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力学
三井隆久 c⃝Department of Physics, Keio University School of Medicine,
4-1-1 Hiyoshi, Yokohama, Kanagawa 223-8521, Japan(Dated: April 8, 2019)
物を押すと動くように力と運動は密接に関係している。力学は、力によって物体はどのような運動を行うか、を明らかにする学問であり、「慣性の法則」、「運動の法則」、「作用・反作用の法則」を拠り所にしている。すべての運動は力学の基本法則に従っているけれど、力学の基本法則のみで世の中の全ての運動が記述できるわけではない。解析対象となる系のどのような情報が力学の基本法則に加われば運動の解析が可能になるのか、どのように解析すれば良いのかについて理解していただきたい。まず初めに、最も基本的な運動である並進運動について述べる。ここでは、物理学における微分積分の取扱いに慣れてほしい。そのあと、コマを題材とした回転運動、静止した回転運動としての釣り合い、骨格に加わる力などについて述べる。
I. 序論
力学が解決しようとしている課題は、世の中にある全ての物体の運動を記述することである。世の中の全ての物体の運動を記述しようとしているのだから、非常に複雑な課題である。幸いなことに、ガリレオやニュートンを中心とした研究により、運動には単純な法則がある、すなわちどのような条件を揃えれば同じ運動が再現できるのかが発見された。具体的には、物体が持つ性質として質量という新たな概念を導入し、物体間の相互作用として力という概念を導入した。そして、異なる場所にある異なる物体の運動であっても、初速度など初期条件と質量と力を同じ値にすれば、運動はいつでも同じになる。同じ運動がいつでも再現できることがわかったので、運動の法則は数式を使って記述できる。質量と力、初期条件により運動が決定されることが判っ
ても、神様のように世の中にある全ての運動が判るわけではない。現実世界の力や質量に関する情報がなければ運動はわからない。この情報の一部は、電磁気学など物理学の他の分野の研究成果によりもたらされる。力学を学ぶことにより、一見複雑そうに見える世界が非
常に単純な法則に従って時間発展していること、力学に反する運動は起こり得ないことなどを理解してほしい。同時に、世界は力学の基本法則だけで記述できるほど単純でないことも理解してほしい。(全ての運動は運動の法則に従っているが、運動の法則だけで全ての運動を導けると言うことではない。初期条件や質量、力などの情報が必要。)また、質量や力というのは日常生活でなんとなく実感しているので自明でよく分かるはずの概念であると思うかもしれないが、力学で新たに導入された概念なので、力学を中心とした物理学を通して力学の枠の中に収まるように正確に理解してほしい。
II. 力学に必要な基本概念
力学は、目に見える物体の運動を記述するので、「質量」など何となく直感的に分かるような気がするかもしれない。しかし、力学は、100億光年かなたの銀河の運動や原子核内部も記述でき、このような非日常的な現象の理解には基本概念の定義を正確に理解しておく必要がある。
A. 力学固有の基本概念
1. 質量
質量は重さと関連しているので、身近で判りやすそうな概念だが、力学に従った定義がある。質量は慣性により定義される。動いている物体には、現
在の速さをそのまま保とうとする性質があり、これを慣性という。慣性の大小を表す尺度が質量である。質量は物体の持っている固有の性質である。質量の定義は上記なのだが、この定義に従うと質量の測
定が面倒である。そこで、重さ(地球が引っ張る引力)と質量が比例すると仮定して、重さを測定することで質量の推定を行う。慣性の大小によって決めた質量を慣性質量、重さの大小によって決めた質量を重力質量という。質量の単位はキログラム (kg)である。1kgはフランス
のセーブルにある国際度量衡局に保存されている白金・イリジウム製の国際キログラム原器の質量である。これを天秤にのせて同じ重さになる物の質量が 1kgである。特定の物を用いた原器の定義は、はなはだ不安定なので、時間や長さのように、どこにいても手に入る物を用いた定義の研究が行われ、ようやく、2019年 5月 20日からプランク定数を h = 6.62606957 × 10−34Js と定義してこれを元に質量を測定することになっている。
2. 余談: 物の持っている性質、属性
質量の定義は上記であるが、定義としては、はなはだ不明瞭である。これは、質量は新しい基本概念なので、他の概念を用いて説明できるようなたぐいのものではないからである。その他に物質の持っている性質としては、電荷やスピン、磁気モーメントなどがある。おそらく、原子核にはスピンがあるといわれても何のことか判らないだろうが、質量も同類の概念なので、判りにくいはずである。それでもなんとか計算できるのは、力学の多くの演習問題では質量が数値もしくは記号mで与えられていて、計算すれば答えが求まるからである。属性の別な例では、人間における男女の性別があげられ
る。我々には自明な概念でも、性別の無い生物には、奇妙で理解に苦しむことかもしれない。
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3. 力
力も質量と同様に身近で判りやすそうな概念であるが、基本概念なので他のことばを用いて判りやすく説明することができない。力は質量を持った物体の運動を変える働きであり、力が大きい程、物体の運動は大きく変化する。力は分かりにくい概念であるが、幸いなことに現在知られている力の種類はたいへん少なく、すべてを網羅することが可能である。原子よりも大きな物体に作用する力で重要なのは、質量に作用する重力、電荷・電流・磁石に作用する電磁気力だけである。原子核や電子のように、さらに小さな物体の世界には弱い相互作用と強い相互作用と呼ばれる力がある。このふたつの力が小さな物体にしか作用しないのは、距離が離れるとともに力の大きさが指数関数的に減少し、原子核の大きさより離れると、力の大きさがほとんどゼロになるからである。重力や電磁気力は、距離の二乗に反比例するので、かなり遠くまで力が伝わり、重力は原子から銀河まで大きな物体の運動を支配している。力の単位はN(ニュートン)であり、この単位を基本単位
で表すと N=kg·m/s2 である。これは、後述する運動の 3
法則の 2番目 (F = mdv/dt)から導かれる。このことからも分かるように、力の定義は上述した「力は質量を持った物体の運動を変える働き」である。
4. 余談: 「なぜ」と「どのように」
力学に限らず、物理学の完成された理論を学ぶとき、「なぜ」と質問されても、まともな答えは返らず、我々の住んでいるこの世界がそうなっているから、実際におこなえばそうなるからと答えるしかない。たとえば、なぜ、物体には慣性があり、現在の運動状態を保とうとするのか、と聞かれても明快な答えはない。じっさい、無重力の宇宙空間で物を投げれば、そのまま直進して行く。この講義もそうであるが、完成された理論について説明
するときには、「なぜ」ではなく「どのように」について説明する。たとえば、なぜ慣性があるのかではなく、慣性がある物体が力を受けるとどのように運動するか。なぜ万有引力が働くか、ではなくどのように万有引力が働くかを物理学の理論は記述する。だからといって、物理学の研究者が「なぜ」という疑問を持たないわけではない。研究段階では慣性も万有引力も「なぜ」という観点から考察して、現在分かっているような成果が得られた。この講義で述べる自然現象は、あたりまえでよく知られ
たことであり、どのようになっているかについて述べる。
5. 力の例: 万有引力
地上で物体を落とすと、どんどん速度を増して落下する。速度が変化するということは、運動が変わるということなので、物体に力が働いているといえる。難しく考えなくても、地上で物を持てば重いので、物に力が働いているのはあたりまえだと思わないで、定義に従って考えよう。地上の物体には地球の重力により力が働いている。し
たがって、地上の物体は運動の状態を常に変えるはずである。しかし、机の上に置いた物体は動かない。これは、机の上の物体には、地球の重力の他に、机が物を押す力 (抗
力)が働いているからである。抗力と重力が釣り合って合計の力が 0になり、机の上の物体は静止する。
B. 空間を表す基本的な物理量
1. 時間
歴史的には地球の自転周期を用いて 1秒の定義をしていたが、潮汐力により自転周期は遅くなるので、現在は下記のような定義になっている。時間は、セシウム原子時計を使って測られる数値であ
る。1 秒の定義は、セシウム 133(133Cs) 原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍の継続時間である。時間の単位は sであり、1秒を 1 sと書く。
133Cs原子を持ち出すと難しくなるが、これは精度を上げるためであり、精度を気にしなければ、別な物でもよい。バネに重りを吊して動かすと振動する。この振動の回数が時間であると思えばよい。だだ、バネを用いると、複数のバネ振り子の振動回数が、同じ経過時間でも一致しない場合が多いので、人為的な加工精度や外乱や温度の影響が少ない真空中の原子を振動物体に選んでいる。
2. 長さ
1メートルは、歴史的には地球の外周を 4万 kmとすることから始まったが、現在は、真空中を光が 1/299792458秒間に伝搬する距離として定義されている。長さの単位はmであり、1 mと書く。
時間や長さは、日常経験している量だから、特別に高い精度を気にしなければ細かいことを言う必要がないように思えるかもしれないが、そうではない。物理学では、基本法則を 100億光年かなたの宇宙、原子核内部、宇宙創生期などにも適用する。その際に、長さや時間の定義を正確にしておかないと、議論がかみ合わなくなる。宇宙は、ビッグバンという大爆発から始まったとされるが、ビッグバン初期の宇宙の密度は極めて高く、原子などの物質が存在しないだけでなく、光が伝搬する隙間もない。このような状況では、時間や長さの概念を再定義し直さない限り、共通の見解を得ることはできない。したがって、ビッグバンのあと 1 µs後の宇宙の大きさは何メートルと言われても、想像のしようがない。
3. 位置の表現
