低融点LCPと他樹脂との複合化による 特性改善と用途展開...機械特性...
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54 MATERIAL STAGE Vol.19, No.2 2019
ポリマーアロイの構造制御と最新事例
1 液晶ポリマー(LCP)について
液晶ポリマー(LCP : Liquid Crystal Polymer)はスー
パーエンジニアリングプラスチックに分類される熱可塑
性プラスチックである。LCPの代表的なモノマー構成を
図 1に示すが,その樹脂名は化学構造に基づいた名称
ではなく,溶融時に液晶相を形成するポリマー(主にポ
リエステル)の総称である。剛直なモノマーにより構成
されているため,汎用プラスチックと比較して様々な特
長を有している。
LCP の具体的な特長としては,射出成形時の流動性,
高強度,高弾性率,耐熱性,耐薬品性,低アウトガス性,
寸法安定性,低誘電正接,ガスバリア性および振動減衰
性などが挙げられる。
LCP の主な用途としては,SMT コネクタや電気・電
子部品用途が 8割以上を占めている(図 2)。これらは
LCP の特長が存分に活かされた用途であるものの,その
使用分野は限定的と言える。LCPの有する特長を他の分
野でも活かせないかと,当社では LCP の用途開発に取
り組んでいる。
当社は LCP の主原料であるp -ヒドロキシ安息香酸と
6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸の世界的メーカーである
ことの優位性を活かし,モノマー構成を工夫した特長あ
る LCP ベースレジンを開発している。特に,全芳香族
の骨格を維持しながら低温加工性を特長とした低融点タ
イプ(融点 220℃)から,高耐熱を特長とした高融点
タイプ(融点 340℃)まで,幅広い LCP グレードを展
開している点は当社の独自性と言える。
本著では,低融点 LCP の特長と,他樹脂と LCP の複
合材である「TECROS」の特長を中心に紹介する。
低融点 LCP と他樹脂との複合化による特性改善と用途展開
木原 正博,石津 忍 上野製薬(株) LCP 事業部技術開発部
図 1 液晶ポリマーの構成モノマー例
O CO OCO O Ar1 O OC Ar2 CO
nnmlk
図 2 LCP の用途別需要(2017 年実績)1)
電気・電子部品27%
自動車部品9%
SMTコネクタ61%
他3%
世界全体LCP 使用量42,030ton
MATERIAL STAGE Vol.19, No.2 2019 55
ポリマーアロイの構造制御と最新事例
特
集
3
2 低融点 LCP について
多くの LCP は融点が 280℃以上の耐熱性の高いプラ
スチックであるが,当社では,他樹脂と LCP の複合化
を目的として低融点 LCP(UENO LCP A-8100,融点
220℃)を開発,上市している(図 3)。
他樹脂と LCP の複合化は以前から広く検討されてい
るが,融点の高い材料と融点の低い材料を複合化するこ
とは熱分解等の課題から難しく,限定的であった。しか
し,低融点 LCP A-8100 を開発したことにより,これま
で難しかった耐熱性の低い汎用プラスチック等との複合
化が容易となった。
また,A-8100 は低融点ながら全て芳香族モノマーで
構成されており,融点を除いた LCP の特長をそのまま
保持しているため,他樹脂に LCP を添加することで,
LCPの特長(振動減衰性や剛性,強度,ガスバリア性など)
を付与することができる。
更に,当社では融点が約 280℃である高強度 LCP
(UENO LCP A-5000)も保有している。これらの融点の
違いを利用すると,他樹脂との組合せの際に,加工面で
相性の良い LCP を選択することが可能となる。
UENO LCP と他樹脂との物性比較のため,低融点 LCP
A-8100,高強度 LCP A-5000,ポリプロピレン(PP),
ポリエチレン(PE)およびポリエチレンテレフタレー
ト(PET)の各物性を表 1に示す。
3 低融点 LCP と他樹脂との複合材「TECROS®」について 前述のような技術的背景を元に,UENO LCP と他樹脂
を複合化した高機能ポリマーについて当社で開発検討を
進めていたが,2017 年 10 月開催の国際プラスチック
フェアにて,この高機能ポリマーを「TECROS®(テク
