 裁判所は,投 棄場所につ いてめ ま ぐるし く変転す る供

述 の中か ら,何 を根拠 として,44街 区南側排水 溝を指示す る供述だけを取

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り上げ,そ れ だけが 真実 を語 っている と判断 したのであろ うか。

44街 区南側排水溝iを指示 した図面 を書いた12月20日 夜,0は,次 の内容

の手 記を書 いて いる。 「きの うは課長 さんや係長 さん 初めみな さんには本

当にす まない ことを した と思 って居 ります。 あんない しているといつ もそ

のば し ょがゆ いず(い えず)白 分 なが らもな さけ な くな った。課長 さんに

は一度 な らず何 ども うそをついた ように思はれ ていると思い ます が私 とし

てはけ して うそをつ こ うと思 ってい くの とはちがい ます。 そ う思 はれて も

なん ともしようがないのです が,き の うは本 当にそのば し ょにい ったので

すが そのばし ょうをゆ うことがで きつ課長 さんには本当にめいわ くをかけ

た と思 って居 ります。 …… もしあす気(来)て くれ るな らば今度 とゆ う今

度は私 も本当の事 をはなそ うとけ っしんをつけて居 ります。 ……今 までは

いつ も課長 さんに雲 の うい(上)か ら居 りた とゆ って居 りられづめ いわ く

のかけぽな した。私 もきの うの よるか い つて きて,わ るい ことを した と思

い夕食 と朝食はたべ ませ んで した。私 もよ うしん(良 心)は あ ります。課

長 さん私 の気持 をわか って下 さい。」(24)

裁判所は この0の 手 記を大 きく評価 し,こ の手記 は 「被告人の真剣 さと

反 省的気持 ちが全文 に満 ちて,切 切 た る訴 え と願 い とがその内容をな して

お り,正 にその ときにおけ る被告人の真情 を吐露 した ものであ ると推 認 さ

れ るのであ って,翌21日 の図面 の作成 と同 日夜 の現地での指示 は,右 真情

の表れ と理 解で きるのであ る」(25)から,44街 区南側排水溝 を指示 した供述

は信用 で きる としたのであ る。

ところが,実 は0は 他に,12月3日 と12月17日 に も同様 の趣 旨の手記 を

書 いているの である。例 えぽ,12月18日 付の警察官調書 に よれぽ,12月17

日に 「今度 こそ は本当の ことをゆ って課長 さんや係長 さんたちにわか って

もらお うと思 って よるおそいけれ どもれ ん らくをたのみ ま した。それでな

い と私 の ようしん(良 心)が す まない。あす はなす事は課長 さん もなっと

くが い くと思い ます。私今度 こそは雲 の うい(上)か らとびお ります。私

も本 当の私にかい り(帰 り)子 ど もの ころにかい った(帰 った)。」 とい う

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手記を書 いた とされてい る(26)。 この文章 を読 めば分 る ように,前 述の12