我々の住んでいる空間内で、物体の位置など場所を指定する場合、物理学では数字で示すことになっている。しかし、我々の住んでいる空間を見渡しても数字はどこにも書いてない。このため、現実の空間と数字との対応を明確にしておく必要がある。空間内での位置は座標系を設定して、座標系内での位置
を数字で表す。座標系はどのように設置してもかまわないが、この講義では直交座標系を用いる。空間上の特定の場所(机の角など)が (1,2,3)のように数字で表現されている
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場合には、かならず座標系が明記されているはずなので、確認すること。時間とともに動いている物体の位置は r(t)のようにベ
クトルで表す。
4. 速度
速度は、1 秒間あたりの位置の変化量ある。位置を r、速度を vとすれば、
v = lim∆t→0
r(t+∆t)− r(t)
∆t=dr
dt, (1)
である。
問 t = 5sのときの位置が (5, 5, 1)m, t = 5.1sのときの位置が (5, 5.2, 3)mであった。速度と速度の大きさを求めよ。答 速度は、(0, 2, 20)m/sであり、速度の大きさは 20.1
m/sである。
問 まっすぐに一定の速度 6 m/sで運動している物体の 7秒間の移動距離を求めよ。答 42 m
5. 加速度
加速度は、1秒あたりの速度の変化量で、加速度を aとすれば、
a =dv
dt=d2r
dt2, (2)
である。問 t = 5sのときの速度が (5, 5, 1)m/s, t = 5.1sのと
きの速度が (5, 5.2, 3)m/sであった。 加速度と加速度の大きさを求めよ。答 加速度は、(0, 2, 20)m/s2であり、加速度の大きさ
は 20.1 m/s2 である。
問 まっすぐな運動が一定の加速度 6 m/s2で行われている。7秒間に増加した速度を求めよ。答 42 m/s
6. 運動量
運動量は運動の勢いを表す尺度であり、質量mの物体が速度 v で運動しているとき、mv によって定義される。運動量がどのようなもので、どのように利用されるかは、これからなので、ここでは定義を知ればよい。
III. 運動の法則
ニュートンによって導かれた運動の法則はすべての運動にあてはまり、力による物体の運動を求めるときの有力な指針となる。
運動の第 1法則 (慣性の法則): 物体は、力の作用を受けないかぎり、静止の状態、あるいは一直線上の一様な運動をそのまま続ける。
運動の第 2法則 (運動方程式): 運動量 (質量かける速度)が時間によって変化する割合はその物体にはたらく力に比例し、その力の向きに生じる。これを式で書けば、
F =dmv
dt(3)
である。ここで、F は物体に作用する力、mは物体の質量、vは物体の速度である。
運動の第 3法則 (運動量保存の法則): 物体 1が物体 2に力を及ぼすときは、物体 2は必ず物体 1に対し大きさが同じで逆向きの力を及ぼす。
以上の 3法則が力学の基本であり、全ての運動はこの条件を満たしている。しかしながら、この法則だけで世の中の全ての運動を求めることができるわけではない。力学の課題は、運動の法則をよりどころとして、物体の運動を求めることである。このためには、どのような情報を取得して、どのように情報処理を行えば良いのかを力学を学びながら習得していただきたい。
A. 基本的な運動
ここでは、基本的な運動である等速運動、等加速度運動、円運動について述べる。これらは、全ての運動の基本である。なぜならば、どの様な運動も短時間であれば、等速運動、等加速度運動によって良く近似でき、自明なほど簡単な直線運動を除いて曲線を描く運動の代表例が円運動だからである。
1. 等速運動
慣性の法則から、物体に力が働かないとその物体の速度は一定になり、直線運動をする。残念なことに身の回りには、等速直線運動のよい例がない。地上では、全く力が働かない状態を実現できないからである。等速運動を式で書くと、
r(t) = r0 + v0(t− t0), (4)
である。ここで、r(t)は時刻 tにおける物体の位置、r0は時刻 t0における物体の位置、v0は時刻 t0における物体の速度である。例:速度 5m/sで 3s進むと、15m移動する。
2. 等加速度運動
物体の質量mと外部から物体に働く力 F が一定の場合に、式 (3)を用いることにより、物体は等加速度運動をす
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ることが判る:
r(t) = r0 + v0(t− t0) +1
2a(t− t0)
2. (5)
ここで、a = F /mは加速度である。例:a=9.8m/s2とする。時刻 0のとき、速度も位置も 0と
すると、t=1sのとき、v=9.8m/s, r=4.9mであり、t=10sのとき、v=98m/s, r=490mとなる。
3. 円運動
円運動は、物体が円周上を動く運動である。したがって、2次元運動なので、物体の位置を r(t) = (x(t), y(t))とおくと、
r(t) = (R cos(ωt+ ϕ), R sin(ωt+ ϕ)) (6)
となる。ここで、ωは角速度、ϕは初期位相、Rは半径である。このとき、物体に作用している力は、
F = md2
dt2r(t)
= −mω2(R cos(ωt+ ϕ), R sin(ωt+ ϕ), (7)
= −mω2r(t) (8)
となる。円運動をするためには、mω2r(t)の力が中心に向かって必要であることが判る。この力を向心力という。歴史的に最も有名な円運動は惑星の公転である。この場合には、太陽が惑星を引っ張っているので、太陽の引力が向心力であるさて、視点をかえて、円運動している物体の観点から円
運動を考えよう。諸君がジェットコースターに乗って円運動をしている場合等である。諸君には質量があるので慣性の法則に従い真っ直ぐに進もうとするが、ジェットコースターは、諸君の体の一部に力を加えることで、強制的に円運動をしている。このため、ジェットコースターから直接力を受けていない諸君の体の大部分には、慣性の法則にしたがって真っ直ぐに進もうとする力が働いているように(体がちぎれて真っ直ぐに進むように)感じられる。この力を遠心力という。円運動するためには物体に向心力(回転の中心を向く力)が働くことが必要で、円運動している物体の立場に立つと遠心力(回転の外側を向く力)が働いているように感じられる。例:洗濯をしたあと脱水を行うが、脱水はドラムの中に
物をいれ、ドラムを高速回転することでなされる。衣類に付着した水は、遠心力に耐えきれずドラムから飛び出すが、衣類はドラムによって遠心力を打ち消す向きに支えられているので、飛び出さない。同じ事を向心力で説明すると、衣類はドラムから向心力を受けているので、円運動を行うが、水分は、向心力を受けていないので、慣性の法則に従い、等速直線運動を行い、出て行く。向心力と遠心力は、立場の違いであり、円運動を外部か
ら楽観している場合には、中心に向かう力(向心力)が物体に働いているはずであると言い、自分が円運動して振り回されているときは、外側に向かう力(遠心力)が感じられる。
B. 重力による運動
運動の法則には「力」という概念が登場するが、力とは何なのか?というふうに力のことだけ考えても、運動方程式に登場する F、すなわち「運動の状態を変える働き」以上のことは分からない。世の中にある力の具体例は、物理学の他の分野により示される。ここでは、地上で代表的な力として重力を取り上げ、重力中での物体の運動について調べる。
1. 万有引力(重力)の大きさ
ニュートンが指摘したように、質量がゼロでない全ての物体は互いに引き合っている。この力を万有引力もしくは重力という。なぜ引き合うかについては一切考えず、どのように引き合うか、引き合った結果どのような運動になるかについて考える。物体 A,Bの質量を mA[kg],mB[kg], 物体 A,B間の距離
を r[m]とすると、引力の大きさは、
万有引力 [N ] = GmAmB
r2, (9)
ここで、万有引力定数 G = 6.67 × 10−11[Nm2/kg2]である。たとえば、50 kgの物体が 2個あり、互いに 50 cm離れていれば、7×10−7 Nになる。この引力により、宇宙空間で 1 m離れて並んだ 2人の人間は、数時間後にはくっついてしまう。日常生活で重力というと、地球との引力しか感じられないが、宇宙空間ではかなり重要な力である。土星の輪は 1 mから 10 mの大きさの石からなっているといわれているが、数千万年という時間の運動を考えると輪を構成する石同士の重力が輪の形成に極めて重要な役割をしていることも納得できる。
2. 重力の大小は重力加速度を用いて表す
地上での重力による物体 (質量m)の運動について考えよう。地球の質量をM , 地球の半径を R, 地上から物体までの高さを上方向を正として zとすると、ニュートンの運動方程式および万有引力の式から、
ma = −G mM
(R+ z)2, (10)
となる。ここでR=6378kmである。zは地上で観測するような長さなので 1km以下とすればR≫ xであり、式 (10)の zを無視しても大きな違いとならない。したがって、
ma = −GmMR2
, (11)
から、地上で物を落とすときの加速度 aは、物体の形状や質量に依存せず一定であり、
a = −GMR2
, (12)
となることがわかる。実際に物体を落下させて加速度を測定することにより、この加速度が 9.8m/s2であることが求められる。
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万有引力による物体の運動は、物体の種類(材質・形状)に関係なく、全て同じ大きさの加速度運動である。このことから、万有引力を力ではなく、加速度で表すことが多い。万有引力に起因した加速度を重力加速度といい、以後は g(ここでは 9.8m/s2)と書く。
3. 自由落下の運動方程式
地上で重力を受けながら物体が運動する場合の運動方程式を求める。重力加速度は大きさと向きがあるので、ベクトルで表すことができる。gを重力加速度を表すベクトルとしよう。このベクトルの大きさは重力加速度の大きさ|g| = 9.8 m/s2(地上の場合)であり、向きは重力の向きである。質量mの物体の位置 xは、運動方程式
md2
dt2x = mg, (13)
を満たす。この微分方程式を積分すると、
x(t) = x0 + v0(t− t0) +1
2g(t− t0)
2, (14)
となる。ここで、x0は時刻 t0における位置(初期位置)、v0は時刻 t0における速度(初速度)である。以下では、典型的な場合について考えてみる。
