Mari Suzuki Tokyo Polytechnic University

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Gender Politics in 18th Century English Novels •\ Pamela and Anti-Pamelists•\ Mari Suzuki Tokyo Polytechnic University The image of women in English literature changed dramatically in mid 18th century England . Christian tradition had long regarded women as 'Eve's daughters', which meant that women were invariably evil and harmful. By the end of the 18th century, however , women described in novels generally became good, modest, innocent, and vulnerable. The new trend in this image of the woman was initiated by Samuel Richardson's Pamela; or, Virtue Rewarded (1740) , often described as 'the first novel' in English literature. Its morality and didacticism established the respectability of the form . Its popularity transcended the boundaries of class, gender, and educational differences. It had such a great an impact on society that it brought about a shift in the dominant expectations for female characters in subsequent novels throughout the century; young , beautiful, good, chaste, submissive, and vulnerable. It also represented gender positions and politics in modern indUstrialized patriarchal society; men provided with wealth, being superior, and women deprived and dependent, being inferior. It highly appraised woman's chastity of the kind which enabled a servant girl to become a lady , opening the way for heroines to engage in hypergamy. Consequently , the novel inspired considerable controversy over femininity and inter-class marriage. Two major novelists separately expressed an antagonistic view in the form of fiction. One is Henry Fielding, who published An Apology for the Life of Mrs . Shamela Andrews (1741); the other is Eliza Haywood, who wrote Anti-Pamela; or , Feign 'd Innocence Detected (1741). Both of them criticized Pamela and her 'virtue', although they focused on comparatively different aspects of the novel. The former held a conservative point of view , in which Pamela was thought of as a potential threat to the stability of society. The latter held a feminist point of view; her heroine tries to undermine the male-dominant society in which the relationship between man and woman is based on exchange. It delineates the material realities of women's lives as well as their difficulties in pursuing financial security. The dispute caused by Pamela tells us that a new ideology of femininity was being constructed in the middle of the century. This article will shed light on this process as well as its social background and the changing values it epitomised. 17

Transcript of Mari Suzuki Tokyo Polytechnic University

Gender Politics in 18th Century English Novels

•\Pamela and Anti-Pamelists•\

Mari Suzuki

Tokyo Polytechnic University

The image of women in English literature changed dramatically in mid 18th century England.

Christian tradition had long regarded women as 'Eve's daughters', which meant that women were

invariably evil and harmful. By the end of the 18th century, however, women described in novels

generally became good, modest, innocent, and vulnerable. The new trend in this image of the woman

was initiated by Samuel Richardson's Pamela; or, Virtue Rewarded (1740), often described as 'the firstnovel' in English literature. Its morality and didacticism established the respectability of the form. Its

popularity transcended the boundaries of class, gender, and educational differences. It had such a great

an impact on society that it brought about a shift in the dominant expectations for female characters

in subsequent novels throughout the century; young, beautiful, good, chaste, submissive, and vulnerable.It also represented gender positions and politics in modern indUstrialized patriarchal society; men

provided with wealth, being superior, and women deprived and dependent, being inferior. It highlyappraised woman's chastity of the kind which enabled a servant girl to become a lady, opening theway for heroines to engage in hypergamy. Consequently, the novel inspired considerable controversyover femininity and inter-class marriage. Two major novelists separately expressed an antagonistic view

in the form of fiction. One is Henry Fielding, who published An Apology for the Life of Mrs. Shamela

Andrews (1741); the other is Eliza Haywood, who wrote Anti-Pamela; or, Feign 'd Innocence Detected

(1741). Both of them criticized Pamela and her 'virtue', although they focused on comparatively

different aspects of the novel. The former held a conservative point of view, in which Pamela wasthought of as a potential threat to the stability of society. The latter held a feminist point of view; her

heroine tries to undermine the male-dominant society in which the relationship between man and

woman is based on exchange. It delineates the material realities of women's lives as well as their

difficulties in pursuing financial security. The dispute caused by Pamela tells us that a new ideology

of femininity was being constructed in the middle of the century. This article will shed light on this

process as well as its social background and the changing values it epitomised.

