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ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から 今川 智美(大阪大学大学院) 要  旨 本研究は、ヤクルトグループの営業手法「ヤクルトレディシステム」が、なぜ新興国市場の開拓に有効 であるのかを、事例による探索から検討した。ヤクルトは戦後日本でヤクルトレディシステムと呼ばれる 独自のマーケティング手法を確立し、その手法を活用することにより、世界十数か国で安定的な市場を獲 得している。しかしながら、その理念的な適合性が注目されている一方で、ヤクルトレディシステムが「な ぜ新興国市場で安定的に成功を収められるのか」という競争合理的側面は必ずしも明らかとなっているわ けではない。ヤクルトグループが世界十数か国の新興国市場で成功を収めているのであれば、ヤクルトレ ディシステムという世界的にもユニークなマーケティング手法には、新興国固有の競争環境に適合する何 らかの競争合理的な仕組みが存在していると考えるのが妥当であろう。本稿はこうした特殊な一事例を学 術的な態度で分析することを通じて、その背後にある論理性を明らかにしようとするのである。 本研究の分析は、新興国市場を特徴づける「制度の隙間(institutional voids)」がもたらす様々な問題 を解決する手段としてヤクルトレディシステムを位置づけられることを明らかにした。これまで、制度の 隙間が新興国の経済や企業の行動にどのような影響を与えているかはよく議論されてきたし、またその一 つ一つの隙間に対してどのような策が有効であるのかも検討されてきた。しかし、様々な制度の隙間が総 体として織りなすものとして各新興国市場をとらえたとき、そこで機能するものとしての事業システムが どのようなものであるのかは、必ずしも明瞭にはなっていないのが現状である。本研究ではその一つの解 としてヤクルトレディシステムを提案し、「制度の隙間の諸条件によらず、安定的に運用可能なシステム であること」を分析の中からその理由として提案した。 1.問題意識 本研究は、ヤクルトグループの営業手法「ヤ クルトレディシステム」が、なぜ新興国市場の開 拓に有効であるのかを、事例による探索から検討 するものである。ヤクルトは戦後日本で「ヤクル トレディシステム」と呼ばれる独自のマーケティ ング手法を確立し、図1で示すように、その手 法を活用することで世界十数か国で安定的な市 場を獲得している(奥野, 2016 ; Sugawara 2010 ; Goyaland & Gupta, 2015)。近年では特に、この 手法が新興国ビジネスとりわけ BOP ビジネスに おいて理念的に高い親和性を有していることが 注目されている(Mathur, Swami & Bhatnagar, 2016)。すなわち、社会的弱者である場合が多い 新興国の女性に就業機会を提供し、その自助努力 によって経済的自立をはかるこの仕組みが、経済 と社会の持続的発展に寄与するものであるとして 評価を得るようになっているのである。 研究論文 国際ビジネス研究第 10 巻第39

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ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

今川 智美(大阪大学大学院)

要  旨本研究は、ヤクルトグループの営業手法「ヤクルトレディシステム」が、なぜ新興国市場の開拓に有効

であるのかを、事例による探索から検討した。ヤクルトは戦後日本でヤクルトレディシステムと呼ばれる

独自のマーケティング手法を確立し、その手法を活用することにより、世界十数か国で安定的な市場を獲

得している。しかしながら、その理念的な適合性が注目されている一方で、ヤクルトレディシステムが「な

ぜ新興国市場で安定的に成功を収められるのか」という競争合理的側面は必ずしも明らかとなっているわ

けではない。ヤクルトグループが世界十数か国の新興国市場で成功を収めているのであれば、ヤクルトレ

ディシステムという世界的にもユニークなマーケティング手法には、新興国固有の競争環境に適合する何

らかの競争合理的な仕組みが存在していると考えるのが妥当であろう。本稿はこうした特殊な一事例を学

術的な態度で分析することを通じて、その背後にある論理性を明らかにしようとするのである。

本研究の分析は、新興国市場を特徴づける「制度の隙間(institutional voids)」がもたらす様々な問題

を解決する手段としてヤクルトレディシステムを位置づけられることを明らかにした。これまで、制度の

隙間が新興国の経済や企業の行動にどのような影響を与えているかはよく議論されてきたし、またその一

つ一つの隙間に対してどのような策が有効であるのかも検討されてきた。しかし、様々な制度の隙間が総

体として織りなすものとして各新興国市場をとらえたとき、そこで機能するものとしての事業システムが

どのようなものであるのかは、必ずしも明瞭にはなっていないのが現状である。本研究ではその一つの解

としてヤクルトレディシステムを提案し、「制度の隙間の諸条件によらず、安定的に運用可能なシステム

であること」を分析の中からその理由として提案した。

1.問題意識本研究は、ヤクルトグループの営業手法「ヤ

クルトレディシステム」が、なぜ新興国市場の開

拓に有効であるのかを、事例による探索から検討

するものである。ヤクルトは戦後日本で「ヤクル

トレディシステム」と呼ばれる独自のマーケティ

ング手法を確立し、図1で示すように、その手

法を活用することで世界十数か国で安定的な市

場を獲得している(奥野, 2016 ; Sugawara 2010 ;

Goyaland & Gupta, 2015)。近年では特に、この

手法が新興国ビジネスとりわけ BOPビジネスに

おいて理念的に高い親和性を有していることが

注目されている(Mathur, Swami & Bhatnagar,

2016)。すなわち、社会的弱者である場合が多い

新興国の女性に就業機会を提供し、その自助努力

によって経済的自立をはかるこの仕組みが、経済

と社会の持続的発展に寄与するものであるとして

評価を得るようになっているのである。

研究論文国際ビジネス研究第 10巻第2号

─39─

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ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─40─

しかしながら、その理念的な適合性が注目され

ている一方で、ヤクルトレディシステムが「なぜ

新興国市場で安定的に成功を収められるのか」と

いう競争合理的側面は必ずしも明らかとなってい

るわけではない。ヤクルトグループが世界十数か

国の新興国市場で成功を収めているのであれば、

ヤクルトレディシステムという世界的にもユニー

クなマーケティング手法には、新興国固有の競争

環境に適合する何らかの競争合理的な仕組みが存

在していると考えるのが妥当であろう。本研究は

こうした特殊な一事例を学術的な態度で分析する

ことを通じて、その背後にある論理性を明らかに

しようとするのである。

なお、ヤクルトレディシステムの分析は、単

にユニークな一事例の解説に留まらず、より一般

に新興国ビジネスを考察していくうえでの重要な

理論的貢献をもたらしうる。結論を先取りすれば、

本研究の分析からは、新興国市場を特徴づける「制

度の隙間(institutional voids: Khanna & Palepu,

2010)」がもたらす様々な問題を解決する手段と

してヤクルトレディシステムを位置付けられるこ

とが明らかになる。これまで、制度の隙間が新興

国の経済や企業の行動にどのような影響を与えて

いるかはよく議論されてきたし、またその一つ一

つの隙間に対してどのような策が有効であるのか

も検討されてきた。しかし、様々な制度の隙間が

総体として織りなすものとして各新興国市場をと

らえたとき、そこで機能するものとしての事業シ

ステムがどのようなものであるのかは、必ずしも

明瞭にはなっていないのが現状である。本研究で

はその一つの解としてヤクルトレディシステムを

提案し、「制度の隙間の諸条件によらず、安定的

に運用可能なシステムであること」を分析の中か

らその理由として提案するものである。

日本

24%

メキシコ

9%中国

18%

タイ

6%

韓国

9%

インドネシア

13%ブラジル

5%

その他

9%

フィリピン

7%

出所:株式会社ヤクルト本社公式ウェブサイト

図1 国別の乳製品売上本数構成比(2017年)