4. 放物運動
水平方向に初速度を与えた場合の自由落下について考える。上方向を正として z 軸を選び、水平方向を x軸とする。このとき、g=9.8 m/s2 とすれば、
g = (0,−g), (15)
となる。また、初期条件を、
x0 = (0, 0), (16)
v0 = (vx, vz), (17)
とする。このとき、x = (x, z)とすれば、式 (14)から、
z = vzt−1
2gt2, (18)
x = vxt, (19)
となる。tを消去して x-z座標の関係式を求めると物体の描く軌跡は、
z = vzx
vx− 1
2g
(x
vx
)2
, (20)
となる。これは、二次曲線(放物線)である。
例題: 初速度が同じで、物体を打ち上げる角度を 0度から 90度まで自由に変えられるとき、一番遠方へ飛ばすことができるのは、何度か。初速度を v0,物体の打ち上げ角を水辺面から測って θと
する。このとき、vz = v0 sin(θ), vx = v0 cos(θ)となる。
一方、式 (20)において z=0となる xは 2つあり、1つは打ち上げ場所 x = 0,他の一つは落下場所であり、
x =2vzvxg
, (21)
である。vz = v0 sin(θ), vx = v0 cos(θ)を代入して、
x =2v20 cos(θ) sin(θ)
g=v20 sin(2θ)
g, (22)
が得られる。このことから、θ=45度の角度で打ち上げると遠方まで物体を飛ばすことができることがわかる。
5. 重力加速度の測定
地表の重力加速度、すなわち地球の引力の大きさを測定するためには、定義にしたがい物体を落下させ、落下位置を時間の関数として測定すればよい。これが重力加速度の定義にしたがった最も信頼性のある計測方法である。これは大変すぐれた方法なので、高精度な測定をする場合にはこの方法を用いる。しかしながら、歴史的にはもうすこし面倒なことをして
求めていた。これは落下速度が早く、目視で精度の高い測定ができなかったからである。過去に多く用いられていた重力加速度の測定では、糸で物体をつるすことにより重力の効果を一部打ち消して小さくし、裸眼で重りの運動を観測していた。このような系を振り子とよぶ。
θ
θ
θ
mg
mgsin
mgcos糸の張力
重力
質量m
おもりが鉛直方向から θずれたとき円周方向に働く力 fは、
f = −mg sin(θ), (23)
である。したがって、円周方向に沿った運動方程式は、
md2lθ
dt2= −mg sin(θ), (24)
となる。
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この式には明快な解析的解がなく、近似解を求める場合が多い。|θ| ≪ 1として、
d2θ
dt2= −g
lθ, (25)
とする。これを解くために、Aと ω を定数として、解の形が、
θ(t) = A cos(ωt), (26)
であると仮定する。もちろん、そのような解が存在しなければ、Aや ωが定数にならないので、「運が悪かった」ということで別な方法を考える。微分方程式を解くのは難しいので、このように試行錯誤で解くのがふつうである。(ここでの例はあまりに簡単な微分方程式なので、もう少し数学的な解法もあるが、ここでは省略。)式 (26)を式 (25)へ代入すると、
−ω2A cos(ωt) = −glA cos(ωt), (27)
となる。幸いなことに、Aも ωも定数の解があり、Aは任意定数で、ωは、
ω =
√g
l, (28)
である。したがって、振り子の運動は、
θ(t) = A cos(
√g
lt) (29)
となる。Aは、運動の法則だけを頼りにした解析では値の定まらない任意定数である。この値は、実験室で振り子の運動実験を行う場合、振り子をどれくらい大きく動かすかという人間の気分で決まる。ニュートンの発見した運動の3法則から、我々の気分を導くことはできない。ここで、すべての運動は、運動の法則に従っているけれど、運動の法則だけですべての運動が求められるわけではないことを理解してほしい。それでは、どのようにして Aを求めれば良いのだろう
か? 運動の法則を中心とした力学からは求まらないので、ありとあらゆる努力をして力学以外から求める。例えば、t = 0のとき、θ(0) = 3radであると言う情報が運良く得られれば、これを式 (29)へ代入して、A = 3を求める。θ(0)がわかれば、簡単な計算で Aを式 (29)から求めることが出来る。ときには、もっと不便な形で情報が得られることもあり、そのような場合には、複雑な計算をして Aを求める。このように述べると力学が頼りないように思えるかもしれないが、力学はどのような情報を力学以外から収集すれば運動を完全に求めることができるのかを明示するので、途方にくれなくてすむ。振り子は、正弦運動をしながら振動する。このような運
動を単振動と呼び、単振動の周期 T は、
T =2π
ω= 2π
√l
g, (30)
である。振り子の周期 T と糸の長さ lを用いると、この式から間接的に重力加速度 gが得られる。
参考: 式 (30)の導出角振動数 ωの正弦振動は、
f(t) = A cos(ωt), (31)
のように書ける。一方、周期 T の正弦振動は、三角関数の一周期が 2πなので、
f(t) = A cos(2πt
T), (32)
のように書ける。式 (31)と (32)を比較することで、式 (30)が導かれる。
C. 単振動
振り子のように正弦関数で表現される運動を単振動という。単振動は物理で最も重要で発展性の高い運動である。ここでは、単振動が生じる機構について考えよう。バネに質量mの重りが吊されている場合を考える。バ
ネに外から力を加えて小変形させると、フックの法則に従い変位 xに比例した復元力 f がはたらく:
f = −kx, (33)
ここで、kは変位と復元力の間の比例係数である。この復元力により、質量mの重りが運動をする場合の
運動方程式は、
md2x
dt2= −kx, (34)
である。この方程式の解は、
x(t) = A cos(ωt+ ϕ), (35)
ここで、
ω =
√k
m, (36)
は単振動の周波数、A は振幅、ϕ は初期位相である。式(34)は 2階の微分方程式なので、初期条件で決まる未知変数が 2個ある。(式 (35)の未知変数 Aと ϕ。)式 (34)が適用できる例として、身近な物体の振動があ
る。金属などに力を加えると変形するが力を取り去るともとに戻る。このような物体を弾性体といい、弾性体の変形の大きさと力には、変位が小さい場合には比例関係がある。これをフックの法則といい、先ほどのバネは一例である。物体の振動の例として、ギターの弦や太鼓の膜、バネがあり、これらは単振動をする。式 (34)の解が式 (35)であると言っても、何のことか分
からない人もいるかもしれない。式 (35)を式 (34)へ代入して、微分方程式を満たす解であることを確かめられればよい。微分方程式を解くことは、一般には、大変難しい。
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7
1. 宇宙船内における体重の測定
人工衛星内に長期間宇宙飛行士が滞在する場合もある。宇宙飛行士の健康管理上、体重の測定は不可欠である。人工衛星内は無重力(地球の重力と遠心力が釣り合っている)なので、地上のように体重計で体重(質量)を測定することができない。このような場合、式 (36)に基づいて、バネを人間に取り付け、振動させ、周期を測ることで、質量を求める。宇宙では、質量の測定は面倒である。
2. フックの法則
弾性体における力と変形の大きさとの間の関係は、1670年にフックにより発見された。フックによれば、「力と伸びは比例する」のであり、この法則をフックの法則という。
フックは身近にある多くのもの、すなわち金属、木、石、焼き物、毛、角、絹、骨、腱、ガラス等を様々な形状に加工して力と伸びとの関係を調べ、力と変位との比例関係を発見した。「力と伸びは比例する」という法則は、判りやすい関係なのでことさらに法則という必要もないように思えるかもしれないが、1670年当時は画期的な発見であった。だれも力と伸びとの間に比例関係のような単純な法則があるとは思っていなかったからである。なぜならば、力と伸びは作用と応答の一種だが、一般に作用と応答との関係は複雑である。例えば、私は物理を理解していただきたいという気持ちで講義をしている。私の講義への熱意が作用ならば、受講者の物理に対する理解度が応答である。この場合の作用と応答の関係は非常に複雑で、もしも「教師の熱心さと受講者の理解度は比例する」という法則をだれかが発表したら、たぶんほとんどの人は信用しない。同じ事が 1670年の「力と伸びは比例する」という法則にも当てはまり、大騒ぎになった。幸いなことに、フックの法則は誰でも簡単に実験で検証できるので、法則の正しさの検証は簡単で、比較的短時間で受け入れられた。
D. 連成振動
先に説明した単振動は質点が 1個の場合に観測される運動であるが、世の中の大多数の物体は互いに相互作用している質点の集合体である。このような系で観測される典型的な運動は波であり、波を扱うには弾性体や流体力学を学ぶ必要がある。ここでは、互いに相互作用している質点系として最も単純な場合である 2個の単振動が結合した場合を解析してみよう。
k
kk
kM
-kM
-kM
km m
x1
x1
x1
x1
x1
x2
x2x2
x2
x2
平衡位置を0とする
バネ1の長さ バネ2の長さ
x1x2-
--
-
物体1 物体2
物体1に働く力: 物体2に働く力:
-- ( )
( )
中心のバネの長さ
バネ1 バネ2
2個の単振動の結合の仕方にもいろいろあるが、最も解析しやすい場合として、2個の固定端、バネ 3本と 2個の質点の系を扱う。これらが、左の固定端、バネ(バネ定数k)、物体 1(質量 m)、バネ(バネ定数 kM)、物体 2(質量m)、バネ(バネ定数 k)、右の固定端の順に接続されているとしよう。この系は、2個の単振動する系がバネ定数 kMのバネで接続されているとみなすことができる。物体 1,2の平衡位置からの変位をそれぞれ x1、x2とすれば、バネ定数 kのバネからの復元力は−kx1,−kx2となる。真ん中のバネが物体 1,2に及ぼす力は、真ん中のバネの伸び縮み(変位)から求められる。このバネの変位は x1 − x2であるから、これによる復元力は −kM(x1 − x2)となる。また、この力は、物体 1, 2で大きさが同じで逆向きとなる。これらを考慮して、物体 1,2の運動方程式は、