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『パ ミラ』論争 にみ られ る英国18世 紀 のジェ ンダー観

鈴 木 万 里

(東京工芸大学)

1.序

現代の 「家族」 という概念の基になった 「近代家族」は、市民社会の成立 とともに誕生 した。市

民階級が台頭 して社会構造 に大 きな変革が起こったこの時期 には、ジェンダーと階級の組み換えが

行われ、それに伴って文学作品に登場する女性のイメージにも著 しい変化が見 られた。

西洋の女性像は伝統的に 『旧約聖書』「創世記」のエヴァに始 まり、エヴァは中世 を通して 「2

番 目に創 られ、最初に罪を犯 した者」として 「堕落の根源」 と見なされてきた。根強いマリア信仰

の存在にもかかわらず、あらゆる女性は 「エヴァの末裔」 として罪深い存在 と考えられ、服従 と沈

黙 を求められたのである。男性に対 しては、女性の邪悪な本性 に警戒を怠 らないよう繰 り返 し警告

がなされた。紀元前4世 紀以来アリス トテレスによる性別を階層 ととらえる発想が根強 く社会に浸

透し、「女性は劣った性である」 とされ、13世 紀の トマス ・アクイナスの神学 もその考え方を補強

した。その結果、概 して17世 紀までの英文学 に登場する女性像は 「愚か、狡猾、好色、貧欲、お

しゃべ り」など否定的なイメージを持つものが多い。たとえば、チ ョーサー作 『カンタベリー物語』

の好色でお しゃべ りなバースの女房が典型例である。 または、『トロイラスとクリセイデ』のクリ

セイデのように、致命的な裏切 りによって男性を破滅に導 く不実な誘惑者として描かれている。

ところが、18世 紀後半になると女性のイメージは一変する。猥雑でたくましい女性は姿を消す

か、または脇役へと追いやられ、代わりに、慎ましく、やさしく、真面目で、感受性豊かな女性が

多 く登場する。19世 紀になるとそれが極度 に理想化され、女性 は清らかで欲望 をもたぬ存在 と見

なされて、「家庭の天使」1)と して賞賛されるようになる。いわば、女性像は18世 紀前半の英国で、

「エヴァ」から 「マリア」へ と大 きく転換 したといえる。このような 「堕落の源」から 「美徳の鑑」

への女性像の書き換えは、なぜ起 きたのか。また何を意味 しているのか。それを探 ることが本稿の

目的である。

近代市民社会がもっとも早 く成立 した英国で、新たなジャンルとして誕生 した小説は、この問題

を解 くための格好の手がか りを提供 してくれる。新 しい人間の生 き方をリアリズムの手法で描 くの

が小説の特徴であるため、当時求められた人間像や価値観が明示されているからである。そこで、

18世 紀前半に英国でベス ト・セラーとなった2つ の散文作品を中心に、背景となるジェンダー構

造の変化 を辿ってみたい。対象 とする作品は、18世 紀初めに圧倒的な人気を博 したイライザ ・ヘ

イウッドの 『過 ぎたる愛』(1719)と 、18世 紀半ばに大流行 してその後の小説の方向を決定づけた

サミュエル ・リチャードソンの 『パミラ』(1740)で ある。『パ ミラ』は出版直後に大 きな反響を呼

び、翌年にはヘ ンリ・フィールディングとヘイウッドがそれぞれ 『パ ミラ』のパロディ本を発行 し

て、リチャー ドソンの描いた女主人公に反論 している。その分析を通 して、「パ ミラ」 という女性

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像のどこが革新的であったのか、また、何が論争の的となったのかを探 ってみることとする。その

