重要文化財東京駅丸の内駅舎保存・復原

建築学会賞応募の主旨

東京駅丸の内駅舎は1914年竣工・辰野金吾設計による鉄

骨煉瓦造の建物であり、2003年に国の重要文化財に指定さ

れた。この建物は1923年の関東大震災でもほとんど被害は

無かったが、1945年の東京大空襲により被災し、戦後の戦

災復興工事による姿のまま60 年以上使い続けられてきた。

特筆すべきは、駅という建物の性格上、創建以来その機能を

止めたのは戦災後の1日程度であり、今回の工事期間におい

ても駅として昼夜稼働していた。本計画においては、重要文

化財部分を免震化することで、戦災後に残された当初部材を

最大限保存しつつ、先進的工法に基づく最小限の補強による

当初復原を実現した。また復原は極めて厳密な考証に基づき

進められ、文化財の価値の保持と現代的活用を両立させるこ

とに成功した。今回のプロジェクトには、2000年に創設さ

れた特例容積率適用区域制度（2004年に特例容積率適用地

区制度に改正）が適用されている。重要文化財・東京駅丸の

内駅舎の保存・復原は、歴史的建造物の建つ敷地の余剰容積

を他の敷地に移転できる、というこの制度のバックアップに

よって保存にむけた資金上の課題が解決され、実現したもの

であり、この制度の有効性が実証された結果となった。保存

・復原工事においては、伝統技術による修復作業が重要な意

味を持っていたが、今回の仕事によって覆輪目地などの多く

の伝統的技術が蘇り、文化財における伝統技術とそれを支え

る人材の育成に少なからず貢献ができたと考える。

また東京駅丸の内駅舎は2012年10月1日にグランドオー

プンを迎えたが、オープン以来関係者も驚くほど連日たくさ

んの見学客が訪れている。歴史的建造物の活用が社会経済と

うまく連携をとることができれば、名建築が惜しまれながら

取り壊されていく状況も少しは減るのではないだろうか。東

京駅丸の内駅舎が、歴史的建造物が社会の負担になるのでは

なく、社会に力を与える存在として生き続ける一つのモデル

となることを切に望むものである。

建物の変遷

1914 辰野金吾設計により創建

1945 戦災により屋根と内装を焼失

1947 戦災復興工事により3階部分を撤去し2階建てとなり、

ドーム部分は八角屋根となる。

2012 保存・復原工事完了

2007 工事着工前

建物の構成

地上の保存部分については既存レンガ壁・内蔵鉄骨を構造体として生かし、復原部分はSRC架構やRC壁によって構成している。既存躯体

と復原架構の接合部は力が適切に伝達されるように、3階撤去後も残されていた旧3階部分の既存内蔵鉄骨を復原部分の躯体に取り込み新旧

の一体化を図っている。また、近接する鉄道施設と駅舎建物の大地震時における接触を防ぐため、352台のアイソレーターと158台のオイル

ダンパーを用いて応答変形量を小さく制御する免震システムを開発し採用した。新設地下部は丸の内駅舎を杭で仮受けしつつ、逆打ち工法

にて地下躯体を増築し、重要文化財である地上部と新築建物である地下部の間に免震層を構築する免震レトロフィットとしている。

【方針１】

１）残存するオリジナルを最大限尊重し、保存に努める。

２）オリジナルでないもののうち、オリジナルの仕様が判明しているものは、可能な限りオリジナルに復原する。

３）オリジナルでないもののうち、オリジナルの仕様が明確でないものは、デザインに関する全体の印象を損なわ

ないように配慮し、手の加え方を設定する。

４）ただしオリジナルではない、後世の補修や変更に関しては、意匠的・技術的に優れたものは保存・活用する。

【方針２】

安全性、機能性、メンテナンス性等を考慮し、将来を見据えたスペックを設定する。(＊）

（＊）方針1 よりも方針2 を優先させる場合には細心の注意を払う。

方針１は、重要文化財・丸の内駅舎を保存し手を加える場合の基本的ルールを明確にしたものである。

文化財の修復において過去に築きあげられてきた理念に学び、丸の内駅舎を使い続けるための設計の

方針とした。１）では、当初の意匠・材料の保存という、文化財としての基本的精神を述べている。

２）では、復原するに当たっては、あくまでも信憑性のある根拠によることを明確にした。３）では

推測による復原を禁止しつつ、新たなデザインを導入する場合にも、既存部分と調和し、丸の内駅舎

全体のイメージを損なわないデザインとすべきことを謳った。４）では、当初のデザイン以外の各時

代の貢献についても重視すべきことを表明した。方針２は、現代的用途で将来にわたり使い続ける建

築として、通常の文化財では見落とされがちな各種建築性能の重要性につき、今回の建物の特性を踏

まえ、あえて特記したものである。

設計の基本方針

外壁の復原手法

広場側外壁(3階以上が復原部分)

外壁の花崗岩の柱頭飾りは戦災復興工事により３階から２階に移設

されていたが、今回の復原工事に伴い元の位置に戻された。化粧レン

ガをつなぐ目地は、創建時と同様の覆輪目地（断面が半円形の化粧目

地）で施工され、目地の交差部についても蟇股( かえるまた) と呼ばれ

る形状を再現している。

【外壁断面】

化粧レンガと覆輪目地

ドームの復原と活用

オリジナルデザインに復原する部分

オリジナルのエレメントをモチーフに重厚感を有する現代デザインとする部分(復原直下部分)

活用の用途にふさわしい機能を備えた、現代のデザインとする部分

創建時のドーム 戦災復興工事によるジュラルミン製ドーム

竣工後の南ドーム

創建時のドーム空間は戦災により屋根が焼失し、アーチ

型レリーフの一部を除いて欠失した。戦災復興工事により

ジュラルミン製のドーム屋根が設置されていたが、今回の

工事に際して白黒写真や文献をもとに検証し、創建時の姿

に復原している。

既存躯体の保存・活用

既存鉄骨の保存について

既存鉄骨は、戦災を受け曲がった梁についても強度

チェックの上、基本的にすべて保存した。ただし石

炭殻コンクリートを用いた床スラブは強度不足のた

め撤去し、床に内蔵されていたＩ形鋼を保存の上、

上部にＲＣ床スラブを新設した。

レンガ壁の保存について

既存のレンガ壁は文化財として保存するとともに、

構造躯体として活用することを原則とした。特に外

壁については、創建時のレンガ壁は仕上げの化粧レ

ンガと共にほぼすべて保存されている。ただし内壁

については施設利用計画との関係で、やむを得ない

場合には一部の壁を撤去した。

炭殻混入コンクリート床火害を受けた鉄骨 床内蔵Ｉ形鋼

【床スラブの保存・活用】

竣工写真 (外観)

広場側切妻部・角塔部ライトアップ復原された屋根

広場側外観

竣工写真 (ドーム内観)

ドーム天井見上げ

アーチ型レリーフ ( 黒い部分は残存していた創建時の石膏パーツ)

ドーム1・2階部分

竣工写真 (東京ステーションホテル・東京ステーションギャラリー)

ホテルゲストラウンジ 赤レンガ展示室

ドーム側客室から見えるレリーフ 現しとしたゲストラウンジのレンガ壁 八角塔部分を利用した階段 再利用されたステンドグラスとシャンデリア

竣工写真 (その他)

線路側コンコース 復原庇と新設庇

総武階段部分 エキスパンション・ジョイント 免震層内部

竣工写真撮影：株式会社エスエス東京