md2x1dt2
= −kx1 − kM(x1 − x2) (37)
md2x2dt2
= −kx2 − kM(x2 − x1) (38)
となる。この連立方程式を解くために、式 (37)と (38)の和と差を求める。
md2
dt2(x1 + x2) = −k(x1 + x2) (39)
md2
dt2(x1 − x2) = −(k + 2kM)(x1 − x2) (40)
x1 + x2 や x1 − x2 に注目すると、単振動と同じ式であることがわかる。式 (39)から導かれる単振動の角周波数 ω和は、
ω和 =
√k
m, (41)
であり、式 (40)から導かれる単振動の角周波数 ω差 は、
ω差 =
√k + 2kM
m, (42)
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である。2個の単振動が結合すると、2個の質量が同じ向きにゆっくりと振動するモードと、逆向きに速く振動するモードが出現し、一般の運動は両者の合成(和)となることを以下のように示すことができる。x1 + x2や x1 − x2が単振動することから、式 (39)と式
(40)の解は、A、B、ϕ、ψを任意定数とすれば、
x1 + x2 = A cos(ω和t+ ϕ), (43)
x1 − x2 = B cos(ω差t+ ψ) (44)
となる。したがって、
x1 =A
2cos(ω和t+ ϕ) +
B
2cos(ω差t+ ψ), (45)
x2 =A
2cos(ω和t+ ϕ)− B
2cos(ω差t+ ψ), (46)
となる。ここに出現するA,B,ϕ,ψは、式 (29)におけるAと同様
にニュートン力学では求まらないので、ありとあらゆる努力をしてニュートン力学以外から求める。例えば t = 0のとき、x1 = 2, x2 = 0の位置で振り子が静止していたならば、この情報を式 (45),(46)へ代入して、A = B = 2,ϕ = ψ = 0を求める。連成振動は原子や分子のスペクトルを説明するために
用いる場合が多い。原子や分子には固有の振動数があり、単独で存在する時には固有の振動数で振動している。しかし、2個の原子や分子が近づいて互いに相互作用するようになると、上述のような理由で、別の振動数で振動するようになる。このときの振動数の変化は、原子同士の距離によって決まるので、原子や分子の振動を詳しく調べると、原子間距離が分かり、ここから分子の立体構造が判る。現在では、大多数の分子の立体構造はこのようにして決められている。有名な例として、エイズウイルスの立体構造の決定がある。
IV. 保存則
今まで述べた力学は、解析しようとしている対象(系)をニュートンの運動方程式を用いて表現し、数学を駆使して解くという力学であった。これはかなり有用であるが、微分方程式を解かないと系に関して全く理解できないというのでは、見通しが悪いし得られた結果に対して自信がもてない場合が多い。特に現代のようにコンピュータを用いた数値計算を中心に解析を行う場合には、計算間違いやプログラムミスの有無を確認できる方法が必要である。また、実際に運動の軌跡を求めなくても力学系の情報がわずかでも事前に得られれば有用な事は多い。このような観点から、多くの力学系にあてはまる普遍的な性質が理論的に研究された。ここでは、そのような成果のひとつである保存量について述べる。保存量とは、運動量やエネルギーのように運動している
間でも変化せず一定値を保つような物理量である。運動している間つねに一定値であることが分かっているので、一番求めやすいところでもとめればその値は運動のどの段階でも使える。また、保存量を使うと、与えられた条件下では絶対にあり得ない運動がすぐに判り、努力すれば達成可能な運動か否かの目安もつく。
A. エネルギー保存則
保存量の中で最も代表的なのがエネルギーである。ここでは、力学的エネルギーについて述べる。力学エネルギーとして、2種類のエネルギーが考案され
ている: 運動エネルギーと位置エネルギーである。質量mの物体が速度 vで運動しているとき、
運動エネルギー =1
2mv2, (47)
として定義される。位置エネルギーは複数の物体が力を及ぼし合って運動
しているとき、物体系に定義されるエネルギーである。ここでは、2個の物体が相互作用している場合を扱う。物体1, 2 が力 f を及ぼし合っているとしよう。たとえば、地球と月でもよいし、地上にある物体と地球でもよい。地球と月の間に作用する万有引力は両者間の距離を xとすれば、f = −Gm地m月/x2となる。また、地上にある物体の場合には、物体の質量をmとすれば f = mg(=一定値)となる。
2つの物体 1, 2が相互作用しており、両者の距離を、
x = x1 − x2, (48)
とする。このとき、位置エネルギー U(x)を、
位置エネルギー U(x) = −∫ x
xどこでも良い
f(x)dx, (49)
として定義する。積分の開始点はどこでもよい。これは、エネルギーは一定であるとか変化したとか言う場合しか意味のない量だからである。地球と月に作用する万有引力に伴う位置エネルギーは、U(x) = −Gm地m月/xであり、地球と地上の物体間の位置エネルギーは U(x) = mgxである。
2つの物体 1, 2 が力 f を及ぼし合って運動しているとき、運動エネルギーと位置エネルギーの和(全エネルギーE)が常に一定値に保たれることを証明しよう。この系の全エネルギーは、
E =1
2m1v
21 +
1
2m2v
22 + U(x), (50)
ここで、x = x1 − x2である。E が一定値であることを示すため、時間で微分する。
dE
dt= m1v1
dv1dt
+m2v2dv2dt
+dx
dt
dU(x)
dx, (51)
= m1v1dv1dt
+m2v2dv2dt
− v1f + v2f, (52)
となる。位置エネルギーを微分すると式 (49)から力になる。一方、この系は運動方程式、
m1dv1dt
= f (53)
m2dv2dt
= −f, (54)
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に従って運動している。これらを式 (52)へ代入すると、
dE
dt= 0, (55)
となり、運動の間Eが一定値であることがわかる。地球と月のようにどちらも運動に伴い速度が変化する場合の全エネルギーは式 (50)で定義されるが、地上で物体を落下させるような場合、物体は高速で運動しても、地球はほとんど動かない。このような場合には、地球の運動エネルギーを無視して、全エネルギーを
m2が動かない場合 E =1
2m1v
21 + U(x), (56)
として近似する。
1. エネルギーとは何か
エネルギーが何であるかは、全く分からない。しかし、エネルギーの定義を的確に選べば—–物体の運動エネルギーは mv2/2、電場のエネルギーは ϵE2/2 など—–、エネルギー保存則は、力学系に限らず熱、電磁波や化学反応を含む全ての系で成立するようにできる。現在まで、エネルギーが保存しない例は正式には 1例も報告されていない。各分野におけるエネルギーの的確な定義を見いだした先人に感謝して、我々はエネルギー保存則を当たり前のように使って自然現象を理解していく。
2. 位置エネルギーはどこに蓄えられるのか
地上で物体を持ち上げて高い位置に置くと、その物体は位置エネルギー U(x)を持つ。実際、その物体を落下させれば相応の運動エネルギーが得られる。見た目は、物を持ち上げても、地球も物も変化が無いが、実はこのエネルギーは重力場として蓄えられる。重力場を作るのにはエネルギーが必要で、減少するときには、このエネルギーは違う形のエネルギーに変化する。同様の現象が電荷と電場にもある。正電荷と負電荷に
は引力が働き、両者を引き離すと位置エネルギーが生じる(蓄えられる)。この位置エネルギーは電荷の周囲の電場として蓄えられる。電場を作るにはエネルギーが必要で、電場が消滅するときには、このエネルギーが電場以外のエネルギーに変化する。誘電率 ϵの空間に大きさが E の電場がある場合、単位体積あたりの電場のエネルギーは ϵE2/2となる。これを全空間にわたり足し合わせると、電荷間の静電エネルギーとなる。正電荷と負電荷を完全に近接(同じ位置)にすると、位置エネルギーが最小(ゼロ)になると同時に電気的に中性になり周囲の電場もなくなる。
3. 保存力
エネルギーが力学の範囲のみで保存するような運動、たとえば摩擦がないとか電波を放出しないような系では、力f は位置 xのみの 1価関数である。このとき、式 (49)も
しくは、
f = −dU(x)
dx(57)
となるような U(x)が存在する。このような力 f を保存力という。U は先に述べたように位置エネルギー (potentialenergy)である。
4. 例
重力 g下でバネ定数 kのバネに吊された質量mには、バネの復元力と重力が作用し、力は f = −mg−kx (上向きを x正、ここで xはバネの変位)となり、ポテンシャルエネルギーはU = mgx+kx2/2となる。このとき、mv2/2+Uは保存量で運動の間一定値となる。
B. 外力によるエネルギーの変化: 仕事
上述のようにバネ振り子には重力と復元力が作用するが、実際問題としてバネを動かすためには、これだけでは動かない。たとえば、はじめに手でバネを引っ張るなどする必要がある。この例のように、物体に既知の保存力と、バネを手で引っ張る力のような外力が作用する場合のエネルギーについて考えよう。注目している系 (ここでは物体 1,2からなる系)に、系
外から力が作用している。物体 1に作用する外力を F1, 物体 2に作用する外力を F2 とすれば、運動方程式は、
m1d2
dt2x1 = f + F1 (58)
m2d2
dt2x2 = −f + F2, (59)
となる。この系の全エネルギーは、式 (50)と同様に、
E(t) =1
2m1v
21 +
1
2m2v
22 + U(x), (60)
として定義される。ただし、一定値にはならないので、時間の関数 E(t)とした。一定にならないのはともかく、どのくらい変化するのか求めてみよう。式 (52)と同様に、
dE(t)
dt= m1v1
dv1dt
+m2v2dv2dt
− v1f + v2f, (61)
= v1F1 + v2F2, (62)
となる。この式を時間で積分すると、