ために、まず、18世 紀初めに人気を集めた作品について検討 してい く。

2.イ ライザ ・ヘ イ ウッ ド 『過 ぎたる愛』

ヘイウッドの 『過 ぎたる愛』は、同時期のデフォー著 『ロビンソン ・クルーソー』(1719)や ス

ウイフト著 『ガリバー旅行記』(1726)と 並ぶベス ト・セラーであったが、18世 紀後半以降には

「不道徳」と非難され、忘れられた作品である。物語はフランス とイタリアの上流社会を舞台に、

既婚のデルモント伯爵と被後見人メリオーラの許されない愛と葛藤がテーマである。これに数多 く

の貴族たちの恋愛ゲーム、策略、誘惑、不倫、裏切 りなどが複雑にからみあって展開する。伯爵の

妻が事故死を遂げ、自分が不幸の原因であると責任を感じたメリオーラは修道院に籠 り、伯爵は傷

心の旅に出る。紆余曲折の後、最後に伯爵はメリオーラと再会し幸福な結婚に辿 り着 く。

この作品に登場する女性像の特徴を見てい くと、大きく2種 類に分けられる。野心家で快楽を追

い求める独占欲の強い女性たちと、愛に支配され翻弄される無垢の女性たちである。伯爵を獲得す

るためにあらゆる手段を使って結婚を果たすアロヴイーサ、既婚者デルモント伯爵を誘惑 して妊娠

するメランサ、伯爵に一目ぼれして思いを遂げようと画策し、失敗の果てに服毒自殺を図るキアマ

ラなどは前者のタイプである。彼女たちは、目的のためには手段を選ばず、相手を欺 くことも躊躇

わず、自らの欲望に忠実で、大胆に行動する。対照的なのが、後者のタイプである。既婚の後見人

デルモント伯爵を愛 してしまい、理性と欲望の葛藤に悩むメリオーラ、デルモント伯爵に愛されて

いると誤解 して窮地に追い込まれ、絶望して修道女になるアミーナ、伯爵の弟ブリリアンと相思相

愛になるアロヴイーサの妹アンセリーナ、伯爵を慕って小姓に変装 して家出するヴイオレッタ、メ

リオーラの兄フランクヴイルと密かに愛し合 うカミラ、そして、 ド・サギリエ侯爵の愛情を取 り戻

すために女中に変装 して屋敷に住み込む婚約者 シャーロットなどが後者に属する。注目すべ きは、

前者の自己中心的な女性たちだけでなく、後者の女性たちも、自らの欲望を自覚 し、主体的に行動

する積極性を備えている点である。しかし、その違いは強調されている。前者が抱いているのは、

征服欲や独占欲を伴う快楽目的のつかの間の情欲にす ぎない。一方、後者は、内なる美と結びつい

た高貴な愛の持ち主であるとされている。そして、愛はコントロール不能なもので、貧困、病気、

障碍や他の災難と同じく、その支配に屈 しても非難の対象 とはならないのである。2)つ まり、愛 と

は、本人の意志 とは関わ りなく、突然襲いかかって くるもので抵抗できないものと見なされている。

したがって、この作品では、欲望や愛の実現に向けて主体的に行動する女性たちの姿勢が肯定され

ているのである。

デルモント伯爵の人物像 もまた、大 きく変化 している。冒頭で、野心家の彼は財産のない恋人を

捨て、財産目当ての結婚 をし、やがて妻を無視 して被後見人のメリオーラを誘惑 しようとして失敗

する。 しかし、自分の剣で誤って妻を死なせた後は後悔 して、メリオーラへの思いに忠実に生き、

他の女性からの誘いには目もくれずに隠遁生活を送る。最後にようやくメリオーラと再会 し、相思

相愛を確認して結婚 に至る。つまり、身勝手で放埓な貴族が、試練 と苦悩を経て改俊 した後、近代

的友愛結婚 によって幸福を実現するという展開になっている。この 「改心 した放蕩貴族」のパター

ンは 『パミラ』にもそのまま受け継がれる。

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しかし、センセーショナルな筋立てで女性の欲望と自我の追求を肯定的に描いて人気を集めた官