Page 3: institutional voids

2.先行研究と残された課題ヤクルトグループおよびその特徴的なマーケ

ティング手法であるヤクルトレディシステムに

ついて、既に一定の研究蓄積がある(Goyland &

Gupta, 2015 ; 水尾, 2013 ; 奥野, 2016 ; Sugawara,

2010 ; ヤクルト本社社史編纂委員会, 2014)。まず

は、分析対象となるヤクルトレディシステムおよ

びその新興国ビジネスにおける位置づけについ

て、既存の研究で知り得ていることをまとめ、リ

サーチギャップがどこにあるのかを明らかにして

おきたい。

ヤクルトレディシステムは、ヤクルトグルー

プが構築した、地元の女性をそれぞれに独立した

個人事業主として取り扱い、彼女らが販売員とし

て顧客と密接した関係を構築しながら「ヤクル

ト」をはじめとする乳製品を販売する仕組みで

ある(奥野, 2016)。レディ方式の原型となるの

は、戦後日本で固有の仕組みとして発達した「営

業」という職能部門である。諸外国であれば戦略

を考える作戦本部たるマーケティングとその実行

部隊たるセールスという分業となるところを、現

場で戦略立案と実行の両方を担うものが日本独自

の営業である(Johansson & Nonaka 1996)。それ

を可能とするため、海外のセールスに比べ、日本

の営業にはより大きな裁量権が与えられ、自ら思

考しながら行動することが求められる(山下ほか

2012)。営業はこれに加えて、顧客の購買担当と

厚い個人的信頼関係を構築し、会社に安定的な売

上をもたらす、顧客ネットワークを構築するので

ある(石井・嶋口, 1995)。ヤクルトレディシステ

ムも、この日本の一般的な営業システム同様に、

商品の販売戦略や計画はすべてヤクルトレディに

一任し、彼女たちが自分たちで考えて、自己管理

して商品を販売していく。

ヤクルトレディシステムは、こうした日本的な

営業の仕組みを軸に、従来であれば企業の従業員

として雇用されるところを、現地の女性を独立自

営業主たる「ヤクルトレディ」として営業にあた

らせる点に異質性がある。ヤクルトレディは販売

代理店として、毎営業日ごとに商品をヤクルト販

売会社から仕入れ、販売実績を報告し売上を納金

する。その実績に応じてヤクルト販売会社から報

酬が支払われるのである。顧客獲得戦略も関係維

持も完全にヤクルトレディに一任され、収益を上

げられるかどうかはヤクルトレディがリスクを負

う代わりに、出来高に応じた収入というかたちで

インセンティブも大きくなっている(奥野, 2016 ;

Sugawara, 2010)。

なお、ヤクルトレディシステムの始まりは完全

なる創発であると言われる(ヤクルト本社社史編

纂委員会, 2014)。当初は 1956 年に高松の1販売

会社が独自に始めた取り組みであり、大学を出た

ばかりの若い男性経営者が「自分より年上の男性

を使いにくい」と考えたためであった。だが、顧

客である主婦層とコミュニケーションがとりやす

く営業効率が上昇したこと、一日4時間の販売契

約が十分な資本力のない各地の販売会社と家事を

しながら家計も助けたい既婚女性との思惑を一致

させたことから、成功事例として他の拠点でも採

用が広がっていった。最終的に 1964 年には全国

にこの手法が導入され、地元密着型かつ女性に就

業機会を提供する仕組みとして個性のあるヤクル

ト独自のマーケティング手法として整備が進めら

れていった。

ヤクルトレディシステムが近年注目を集めて

いるのは、新興国ビジネス、とりわけ BOPビジ

ネスと親和性が高いためである(水尾, 2013 ; 大

石, 2012 ; Sugawara, 2010)。経済援助との対比の

うえで、BOPビジネスに大切とされていること

は、現地の人々が自らの努力で経済的な成功をか

ち得る、という現地の主体性である。現地人がス

テークホルダーに加わることで地域に密着し、自

らの経済的動機に基づいて行動するため、より持

続的な発展が期待されるからである(London &

国際ビジネス研究第 10巻第2号

─41─

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ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─42─