E(t) = E(0) +
∫ x1
x1(0)
F1dx1 +
∫ x2
x2(0)
F2dx2, (63)
が得られる。エネルギーは運動の間一定値にならない。エネルギー保存則が破れたわけでななく、ここで定義したエネルギーは系内のみであり、相互作用している系外を考慮していないからである。たとえば、バネを人がひく場合では、バネを引っ張る人間が消費したエネルギーも考慮してエネルギーを定義すれば、エネルギーは保存する。
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ここで重要なのは、解析対象の力学系に解析対象外から力が加わったとき、解析対象のエネルギーにどのような変化があるかである。外力は力F1, F2として系の運動に寄与しているが、エネルギーという観点では式 (63)から系外から来る外力は、系の全エネルギーを
∫ x1
x1(0)F1dx1+
∫ x2
x2(0)F2dx2
だけ増大させる働きがあると言える。このことは、2つの系 (解析対象系と対象外の系、振り
子と人間など)が力 F で相互作用をしている場合、相互作用の寄与をエネルギーという観点で評価するとき便利なので、仕事として定義されている;
仕事 =
∫ x
x0
Fdx, (64)
仕事は、2つの系が相互作用するときやりとりされる力学的エネルギーである。積分で書くと分かりにくいかもしれない。力の大きさが
一定値の場合には、力 ×移動距離が仕事である。このような観点で式 (63)を見ると、この式は、
系の事後のエネルギー
=系の事前のエネルギー+系が外界からされた仕事, (65)
という意味であることがわかる。
1. 仕事の例
1kgの物体と地球からなる系において、私(系外)が 1kgの物体を 1 m持ち上げた。このとき、私がこの系に対して行った仕事は、力かける移動距離=9.8 m/s2× 1 kg ×1m = 9.8 Jである。この結果、この系は 9.8 Jだけエネルギーを増加させたことになる。1 kgの物体を持って廊下に 1 時間立っていても、この
系に対して行う仕事量はゼロである。このとき、疲れて腹が減るので、エネルギーが消費されているのは事実だが、消費されたエネルギーは、物体とは別な場所へ移動している。たとえば、体温が上昇してまわりの空気を暖めるなど。
C. 運動量保存
運動の第 3法則から、2つの物体が互いに相互作用しているとき、両者には向きが逆で大きさが等しい力が加わる。このことを式で書くと、
m1d2
dt2x1 = f (66)
m2d2
dt2x2 = −f, (67)
ここで、f は 2物体間の力である。系全体の運動量を
P = m1dx1dt
+m2dx2dt
(68)
と定義すると
dP
dt= m1
d2x1dt2
+m2d2x2dt2
= 0 (69)
なので、
P =一定 (70)
となることが判る。従って、運動量 P は、2つの物体が相互作用しているとき、相互作用の前後最中、いつでも一定であることが判る。このことは、粒子の数が 2個の場合に限らず、多数あるばあいにも成立し、運動量保存の法則と呼ばれる。運動量保存則は、系外から力が作用している場合には成立しない。ニュートンの運動の第 3 法則は、運動量保存の法則と
もいうし、作用反作用の法則とも言う。どちらも正しい。これは、ここで示したように、一方を認めれば他方が自動的に成立することに由来している。運動の第 3 法則が成立するために最も重要なことは、空間はどこでも同じ(対等)ということ、すなわち空間に並進対称性があることである。
1. 例
問: 1 kg の物体が 3 m/sで動いている。この物体が静止した 5 kgの物体と衝突して、一体となった。このときの移動速度 vを求めよ。
答: 衝突前の運動量は 3 kg m/s であり、衝突後の運動量も同じ値になるので、3 kg m/s = 6kg ×v から、v=0.5m/sである。
この例では、衝突前後で運動量は保存するが、力学エネルギーは保存しない。エネルギー保存の証明も運動量保存の証明も同じような証明方法なので、奇妙であるが力学エネルギーは保存しない。衝突や合体に関与するような力は物体を構成する多数の
分子間に作用する分子間力や分子運動(散逸、音波や熱)の寄与があり複雑であるが、ここでは力学エネルギー保存の証明のどの部分が合体の場合に破綻するのか考えてみる。力学エネルギー保存の証明では、位置エネルギーU(x)が保存力、すなわち xのみで 2物体間に作用する力が決まることを用いている。衝突の後、合体するような力は xのみで一意的に決まるような力ではない。合体する力の例として、近づくとき反発力、離れるとき引力が挙げられる。結果として同じ xでも近づくときと離れる時では力の大きさや向きが異なり、保存力にならない。(衝突・合体における力の例として、力 f(x)は 2価関数で、xが減少していくときと、増えていく時で、同じ xでも f(x)の値が違う場合を挙げられる。)そのような複雑な衝突・合体時の力に対しても、2個の
物体には互いに逆向きに力が働き(運動の第 3法則)、式(66),(67)から運動量は保存する。難しく考えなくても、経験的には、物体の衝突・合体時
には、熱が発生したり、音が生じるので、力学エネルギーが保存しないことは理解できるだろうが、ここで用いた証明に沿ってどの部分がどのように破綻するかは認識しておく必要がある。
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2. 外力による系の運動量変化: 力積
注目している系 (ここでは物体 1,2からなる系)に、系外から力が作用しているとしよう。物体 1に作用する外力をF1, 物体 2に作用する外力を F2とすれば、運動方程式は、
m1d2
dt2x1 = f + F1 (71)
m2d2
dt2x2 = −f + F2, (72)
となる。この系の運動量を先ほどと同じように、
P = m1dx1dt
+m2dx2dt
(73)
と定義すると
dP
dt= m1
d2x1dt2
+m2d2x2dt2
= F1 + F2 (74)
なので、運動量は一定値ではなくなる。系外から系に作用する外力の合計を F :
F = F1 + F2 (75)
とし、時刻 t0から tまで外力 F が作用していたとすると、注目している系の運動量 P は、式 (74)を時間で積分することにより、
P (t) = P (t0) +
∫ t
t0
Fdt, (76)
となる。このことから、エネルギーの場合と同じように、注目している系が外界と相互作用しているとき、系は外界から、 ∫ t
t0
Fdt, (77)
によって定義されるだけの量の運動量を受け取る。これは、仕事と同じように重要なので、力積と呼び、物理量である。式 (76)を言葉で書くと、
系の事後の運動量
=系の事前の運動量+系が外界から受けた力積, (78)
となる。衝突のようにごく短時間だけ相互作用する場合には、外
力の平均値を F、外力の作用時間を∆tとすれば、式 (74)を微小時間内の変化分を表す式に変形することにより、
∆P = F∆t (79)
となる。運動量は力かける力の作用時間だけ変化していることが判る。
3. 例
問: 水をまくホースから、 10m/sの流速で 2 kg/sの水が出ている。この水を平らな板に当てた。板が受ける力を求めよ。
答: 板が受ける力を求めたいので板に注目したいところであるが、板を見ていても板はなにも変化しないから手の付けようがない。ここでは、注目する系を放出された水、外界を板としよう。関係式 (78)から、t秒間に流れる水に対して、
水の衝突後の運動量 (0)
=水の衝突前の運動量 (t× 10m/s× 2kg/s)
+水が板から受けた力積 (Ft), (80)
が成立する。水が受ける力は F で、作用反作用からこれと同じ力を板が与えており、板の受ける力が F であることが推測できる。したがって、板は F=20 Nの力を受けることになる。
このあとは回転運動であるが、その前に表現について学ぶ。並進運動の力学は目に見えるままなので、自然現象と理論との対応関係をあまり意識せず、寄木細工のように理論を継ぎ接ぎしても間違いはしない。たとえば、式 (39)と(40)では、x1と x2は異なる座標を用い、これの和と差を求めて正しい答えを得ている。一般論として、異なる座標の数値の和差は求めるべきではない。また、式 (55)においてエネルギー保存を示すために、式 (48)のように xを定義しているが、物体 1と 2は完全に対等なので、x = x2−x1としてもよいはずであるが、こうすると、式 (55)は = 0にならない。この場合は、式 (53)を= −f、式 (54)を= fにする必要がある。こんな技巧的なことは、2粒子系で答えが分かっている場合だからできることである。さらに粒子が多い場合など未知の探索に使えるような理論体系として不適切である。これらを踏まえ、「表現」では、物理の基本法則は如何に記述されるべきかについて述べる。
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V. 回転運動
回転運動は、運動の中でも極めて特殊である。なぜならば、運動している物体は多くの場合に位置を移動させるのだが、回転運動している物体は位置を移動させない場合も多々ある。たとえば、電車が動いているか静止しているかは一目で判るが、静かに回転しているコマは動いているのか止まっているのか外から見ただけではわからない。したがって、日常生活で回転運動を意識していない物が、実は激しく回転している場合もある。自動車がアイドリングをしながら停止している場合、エンジンが動いていても遠方からは運動は分からない。また、物質内部の原子や電子は、直接見た人がいないので正しくは判らないが回転に相当する運動(スピンという)を行っており、スピンがあるから生命を含む化学反応の多様性が生じている。スピンがなければ、化学反応はただの静電気学になってしまう。回転している物体は、直感に反するような運動をする場
合もある。ここでは、回転をベクトルで表現する方法を説明したあと、角運度量やトルクの概念を導入し、コマの運動を解析する。
A. 回転を表す
1. 周波数、角速度
回転の大きさもしくは回転の速さは周波数もしくは角速度(角周波数ともいう)によって表す。物体が 1秒間に f回転していれば、回転の大きさは f [Hz]であり、角周波数ω = 2πf [rad/s]である。周波数も角周波数も回転の速さを表す尺度で、どちらを利用してもよい。物理のように理論がすっきりとしていることを重視する分野では角速度を用い、機械や電気、医学のように現場での使いやすさを重視する分野では、周波数を用いて回転の速さを表す。たとえば、振動運動の変位と時間の関係は、角周波数で