能的な物語は、18世 紀半ばには 「非現実的」「不道徳」と批判される。代わりにまったく異なる価

値観を身につけた女主人公が登場する小説が評判となり、その後の小説の女性像に大 きな影響を与

えることになる。それが、リチャー ドソンの 『パ ミラ』である。

3.サ ミュエル ・リチ ャー ドソ ン 『パ ミラ― 報 わ れ た美徳― 』

ピューリタン作家リチャー ドソンは、それまで盛んに読まれたヘイウッドなど女性作家による物

語を堕落 したものと非難 し、小説に娯楽だけでなく教育的な意図をこめようとした。すなわち、中

産階級の価値観の基本 をなす倫理観やジェンダー観を、『パ ミラまたは報われた美徳』によって読

者に提示 したのである。注 目すべ きは、放蕩者の裕福な男性がやがて心を入れ替えて友愛結婚に至

り幸福 になる、という 『過ぎたる愛』のパ ターンを踏襲 し、性的誘惑や策略という類似の道具立て

を使いながら、全 く異質のメッセージを発 していることである。

15歳 のパミラは小間使いとして屋敷に住み込みで働いていて、その美 しさと気立ての良さで奉

公先の老婦人に気に入 られていた。 しかし、老婦人の死後、雇い主となった息子のB氏 の執拗な

誘惑にさらされる。貞節は命 より尊いとの両親の教えに忠実なパ ミラは必死に抵抗 して、何度も危

機を乗 り切 る。怒ったB氏 はパミラを解雇 して親元に帰す と偽って、別邸に監禁し、パ ミラが両

親に宛てた手紙を盗み読みする。B氏 は愛人待遇を約束 してパ ミラに迫るが、断固として拒絶され

る。 しか し、パ ミラの手紙をひそかに読むうちにやがてその美徳 と高潔な人柄に深 く感動 し、自ら

の行いを反省 したB氏 は、身分の差 を省みずに求婚する。パミラもひそかにB氏 に惹かれていた

ことを認めて承諾する。その後、結婚 したパミラはその美貌、淑徳、模範的な態度によって近隣の

上流の人々の賞賛 を勝ち取る。初めは身分違いの結婚に反対 して激怒 していたB氏 の姉 もパ ミラ

を認める。彼女は妻 としてあるべ き心構えを書 き記す。B氏 は妻 となったパ ミラに年200ポ ンドを

与えると約束し、さらに寡婦手当てを設定 して、自分の死後も安定 した生活が送れるよう配慮する。

この小説で興味深いのは、「美徳」は女性パミラ側にあ り、「悪徳」が男性B氏 に属する点であ

る。この構図は従来の 「女性は愚かで邪悪」「男性は知的で高潔」 という伝統的なジェンダー観を

逆転 させている。一体なぜ既成概念に反する設定が可能だったのだろう。それは階級 とジェンダー

のアナロジーとして解釈できる。B氏 は特権的な支配階級に属 し、一方パ ミラは労働者階級ではあ

るが、家が没落 したとの記述からもとは中産階級出身と推測される。彼女の価値観 と行動原理は典

型的なピューリタニズムに基づいてお り、特に女性の貞節を何 にも代えがたい財産 として見なして

いる。したがって、パ ミラは使用人の立場でありながら雇い主の性的嫌がらせにあくまで抵抗 して

自らの名誉を守るだけでなく、悪 しき意図をもつB氏 に意見 して諌めようとさえする。そして、

このような信念 を曲げずに真面 目な生 き方を追求するピューリタン的な行動原理が、特権階級の快

楽主義的な姿勢よりも、はるかに優れていて価値が高いことが随所で強調されている。すなわち、

「下位の階級=女 性」「上位の階級=男 性」 という対応か ら、「女性=美 徳」「男性=悪 徳」 という構

図が意味をもつのである。

しか し注 目すべきは、パ ミラが倫理的にB氏 を矯正 したか らといって、ふたりが結婚によって

対等になったわけではないという点である。使用人と雇い主 という上下関係は、結婚後も維持され、

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パミラは 「旦那様」 として夫に接 し続ける。近代的友愛結婚は女性に上昇婚の道 を開いたが、「持