月20日 の手記 と似 た表現が数箇所 で使われ ている。 もし前者を 「切切 たる

真情 の吐露」 とす るならば,こ れ もまた真情 の吐露でな くて何であろ う。

しか し,12月3日 の手記の後に,0が 着衣の投棄場所 として指示 した場 所

は 「12街区」 であ り,12月17日 の手記の後は 「33街区」 であ った。 結局裁

判所 が,12月20日 の手 記だけを真情 の吐露 としたのは,そ の 「切切 た る」

内容のゆえに とい うよ りは,手 記作成 直後 の供述に,衣 類 等が発見 された

場 所が,た また ま指示 され て いたか らにす ぎないのではなかろ うか。

第1審 裁判所 は,こ の 「真情 を吐露 した」手記 を0が12月20日 に書 いて

い ることのほか に,Oが1975年1月11日 以降 も 「ドブ川」「南 の下水溝」

「南の ドブ川」 と44街 区南側排 水溝を指示 す る供述 に再 び戻 った点 も,そ

の根拠 としている。 ところが,自 白の最 終的な場所 は 「国分 マ ンシ ョン東

側道路 にあ るマ ンホール」 であ った。検察官 の冒頭 陳述 において も,マ ン

ホ ールが衣類等 の投棄場所 とされ ている。 しか も前述 した よ うに マ ンホー

ルに供述 が変 更 され たのは2月10日 に着衣 等を捜査側 が発見 した後 の こと

で あ った。

1月11日 以 降,0が 供述 において指示 していた とされ る排水溝 で,着 衣

等が発見 され たに もかかわ らず,捜 査 側がわ ざわ ざ投棄場所 として離れた

場所 にあ るマ ンホ ールを指示す る自白調 書を作成 して いる ことは,は なは

だ不可解 といえるだろ う。

弁護側 は,こ の点 に着 月した。 当時,排 水溝は板 の蓋 で覆われ釘 で固定

され てお り,そ のkは 通路 として使用 され ていた。 このため釘に よる固定

も相当頑強 にな されてお り,こ の取 り外 しは,バ ール等に よって相 当時間

をかけて行 なわないか ぎ り,容 易 にはで きなか った。 ところが,被 告人の

自白には,板 の蓋 を取 り外 した供述は な く,し か も1月21日 に行 なわれた

実 況見 分の際に も 「板蓋 は容易に持 ち上 げた り取 り除 くことはで きない状

態」(2月20日 付実津見分 調書)で あ った。 この ような事情 を熟知 してい

た捜査側 に とっては,排 水溝 に投棄 した と指示す る供述 は虚偽であ る こと

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が判 っていたため,マ ンホール を指示す る供述 に変更 したのではなかろ う

か。弁護側は,公 判廷 において,こ の点 を詳細に論 じた(27)。 しか しなが

ら,第1審 裁判所 は,こ の点 につ いては一切触れず に,敢 えて,警 察 ・検

察 自身 も取 り上 げなか った44街 区南側排水溝を指示す る供述に高い信用性

を認めたのであ った。

この よ うに,被 害者 の着衣等 の発見 が0の 指示 に よる ものであ るとい う

点 については,そ の供述 の著 しい変遷か らだけで も疑問 とされ るところで

あるが,こ れ以外に も,着 衣等の発見の経緯 自体に も少なか らず不 明瞭 な

点が あ った。

第1に,M子 が行方不 明 とな った当初か ら,造 成地やそ の近辺の捜索 が

行 なわれてお り,特 に1974年11月29日 には,吊 り紐 の発見 され た部分 を含

む排水溝 とこれに続 く暗渠下水溝 について,か な り徹底的な捜 査が行 なわ

れた ことが記録上明 らかであ る。 それに もかかわ らず,1985年1月21日 の

吊 り紐 発見 まで着衣等 が発見 され なか ったのは,い かに も不 自然 であ った。

その上,1月21日 の捜索 は,午 後3時 か ら30分 間行なわれ たのであ った

が,現 場 に同行 させ られ ていた0を,10分 足 らず しか現場 に立 ち会わせず

に印西警察署 に帰 させ て しまい,そ の15分 後に吊 り紐 が発見 され た時には

0は 立 ち会 っていなか った。2月10日 の着衣等の入れ られた雨用 ズボ ンの

発見 の際 も,0と 担当検察官が現場 に来ていたに もかかわ らず,実 際に発

見 され た時 には,0も 検察 官 も捜査課長 の指示 で新板川に行 ってお り不在

で あ った。偶然 の一致 としては余 りに も不1'1然であ り,捜 査官 らの作為 が

疑われ る状況にあ ったの であ る。

さ らに,1月2ユ 日3時30分 に吊 り紐が発見 され たに もかかわ らず,捜 索

はそ の時点で打 ち切 られ,2月8日 に至 るまで排水溝の捜索 は中断 されて

いる。捜査 の常識か ら考 えて も,こ れは不 白然 であ り,他 の状況 も考 え合

わせ る と捜査本 部の何 らかの 秘 め られ た 意 図が 感 じられ るところであ っ

た。 それは,こ の間,千 葉地検 首脳 部が,警 察側捜査官 らが証拠物発見 現

場 に工作す るこ とを危惧 して,検 察事務官に現地 を巡 回させ るとい う異常

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な措置 を取 った事実 か らも,検 察 さえ も,警 察側の秘め られた意 図を懸念