ロス)」の商標名で初公開した(図 4)。
現在,TECROS としては PP と LCP の複合材である
P シリーズ,PE と LCP の複合材である E シリーズ,
PET と LCP の複合材である Tシリーズを上市している
(図 5)。以下,これらの材料について紹介する。
表 1 各材料の機械物性および酸素ガス透過度
材料名
機械特性 (ISO) 熱的特性 酸素ガス
透過度
(1.5mm 厚み)
cm3/m2・24h・atm
引張 曲げ Charpy 強度
ノッチ有
kJ/m2
融点
℃
DTUL
(0.45MPa)
℃
強度
MPa
弾性率
GPa
強度
MPa
弾性率
GPa
LCP A-8100 95 20.6 161 10.5 56 220 171 0.03 以下
LCP A-5000 164 11.4 147 7.5 62 280 217 0.03 以下
ホモ PP 29 1.5 42 1.4 1.6 165 90 32
HDPE 22 1.2 27 1.2 5.8 135 72 24
ホモ PET 51 2.4 77 2.3 1.8 250 74 1.2
図 3 当社開発の低融点 LCP A-8100 の融点
全芳香族 LCP の融点
一般グレード- 60 ℃の低融点化を実現
低融点 LCP・A-8100(融点 220 ℃)
200 220 240 260 280 300 320 340 (℃)
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図 4 TECROS®ロゴ
図 5 TECROS 製品ラインナップ
製品ラインナップ製品ラインナップ
PシリーズPP/LCP 複合材
EシリーズPE/LCP 複合材
TシリーズPET/LCP 複合材
図 6 TECROS P シリーズの引張弾性率
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
引張弾性率 (GPa)
LCP 添加量 (%)
引張弾性率
ホモ PP
ブロック PP
0 10 20 30 40 50
7.7
6.7
3.4
3.12.1
1.81.5
1.3
LCP 添加量 (%)
ホモ PP
ブロック PP
0 10 20 30 40 50
DTUL (0.45MPa)
DTUL (℃)
200200
150150
100100
5050
151
150131
123108
10490
81
図 7 TECROS P シリーズの荷重撓み温度 (DTUL)
図 8 TECROS P シリーズの耐候強度
・試験条件 スーパーキセノンウェザーメーター(SX2D-75 スガ試験機(株)製)放射照度 180mW/cm2,ブラックパネル温度 63± 1℃120 分照射中 18 分間噴霧サイクル,最大 2500 時間
・試料 ① PP/LCP = 90/10 ② PP +紫外線吸収剤 0.2%
改善改善
改善
試験時間 / h
曲げ強度 / MPa
50.050.0
40.040.0
30.030.0
20.020.0
10.010.0
0.00.00 500 1000 1500 2000 2500
41.641.642.440.642.640.0
34.934.9
21.516.8 15.3 15.015.015.0
試験時間 / h
00 500500 10001000 15001500 20002000 25002500
IZOD衝撃強度 / kJ/m2
4.04.0
3.0
2.0
1.0
0.0
2.92.92.9
2.62.6
2.5 2.5 2.42.2
1.10.7 0.6 0.80.8
PP/LCPPP/LCP
PP + UV吸収剤PP+ UV吸収剤
4 PP と LCP の複合材 TECROS Pシリーズ ポリプロピレン(PP)はコンテナボックスやポリバ
ケツ,自動車用内外装部品に多く使用されているポリ
マーである。
TECROS P シリーズは低融点化した UENO LCP と
PP との複合材であり,ホモ PPとブロック PPの 2種類
をベースとした材料を展開している。PPに LCP を添加
することにより,弾性率や耐熱性が向上する(図6,図7)。
また,LCP は紫外線照射や降雨による耐候強度が保持
されることから,PPに LCP をブレンドすることによっ
ても,耐候強度の保持を確認している(図 8)。ただし,
耐候強度の保持効果は高いものの,ナチュラル色で使用
する場合は紫外線照射によって色調の変化を伴うため,