Hart, 2004 ; Prahalad, 2006)。先に述べた、地元

の女性が独立自営業主として自力で販路を獲得

していくというヤクルトレディシステムの特徴

は、この BOPビジネスに理念的によく合致する

ものである。社会的弱者である場合が多い女性に

就業機会を与え、彼女らに経営技能を学ばせ、経

済的に自立し、かつ商品であるヤクルトで地域の

衛生状態の改善に貢献するヤクルトレディシステ

ムは、BOPビジネスの理念を体現したものとし

て大きな注目を集めている。その結果、グラミン

銀行とダノンによるダノンレディや、ヒンドウス

タン・リーバのシャクティ、日本ポリグルのポリ

グルレディなど、その理念と仕組みをそのまま応

用するようなフォロワーが生み出されるに至って

いるのである(Jacob & Kwok, 2011 ; Rangan &

Rajan, 2007 ; Sugawara, 2010)。

本稿はここで、先行研究に残された重要な課

題として、新興国におけるヤクルトレディシステ

ムの競争優位性がどこにあるのかが解明されてい

ないことを指摘する。ヤクルトグループはヤクル

トレディシステムによってブラジルやインドネシ

ア、メキシコなど専ら新興国をターゲットに世界

十数か国で安定的な市場を獲得している。この事

実を踏まえれば、新興国市場に共通して機能しう

る競争合理的な仕組みが内包されていると考える

ことが妥当であろう。しかしながら、先行研究で

はヤクルトレディシステムが「現地人材が自助努

力で発展する」という新興国ビジネスの理念に合

致していることは強調されるものの(水尾, 2013

; Rangan & Rajan, 2007 ; 大石, 2012 ; Sugawara,

2010)、なぜその仕組みが新興国で有効であるの

かという点については明らかにはされてこなかっ

た。こうした問題意識から、本研究はそうした理

念の部分をあえて捨象し、新興国市場においてヤ

クルトレディシステムがなぜ効果をあげうるの

か、純粋にその競争合理的側面だけに注目して分

析をしようと試みる。

3.分析フレームワーク:制度の隙間 進出した十数か国の新興国市場で、ヤクルトレ

ディシステムが安定した成果をあげているという

事実を踏まえれば、ここで用いるべき分析のフ

レームワークは、様々な新興国市場に共通してみ

られる特徴を描き出したものであるべきだろう。

本研究ではそこで Khanna & Palepu (2010)によ

る「制度の隙間」を分析フレームワークに用いる

ことにする。彼らは世界十数か国に及ぶ調査のな

かから、新興国市場と先進国市場の大きな違いは

市場メカニズムが効率的に機能しているかどうか

にあり、市場メカニズムの機能を妨げる何らかの

制度上の不備があることが新興国市場を特徴づけ

るものであるとした。この制度面での不備を彼ら

は制度の隙間と呼び、それをうまく補完すること

が新興国市場での固有の成功要因たり得るとした

のである。なおここで彼らのいう制度とは、法律

や政策などフォーマルに取り決められたルール

に加えて、物流網や金融システムなどの整備状

況が含まれている(Khana & Palepu, 2010 ; 2000

; Hoskisson, Eden, Lau, & Wright 2000)。これら

のいわば市場インフラがここで制度とされるもの

であり、そこに何らかの不備が存在することで、

先進国市場と同様には経済活動が行えなくなって

いる、と考えるのである。制度の隙間は、製品市

場、労働市場、資本市場の3つの側面から分析さ

れる。順番に、その具体的内容を見ていくことに

しよう。

製品市場の問題として検討すべき重要な制度

の隙間は、消費者と生産者とをつなぐチャネル

の問題と、契約履行の問題に集約される。消費

者と生産者とをつなぐチャネル、すなわち流通

網の課題は新興国市場で広くみられる問題とし

て第一に指摘される(天野ほか 2015 ; Anderson

& Markides, 2007 ; 塩地 2009)。新興国では、全

国にネットワークを持つ有力な流通業者が存在せ

ず、国土の隅々まで物流網が通っていないことが

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ある。また、広くネットワークを持つ小売チェー

ンが存在しないことも珍しくない。加えて、多層

的に連なった現地での伝統的な流通網は、ときに

非常に非効率で、高コストな仕組みとなっている

ことがある。複数段階にまたがる卸売業者に製品

を取り扱ってもらい、さらに末端の小売店の狭い

棚に商品を並べるため、多額のリスティング・フ

ィー(商品取扱料)や販促費用が発生することが

あるためである。こうした流通網の非効率性は、

新興国市場において企業が効率的に全消費者にリ

ーチすることを困難にする。

Khanna & Palepu(2010)は物的なチャネルに

加えて、商品・サービスをめぐる情報チャネルに

も制度の隙間が生じうると指摘する。情報チャネ

ルの不備は、消費者サイドにおいては、生産者に

対する情報を十分に得られないという問題を引き

起こし、経済効率性の高い取引が他にあったとし

ても発見・選択されにくく(よりよい製品のサー

チが不十分になる、フェアな取引ができなくなる

等)、伝統的な取引相手との関係がその是非にか

かわらず継続されがちになるという結果をもたら

す。メーカーサイドにおいては、消費者の所得や

生活の情報が十分でなく、適切なマーケティング

策を実行できないという問題が生じる。

製品市場における契約不履行、すなわち販売時

の資金回収も問題となる(Hoskisson et al, 2000

; Miller et al, 2009)。これは消費者との取引のみ

ならず、卸売・小売業者との取引においても生じ

る課題である。元来、新興国の消費者及び流通業

者は先進国に比して支払能力に乏しいうえに、地

域によっては信用取引が困難であったり、資本市

場からの当座の回転資金の調達が困難であったり

する。さらに、法制度の不備等の理由から、取引

相手の機会主義的行動のリスクもときには存在す

る。そのため、資金回収のリスクは新興国市場に

参入した企業にとっての重要課題となっている。

次に、労働市場についても、労働力の質的確

保の問題と、契約履行の問題の2面が提起され

る。労働者の質について、新興国では、初等教育

から高等教育までの教育インフラが整っていない

ことが多く、国民が広く教育サービスを享受でき

ないことがある。そのため、先進国では実現可能

である業務が、新興国では人材の能力不足ゆえに

実現できなくなる可能性がある。マーケティング

や財務・経理、あるいは最新技術を用いた生産活

動や製品開発など、高度な事業活動をするにあた

って必要となる高等教育人材が不足していたり、

ときには読み書きや単純な計算ができる人材を探

すことにも困難を経験することになるのである

(Hoskisson et al, 2000 ; Khanna & Palepu, 2010)。

労働者の契約履行問題とはすなわちインセン

ティブ問題である。先進国では、もらった対価に

見合うだけの努力と創意を提供するという社会規

範が暗黙のうちに成立しているが、都市生活や定

時労働の習慣のない地域では、働くということが

どのようなことであるのかというこの暗黙的な規

範が存在しない場合がある。そうした社会規範に

根ざした制度的課題として、労働者を働かせるイ

ンセンティブ設計が求められるのである(London

& Hart, 2004 ; Reficco & Márquez, 2012)。

最後に、資本市場においては、現地金融機関や

証券市場が発達しておらず資金調達が困難である

という課題がある(Chakrabarty, 2009 ; Dhanaraj

& Khanna, 2011)。多くの新興国において必ずし

も資本蓄積が十分でない中、大きな投資や、ある

いは当座の資金を現地で調達することに企業は困

難を感じることになる。大きな資金を必要とする

生産能力への投資や、マス広告、物流網、販売店

網の整備などを行うには本社から多額の送金が必

要となり、その投資に見合うように、ある程度の

事業成果が早い段階から求めることになる。その

後も、事業活動を継続するうえで回転資金が一時

的にひっ迫するような状況でも、資本市場が発達

していない国では、企業は困難を経験することに

国際ビジネス研究第 10巻第2号

─43─

Page 6: institutional voids

ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─44─

なる。

 以上、これまでの研究では、製品市場について

1)物的チャネル、2)情報チャネル、3)契約

履行:売上回収、労働市場について 4)労働者

の質的確保、5)契約履行:インセンティブ設計、

そして 6)資本市場の未発達といった点が新興

国を特徴づける主たる制度の隙間であると議論さ

れてきた。これらの制度の隙間は、新興国市場を

捉える有効な手段の一つと考えられており(Mair,

Martí, & Ventresca, 2012; Puffer, McCarthy, &

Boisot, 2010)、本研究もこの枠組みを用いてヤク

ルトレディシステムがなぜ有効であるのかを検討

していく。すなわち、上述の各種の制度の隙間が

存在する状況下で、ヤクルトレディシステムがど

のように機能しているのかが、ここで検討の対象

となることである。

4.分析方法と対象 本研究では、実態の観察から帰納的に解を導出

せんとする事例研究の方法を用いて問いにアプロ

ーチをしていく。制度の隙間が存在する新興国で

ヤクルトレディシステムがなぜ有効に機能するの

かという本研究の問いは、理論から演繹的に仮説

を導出することが難しい問いであり、予見をもた

ずにオープン・エンドに問われるべき性質をもつ

ものである。また、新興国市場は製品・労働・資

本の 3市場における諸要因の相互作用として成立

しているものであり、ヤクルトレディシステムも

またいくつかの手法の総体として機能しているも

のであるから、ここでとらえるべき事象は諸要因

の複雑な体系として質的に記述されるべきもので

あると考えられる。以上の理由から、本研究にお

いては事例分析が適切であると考えることができ

る(Eisenhardt 1989; Yin, 2017)。

 なお本研究では、事例分析の replication logic

に基づき(Eisenhardt, 1989)、ヤクルトグループ

の4事例の海外事業を分析することを通じて因果

メカニズムの構築を行った。すなわち、本事例に

適したバックグラウンド:何らかの制度の隙間を

有する市場であり、ヤクルトレディシステムの事

例を、事業の成否問わずリストアップした。その

中から調査協力を得た順にインドネシア、メキシ

コ、中国、ブラジルと事例分析を続け、ヤクルト

レディシステムとして、不変の中核的仕組み及び

その現地市場で果たしている機能について収斂を

得、それを抽出した。またそのヤクルトレディシ

ステムの仕組みと機能に関する理解の妥当性確認

のために日本のヤクルト本社の経営層へのインタ

ビューも行った。その際、ヤクルトグループのグ

ローバル事業の現状と戦略についても聞き取りを

行い、ヤクルトレディシステムや海外事業をめぐ

るコンテクストについても理解を得た。調査の詳

細は表1のとおりである。各事例について海外法

人のシニアマネジャー級の人材に合計数時間のヒ

アリングを行ったほか、ヤクルトレディを管轄す

るミドルマネジャーおよび営業員すなわちヤクル

トレディ本人へのヒアリングをしている。さらに、

ヤクルトレディの営業の現場や、ミーティングの

様子を観察することを通じ、実態としてどのよう

に運用されているのかを把握した。

Page 7: institutional voids

表1 調査の概要

事例 データ収集方法 詳細

インドネシアヤクルト株式会社

インタビュー ・進出国の制度の隙間・制度の隙間に対応するためのヤクルトレディシステムの変更・修正されたシステムがどのように業績に結び付いているか社長 2015 年 11 月 5 日、2016 年 10 月 25 日取締役 2015 年 11 月 5 日、2016 年 10 月 25-28 日