していた ことが窺 える状況にあ った ことは,第1審 裁判所 さえ認めて いる

ところであ る。

しか も,こ の着衣等の発見 状況な どを 記録 した 実況見分調書,検 証調

書,捜 索差押調書等は,距 離関係の記録が不正確 で,矛 盾があ った り,不

明であ った りして杜撰 な点が 目立 った。

ところが,第1審 裁判所 の判断は,こ れ らの疑問 を ことごとく頭 ごな し

に否定 す るものであ った。

第1の 点 に関 しては,「 右捜索の対象 とな った土地 の範囲は広い こ とや,

発見 に係 る本 件 吊 り紐や雨用 ズ ボンに入 っていた着衣等 は,い ずれ も小 さ

くまとめ易い ものであ ること及び本 件吊 り紐 や雨用 ズ ボソが発見 され るま

で,排 水溝 の流れ をせ き止め排水 した うえで捜索 した り,捜 査員 を総動 員

す るよ うな大 規模 な捜索 が行 なわれ た りした ことは なか った ことな どに照

らせ ば,右 発見 され るまで右 着衣等 が発見 され なか ったのは,不 合理 で も

不思議で もない。」(28)とす る。

また,2回 と も発見 時にOが 別 の場 所に連行 され 不在であ った点 につい

ては,「 被告人の嫌 ってい る報道関 係者 もその付近 にいたため,被 告人を帰

らせ た ものであ って,そ の措置に何 ら不 自然な点があ る とは いえない し,

また,前 記認定の とお り,当 時その付近には報道関 係者等が いたのであ っ

て,そ の ような状況下で,被 告人が帰 ってか ら本件 吊 り紐発見 までの短時

間の間に,捜 索 員が偽装工作を施す ことは不可能 とい って よい。」(29)とし

た。 しか しなが ら,現 場 か ら遠 く離れて遠巻 きに観察 している報道関係者

と,現 場 数 メー トルで立 ち会 って いる検査官やOと では,捜 索の進行状況

に対 する観察 の微細 さは異 なるばか りでな く,そ もそ も偶然 とは いえ2回

とも(傘,定 期券入れ等の発見 の機会を も合わせ る と4回 に なる),Oが

不 在 の時 に発 見 され てい るとい う不 自然 さ に 対 す る答えにはな っていな

い。そ こでは論理 がす り替 え られ て しま っているのである。

実況見 分調 書等の記載 が杜 撰であ ることにつ いては,裁 判所 は,そ れを

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肯定 しなが らも,「実況見 分調書 等にいかな る事項 を記載す るかは,見 分者