色調変化を嫌う用途では黒着色をするなどの工夫が必要
である。
MATERIAL STAGE Vol.19, No.2 2019 57
ポリマーアロイの構造制御と最新事例
特
集
3
図 9 添加剤使用による引張強度の変化
改善
引張強度
引張強度 (MPa)
50
40
30
20
10
0ホモ PP ホモ PP/LCP = 80/20
添加剤無ホモPP/LCP = 80/20添加剤有
4438
31
図 10 添加剤使用による引張弾性率の変化
引張弾性率
引張弾性率 (GPa)
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
3.44.0
ホモ PP ホモ PP/LCP = 80/20添加剤無
ホモPP/LCP = 80/20添加剤有
これまで紹介したデータは添加剤等を使用せずにブレ
ンドした場合の物性であるが,添加剤を工夫することに
より,効果的に物性を改善させる検討も進めている。無
機フィラーを使用せず,LCP 比率はそのままに引張強度
と引張弾性率を向上させている(図 9,図 10)。
Pシリーズの用途としては,耐候強度を活かした自動
車部品や土木製品などを想定している。
引張強度
引張強度 (MPa)
60
50
40
30
20
10
00 10 20 30 40 50
LCP 添加量 (%)
HDPE
LLDPE
57
4033
16
2322
8 8
図 11 TECROS E シリーズの引張強度
0 10 20 30 40 50
LCP 添加量 (%)
HDPE
LLDPE
DTUL (℃)
150
100
50
0
132
112
107
9984
72
39
75
DTUL (0.45MPa)
図 12 TECROS E シリーズの荷重撓み温度 (DTUL)5 PE と LCP の複合材 TECROS E シリーズ
ポリエチレン(PE)はレジ袋や包装フィルム,ペッ
トボトルのキャップに多く使用されているポリマーであ
る。
TECROS E シリーズは低融点化したUENO LCP と PE
との複合材であり,HDPE と LLDPE の 2 種類をベース
とした材料を展開している。PE に LCP を添加すること
によって,強度や耐熱性が向上する(図11,図12)。また,
LCP の優れた特性の一つである制振特性は,スピーカー
やイヤホンの振動板用途として活かされているが,この
特性もまた,LCP をブレンド成分として用いた場合でも
発揮される。HDPE に LCP を添加することで,HDPE の
制振性が向上する(図 13)。
用途としては,制振性を活かした制振材料などを想定
している。
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図 13 TECROS E シリーズの制振特性
① HDPE 単独
② HDPE/LCP = 70/30
・試験条件 0.8mm 厚みの短冊試験片を,片持ち梁法で振動減衰測定。
(制振性が優れるほど速やかに収束)
・試料 ① HDPE 単独
② HDPE/LCP = 70/30
時間 (s)
時間 (s)時間 (s)
0 1 2 3
0 1 2 3
変位 (mm)
543210-1-2-3-4-5
変位 (mm)
543210-1-2-3-4-5
図 14 TECROS T シリーズの引張強度
150
100
50
0
引張強度
引張強度 (MPa)
0 10 20 30 40 50
LCP 添加量 (%)
共重合 PET
低融点 PET
117
10598
7267
5953
48
0 10 20 30 40 50
LCP 添加量 (%)
DTUL (℃)
200
150
100
50
0
DTUL (0.45MPa)
共重合 PET
低融点 PET
72
54
7888
7061
194194
135
図 15 TECROS T シリーズの荷重撓み温度 (DTUL)
6 PET と LCP の複合材 TECROS T シリーズ ポリエチレンテレフタレート(PET)は,ペットボト
ルやフルーツのパック,繊維などに使用されているポリ
マーである。
TECROS T シリーズは UENO LCP と PET との複合材
であり,PET はホモ PET(融点 250℃),共重合 PET(融
点 230℃),低融点 PET(融点 190℃)を使用した 3グ
レードの材料を展開している。PET の特徴に合わせ,