てる階級=男 性」 と 「持たざる階級=女 性」の序列を隠蔽するだけで、常に男性が上位 というジェ

ンダー構造を内包 していた。ナンシー ・アームス トロングはピューリタンの教義における平等は性

役割に基づいており、女性の下位を前提としていると述べている。3)また近代の家父長制では、結

婚 こそが女性を従属させる中心的装置であったというアントニー ・フレッチャーの指摘4)に も符

合する。

さらに、「報われた美徳」 という題名に着目すると、これは従来女性に求められていた 「従順、

沈黙」ではなく、「貞節」 という意味である。5)パ ミラは従順でも寡黙でもない。彼女は雇い主の

要求をあ くまで拒絶 し、手紙や日記 という手段 を用いて きわめて饒舌に言葉 を連ねる。「生意気、

傲 慢」 との印象すら与えかねない。予想外の抵抗に苛立つB氏 は しばしばパ ミラを 「生意気」だ

と非難している。しかし、パ ミラが妻の座を獲得できたのは、ピューリタン的倫理観によって、唯

一の財産である 「貞節」の価値 を最大限に高めたからである。結局B氏 は姉の勧める貴族令嬢 と

の縁談を断 り、パ ミラを妻に選ぶ。これは、女性にとっては身分や家柄 より、正 しい振舞いが最も

重要だという明確な中産階級的メッセージである。パミラの幸福な結末は、旧来の放埓な支配階級

に対する謹厳実直な中産階級の勝利宣言なのである。

小説 『パミラ』は 「禁欲、節制」を重視するピューリタン的信条が立身出世に有効であることを

示 して、女性に新 しい人生モデルを提供 した。『パミラ』の大流行は、女性の欲望 を肯定 したヘイ

ウッドの官能的な物語を完全に駆逐 した。これは、中産階級の精神的支柱であるピューリタニズム

が、特権階級の貴族的快楽主義を圧倒 したことを示 している。加えて、教訓小説(didactic novel)、

求婚小説(courtship novel)、家庭小説(domestic fiction)へ と、以降の小説の流れを方向づけたの

である。

『パ ミラ』は出版直後に話題 をさらって、「パミラ支持派」 と 「反パ ミラ派」が論争を繰 り広げ

たという。支持派はパミラを誠実で率直であると高 く評価 し、反対派は偽善的だと批判 した。後者

には、リチャー ドソンと並ぶ作家ヘンリ・フィールディングや、リチャー ドソンから不道徳 と非難

されたイライザ ・ヘイウッドがいた。ふたりは翌年にパロディ本を出版 して、パ ミラが実は計算高

い狡猜な偽善者だという解釈を示 している。 しかし、このふた りの 『パミラ』への反感の根拠は微

妙に異なっている。次に、その違いについて比較検討 してい く。

4.『 パ ミラ』論争(そ の1)― ヘ ン リー ・フ ィールデ ィング 『シャ ミラ』

フィールディングの 『シャミラ ・アンドルーズの人生への弁明』は、題名が示すように、パ ミラ

がsham(ま がいもの、いんちき)だ と断定 している。この作品は 『パミラ』の筋に沿って進行 し、

その裏の真相がシャミラの母親宛の手紙でわかる構造となっている。シャミラはウイリアム牧師と

以前から肉体関係をもち密かに子供を生んだこともある。仕えていた老婦人が亡 くなった時にロン

ドンに出るつもりであったが、息子のブービー氏(「 愚鈍」の意)が 自分に気があるそぶ りを見せ

たので、計画を変更 してしばらく屋敷に留まることにする。初めは有利 な条件の愛人待遇 を期待 し

ていたが、次第に野心を募らせ、結婚をめざす。家政婦のジャーヴイス夫人と協力 して、迫害され

た無垢の乙女を演 じ、見事に愚鈍なブービー氏を騙 して、妻の座を手に入れる。贅沢な暮 らしに得

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意の絶頂であったが、最後 にブービー氏は妻がウイリアム牧師とベッドにいるところを見つけて、

妻を追い出 し、牧師を訴えるというオチがついている。

フィールディングがまず反発 したのは、『パミラ』では 「美徳」がもっぱら女性の 「貞節」の意

味で使われている点であった。もともと ‘virtue'とは 「男 らしい力強さ」が語源で、6)英雄的な高

潔な行為に対 して使われた。『シャミラ』では ‘vartue'と綴っていることから、貞節を守るだけの

消極的な姿勢は 「美徳」の名に値 しないとフィールディングが考えていることがわかる。つまり、

「美徳」 を矮小化 したことに対する批判なのである。また、1人 称体の語 りのもつ信憑性について

も疑問を呈 している。B氏 はパミラの抵抗の言葉には耳 を貸 さないが、彼女の手紙や 日記を盗み読

み して、その真情に打たれたことになっている。 しか し、「発 した言葉」 よりも 「書かれた言葉」

の方が信頼に値するかどうかについては疑問である。 しかも、「書かれた言葉」が他人の目を意識

したものとすれば、欺瞞性を疑われてもやむをえない。 さらに、「美徳の報い」が上昇婚と豊かな

生活保障という経済的成功であるところに、打算や中産階級的な利益優先の発想を読み取って、反

発 したと考えられる。

『シャミラ』は紳士階級に向けて、若気の至 りで不適切な結婚をすれば、本人や家族の不名誉に

なるので慎むように、 という警告を発 しつつ、実は、中産階級的モラルの限界 と皮相性や、拝金主

義の世俗性を糾弾 しているのである。

5― 『パ ミラ』論 争(そ の2)― イ ライザ ・ヘ イ ウ ッ ド 『反 パ ミラ』

ヘイウッドもフィールディング同様にパ ミラの偽善性を問題にし、『反パ ミラ―暴かれ罰せられ

た見せかけの慎み深さ』 という題で作品を発表した。これは、『パミラ』を下敷 きにしているとは

いえ、原作の筋か ら離れて話が展開し、『シャミラ』よりはるかに独立した作品となっている。

主人公シリーナ ・トリクシイは際立った美貌と無垢な表情の持ち主で、「美 しい女性は上手に振

舞えばひと財産作れる」7)と の母親の教えに従って、幼いころから手練手管に磨きをかける。洋裁

店の見習いや老婦人づきの小間使いなどの職 を転々としなが ら、パ トロン探 しに励む。目標は資産

家 との結婚、または、条件のよい愛人待遇だが、もう一歩のところで妻の座を逃 した り、相手を破

産寸前に追い込んだりして、なかなか身の安定が図れない。比較的余裕のある経済状況になっても

浪費家の母娘は派手な暮らしでまたた く間に資金不足に陥る。結局、様々な立場、年齢、経済状況

をもつ13人 の男性 と次々と関係 した後、最後のパ トロンの妻の計略にはまって逮捕され、親類の

申し合わせでウェールズに追放 される。

ヘイウッドは、読者の嗜好がモラル重視の方向に変化 していることを察知して、自らの立場を軌

道修正 していると見 られる。そのため、『過ぎたる愛』 とは内容、作風 ともにまったく異質の物語

となっている。『反パ ミラ』は、書簡体と3人 称体の混合で構成 されてお り、シリーナと母 との間

で交わされる破廉恥な往復書簡に対 して、批判的な作者の戒めや道徳的なコメントが挿入されてい

る。

この作品でもっとも特徴的なのは、男女が騙 したり騙されたり、夢中になった り、夢中にさせた

りという駆け引きが双方向に見 られ、対等のパワーポリティクスが展開されていることである。シ

リーナは、最初 に近づいてきた男に騙され、妊娠中絶という試練を経て、よりたくましくなって、

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豊かな生活を目指す。相手を容易に篭絡することもあれば、1度 限 りであっさり拒絶されることも