や検 証官 らの裁量に属す ると言 うべ きであ り,た といそれが不充分 であ る

として も,そ の ことか ら,直 ちに,右 見分者等の現実の捜査活動 の客観性

や公 正 さを疑わ しめ る もの とい うこ とはで きない。」(30)とす る。

しか し,検 証調書,実 況見分調書等 に正確 な記載が必要 とされ るのは,

公判廷 で検証者等に直接,検 証等の経緯や観察結果を供述 させ て も,事 柄

の性質 上,特 に正確性 を要求 され る微細 な点について正確性 を欠 くことが

多いので,検 証直後に書 面を作成 す るこ とに よって,そ の観察 の正確性 と

公正 さを確保 し ようとす る趣 旨であ る。刑訴法321条3項 ・4項 が,伝 聞

証拠排除原 則の例外 として検証調 書 ・鑑定書等の証拠能力を肯定 してい る

の も,こ の ことに由来 す る。 であ るとすれ ば,検 証調書 ・実況見分 調書等

の記載が不正確で あった り矛盾 があ った りして杜撰 な点 が 目立つ とい うこ

とは,客 観的で公正 な検証や実 況見 分が行 なわれ た ことにつ いての疑惑を

生 じさせ るに十 分な理 由 となるはず であろ う。

以 上の よ うに,着 衣等 の発見 の経緯 には拭 い きれ ない疑問点が残る。弁

護側が主張 した ように,捜 査官 らが被害 者の着衣等 の類似品を収集 し,そ

れ を排水溝 に投棄 し,そ れがあたか も0の 指示に基づいて発見 され たか の

よ うに偽 装工作 を した とまで積極的 に認定す るにはため らわれ るところが

あ るか もしれない。 しか し,担 当検察官で さえ偽装工作の懸念 を もった,

捜査本部 の捜索をめ ぐる不 明瞭 さを,第1審 裁判所のい うように 「捜査本

部の偽装工作はお よそ考 えられ ない」 と断定す るためには,裁 判官が,捜

査官の弁解を無批判に信用するほどに警察捜査に対する素朴な信頼を持っ

てい るか,あ るいは0を 有罪 としたいがために捜査 側の灰色部分に 目をつ

ぶ った としか思えない。

被害 者の所持品 ・着 衣等の4回 の発見に際 して,そ の4回 とも0及 び検

察関 係者が立会い も目撃 もしてお らず,そ の上,発 見 に至 る経緯 に極め て

不 可解 な点 があ った。 に もかかわ らず,第1審 裁判所は,傘,定 期券入

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れ,着 衣等 の発見 が0の 指示 に基づ いて発見 された と認定 し,こ れ をもっ

て秘密 の暴露 に該 当す る とし,0の 自白を裏付け る客観的証拠であ り,そ

の信用性 を保 障す る極め て重 要な証拠 で あ る と した(31)。これ らの秘密の

暴露 とされ る被害者の所持品 ・着衣等 の発見 は,捜 査の経緯等に関す る上

述 の疑問点 を まった く無視すれ ば,確 かに犯人で なけれぽ認識で きない事

情 の ようで ある。

しか し,本 節 で論 じて きた ように,取 調べ状況,証 拠物発見 の経緯 な ど

を詳細に検討 す ると,秘 密の暴露 とされた ものが,実 際は,捜 査官 らがす

でにその存在 を知 っていたか又 は偽装工作 に よる ものであ る可能性が見 え

て きたので ある。

実 は,そ れ ばか りではな く,逆 に,真 犯人であれぽ当然に説明 し うるは

ず の事 実で,そ れがOの 供述 に よって説明 され ていた とすれば,「 秘密 の

暴露」 とな った であろ う事 項について さえ,膨 大 な量 の 自白調書 の中には

全 く触れ られ てお らず,被 害者の着衣等の発見後,初 めて判明 した事項が

少なか らず 存在す る。

例 えば,0は,被 害者 の着衣等はセ メン ト袋に入れ て処分 した と自白で

は供述 して いた。 ところが,1975年2月10日 に発見 され た着衣等 は ビ=一

ル製の雨用 ズボ ンに 入れ られ た状態 で発見 され たので あ った。 また,発 見

されたサ ロペ ッ トス カー トは,吊 り紐 と胸 当て部分 とが本体か らは ぎ取 ら

れてい るが,こ れ は相 当意 図的に強い力で引 っ張 らなければ不可能 であっ

た。 さ らには,被 害者 の シ ャツ,ス リップ,ブ ラジ ャーなどは,人 為的な

力に よって ば らぼ らに分断 された り又喪 失 している部分 もあ った。 このよ

うな事 柄は,着 衣等 が発見 され る以前 に,0の 自白に現われ 説明 されてい

た とす れば 「秘 密 の 暴 露」 に該 当 す る ものであ った はずである。 ところ

が,こ の点 に関 して,0の 供述 には全 く触れ られ てさえ もいなか った。

第1審 裁判 所が,こ の ような信用性の判断に関わ る決定 的な欠落を,0

の恣意的で気 ま ぐれ な性格 に起 因す ると安 易に処理 して しまった こ とは,

前述 した とお りであ る。

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まさに,本 件の場 合 「秘 密の暴露」 と呼ぶ に足 るものは存在 しなか った