ホモ PET,共重合 PET とのブレンドには UENO LCP
A-5000(融点 280℃)を,低融点 PET とのブレンドに
は低融点UENO LCP A-8100(融点 220℃)を使用して
いる。LCPとの複合化によって強度や耐熱性が向上する
(図 14,図 15)。また,LCP は酸素ガス透過度や水蒸気
透過度が低く,ガスバリア性が高いため,PET に LCP
を添加することにより,ガスバリア性が改善される(図
16,図 17)。
用途としては,ガスバリア性を活かしたボトルや包装
材料などを想定している。
MATERIAL STAGE Vol.19, No.2 2019 59
ポリマーアロイの構造制御と最新事例
特
集
3
図 17 TECROS T シリーズの水蒸気透過度 (1.5mm 厚み)
共重合 PET共重合 PET
低融点 PET低融点 PET
ホモ PETホモ PET
0 5 10 15 20
LCP 添加量 (%)
水蒸気透過度 (g/(m2 ・day)) 1.21.2
1
0.80.8
0.60.6
0.40.4
0.20.2
00
1.07
0.690.76
0.8
0.56
0.420.47
0.88
水蒸気透過度
図 18 TECROS 各シリーズ LCP20%添加品の SEM 画像 (100 μm 厚みフィルム)
スキン層
コア層
Pシリーズ (PP/LCP 複合材) Eシリーズ (PE/LCP 複合材) Tシリーズ (PET/LCP 複合材)
倍率:× 2000 20 μm
MD方向
裁断箇所
観察方向
100 μmのフィルムを凍結裁断し,断面を TD方向から観察。
0 5 10 15 20
LCP 添加量 (%)
共重合 PET共重合 PET
低融点 PET低融点 PET
ホモ PETホモ PET
酸素ガス透過度
酸素ガス透過度 (cm
3 /m2 ・24h・atm)
1.41.4
1.21.2
11
0.80.8
0.60.6
0.40.4
0.20.2
00
1.2
1.2
0.84 0.93
0.72 0.7
0.57
0.47
図 16 TECROS T シリーズの酸素ガス透過度 (1.5mm 厚み)
7 TECROS の LCP 分散状態について
TECROS は UENO LCP と他樹脂の複合材であり,基
本的に他樹脂が海,LCP が島の海島構造となっている。
例として,Tダイで押出した 100 μm厚みのフィルム
の断面観察結果を以下に示す(図 18)。
いずれのシリーズにおいても,LCP が島として繊維状
に分散している様子が確認できる。スキン層ではせん断
の影響もあり長繊維状に分散するが,コア層ではせん断
がやや緩和され,短繊維状に分散する傾向となっている。
このように,TECROS は有機繊維(LCP)で強化され
たようなモルフォロジーを形成するため,これが機械
強度や耐熱性を効果的に改善する要因であると考えられ
る。
また,Tシリーズ(PET/LCP 複合材)は,Pシリーズ
(PP/LCP 複合材)や Eシリーズ(PE/LCP 複合材)と比
較して LCP が微分散している様子が確認できる。これ
は,LCP が全芳香族ポリエステルであり,PET が半芳
香族ポリエステルであるため,PP や PE といったポリ
オレフィンよりも分子構造が似ていることに起因すると
考えられる。
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8 おわりに
PPや PE, PET と LCP を複合化することで機械物性や
制振性, ガスバリア性が向上するメリットがある一方,
LCP は不透明で比較的価格も高いため,透明性が損なわ
れたり, 価格が高くなるといったデメリットもある。 そ
のため, 低融点 LCP と他樹脂との複合材である TECROS
は,コストが最優先となるような汎用的な用途よりも,
特殊かつニッチな用途に適していると考えている。
現在,低融点 LCP として融点 220℃の UENO LCP
A-8100 を既に上市しているが,更なる低融点 LCP の開
発も進めている。これまでの LCP の枠を更に広げるこ
とで,TECROS を含め,新しい展開に繋げられないかを
模索している。
引き続きシーズとニーズの両面から材料開発を進め,
TECROS および UENO LCP の用途開発に取り組んでい
く。
参考文献1)2018 年エンプラ市場の展望とグローバル戦略,富士経済,P.225
~ 235(2018)