かけば x(t) = cos(ωt)、周波数でかけば x(t) = cos(2πft)となる。この程度ならば、どちらでも大差ないが、振動運動の速度は、角周波数でかけば v(t) = −ω sin(ωt)、周波数でかけば v(t) = −2πf sin(2πft)となる。複雑な式変形をするような場合、物理ではいちいち 2πが付くのは理論としてすっきりしていない、したがって回転運動の特徴を的確に表す本質的な量は角周波数であり、周波数ではないという。工学では、現場で実際に観測される量と直接比較できるのは周波数 f を用いて構築された理論であり、ωは不便で実用的価値がないという。どちらで構築した理論もω = 2πf という置き換えをすれば良いだけではないかと思うかもしれないが、たとえば雑音のように広い周波数範囲に分散した信号を扱う場合には、置き換えただけでは間違えになる。数学で、確率変数の変換を習うので、そのときに思い出してほしい。この講義では角速度を用いて回転を表現する。
2. 回転は右手系のベクトルであらわす
回転には、回転の速さを表す角周波数という大きさがある他に、回転の中心軸(回転軸)がある。回転軸は 3次元空間内の任意の向きをとりうる向きを持った量である。こ
のようなわけで、回転を表現するには、角速度と回転軸が必要であり、これは大きさと向きを持った量であるベクトルを用いれば、1つのベクトルで回転を表現できる。このような方法で回転を表現することに意味があるか否かはあとで考えるとして、回転をベクトルで表現することが可能なのだから、このベクトルについて考えてみよう。物体の回転をあらわすベクトルを角速度ベクトルという。角速度ベクトル ω の大きさは |ω| = ω = 2πf であり、向きは回転軸方向である。ωの向きを回転軸方向とした場合、右回りで正なのか、左回りで正なのかを決める必要がある。物理では、右手で、「いいね」(親指を立て他の 4本の指を内側に握る)をしたときの、親指が回転軸で、他の 4本の指が腕から指先に向かう方向が回転の向きであり、このような定義を右手系という。
3. 回転体の各点での速度
物体の回転運動が角速度ベクトル ωで与えられたとき、物体の各点での速度を求めよう。原点を中心として角速度ベクトル ω で回転運動している物体上の場所 r にある点Aの速度を vとする。点 A の回転半径 R は、回転軸と点 A との距離、した
がって点 Aから回転軸に引いた垂線の長さである:
R = |r| sin(θ), (81)
ただし、θは ωと rのなす角度。点 Aは、半径 Rで角速度 |ω|の回転運動をしているの
で、点 Aの速度の大きさは、
|v| = R|ω| = |r||ω| sin(θ), (82)
である。点Aの運動する方向(vの向き)は、ωと rの両方に垂
直である。v は、大きさが式 (82)で与えられ、向きが ωと rの両方に垂直ということなので、外積の性質を利用すれば、
v = ω × r (83)
が得られる。この式には適用条件があり、r = 0においてv = 0を満たすため、原点は回転の中心上にあり、さらに原点は静止している必要がある。ωの定義を右手で「いいね」をした場合の向きに選んだ
が、もし、左手で定義した場合は、式 (83)の符号がマイナスになる。この講義では全て右手系である。
B. 角運動量とトルク
物体が並進運動しているか回転運動しているかの明確な区別はなく、人間が主観的に決めることである。したがって、回転運動も運動の 3法則に従い、並進運動と本質的には同じである。しかしながら、回転運動を並進運動と同じように扱うと冗長であり見通しが悪い場合が多い。特に、定まった大きさ・形がある物体の運動を扱う場合に顕著である。そこで、ニュートンの運動法則を変形して形ある物体の運動に適した法則を作ろう。
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1. 角運動量の定義
並進運動と同様に回転運動にも慣性がある。これ故、物体はいったん回転すると、摩擦などの外力がない限り回転を続ける。回転の勢いを表すのが角運動量 Lである。質量mの質点が速度 vで運動していたとする。このと
き、原点 Oを中心とした質点の位置ベクトルを r とすれば、Oを中心とした質点の角運動量 Lは、
L = r ×mv (84)
によって定義される。突然「角運動量」などというわけのわからない物理量が出現してとまどうかもしれない。しかし、これは角運動量の定義である。この定義に従った角運動量という物理量にどのような性質があるかをこれから調べる。
2. 角運動量の例
質量mの質点が、半径 rの円軌道上を角速度 ωで回転運動している。この物体の角運動量を求めよう。質点が回転する面を x-y面、回転軸を z軸とする。
質点の座標は、r = (r cos(ωt), r sin(ωt), 0) (85)
質点の速度は、v = (−rω sin(ωt), rω cos(ωt), 0)(86)
したがって、角運動量は、
L = r ×mv = (0, 0,mr2ω) (87)
である。この計算から、回転運動の角運動量は、向きが回転軸方向で大きさがmr2ωの一定値であることがわかる。このように、典型的な回転運動では、角運動量は回転軸と同じ向きを向く。しかし、複雑な運動の場合には、角運動量と回転軸は必ずしも一致しない。また、角運動量が一定値のベクトルとなるような運動でも、回転運動とは限らない。たとえば、等速直線運動
r(t) = r0 + v0(t− t0), (88)
の角運動量は、
L = [r0 + v0(t− t0)]×mv0 = r0 ×mv0, (89)
であり、一定値(時間に依存しない)である。
3. 角速度ベクトルと角運動量ベクトル
角速度ベクトルと角運動量ベクトルは、よく似ていて両者が平行になる場合もあるけれど必ずしも常に平行となるわけではない。角速度ベクトルは、物体の回転方向を表している。一方、角運動量は、回転運動に物体の質量分布も考慮した回転の勢いを表している。質量が分布している物体の回転運動を表すには、角速度ベクトルと角運動量ベクトルの両方が必要である。
4. 角運動量の運動方程式
質点の角運動量は式 (84)により定義されるが、これだけでは性質が全く分からない。角運動量の性質を調べるため、質点の運動とともに角運動量がどのように変化するか調べよう。質点mの運動は質点に作用する力 F に依存し、ニュー
トンの運動方程式は、
mdv
dt= F (90)
となる。式 (84)と式 (90)から、角運動量 Lの時間変化を求めよ
う。まず初めに、角運動量の定義式 (84)を時間微分して、
dL
dt=dr
dt×mv + r ×m
dv
dt(91)
とする。これに、運動方程式 (90)を代入して、
dL
dt= r × F (92)
を得る。ただし dr/dt = vと v × v = 0を用いた。
角運動量の時間変化は r× F によってなされる。これはよく使われるので、r× F をトルクとか力もしくはねじれのモーメントという。
5. トルク
位置 rの場所に力 F が作用したとき、原点を中心としたトルク N は、
N = r × F , (93)
により定義される。トルクはねじる力もしくは回転させる力の大きさを表
す尺度である。ねじるという動作には向き(回転軸)があるので、トルクには大きさと向きがあり、ベクトル量である。トルクベクトルの向きは、ねじる動作の回転軸に平行で、トルクベクトルの大きさはねじる力の大きさである。トルクは、小学校で習う「てこの原理」を一般化した概
念である。てこには支点があり、支点を中心とした回転運動をする。てこの原理から、同じ力で押しても力点が支点から遠方にあるほど作用点には大きな力が作用する。このことを引き継いで、トルクは支点と力点間の距離に比例するように定義されている。また、力点に作用させる力の向きが、たとえば支点に向かった方向の場合、いくら大きな力で力点を押しても全く回転力(ねじれの力)にならない。力点に作用させる力は、回転軸に対して垂直な場合に一番大きな回転力が生じる。このようなトルクの角度依存性と支点からの距離依存性、さらにねじる力の回転軸などが外積を用いると一度に導入できる。
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6. 多数の質点からなる物体の角運動量と運動方程式
多数の質点mj からなる系の角運動量 Lを各質点が持つ角運動量の和として定義する:
L =∑j
rj ×mj vj , (94)
添え字 jは物体を構成している各質点を識別するために用いた。多数の質点は互いに力をおよぼし合いながら、外部から
力 (Fj)を受けているとしよう。粒子 iが粒子 j に及ぼす力を fij とする。このとき、運動方程式は、
mjdvjdt
=∑i
fij + Fj , (95)
となる。この式を念頭において、Lの時間微分を計算してみよう。
dL
dt=
∑j
[drjdt
×mj vj
]+∑j
[rj ×mj
dvjdt
], (96)
drj/dt× vj=0, 及び式 (95)を用いると、
dL
dt=
∑j
rj ×
[∑i
fij + Fj
], (97)
となる。この式をもう少しわかりやすい形にしよう。第 1項は、∑
j
rj ×∑i
fij ,
=1
2
∑j
rj ×∑i
fij +∑i
ri ×∑j
fji
, (98)
iと j の添え字を交換しただけ。添え字は自由。
=1
2
∑j
∑i
[rj × fij + ri × fji
], (99)
となる。ここで対象としている系内の粒子は互いに力 fijを及ぼしあっているが、作用反作用の法則から fij = −fjiが成立する。このため、式 (99)の括弧の中は、
rj × fij + ri × fji (100)
= rj × fij − ri × fij (101)
= (rj − ri)× fij (102)
= 0, (103)
となる。最後の等号は fij の向きが rj − ri と平行であることから、外積がゼロになることを用いた。したがって、式 (97)は、
dL
dt=
∑j
rj × Fj (104)
と書くことができる。また、
N =∑j
rj × Fj , (105)