ので ある。

VIお わ り に

1949年 に現行刑事訴訟法が施行 されて40年 余 が経過 した。施 行当初1.75

%あ った無罪率は,今 や約O.1%に す ぎない。残 る99.8%強 は,検 察側 の

主張が入れ られ有罪 となっていることにな る。第1審 で審理 され る事件 の

うち,自 白事件が9割 を超 え,否 認事 件は1割 に満たない。 だが,こ れ ら

の有罪事件 の うち,憲 法 ・刑事訴訟法の保障す る令状主義,黙 秘権,弁 護

人依 頼権 等を不 当に侵害す る ことな く,自 白が採取 され た と言え るケース

の 占め る割合は どの程度 あ るだろ うか。被 告 側 が,伝 聞 証 拠 で あ る自白

「調書」 の任意性や特 信性 を争 った ときに,そ の主 張が認め られたのは ど

の程度であろ うか。 そ してその 自白の信用性 について充分なチ ェ ックが行

なわれた と誰 もが納 得 できるケースは どの くらいあ るだ ろ うか。

自由 ・権利の砦であ るはずの 「司法」 は,憲 法上 の権利が捜 査段階 にお

い て脅か されてい る場 合において,そ れに対す る批判的な姿勢 ・ス ク リー

ニ ソグの機能 を失 い,目 を閉 じ口を拭 った とした ら,裁 判所 は 「司法」機

関 としての機能 を果た しえない。

「国民に開かれた司法」働 の要請 もまた,裁 判や法 律の素人であ る国民

に もかかわ りや すい納得の行 く裁判 を要求 してい る。

しか るに,松 戸OL殺 人事件の第1審 判決 の内容を検討す る とき,こ の

二 つの司法 に要 求 されてい る任務 が,必 ず しも充分に果たされ ていないこ

とに 気 付 くで あ ろ う。 別 件逮捕 ・勾留に始 ま り,そ れ に続 く本件での逮

捕 ・勾留に よる長 期間の身柄拘束,長 時間かつ深夜にわたる取調べ,代 用

監獄を悪用 した 自白強要,脅 迫 ・誘導 に よる違法 な取調べ と,捜 査の一

連の段 階において行 なわ れた,被 疑者 の基本的人権を無 視す る ような心理

的 ・精神的 ・肉体的 な拷問 とも言 うべ き捜査方法 は,憲 法,訴 訟法の保 障

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に違反す る ことは明 らかであ る。 この よ うに,本 件に おいて は,冤 罪事件

の悪 しき典型が,特 徴的に提示 されていた。 に もかか わ らず,裁 判所 は,

その よ うな捜 査に よって得 られた 自白の任意性 を認め て しまってい るので

ある。任 意性 を欠 く自白の証拠能力 を否定 す る憲法 ヒの原則は,そ こでは

全 く存在 しないに等 しい。

また,提 示 された記録 に虚心坦懐に臨む者 に とっては,裁 判所の 自白の

信用性 に関す る判断は,余 りに杜撰であ り,「 秘密の暴露」 等 の経験則 を

援用 しなが ら も,「 衣の下 の鎧 が見 える」が ごと く,事 実 を振 じ曲げて,

あ くまで も有罪推定の 「心理」 を押 し通す ことに よって公正 な論理 を歪 曲

す る とい う偏狭 さが 明確に現われてい る。

ここに,誤 判発生の構造的要因があ るといえ る。

「疑わ しきは被告人の利益に」 ない し 「無罪 の推定」法理 とい う刑事裁

判の大 原則 は,法 律的に有罪であ ることと,道 徳的に も有罪 であ るこ とは

異な るとい う前提の上 に拠 って立 って いる。 「無罪 の推定」 とは,誰 も,

その罪責が適法な手続 を経 て証拠に よって立証 され有 罪の判決が下 され な

い以上,無 実の者 として扱われ なければ な らない とい う原則で ある。法 の

適正 な手続を経て有 罪 と認定 で きなければ,た とい,歴 史的 に見 てその犯

罪を犯 し有罪であ るかに見 えた として も,そ れは道徳的問題であ って,法

律的 には あ くまで も無罪 としなけれ ばな らないのであ る。

もちろん,裁 判官 といえ ども予断や偏見か ら自由では ない。 と りわけ,

9割 以上の 自白事件 と99.8%の 有罪事 件に職 業 が ら 日常 的 に 接 している

と,そ れ らの事件 に紛 れ込んでいる万 に一つ の無実 の ケースを拾い だす,

冷静で批判的な判断力を失 いやすい。 また,と もす ると 「犯罪者」 であ る

被告人の言 い分 よ りも,官 僚 である検察官 ・警察官の言い分 の方 を信用す

る ような心的習慣 が培われ がちであ る。

しか し,こ の法 律的 に有罪 であ ることと,道 徳的に も有罪 であ ることと

は異な るとい う認識を,明 確 な認識 として意識 して持 ってい るか否かに よ

って,裁 判 は異な って くる。 日本の刑事裁判 と,英 米の刑事 裁判を比較 し

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た とき,そ の根本的違 いの一つは,こ の認識を裁判官一人一人が明確 に持