ある。パミラは常に下位の立場で迫害される側であるのに比べて、はるかにジェンダー関係が複雑

でダイナミックである。そのため、シリーナには彼女が力の行使 を楽しんでいる様子が窺がえる。

恋愛 という場でのみ、女性が力 という幻想をもつことができた18世 紀初めの官能的な物語を髣髴

とさせる。

さらにシリーナは必ずしも打算のみで行動 しているわけではないことに注目したい。母親は 「女

は心から愛する男から富を得ることはできないのだか ら、自分の利益 を優先させて他は考えないよ

うに」8)と忠告する。 しかし、シリーナは、母ほど打算的にな りきれず、気 に入った相手には惜 し

みなく金をつぎ込み、借金で逮捕 された愛人を救 うために奔走する。金銭の見返 りを求めない関係

こそが本当の恋愛だ、という認識が根底 にあることは明らかであろう。 この点が、パ ミラのB氏

に対する 「愛情」に対 して、作者が疑問を呈 した大 きな理由であったと考えられる。

また、女性が豊かな生活を望んでも、富 をもつ男性に依存するしか方法がない当時の社会状況 も

垣間見ることができる。男性には相続人、貿易商人、軍人など生計を立てる道がい くつもあるが、

女性にはお針子か使用人 くらいで、いずれも劣悪な労働条件で給料 も低 く、性的誘惑にさらされや

すい職であった。シリーナの冒険談は、いわば男性が独占する富をゲリラ戦で纂奪 しようという試

みであるが、むろんあえなく敗退せざるをえない。モラル重視に傾斜 しつつあった社会に受け入れ

られる作品にするためには、これ以外の結末は考えられなかったのであろう。

それにもかかわらず、ヘイウッドは結末でシリーナの敗者復活戦を予告 している。「ウェールズ

で彼女に何が起 こるかは、将来のお楽 しみとなるで しょう」9)作者はシリーナの行動を厳 しく戒め

る姿勢を見せながらも、ひそかにその活躍を期待 している気配がうかがえる。

以上のように、フィールディングとヘイウッドは、いずれもパ ミラを詐欺まがいの行為で資産家

を欺 く社会秩序の敵 と捉えているが、その描き方には違いがある。フィールディングには、新たに

台頭 してきた中産階級的な価値観や生活態度に対する批判精神が顕著に見 られる。女性が貞節を死

守することによって、破格の結婚を実現 して経済的成功を獲得するという筋は、非現実的で反社会

的だとの意識が根底にある。一方、ヘイウッドは、男女が対等のパ ワーポリティクスでない点と、

女性に欲望を認めない点で、『パ ミラ』に反発 したと考えられる。愛に翻弄 される女性 を描 くこと

を得意としたかつてのベス ト・セラー作家にとっては、相手に対する好意を隠して厳 しく自制 し、

求婚された途端にあ りがたく受け入れるというパ ミラの姑息な態度は、許しがたい 「まやかし」 と

映ったに違いない。

6.結

リチャー ドソンの 『パミラ』は、階級差を越えて人間の真情、情緒、価値 を評価する点が、画期

的であった。ピューリタン的な平等主義 と、勤勉、自制を尊ぶ姿勢は、当時勢力 を拡大 しつつあっ

た中産階級を支える思想であ り、モラルが身分を凌駕するというメッセージは、まさに中産階級の

主張そのものといえる。しかし、ピューリタン教義の平等は、性役割に基づいて女性の下位を前提

としていたことを見逃 してはならない。18世 紀初めに女性にとって重視されるものが変わ り、そ

れまでのように身分や家柄ではなく、適切な振舞い方が重要になったといわれている。10)シュー

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メイカーによれば、女性性の変化は1730年 代までに起こったという。11)そうだとすれば、ヘイウッ