現場観察 ・制度の隙間の確認・修正されたヤクルトレディシステムの確認ミーティング 2015 年 11 月 5 日、2016 年 10 月 25 日営業活動 2016 年 10 月 26、28 日

メキシコヤクルト株式会社

インタビュー ・進出国の制度の隙間・制度の隙間に対応するためのヤクルトレディシステムの変更・修正されたシステムがどのように業績に結び付いているか社長  2017 年 12 月19 日営業部長 2017 年 12 月19 日営業担当 2017 年 12 月 20 日

現場観察 ・制度の隙間の確認・修正されたヤクルトレディシステムの確認ミーティング 2017 年 12 月 20 日営業活動 2017 年 12 月 20 日

広州ヤクルト株式会社

インタビュー ・進出国の制度の隙間・制度の隙間に対応するためのヤクルトレディシステムの変更・修正されたシステムがどのように業績に結び付いているか社長  2018 年 1 月11日副社長 2018 年 1 月11日営業担当 2017 年 1 月12 日

現場観察 ・制度の隙間の確認・修正されたヤクルトレディシステムの確認ミーティング 2018 年 1 月12 日営業活動 2018 年 1 月12 日

ブラジルヤクルト商工株式会社

インタビュー ・進出国の制度の隙間・制度の隙間に対応するためのヤクルトレディシステムの変更・修正されたシステムがどのように業績に結び付いているか社長 2018 年 4 月19 日管理部長 2018 年 4 月19 日営業担当 2018 年 4 月19 日

現場観察 ・制度の隙間の確認・修正されたヤクルトレディシステムの確認ミーティング 2018 年 4 月18,19 日営業活動  2018 年 4 月18,19 日