ってい るか否かであ り,そ の認識を法廷 の場 で心証形成 及び判決の基礎 と

して,充 分 に活用 し得てい るか否か であ ると思われてな らない(33)。不幸な

誤 判 の再 発 を防 止 す るためには,ま さに,こ の点が問われ ているのであ

る 。

《注 》

(1)松 戸OL殺 人事件における行 き過 ぎた報道の問題性については,浅 野健 一

『犯罪報道の犯罪』学陽書房(1984年),山 際永三 「『小野悦夫事件』報道に

対す る公開質問状 とマ スコ ミの対応」法学セ ミナー増 刊r人 権 と犯罪報道』

日本評論社(1986年)72頁 。

(2)代 用監獄 の点に関 して本件を論評 した ものとして,高 田昭正 「代用監獄 と

白白の任意性」法学セ ミナー439号119頁(1991年),山 本正樹 「代用監獄利

用の捜査方法を きび し く批判」法学セ ミナ・-441号68頁(1991年),村 井敏邦

「代用 監獄 とは?一 逮捕 ・勾留 の場所」法学セ ミナー442号99頁(1991年),

丸 山輝久r代 用監獄 の病巣一虚偽 自白の集積0θ一松戸OL殺 人事件」 自由と

正義42巻12号166頁(1991年)。

(3)東 京高判平成3年4月23日 判例時報1396号26頁 。

(4)図 面や供述書の内容は後述す るよ うに,こ の後取調べ の度 に変 転 して い

る。

(5)千 葉地裁松戸支部昭和61年9月4日 判決(昭 和49年(わ)ξ},194号,昭 和

50年(わ)31号)108頁 。

(6)前 掲千葉地裁判決44頁 。

(7)金 沢地判昭44年6月3日 刑裁月報1巻6≒}657頁(蛸 島事件),東 京地判昭

45年2月26日 半1時591号30頁(麻 布連続 放火事件),福 岡高判昭61年4月28日

判時1201号3頁(鹿 児島夫婦殺人事件)な どを参照。

(8)前 掲千葉地裁判決39-40頁 。

(9)前 掲千葉地裁判決25-26頁 。

(10)前 掲千葉地裁判決36頁 。

(11)前 掲千葉地裁判決121頁 。

(12)前 掲千葉地裁判決111頁 。

(13)前 掲千 葉地裁判決119頁 。

(14)前 掲東京高高裁判決30頁 。

(15)前 掲千葉地裁判決49頁,119頁 。

(16)高 松地判昭和59年3月12日 判時1107号(財 田川事件再審無罪 判決)22頁 。

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(17)前 掲千葉地裁 判決50~63頁 。

(18)前 掲千葉地裁 判決62~63頁 。

(19)前 掲千葉地裁 判決60頁 。

(20)前 掲千葉地裁 判決60・v61頁 。

(21)前 掲千葉地裁判 決58頁 。

(22)前 掲千葉地裁 判決70頁 。

(23)前 掲千葉地裁 判決101頁 。

(24)前 掲千葉地裁 判決72~73頁 。

(25)前 掲千葉地裁判決102~3頁 。

(26)松 戸OL殺 人事件 「弁護人控訴趣意書」169頁 。

(27)前 掲 「弁護人控訴趣意書」170~174頁 。

(28)前 掲千葉地裁判決95頁 。

(29)前 掲千葉地裁判決96頁 。

(30)前 掲千葉地裁判決97~98頁 。

(31)前 掲千葉地裁判決49頁 。

(32)「 国民に開かれた司法」への意 欲を示 していた谷 ロ洪 一… 元最高裁長官の

意向に沿 って,最 高裁は,陪 審制の本格的な研究に乗 り出 し(1986年9月15

日朝 日新聞記事),ま た草場良八 ・最高裁長官は 「開かれた司法」に向けて

の意 欲を語 ってお られ る(1992年5月2日 朝 日新聞記事)。

(33)佐 藤欣子『取引の社会』(中公新書)は,日 米の裁判制度を比較 してい る。 ア

メ リカの検察官 として活躍 したス コッ ト・トゥロー著『推定 無罪』等に代表 さ

れ る裁判 小説か らも,ア メ リカの刑事裁 判に対す る基本的姿勢が窺われ る。

衣類 ・靴な と スカ_ト 紐

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※蹴9ご 一 講醐Fこ こSミ 斐

呂錐≒藤鎌讐 ヨ!型[