ドの描いた雅やかで官能的で大胆な上流の女性像に代わって、慎ましく真面目な中産階級の女性像

が主役となったのは、社会の要請でもあったことになる。 しかし同時に、当時の中産階級の女性に

は、経済的に自立する道が閉ざされていたこという厳 しい現実を忘れてはならない。

さらに、家族内の立場に関しても、女性にとって著 しく不利な変化が起 きていたとルース ・ペリー

は述べている。17世 紀末か ら18世 紀初めの英国では、親族関係のあ り方が変化 し、生まれた家

(血族)よ りも、婚姻による家族の方が重視されるようになり、女性の相続が制限される傾向が著

しくなった。そのため、「娘」の存在は家族の中で一時的なもので、む しろ負担ととらえられるよ

うになり、あらゆる女性は、夫によって新 しい家庭に引き取られるまでは、社会的なアイデンティ

ティをもたない孤児のような存在 となって しまった。12)したがって、唯一、結婚により社会的地

位 を上昇 させ、富 を相続する子供をもつことが、女性にとっての存在証明であり、成功の証 となっ

たのである。その際、経済的に成功 した男性が確実に自分の子孫 に資産を残すためには、女性の貞

節が何 より重要と考えられた。そして、女性 も生き残 り戦術 として、そのようなジェンダー観を内

在化 させていったのである。18世 紀には、小説と並んで作法本(Conduct Books)13)が 大流行 し、

善き妻、善 き母 となるべ き女性の心構えや振舞い方を説いて、小説 とともに新 しいジェンダー観を

浸透 させるのに一役買った。

リチャー ドソンの 『パ ミラ』は階級や身分を越えて、人間そのものを評価する姿勢を見せたとは

いえ、階級の組み換えによって、女性が男性 と対等な立場で考えたり行動 したりで きるようになっ

たわけではない。むしろ、男性への経済的依存度が高 まったことによって、女性は隠れた序列を受

け入れざるを得なくなったのである。伝統的なキリス ト教倫理のもとでは女性は 「劣った存在」と

見なされたのだが、近代のピューリタン的価値観では、女性を従属的な 「下位の存在」ととらえる

ジェンダー観が一般 的になったのである。

このように、18世 紀の英国で女性のイメージが 「エヴァ」から 「マリア」へと変化 したことは、

決 して女性の存在を肯定的に見直した結果ではなかったのである。むしろ、女性が欲望や権力への

願望を捨てて、従属的な立場 を受け入れたことによって、男性にとって もはや脅威ではな くなった

ので、それまでの否定的なイメージから脱することができたのである。言い換えれば、女性の意志

や力を効果的に抑制する方法が変化 したために、女性像のイメージが書き換えられたのである。

『パ ミラ』で描かれたジェンダー観および女性の振舞い方の規範は、当時の社会および文壇に決

定的な影響を与えた。その後小説にみられる典型的なパターンは、社会的、経済的にきわめて不安

定な立場 におかれた善良で慎 ましい女主人公が、経済力のある誠実な男性にめぐり会って愛 され、

幸せな結婚 にたどり着 くという展開となった。その際に、美 しく道徳堅固な女主人公 を描 くことが

必須条件であった。リチャー ドソン以降、数多 くの女性小説家が活躍したが、主人公のモラルが作

者自身の倫理観の反映 と受け取 られたために、いっそう慎重な人物造型が必要とされた。ピューリ

タニズムに基づ く価値観が社会の主流になるにつれて、『パ ミラ』の偽善性 に反発 したヘイウッド

でさえ、女性の下位を前提 とするジェンダー ・イデオロギーをやむな く受け入れる女主人公を描 く

小説を発表せ ざるをえなくなった。14)さらに、文学以外の領域でも男性上位のジェンダー観が補

強された。エ ドマンド・バークの 『崇高と美についての観念の起源の哲学的考察』(1757)に よれ

ば、女性の美は 「弱さ、繊細 さ、内気さ」 と結びついていると論 じられる。15)このような定義に

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よって、審美的な観点からも、「弱い性」である女性は 「強い性=男 性」 に従属すべ き存在 と見な

されたのである。

18世 紀末になると、男性 に依存する 「弱い女性」を賛美する傾向に対する批判が現れる。メア

リ ・ウルス トンクラフ ト(1759-1797)は 、没落 した中産階級の女性として苦労 を重ねた体験をふ

まえて、理性の教育を重視 して女性の意識改革をめざした。バークの情緒的な思考 に反発 したウル

ス トンクラフトは 『女性の権利の擁護』(1792)で 、理性的な存在 として女性が経済的自立への意

欲をもち、政治的な地位向上をめざすべ きであるという、注 目に値する主張を展開した。16)しか

し、ウルス トンクラフトの提言は、たとえ一部の共感を呼んだとしても、当時の女性たちに大 きな

影響を与えることはなかった。むしろ逆の効果をもったのである。なぜなら、彼女の急死 に続いて

出版された夫ウイリアム ・ゴッドウインによる回想録 『女性の権利の擁護の著者の思い出』(1798)