株式会社ヤクルト本社

インタビュー ・ヤクルトレディシステムの原形・ヤクルトレディシステムの成り立ち課長  2018 年 1 月 22 日取締役 2018 年 1 月 22 日

現場観察 ヤクルトレディシステムの原形について確認ミーティング 2018 年 1 月 22 日営業活動 2018 年 1 月 22 日

出所:著者作成

国際ビジネス研究第 10巻第2号

─45─

Page 8: institutional voids

ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─46─

5.発見事実自社での流通網構築前述の通り、多くの新興国でみられる重要な制

度の隙間は、未整備な流通チャネルや交通インフ

ラである。観察結果からは、ヤクルトレディシス

テムの導入自体が流通チャネルの独自構築にあた

るため、流通チャネルの発達状況を問わず各国の

消費者にリーチできている様子が見て取れた。す

なわち、ヤクルトは各国で既存の卸売・小売も使

ってはいるけれども、主たる販売方法となる「ヤ

クルトレディ」を通じた直接消費者との取引によ

って、流通網が未発達であろうと、また逆によく

発達していようとも、その条件を問わず最終消費

者にアクセスできていたのである。

観察された4国ともに共通で、ヤクルトの各国

拠点では、まず各販売地域を区分けし、その各地

域を担当する「ヤクルトレディ」をその地域から

1名採用している。「ヤクルトレディ」はそのエリ

ア内で販売することの厳守を求められる。こうし

て、各国の市場にすき間なく「ヤクルトレディ」

を配置していくことで、漏れのない自社独自の顧

客への直接販売ルートを構築していくのである(1)。

流通網の整備状況や特性は観察した4か国で

ばらばらであったが、いずれの国でもヤクルトは

変わらずヤクルトレディシステムによる自社流通

網構築を志向していた(2)。インドネシアにおいて

は先進国と同様の流通が困難である状況がみられ

た。首都ジャカルタでは細い路地が多く、自動車

では商品を配送できないエリアがあったが、そう

した地域にはヤクルトレディが徒歩で進入し、商

品を届けていた(3)。メキシコおよびブラジルでは、

農村部の人口密度が低い地域は開発されていない

場合があり、既存の流通網の手が届いていない場

所があった。そうした場合にも、各農村の地元の

女性が販売を担う仕組みをとり、各地の営業拠点

からその「ヤクルトレディ」たちに自社営業所か

ら商品を配給する形を自ら作ることで、他社では

アクセスできない地域まで、アクセスを可能とし

ていた(4)。一方中国では、既に先進国と類似のモ

ダンマーケットが成立している都市部が主たる市

場と位置付けられていたが、そうした地域でも基

本的にヤクルトレディを通じて消費者に直接販売

をする方式がとられていた(5)。

あらゆるエリアに「ヤクルトレディ」を配置し、

どのようなエリアでも流通が可能にすることで、

商品の販売機会は増加する。全ての拠点が、進出

時から TVCMなど一定のマス広告を打っていたた

め商品の知名度は高い。したがって、顧客が商品

を目にする機会に比例して売上が伸びていった(6)。

現地ソーシャル・キャピタルを活用した取引双方向の信頼担保 次に、取引を行う相手が悪意のないプレーヤー

であるかどうかという、「信頼」という情報的資

産については、特に不足は見られなかった(7)。

 情報インフラへの対応についてであるが、本研

究で対象とした事例においては、進出先国の消費

者はテレビやラジオなどのマスメディアに触れる

ことが可能となっており、またモバイル・インタ

ーネット網も充実しているため、基礎的な商品情

報は流通し得る環境にあった(8)。しかし、消費者

の教育レベルが不十分であるため、商品の情報、

すなわち商品の健康効果および健康に寄与するメ

カニズムについては消費者に十分に認知されてお

らず、「ヤクルト」が嗜好品として扱われるケー

スが見られた(9)。こうした状況に際して「ヤクル

トレディ」は消費者に対して、詳細な商品情報を

伝える役割も担っていた(10)。観察した4か国い

ずれの「ヤクルトレディシステム」も、毎週の宅

配時に「ヤクルトレディ」が顧客に直接商品情

報を伝えている。「ヤクルトレディシステム」に

よる顧客への商品情報の提供は、顧客の体調や

その日の気候に合わせた商品説明が可能になり、

TVCMなどマスメディアを用いた宣伝広告より

Page 9: institutional voids

も効果的な情報提供を実現している(11)。しかし

就任当初の「ヤクルトレディ」もまた消費者と同

様、十分な知識がある訳ではない。したがって、

ヤクルトグループでは、全ての「ヤクルトレディ」

を情報提供者として育成すべく充実した研修制度

を整えている(12)。「新人ヤクルトレディ」に対し

ては、まず座学研修を行い、詳細な商品に関する

知識の学習機会を設ける。そして 1回目の顧客宅

訪問時から、顧客への商品説明について、研修担

当従業員から現場研修を受ける(13)。売上が伸び

悩むヤクルトレディに対しても、適宜従業員が付

き添い研修を行う。さらに、ヤクルトレディと顧

客との会話が意義深い時間にするための、営業の

ロールプレイング研修を行っていた。顧客毎に異

なる健康状態やニーズに対応すべく、各「ヤクル

トレディ」が効果的な商品紹介の方法を考え披露

し、同僚「ヤクルトレディ」の会話例から学び、

従業員からアドバイスを受け改善していた。毎年、

コンクールも開くなど、研修の中でも特に重視し

ている。

 さらにメキシコでは、現地の厚生労働省からの

要請により、一般企業での健康講座を開催してい

る(14)。企業の福利厚生の一環として、メキシコ

ヤクルトの栄養士を一般企業に派遣し、従業員向

けに健康についての講義を行っているのである。

この際、ヤクルト商品の紹介や試食も行い、「ヤ

クルトレディ」の顧客開拓に繋げている。

 顧客の商品理解を深め、「ヤクルトレディ」と

の会話を通じて、顧客に商品効果を認識させるこ

とは、顧客自身に商品の必要性を認識させ、結果

として継続購買に繋がる。多くの顧客が毎週一定

数の商品を購入することは、需要が高い水準維持

されることを意味する。これは、悪天候や給料日

前になると大きく売上が落ちる小売店経由の販売

と比べて大きな強みである。「ヤクルトレディ」

経由の販売は小売店経由で流通した場合と比べ、

1本あたりの利益は劣る。しかし安定需要はそれ

を補って余りある利益をもたらす(15)。

現金・現物取引による資金回収 次に販売時の資金回収問題に対しては、ヤクル

トレディシステムは現金と現物との取引を徹底す

ることで、この問題に対応していた。観察した4

国のうちブラジルを除く3国において、掛け売り

や月極といった商品の受け渡しと回収のタイミン

グが大きくずれる売り方を行わず、現物をその場

で顧客に提供し、現金をその場で受け取るかたち

を採用していた(16)。加えて、それら3国の事例

では「ヤクルトレディ」と会社の間での取引でも

ほぼ同時期の現金と現物の交換という形が徹底さ

れていた(17)。会社は、「ヤクルトレディ」が不正

を行うリスクを回避するため、ヤクルトレディの

売上金を手渡しないし振り込みで毎日ないし毎週

回収しており、その販売実績に応じて翌営業日の

ための商品が補充される仕組みとなっていた(18)。

虚偽の申告をすれば手元の商品在庫が過小・過剰

となってしまうため、「ヤクルトレディ」は販売

実績を不正に申告するインセンティブを持たない

のである。この消費者と「ヤクルトレディ」、「ヤ

クルトレディ」と会社という2段階の現金・現物

取引方式の下で、会社は毎日出荷しただけの売上

金の速やかな回収を達成している。

 唯一ブラジルでは掛売りを行う「ヤクルトレデ

ィ」も存在した。ブラジルではあらゆる取引にお

いて掛けを用いる商慣習が根強く、現金・現物取

引方式は受け入れられにくい(19)。こうした背景の

もと、一部の「ヤクルトレディ」は顧客との長い

付き合いの中で信頼関係を築き、顧客の信用度を

見極めることで掛け取引を成立させていた(20)。し

かし近年は、ヤクルトレディの頻繁な集金訪問の

負担が問題視され、新たに就業したヤクルトレデ

ィには現金と現物の取引の徹底が図られている。

 なお、中国では、消費者が一度にまとめ買いを

したいという要望があったため、他国では行わ

国際ビジネス研究第 10巻第2号

─47─

Page 10: institutional voids

ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─48─

れていない 11 セット(5本で1セット)分を 10

セットの料金で販売する形も採用されていた(21)。

このことはつまり、中国の消費者においては十分

に複数セットで購入できるだけの購買力があるこ

とを意味していると考えられる。この場合もヤク

ルトは現金を先に回収する方針を維持しており、

月極として 10 セット分を前払いしてもらったう

えで、11 セット分の商品を提供するという方法

がとられていた。

 現金・現物取引により確実にその都度資金回収

を行うことで、確実に代金を回収し、損失を出さ

ないことが可能になっている。

技能の代替としてのソーシャル・キャピタル 上記したヤクルトレディが保有する地元の人間

関係は、マーケティングにかかわる高度な技能を

代替する役割も果たしているようであった。観察

を行った4か国の全てで、「ヤクルトレディ」採

用にあたってヤクルトは高度な営業の技能がある

ことを要求せず、「ヤクルトレディ」が地域内に

住んでいる既婚女性で、人格的に信頼できる人で

あることを要件としていた(22)。観察した4か国す

べてにおいて、当該地域で活動を開始する以前に

「ヤクルトレディ」の営業ルートを取り決める。月

曜〜土曜日の営業先および大まかな訪問時刻を定

めておき、「ヤクルトレディ」がこれを遵守するこ

とで顧客の信頼を得る。こうして得た信頼関係は

顧客との関係構築の土台となっていた(23)。例えば

インドネシアの営業成績の良いヤクルトレディは、

総じて顧客宅の滞在時間が長くなる(24)。1軒の訪