は系外から系に作用するトルクであるから、系全体の角運動量の変化分は、系外から加えられるトルクによりもたらされることがわかる。ここで注意することは、式 (104)には物体が回転運動し
ていることがあらわに入っていない。それゆえ、回転していない運動にも用いることができるという利点があるが、この式をそのまま用いても回転している物体の運動の解析が容易になるわけではない。
7. 角運動量保存則
相互作用している多数の物体からなる系に系外からトルクが作用しなかったとしよう。すなわち、式 (105)で定義される N = 0となるような場合である。このとき、式(104)から、
dL
dt= 0, (106)
となる。外力に起因したトルクが無いとき、角運動量は時間変化しないので保存量である。これを角運動量保存の法則という。
8. 例:収縮
(a) 長さ L = 1mの棒の両端それぞれに 1 kgのおもりが付いている。棒の中点を回転の中心にして角速度 ω= 10rad/sで回転させた。角運動量を求めよ。
(b) 上記の状態で、外力によるトルクが無い状態で棒の長さを 10 cmとしたところ、角速度が早くなった。角速度を求めよ。
答(a) 棒の回転面を x-y平面、回転軸を z軸とすれば、角
運動量の向きは z軸で、大きさは、おもりが 2個ある事に注意して、
大きさ = 2×mr2ω, (107)
= 2× 1[kg]× (0.5[m])2 × 10[rad/s], (108)
= 5[kgm2/s], (109)
である。単位 radは半径と円弧の長さの比なので、物理量としての単位はないが、人間の便宜のためにある。このため、角運動量のように角度を意識する必要のない物理量の場合、付けても付けなくてもよいが、普通は付けない。
(b) 棒の長さを 10 cmとしたときの角速度を ω1とすれば、角運動量保存則から、
5[kgm2/s] = 2× 1[kg]× (0.05[m])2ω1, (110)
が成立する。したがって、これを解いて、ω1=1000 rad/sが得られる。
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9. 例: ブランコ
ブランコの原理を角運動量保存則を用いて解明してみよう。質点 (質量m)が長さ rのひもで結ばれている振り子を想定して答えよ。重力加速度を gとせよ。(a)地上から高さ hで静止したブランコを動かした (A)。
このまま何もしないとき、このブランコが反対側で上がれる最高の地上からの高さを求めよ。(b) この系の角運動量変化を与えるトルクのもとになる
力を答よ。(c) ブランコが真下に来たとき (B)、重心を (瞬時に)真
上に持ち上げ (C)、ひもの長さを r′(< r)とした。 (c1) この過程では、角運動量が保存することを説
明せよ。 (c2) ブランコが反対側で上がれる最高の高さを求
めよ (D)。(d) (c2)で求めた位置 (D)に来たとき、動径方向 (半径
の方向)にひもを伸ばし、長さを rに戻した。 (d1) この過程でも角運動量が保存することを説明
せよ。 (d2) Eにおける地上からの高さを求めよ。((d1)を
用いてもよいが、用いる必要はない。)
hA
B
C
DE
r
r'
r'
g
地面
0 回転の中心角運動量は0を中心にする。
答(a) エネルギー保存則から、反対側での高さは h(b)この系の外力は重力で、重力が動径方向(半径方向)
以外の向きに作用するときトルクとなる。トルクの元になる力は重力。(c1) BからCの過程では、重力の向きと、回転の中心か
ら見た位置ベクトルは平行だから、トルクはゼロになる。したがって、角運動量は変化しない。(c2) Bでの速度を vB,Cでの速度を vC とすると、角運
動量保存則は、
mrvB = mr′vC, (111)
である。場所Dでの高さを hDとすると、位置エネルギーと運動エネルギーの関係から、
1
2mv2B = mgh, (112)
1
2mv2C +mg(r − r′) = mghD, (113)
式 (111)∼(113)から、
hD = h( rr′
)2
+ r − r′, (114)
となる。(d1) Dも Eも静止した状態だから、どちらも角運動量
はゼロである。もしくは、動径方向に動かすのだから、作用する力の向きも動径方向なので角運動量は変化しない。
(d2) 角 BODを θとすると、
r′(1− cos θ) = hD − (r − r′) =r2
r′2h, (115)
ここで、最初の等号は幾何学的な関係で、次の等号には式(114)を用いた。したがって、
cos θ = 1− r2
r′3h, (116)
場所 Eの地上からの高さを hE とすると、
hE = r(1− cos θ) =r3
r′3h, (117)
となる。
C. 重力が物体に作用するトルク
地上で物体の運動を考えるとき、重力は重要な役割をする。ここでは、重力が物体に作用するトルクについて述べるが、このとき重心という概念を用いると記述が単純明快になる。
1. 重心
棒などの物体は、どこか一点を支えるとやじろべえのように釣り合う。そのような点を重心という。釣り合うと言うことは、その点(重心)を中心としたトルクがゼロになっていることを意味する。物体を仮想的に分割し、個々の要素の座標を rj , 質量を
mj とする。このとき、重心の座標 rG は、
rG =
∑j mj rj∑j mj
, (118)
によって定義される。この式は、物体の全質量M を
M =∑j
mj , (119)
とすれば、
rG =
∑j mj rj
M, (120)
もしくは、
rGM =∑j
mj rj , (121)
とも書ける。
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2. 物体に作用する重力は、重心に全質量が集中しているとして求める
物体に作用する重力により生じるトルクを求めよう。トルクの定義は、式 (105)から、
N =∑j
rj × Fj , (122)
である。ここで、重力加速度を g、物体を構成する各質点の質量をmj とすれば、
Fj = mj g, (123)
となる。これを式 (122)へ代入して、
N =∑j
rj ×mj g, (124)
= (∑j
mj rj)× g, (125)
となる。一方、重心の定義から式 (121)を式 (125)へ代入すると、
N = rG ×Mg, (126)
となる。このことにより、物体に作用する重力によるトルクは、
重心に全質量が集中していると見なして計算したトルクと同じであることが分かる。さらに、重心を回転軸(重心の座標を原点)にすれば、rG = 0となり、剛体に働くトルクもゼロになる。このことは、やじろべえの重心を支えるとバランスがとれて水平になることで経験しているだろう。
D. 変形しない物体 (剛体)の運動
剛体とは、変形しない物体のことである。先に導いた、式 (104)は物体が変形する場合にも適用できるが、適用範囲を剛体に限定して式変形すると、運動を表現するために必要な変数の数が減少し、解析しやすくなる。ここでは、剛体の回転運動に対する基本方程式を導こう。
1. 剛体を仮想分割する
式 (104) は多数の質点の集合に対する微分方程式である。一方、剛体は大きさがあり質量が連続的に分布している物体である。剛体を多数の質点の分布と見なすために、剛体を仮想的に分割し、個々の微小要素を質点とみなして式 (104)へ代入する。剛体の仮想分割は、物理現象に関係なく人間が勝手に行
うので、結果は分割の方法に依存しないはずである。したがって、自由に分割してよい。ただし、あまり大きく荒く分割すると分割に伴う誤差が生じるので、十分に小さく分割する必要がある。
2. 剛体の角運動量の運動方程式
ここでは剛体の回転運動を角運動量を用いて記述する。先に、多数の質点からなる一般の場合を扱ったので、特殊な場合を扱うことになる。何が特殊かというと、変形しないから、運動は角速度ベクトルで表すことができる。剛体が原点を中心に角速度ベクトル ω で回転運動をしていると仮定しよう。このとき、剛体を仮想分割し、各質点の位置を rj , 速度を vj , 質量をmj とすれば、各質点の速度は式 (83)から、vj = ω × rj となる。これを式 (94)へ代入すると、
L =∑j
rj ×mj vj (127)
=∑j
rj ×mj(ω × rj) (128)
となる。剛体の各点での速度として vj = ω × rj を用いたので (式 (83)参照)、この式の適用条件である「回転軸上に原点がある」という制限が以後の式に適用される。不都合な場合には重心の速度と位置を用いて剛体の各点の速度を表す式を修正する。ベクトルで書くと判りにくいので、成分で書き直そう。
rj = (xj , yj , zj)とすれば、式 (128)は、 Lx
Ly
Lz
=∑j
mj
y2j + z2j −xjyj −zjxj−xjyj z2j + x2j −yjzj−zjxj −yjzj x2j + y2j
ωx
ωy
ωz
(129)
となる。式 (129)の右辺は、行列のように書いた部分(慣性テンソルとよばれている)と角速度ベクトルとの積からからなる。慣性テンソルを I と書けば、
I =∑j
mj
y2j + z2j −xjyj −zjxj−xjyj z2j + x2j −yjzj−zjxj −yjzj x2j + y2j
(130)
となる。これを用いると、式 (129)により定義される角運動量は、
L = Iω, (131)
となる。さらに、慣性テンソル I を運動方程式 (104)へ代入すると、
dIω
dt= N (132)
となる。N はトルクである。
変形しない物体の慣性テンソルは著しく簡単な形になる。慣性テンソルには 9個の成分があるけれど、剛体の向きや回転角をうまく選んで計算すると、非対角成分(6個)をゼロにして、対角成分 3 個に物体の情報を入れることができる。数学的には対角化と呼ばれる操作であり、直感的には剛体の向きや角度をうまく選ぶと、各変数がマイナスからプラスまで同じように分布して
∑xjyj 等を含む非
対角成分がゼロになる。しかし、剛体は動いているから、