が、ウルス トンクラフトの女性としての評判を著 しく損なったためである。前夫との関係や自殺未

遂、結婚前の妊娠、宗教批判など、ゴッドウインが妻への哀悼の意をこめて率直に語った内容は、

当時の行動規範か ら逸脱 した行動 として大 きなスキャンダルとなった。17)そのために、女性の権

利主張や女性教育について発言することは、「不道徳な」ウルス トンクラフトへの支持を連想させ、

きわめて危険な行為 と見なされたのである。その後数十年間、女性作家たちは表立ってウルス トン

クラフト的な登場人物を肯定的に描 くことができなかった。こうして18世 紀末に顕在化 したフェ

ミニズム思想は、社会改革の実践としてただちに結実することなく、かえって反動的な勢力の巻 き

返 しを招き、社会は保守化の傾向を強めた。18)女性を従属すべき下位の性 ととらえるジェンダー

観は、そのまま19世 紀に持ち越 される結果になったのである。

18世 紀前半に英国社会で生まれたジェンダー観は、遠い過去の異国の価値観 にとどまらない。

これは、まさに日本が近代化のプロセスで 「先進国」に追いつくために、導入 し定着させたジェン

ダー観であり、高度経済成長期に極めて有効に機能し、現在まで根強 く残っている性役割意識や男

女格差に直接つながっている。経済が減速 し、雇用不安 も広がっている現在、高学歴の女性に専業

主婦志向が強まっていると言われる。19)結婚によって、経済保障 と安定 した居場所を確保 したい

という意識は、ジェンダー格差の大きな社会に見られる特徴 と見なすことができる。

1) ヴ ィ ク ト リ ア 朝 に賛 美 さ れ た 良 妻 賢 母 型 の 理 想 的 な 女 性 像 。 Coventry Patmore (1823-96) の 詩

に 由 来 す る 。 ‘The Angel in the House',in The Poems of Coventry Patmore. ed. Frederick Page,

Oxford University Press, London 1949. Quoted in Carol Christ. Victorian Masculinity and the

Angel in the House. Martha Vicinus ed., A Widening Sphere: Changing Roles of Victorian

Women. Indiana University Press, Bloomington 1977, p.148.

2) Haywood, Eliza. Love in Excess, or The fatal enquiry. Ed. by David Oakleaf, second edition,

Broadview Press, Toronto 2000, p.185.

3) Armstrong, Nancy. Desire and Domestic Fiction: A Political History of the Novel. Oxford

University Press, New York, 1987, p.18.

4) Fletcher, Anthony. Gender, Sex & Subordination in England 1500-1800. Yale University Press,

New Haven and London, 1995, p.375.

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5) The Oxford University Dictionary. Clarendon Press, Oxford 1978. で は、2.cと し て 次 の よ う に

定 義 さ れ て い る 。

Chastity, sexual purity, esp. on the part of women.

6) The Oxford University Dictionary. 語 源 は ラ テ ン 語 ‘virtus'で、manliness, valour, worth, etc.

7) Ingrassia, Catherine. ed. Anti-Pamela and Shamela, Broadview Press, Toronto 2004, p.215.

8) Ibid., p.66.

9) Ibid., p.227.

10) Armstrong, Nancy. op.cit., p.4.

11) Shoemaker, Robert. Gender in English Society, 1650-1850: The Emergence of Separate Spheres?

Longman, London 1998, p.40.

12) Perry, Ruth. "Women in families" in Jones, Vivien (ed.) Women and Literature in Britain 1700-

1800. Cambridge University Press, Cambridge 2000, p.119.

13) Conduct Booksに 関 して は、Shoemaker, Robert. op.cit., pp21-36を 参 照 。 18世 紀 に は女 性 を対

象 と した 「コ ンダ ク ト ・ブ ック ス」 が 大 流 行 し、1693年 か ら1760年 まで に少 な くと も500種

類 が 出版 さ れ、1770年 代 か ら1830年 に か け て も盛 ん に読 まれ た とい う。

14) 力 を行 使 したが る裕 福 な女 主 人 公 が、 つ らい経 験 の 後 に改 心 して従 順 な妻 と な る The History

of Miss Betsy Thoughtless (1751) で あ る。

15) Burke, Edmund. A Philosophical Enquiry into the Orlgin of Our ldeas of the Sublime and

Beautiful. Oxfbrd University Press, The World Classics, Oxfbrd 1990,p.106.

16) 水 田 珠 枝 『女 性 解 放 思 想 史 』 筑 摩 書 房、1979年、 ち く ま文 芸 文 庫 版、pp.141-217.

17) Kirkham, Margaret. Jane Austen, Feminism and Fictlon. Athlone Press, London and Atlantic

Highlands, pp.48-50. お よ び、Barker-Benfield, G. J. The Culture of Sensibility: Sex and Society

in Eighteenth-Century、8ritain. University of Chicago Press, Chicago and London 1992, pp.368-

382.

18) トマ リ ン、 ク レ ア 、 『メ ア リ ・ウ ル ス トン ク ラ フ トの 生 と 死 』 上 下 巻、 小 池 和 子 訳、 勁 草 書 房 、

1989年、 下 巻pp.138-178.

19) 「女 子 大 生 中 心 に 強 ま る 専 業 主 婦 願 望 」 『日本 経 済 新 聞 』 2005年5月10日 夕 刊 。

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