問につき 5分程度費やし、他愛もない世間話や健

康に関する情報提供を行っている。信頼関係があ

るために顧客が自己開示を行い会話が弾み、そう

した会話から得られた情報を「ヤクルトレディ」

はまた次の営業に活かすことができるのである。

メキシコやブラジル、中国は治安が悪く、都市部

にはセキュリティの厳しいタワーマンションが集

積している。こうした住居内でも宅配が可能であ

るのは、顧客である住人や門衛が「ヤクルトレデ

ィ」を信用し、自らの来客として門を開けるから

である(25)。メキシコおよびブラジルでは、「ヤク

ルトレディ」が地元の人のみが知り得る治安情報

を入手して、安全に営業を遂行している様子も確

認された(26)。

さらに、ヤクルトレディシステムの一部とし

て、ヤクルトレディたちと契約後に徹底した育成

を施していた。業務開始にあたっては特段の技能

を必要としないが、彼女たちの販売エリアでの売

上がその後も伸びていけば、ヤクルトレディたち

も多くの報酬が得られ、会社としても売上が上昇

する。4か国のいずれにおいても教育訓練の時間

が設けられていた。インドネシアと中国では業務

日は毎日、メキシコやブラジルでは月1回に加え

て営業成績の振るわない人に集中した訓練をする

という形で現地人材の技能水準に応じた教育活動

が行われ、「ヤクルトレディ」たちの技能向上が

図られていた。そこでは、顧客情報の活用や顧客

の心を掴むノウハウやロールプレイが実施されて

いる。売上増が自身の収入増加につながることか

ら、各国とも「ヤクルトレディ」は非常に熱心に

学習していた(27)。いずれの拠点もヤクルトレデ

ィに長期継続的な契約関係を結ぶことに腐心し、

数年をかけて「ヤクルトレディ」を専門知識と高

度なコミュニケーション能力を獲得した高度人材

に育て上げようとしていた。

ヤクルトレディとの個人代理店契約によるインセンティブ付与 先行研究部分で確認したように、類似の日本企

業の営業システムとの対比のうえでもヤクルトレ

ディ方式として際立った特徴となっているのが、

「ヤクルトレディ」を自社の正規従業員とはせず、

一人一人のヤクルトレディと個別に販売代理店契

約を結ぶことである。この仕組みは観察したすべ

Page 11: institutional voids

ての事例で見られたほか、日本のヤクルト本社で

の確認においても、この仕組みがヤクルトレディ

方式の中核と位置づけられ、観察対象外も含めた

すべての国の事業でこの方式がとられていること

が明らかになった(28)。

この方式が海外事業で採用されている意義に

ついては、日本においても、また4か国すべての

駐在員も、出来高と報酬を連結させることでヤク

ルトレディが自らの努力と創意工夫で働くように

促すためと回答している(29)。ここから、この「ヤ

クルトレディ」の個人代理店契約は、ヤクルトレ

ディに働くインセンティブを与える仕組みである

という認識がヤクルトグループ内で共有されてい

ることが推察される。

ただし、興味深い事項として、むやみに高い

インセンティブを設定して少数精鋭の「ヤクルト

レディ」集団を形成するのではなく、むしろどの

ヤクルトレディも平均的な売上を上げられるよう

インセンティブ設計を工夫している点を指摘した

い。ヤクルトグループは「ヤクルトレディ」を主

要な流通経路と位置づけており、また取り扱う製

品1つ1つは薄利であり利益を確保するには数を

売らねばならない性質を持つ。そのため、一部の

優秀な「ヤクルトレディ」が一部のエリア内で飛

び抜けて大きな売上を上げるのでなく、どの地域

を担当する「ヤクルトレディ」も十分に売り上げ

る状況が望ましい。したがって会社は、極端に高

いインセンティブは避け、どの「ヤクルトレディ」

も十分な売りを立てられるような営業支援に力を

入れている。4ヵ国いずれも、その国の最低賃金

付近を「ヤクルトレディ」の収入の1つの目安と

設定し、インセンティブを付与すると同時に「ヤ

クルトレディ」の活動を手厚くサポートしている

点が明らかになった(30)。

さらに4カ国の観察結果から、現地事情を加味

しない単純なインセンティブ設計は「ヤクルトレ

ディ」の離職を生んでしまっており、現地拠点は「ヤ

クルトレディ」が安定した売り上げを皆が均等に

上げられるように仕組みを工夫していたことを報

告したい。今回観察した4カ国はいずれも地区に

よって大きな貧富の差がある。当初ヤクルトレデ

ィ方式を導入した段階では、こうした地域差のた

めに苦労せずとも販売実績を上げられる「ヤクル

トレディ」もいれば、相当量のエフォートを費や

してもなかなか販売実績があがらない「ヤクルト

レディ」もおり、この収入格差が不公平感を生ん

でしまっていた。結果として、収入を上げるため

にエリア区分などのルールを無視する、あるいは

他の仕事があるとする離職者が多数に上ったので

ある。同時に、初期に十分な売上を上げられない「ヤ

クルトレディ」は早々に営業努力に見切りをつけ

1か月〜半年以内の早期離職に至った。こうした

状況を受けて、観察した各国は、駐在員が中心と

なったインセンティブ設計の工夫を行っていた(31)。

例えばインドネシアでは、駐在員が中心となった

改革を行った。実際に歩いて回って各地の所得水

準や世帯数を推定し、販売エリア区割りを緻密に

再計算して、エリア分担時点で不利益を被らない

ようにしたのである(32)。結果としてヤクルトレデ

ィは誰しもが就任初期時点からある程度安定した

収入を得られるように是正された。その他の 3国

においても、人口密度や住宅の形態、所得水準に

応じて独自の販売エリア区割りルールが作られて

いた。さらに、4ヵ国全てにおいて早期離職問題

に対しても対策が講じられていた(33)。初期顧客を

一定数確保できるように、ヤクルトレディ契約前

後に販路構築を従業員が支援していたのである。

4国での発見事実は、通例どおりの自助努力だ

けを前提とした仕組みではむしろヤクルトレディ

の収入不安を生む可能性があり、勤続のインセン

ティブにむしろ負の影響をもたらすこともあり得

るということを示唆している。一般に「ヤクルト

レディシステム」は現地人材のインセンティブを

引き出し、自助努力によって経済的成功を勝ち取

国際ビジネス研究第 10巻第2号

─49─

Page 12: institutional voids

ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─50─

るという点が BOPの理念に合致しているとされ

るが(Sugawara, 2010 ; Rangan & Rajan, 2007)、

原則としてはその通りであっても、インセンティ

ブ付与が狙い通りの効果を生むよう、また過剰な

インセンティブ付与がリスクとならないよう、バ

ランスの見直しが社内で行われていることが明ら

かとなった。

適切なインセンティブ付与により「ヤクルト

レディ」の努力と創意工夫を引き出すことで、「ヤ

クルトレディ」1人当たりの売上増および定着率

向上が見られた(34)。

多額の資金投入を必要としない漸次的拡大 事例の観察からは、ヤクルトレディシステムが

新興国市場で機能しやすい一因が、事業展開にあ

たって一時に莫大な投資を必要としないことにも

求められることも明らかとなった。ヤクルトはど

この国で事業を始めるにあたっても、事業が成り

立ちうる最小限の人数、せいぜい数十名の「ヤク

ルトレディ」を採用してスタートする(35)。このと

き、必要となる資金は当座の売上が立つまでの人

件費のみであり、彼女たちの営業活動がある程度

軌道にのれば、その後は彼女たちによる売上から

従業員への給与支払いが可能となる。そして、余

剰資金が増えるにつれて、少しずつヤクルトレデ

ィの採用人数を増やしていくのである。高額な投

資が必要となるマス広告の大量投下や、一度に大

きな流通網を構築することはせず、「ヤクルトレ

ディ」という非常に小さな単位で少しずつ拡大し

ていた。具体的には、1991 年から参入したイン

ドネシアでは、当初は数十人の「ヤクルトレディ」

からスタートし、毎年エリアを拡大しながら 2000

年頃に 500 人規模、2007 年に 1000 人超、2013 年

に 5000 人と、自社としての経営基盤とそれに基

づく資金拠出能力が発達するにつれて、拡大のペ

ースを増加させている(36)。メキシコ、ブラジル、

中国でも同様で、数十人のごく少数の「ヤクルト

レディ」採用からスタートし、初期時点で莫大な

費用投下を行わず、最初に持ち込んだ資金で事業

をスタートし、商品売上が上がるにつれてそのキ

ャッシュフローを使って事業を拡大していた(37)。

駐在員による学習と現地適応最後に、制度の隙間への直接的な対応策とは

異なるが、観察したすべての事例において、ヤク

ルト本社から送った本国人駐在員に強い権限を与

え、現地で自由にヤクルトレディシステムの細か

な仕組みを修正させることを許容していたことを

報告する。ヤクルト本社は 1980 年代には海外展

開のためのヤクルトレディシステムの原型を整備

しており、海外進出にあたっては、この標準化さ

れたヤクルトレディシステムがまず移転されるこ

とが一般的となっている(38)。と同時に、ヤクル

トレディシステムを現地事情に合わせてうまく修

正することを駐在員にミッションとして与えてい

た。駐在員は日本国内でまずヤクルトレディシス

テムの基本を数年間にわたって徹底的に学び、そ

の後派遣されてからは原則として1〜3年間を現

地の事業概況の学習にあてる。その後、日本で得

たヤクルトレディシステムに関する深い理解と、

現地状況に関する理解とを組み合わせて、与えら

れた大きな裁量を振るって販売の仕組みを変えて

いくのである。本社および各国拠点の聞き取りか

らは、以上の流れが海外展開の標準形としてヤク

ルトグループ内で確立されていることが明らかと

なった(39)。

各国での修正について詳細に伝える余白はな

いが、インドネシアでの大きな変更としては、先

述のヤクルトレディの売上の平等・安定化のため

の施策が指摘できる。これにあたってはヤクルト

レディの離職率が改善しない状況を問題視した駐

在員ミドルマネジャーが状況を分析し、対策を立

案・実行している(40)。メキシコ拠点では、近年

増加した高層マンションへのアプローチ手法を確

Page 13: institutional voids

立した(41)。女性の社会進出に伴い昼間の不在家

庭が増えたため、これまで着手できずにいたセキ

ュリティの厳しい集合住宅へのアプローチ方法を

駐在員が立案し「ヤクルトレディ」に実行させて

いる。ブラジルは労働法改正に合わせて「営業支

援」の方法を変化させている(42)。中国では、共

働きが一般的で家庭の主婦への訪問販売が事実上

困難であることから、街頭での販売でもよい、と

駐在員が判断を下している(43)。

6.ディスカッション 事例で明らかになった事実は表2のとおりにまと

められる。この表からは、制度の隙間の状態が各

国それぞれに異なっていることがまず指摘できる。

そしてまた、ヤクルトは、そうした各国の状況の違

いに合わせた修正を施してはいるものの、基本的

には同じ思想のもとで運用されている販売方式を

どの国でも導入していることがわかるだろう。

表2 発見事実の概要

インドネシア メキシコ ブラジル 中国製品市場:物的チャネル不備

狭い路地 地方交通網の不備 地方交通網の不備 困難になることは少ない

対応 ヤクルトレディによる自社流通網構築

ヤクルトレディによる自社流通網構築

ヤクルトレディによる自社流通網構築

ヤクルトレディによる自社流通網構築

製品市場:情報インフラ

商品機能が理解されていない

商品機能が理解されていない

商品機能が理解されていない

商品機能が理解されていない

対応 ヤクルトレディによる商品説明

ヤクルトレディによる商品説明

ヤクルトレディによる商品説明

ヤクルトレディによる商品説明

製品市場:契約履行リスク

消費者・流通双方について生じうる

消費者・流通双方について生じうる

困難となることは少ない

困難となることは少ない

対応 中間流通を省く現金・現物取引

中間流通を省く現金・現物取引

中間流通を省く現金・現物取引を推奨

中間流通を省く現金・現物取引が中心

労働市場:労働者の質的確保

高度なマーケ技能に課題がある場合が多い

高度なマーケ技能に課題がある場合が多い

高度なマーケ技能に課題がある場合が多い

高度なマーケ技能に課題がある場合が多い

対応 顧客との信頼関係でスキル不足を補う採用後の育成

顧客との信頼関係でスキル不足を補う採用後の育成

顧客との信頼関係でスキル不足を補う採用後の育成

顧客との信頼関係でスキル不足を補う採用後の育成

労働市場:インセンティブ設計

労働を動機づける仕組みが必要

労働を動機づける仕組みが必要

労働を動機づける仕組みが必要

労働を動機づける仕組みが必要

対応 ヤクルトレディと出来高制の販売代理店契約を結ぶ、収入保証のための販売支援をする

ヤクルトレディと出来高制の販売代理店契約を結ぶ、収入保証のための販売支援をする

ヤクルトレディと出来高制の販売代理店契約を結ぶ、収入保証のための販売支援をする

ヤクルトレディと出来高制の販売代理店契約を結ぶ、収入保証のための販売支援をする

資本市場:資金調達

困難となる場合がある

困難となる場合がある

困難となる場合がある

困難となる場合は少ない

対応 小規模に事業開始子会社の内部留保で拡張

小規模に事業開始子会社の内部留保で拡張

小規模に事業開始子会社の内部留保で拡張

小規模に事業開始子会社の内部留保で拡張

ヤクルトレディシステムの修正

駐在員が中心となって現地状況に合わせた修正

駐在員が中心となって現地状況に合わせた修正

駐在員が中心となって現地状況に合わせた修正

駐在員が中心となって現地状況に合わせた修正

出所:著者作成

国際ビジネス研究第 10巻第2号

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ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─52─

 この表をもとに、より一般化して、ヤクルトレ

ディシステムが各制度の隙間にどのように対応

し、結果としてどのような成果を上げているのか

を整理したものが表3である。製品市場の制度の

隙間:流通チャネルや交通インフラの課題に対し

ては、現地女性が徒歩および自転車を使用してア

クセスすることで乗り越えている。同じく製品市

場の制度の隙間;情報インフラについては、宅配

時に「ヤクルトレディ」が直接情報提供をするこ

とで解決している。また会社はこれをバックアッ

プする研修体制を整えている。労働市場の制度の

隙間:高度なマーケティング技能を持つ人材の確

保が困難であることに対しては、それを補完でき

るようソーシャル・キャピタルを生み出す仕組み

や研修制度を会社は整えている。労働市場の制度

の隙間:労働規範の欠如については、「ヤクルト

レディ」と個別に販売代理店契約を結ぶことで適

切なインセンティブ付与を実現した。資本市場の

制度の隙間:資金力がなく資金回収が困難である

ことについては、商品と現金をほぼ同時期に交換

する仕組みで、代金の回収漏れを防いでいる。同

じく資本市場の制度の隙間:資金調達の困難性に

ついては、漸次的に拡大することでキャッシュフ

ローの範囲内で賄うことを可能にしていた。以上

のことから、各種の特徴が、確かに新興国で観察

されうる様々な制度の隙間に対応していること

が、ここから分かるだろう。こうした特徴がある

ゆえに、図1で見たような安定的な売り上げ増加

が各国で実現できているのである。

表3 事例のまとめ

制度の隙間とそれがもたらす課題 制度の隙間に対応する「ヤクルトレディシステム」の特徴・仕組み

「ヤクルトレディシステム」が直接的にもたらす効果

 製品市場

流通チャネルが前近代的であり、また交通インフラも未整備であるため、全国の消費者まで効率的に商品を届けられない/届かない

現地女性を活用した自前の、徒歩や自転車を利用した流通網を構築する

交通インフラが整っていない地域の消費者にもヤクルトの方からアクセスしに行き、販売機会を生み出す。中間流通を利用しないため、卸売のマージンを回避することができる。また、消費者へのリードタイムが早まり、消費者への販売動向がデイリーに把握できるようになる

消費者の教育水準が低いため、 商品情報が理解されていない

「ヤクルトレディ」が宅配時に、顧客の体調やその日の気候に合わせた商品説明を行う顧客に充分な説明ができるよう「ヤクルトレディ」の研修を設計

教育水準の低い消費者に対して「ヤクルトレディ」が丁寧に商品説明を行うことで、顧客は商品理解を深める。このような顧客はロイヤリティを高めて、継続的に高い頻度で購買する

 労働市場

教育水準が低いため、高度なマーケティング技能を持つ人材の確保が困難

ソーシャル・キャピタルでマーケティング・スキルを代替。採用後の技能研修を手厚くする

マーケティング・スキルを持っていなかった「ヤクルトレディ」でも、顧客と信頼関係を築くことで上手く商品を売り込み、十分な売上げを上げることが可能になる

労働についての暗黙の規範がないため、労働者を適切に働かせるためにはインセンティブ設計が必須

「ヤクルトレディ」を自社の正規従業員とはせず、一人一人と個別に販売代理店契約を結ぶ

適切なインセンティブ付与により「ヤクルトレディ」の努力と創意工夫を引き出し、「ヤクルトレディ」1人当たりの売上増および定着率向上を実現する

Page 15: institutional voids

 ただし、ヤクルトレディ方式の大枠は不変であ

っても、ヤクルトが駐在員に大きな権限を与え、

彼らのリーダーシップのもと各国で具体的なその

実施方法を変更させていることはここで強調して

おくべきであろう。小さく始め漸次的に拡大する、

地場のコミュニティから女性を採用する、自社流

通網、現金・現物取引といった基本的特徴はいず

れの観察事例でも不変であったものの、その具体

的運用においては各国で違いがみられた。そして、

その変更は基本的に駐在員がイニシアティブをと

って実行したものであった。駐在員は、最低でも

数年間、本国でヤクルトレディシステムの運用に

ついて十分な教育を施され、また現地状況の学習

にも3年以上の時間が費やされている。本国と現

地の両方を良く知る者として駐在員はヤクルトの

海外事業の根幹をなす人材だとみることができ、

ヤクルトレディシステムがその基本的仕組みを維

持したまま各国別に自由に運用されているのは、

この駐在員によるところが大きい。駐在員こそが

ヤクルトレディシステムの国際展開の中軸を担っ

ているということができるだろう。

なお、ヤクルトレディシステムは最初から新

興国への導入を考慮して意図的に設計されたもの

ではないことは指摘しておかねばならないだろ

う。戦後復興から高度成長期の日本で、飲料・食

品メーカーとしては後発であったヤクルトグルー

プがいかに市場を獲得していくのかを検討し、試

行錯誤を重ねる中で作られたものがヤクルトレ

ディシステムである(ヤクルト本社社史編纂委員

会, 2014)。新興国市場で高い適性を発揮している

のは、当時の日本の制度整備状況が、現在の新興

国市場と似通ったものであったためであろうと考

えられる。この意味において、ヤクルトグループ

の新興国での成功は、そこに戦略性や企業努力も

もちろんあるだろうが、ヤクルトレディシステム

が生まれた当時の日本の制度状況が近年の新興国

市場のそれに近く、結果として幸いにもヤクルト

レディシステムが新興国市場によくあてはまった

ことが基礎にある、と評価すべきだろう。

7.貢献と議論の限界 本研究の学術貢献はまず、制度の隙間が複数観

察されるような新興国市場を攻略しうる事業シス

テムとして、ヤクルトレディシステムがよく適合

した仕組みであるということを論理的に検討した

点にあるといえる。制度の隙間が、新興国の市場

特性や企業行動にどのような影響を与えているの

かについてはこれまでにも学術的な探求が少なか

らず行われてきているし、個別の制度の隙間に対

してどのような施策を取るべきであるかという

ことについても、事例や統計分析を通じて探求

が進められてきている(Khanna & Palepu, 2010 ;

Mair et al, 2012 ; Puffer et al, 2010)。しかし、様々

な制度条件が複合的に作用しているものとして、

ある新興国市場を全体としてみたときに、それに

対応しうるものとしてどのような事業システムが

有効であるのかはあまり明らかとはされてこなか

った。成功しうるモデルケース自体の提案も少な

いうえに、それがなぜ成功を収めるのかという分

析はこれまでほとんど見られなかったのである。

 資本市場

資金力がなく販売後の資金回収が困難

商品と現金をほぼ同時期に交換する

代金の回収漏れを回避する。後から資金回収に労を割く必要がなく余計なコストが掛からない

金融機関や証券市場が十分に機能しておらず、資金調達が困難

多額の資金投入を必要としない漸次的拡大

外部からの資金調達に頼らずとも、売上増加に伴い増大したキャッシュフローを用いて規模の拡大が可能になる

出所:著者作成

国際ビジネス研究第 10巻第2号

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Page 16: institutional voids

ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─54─

本研究はそうした研究蓄積状況に照らして、今後

の比較検討の素材となるという意味でも重要とな

る、ひとつの成功例をその理由とともに提案して

いる点に貢献があると言える。

 従って、今後の研究としては、同様に事業シス

テムとして新興国で機能している事例との比較の

上で、その優劣を分析し、ヤクルトレディシステ

ムの特徴や優位性を相対化していく必要があると

思われる。とりわけ、ヤクルトレディシステムが

「営業」と呼ばれる日本独自のマーケティング手法

を土台とし、末端販売員による独自のチャネル構

築という基本特徴を共有していることを踏まえれ

ば、「営業」の仕組みを移転して成功した他の事例

との比較分析は有益であろう。事実として、味の

素や、ダイキンなど、「営業」を用いて海外で成

功を収めた日系消費財メーカーは少なからず見受

けられる(天野ほか, 2015 ; 林, 2012 ; 高橋, 2005)。

今後はこれらの企業との比較のうえで、ヤクルト

レディシステムの長短を明確にしていく必要があ

るだろう。

 ヤクルトレディシステムの他社での複製可能性

やその限界もまた検討されなければならない。す

でにヒンドゥスタン・リーバをはじめとしたいく

つかの追随事例が登場してはいるが(Rangan &

Rajan, 2007)、広く一般に適用可能であるのかは

検討の余地がある。その移転可能性については製

品特性や国の文化の影響などもあるかもしれない

し、ヤクルトレディシステムでは乗り越えられな

い制度の隙間も存在している可能性がある。こう

した点を分析するためには、観察対象を広げた一

層の質的な調査や、今後一定数の複製事例が現れ

たならば、定量的な方法を通じてもそれを検証す

る必要があるだろう。

 最後に、本研究の実務的含意についても述べて

おきたい。この研究が示唆するのは、広く様々な

新興国で通用するためには、「制度の隙間の状況

如何に拠らず機能する」仕組みを構築すべきだと

いうことである。ヤクルトの場合は、流通網の整

備状況に拠らず自社で流通を整備し、労働者の技

能水準に拠らずコミュニティを活用して販売を成

立させていた。駐在員による現地事情に合わせた

適応も成功に寄与する部分は小さくないだろう

が、様々な国で適用可能となっているのは、各国

の事情に左右されにくい特性をヤクルトレディシ

ステムが有しているためであろう。そうした仕組

みは、販売のみならず、生産や、物流、あるいは

研究開発においても創造可能かもしれない。制度

の隙間を超えるためには、制度整備状態に依存し

ない事業システム構築が目指されるのである。

【注】(1) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(2) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(3) 2015 年 11 月 5 日、2016 年 10 月 25 〜 28 日 

インドネシア現場観察にて確認

(4) メキシコブラジル 副社長および営業担当駐

在員のインタビュー(5) 2018 年 1 月 11 〜 12 日広州 副社長および

営業担当駐在員のインタビュー(6) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(7) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

Page 17: institutional voids

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(8) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(9) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(10) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア、2017

年 12 月 19-20 日メキシコ、2018 年 1 月 11-12

日中国、2018 年 4 月 18 〜 19 日ブラジル 

現場観察にて確認(11) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア、2017

年 12 月 19 〜 20 日メキシコ、2018 年 1 月 11

〜 12 日中国、2018 年 4 月 18-19 日ブラジル 

現場観察(12) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(13) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア、2017

年 12 月 19 〜 20 日メキシコ、2018 年 1 月 11

〜 12 日中国、2018 年 4 月 18-19 日ブラジル 

現場観察(14) 2017 年 12 月 19 日 メキシコ法人社長およ

び営業担当駐在員のインタビューにて確認(15) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア駐在の

営業担当駐在員のインタビューにて確認(16) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア、2017

年 12 月 19-20 日メキシコ、2018 年 1 月 11 〜

12 日中国、2018 年 4 月 18 〜 19 日ブラジル 

現場観察(17) 2016 年 10 月 25,26 日インドネシア、2017 年

12 月 19-20 日メキシコ、2018 年 1 月 11-12 日

中国、2018 年 4 月 18 〜 19 日ブラジル 現

場観察(18) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア、2017

年 12 月 19 〜 20 日メキシコ、2018 年 1 月 11

〜 12 日中国、2018 年 4 月 18-19 日ブラジル 

各国の日本人駐在員より聞き取り(19) 2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび日本人駐在員より聞き取り(20) 2018 年 4 月 19 日ブラジル 日本人駐在員よ

り聞き取り(21) 2018 年 1 月 12 日 現場観察にて確認(22) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(23) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(24) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア 現地

観察にて確認(25) 2017 年 12 月 19 〜 20 日メキシコ、2018 年 1

月 11-12 日中国、2018 年 4 月 18-19 日ブラジ

ル 現場観察(26) 2017 年 12 月 19 〜 20 日メキシコ、2018 年 4

月 18-19 日ブラジル 現場観察にて確認(27) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(28) 2818 年 1 月 22 日 日本本社および販売店経

営幹部から聞き取り(29) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(30) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

国際ビジネス研究第 10巻第2号

─55─

Page 18: institutional voids

ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

─56─

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(31) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(32) 2015 年 11 月 5 日、インドネシア法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(33) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(34) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(35) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(36) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア 現地

法人社長および日本人駐在員より聞き取り(37) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(38) 2018 年 1 月 22 日日本本社営業担当者インタ

ビューにて確認(39) 2015 年 11 月 5 日インドネシア、2017 年 12

月 19 日メキシコ、2018 年 1 月 11 日中国、

2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(40) 2016 年 10 月 25、26 日インドネシア駐在の

営業担当駐在員のインタビューにて確認(41) 2017 年 12 月 19 日メキシコ 現地法人社長

および営業担当駐在員のインタビューにて確

認(42) 2018 年 4 月 19 日ブラジル 現地法人社長お

よび営業担当駐在員のインタビューにて確認(43) 2018 年 1 月 11 日中国法人社長および営業担

当駐在員のインタビューにて確認

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山下裕子・福富言・福地 宏之・上原渉・佐々木

国際ビジネス研究第 10巻第2号

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ヤクルトレディはなぜ新興国で有効なのか:制度の隙間の視点から

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