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特定の向きや角度で計算した慣性テンソルだけでは不十分であるが、任意の角度や向きを剛体が向いた時に慣性テンソルの 9個の成分がどのようになるかは、よく知られた座標系の回転公式を用いて計算できる事が知られている。このため、剛体であれば慣性テンソルの 9個の成分を求めることはそれほど困難ではない。このような方針で組み立てた剛体の運動方程式をオイラーの式という。とはいえ、かなり面倒な計算を必要とするので、オイラーの式は省略する。回転運動の一般論はかなり複雑であるが、ここで示したように剛体という概念を導入することにより自由度が減少して角運動量の時間変化を表す式で運動が求められるようになる。以下では、さらに回転軸が定まっているという条件を追加して、単純ではあるが、応用するうえで最も重要な場合を扱う。
3. 補足
式 (128)には rj が 2個含まれるので、外積の規則でゼロになるように思えるかもしれないが、違う。外積は 2項の交換で符号が変わり、結合法則は満たさない。計算の順序は定義に従い行う必要がある。ωj × rj により、ωj と rjの両方に垂直なベクトルになり、このベクトルと rj との外積を求めるので、恒等的にゼロにはならない。式 (128)を成分で表し、外積の規則で計算すると式 (129)
になるのだが、そのまま計算してもよいが、しばしば行われるのは、任意のベクトル A, B, Cの外積に関する恒等式
A× (B × C) = (AC)B − (AB)C (133)
を用いて、
L =∑j
mj [r2j ω − (rjω)rj ] (134)
を導き、その後に成分で書く方法である。
E. 回転軸が 1つに決まっている場合
回転軸が 1つに決まっている場合には、剛体の運動は極めて簡単になる。ここでは、回転軸を z軸としよう。また、剛体には場所 r に力 F が作用しているとする。このときの剛体の回転を求める。
1. 運動方程式を求める
z軸を軸にして回転するから、角速度ベクトルの x成分と y成分はゼロになり、ω = (0, 0, ωz)となる。このとき、回転運動は z成分のみで決定でき、Lx,Lyについては解く必要がなくなる。このことを式 (130)、(132)へ適用すると、回転軸が z軸の場合の運動方程式は、
d
dt
∑j
mj(x2j + y2j )ωz = Nz, (135)
となる。z軸を中心に回転運動している場合、∑
j mj(x2j +
y2j )は、回転運動を行っても変化せず一定値になるので(こ
こに剛体という概念が導入されている)、
Izz =∑j
mj(x2j + y2j ), (136)
とおけば、式 (135)は、
Izzdωz
dt= Nz, (137)
となる。特別な場合として、Nz が一定値の場合には容易に積分
できて、
ωz =Nz
Izzt, (トルクが一定の場合のみ成立) (138)
が得られる。したがって、剛体は一定の加速度で回転速度を増加していくことがわかる。この例題で重要なことは、回転軸が決まっている剛体の
運動は極めて単純で、方程式 (137)で求められること、剛体の形状から決まる力学的に重要な因子が Izz =
∑j mj(x
2j+
y2j )であるということ。これを z軸を中心とした慣性モーメントという。剛体の 1軸周りの回転運動に限定すると、どんなに複雑な形状の物体でも慣性モーメントという 1つの値がわかれば運動を記述できる。
2. 簡単な導き方
式 (128)から、式 (136)を導くだけなら、慣性テンソルを経由しなくても、簡単に導ける。回転軸が zに限定されているので、ω = (0, 0, ωz)として、
L =∑j
rj ×mj(ω × rj), (139)
=∑j
rj ×mj((0, 0, ωz)× (xj , yj , zj)), (140)
=∑j
rj ×mj(−ωzyj , ωzxj , 0), (141)
Lz =∑j
mj(x2j + y2j )ωz, (142)
ここで、外積の定義は、
ω × r = (ωyz − ωzy, ωzx− ωxz, ωxy − ωyx), (143)
である。
Lz = Izzωz, (144)
から、式 (136)を導くことができる。
3. トルクを求める
トルクは
N = r × F , (145)
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なので、回転軸を z 軸に限定した場合、トルクの x, y 成分はゼロで、
N = (0, 0, (r × F )z), (146)
である。したがって、トルクの z成分Nz は、
Nz = (r × F )z, (147)
となる。Nz は、式 (147)に従うと外積を計算する必要があるが、
実際には外積を使わないで求める場合が多い。
1 ) トルクは、作用線上であればどこに力が加わっても変わらないことを用いて計算する。これは、aを任意の定数として、
r × F = (r + aF )× F , (148)
という性質があるから、r + aF と F が直交するような状態を見つけて、そのときの、|r + aF |と |F |から、
直交している場合 |r × F | = |r + aF ||F |, (149)
= dF, (150)
として計算する。|r + aF | = dとした。
2) トルクとして有効に作用する力 (接線方向の力)を用いる。これは、aを任意の定数として、
r × F = r × (F + ar), (151)
という性質があるから、rと F + arが直交するような場合を見つけて、そのときの、|r|と |F + ar|から、
直交している場合 |r × F | = |r||F + ar|, (152)
= rFt, (153)
|F + ar| = Ft とした。式で書くと難しそうであるが、実際には簡単であるから、覚えてほしい。
4. 回転運動のエネルギー
回転軸が定まっている場合の回転運動の運動エネルギーを求めよう。回転運動においても運動エネルギーは、mv2/2であり、ここから出発する。角速度ベクトル ω は、回転軸が z 軸の場合、ω = (0, 0, ωz)となる。剛体を仮想分割すると、場所 rj = (xj , yj , zj)にある微小要素の速度は、vj = (0, 0, ωz)× (xj , yj , zj) = (−ωzyj , ωzxj , 0)なので、
|vj | = |ω × rj | = ωz
√x2j + y2j , (154)
となる。このことから、剛体全体の回転運動によるエネルギーは、
回転運動エネルギー =∑j
1
2mj v
2j , (155)
=∑j
1
2mj(x
2j + y2j )ω
2z , (156)
=1
2Izzω
2z , (157)
となる。最後の式変形は、式 (136)を用いた。たとえば、長さ 2 mの棒の先端に 3 kgの重りがあり、4
rad/sで回転している場合、Izz = 3 kg × 4 m2, 運動エネルギーは 1/2× 3 kg × 4 m2× 16 rad2/s2=96 Jとなる。
5. トルクによる仕事
力学的仕事は、力 ×移動距離である。トルクにより物体が回転する場合も、力を受けて物体が動くので、仕事をする。トルクと仕事との関係を求めよう。回転軸は zに定まっているとしよう。z 軸まわりのトルク Nz により、物体が角度 θz 回転したとしよう。トルクにより、z軸から rだけ離れた場所に作用する力は f = N/rであり、θz 回転したとすると z軸から r離れた場所の移動距離は L = θzrである。したがって、
トルクによる仕事 = fL, (158)
= Nzθz (159)
となる。
6. 回転運動の運動エネルギーとトルクの関係
回転する物体にトルクを加えて回転運動を加速させる場合、トルクによる仕事が全て回転運動のエネルギーになる。このことは、エネルギー保存則に従えば当たり前であるが、証明してみよう。剛体の回転運動の運動方程式は式 (137)に示したように、
Izzdωz
dt= Nz, (160)
である。簡単化のためNzを一定値と仮定する。両辺に ωz
をかけて、時間で積分すると、
1
2Izzω
2z(t)−
1
2Izzω
2z(0) = Nzθz, (161)
が得られる。この計算には、
dθzdt
= ωz, (162)
dω2z
dt= 2ωz
dωz
dt(163)
などを用いる。
7. 例題:ケーター振り子(実体振り子)
先に重力振り子として、糸に重りを吊した振り子の解析を行った。ここでは、剛体に回転軸を取り付けて、重力下で振動運動させる振り子(ケーター振り子)について述べる。剛体の回転軸 (z軸)を中心とした慣性モーメントを Izz、
剛体の質量をM、下向きを x、水平方向右向きを y 軸とする。運動方程式は、式 (137),
Izzdωz
dt= Nz, (164)
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19
である。重心の座標 rG を、
rG = (rG cos(θ), rG sin(θ), 0), (165)
とする。ここで、θは重心ベクトルが鉛直下 (x軸)となす角度である。このとき、剛体の角速度は、
ωz =dθ
dt, (166)
となる。重心に作用する重力 F は、
F = (Mg, 0, 0), (167)
であり、重力によるトルクは重心に作用する力で表されるから(式 (126))、
rG × F = (0, 0,−rMg sin(θ)), (168)
となる。したがって、式 (164)は、
Izzd2θ
dt2= −rGMg sin(θ), (169)
となる。重力振り子のときと同じように、sin(θ) ≈ θという近似を行うと、単振動が導かれる。振動の周期 T は、
T = 2π
√Izz
rGMg, (170)
となる。
O
x
y
rG
重心
q
g
8. 例題:棒の慣性モーメント
長さL、質量Mの一様な棒の一端を中心とした慣性モーメントを求める。棒の一端を x軸の原点として、棒に沿って x軸とする。ρを線密度(棒の単位長さあたりの質量)とすると、式 (136)から、
Izz =∑j
mjx2j ,
=
∫ L
0
x2ρdx =L3
3ρ =
ML2
3(171)
ここで、棒の質量がM = ρLであることを用いた。この計算において、
∑が突然
∫に変化してとまどうか
もしれない。棒は質量が連続的に分布しているので、棒を無限に小さな断片に分割した極限を計算する必要があり、積分になる。
9. 例題:斜面を転がる円柱
質量M、慣性モーメント Izz、半径 aの円柱が、角度 βの斜面上にあり、下向きの重力加速度を受けて、摩擦力により回転しながら落下している。円柱の加速度を求めよ。円柱の運動は、斜面を落下する並進運動と、回転運動の
2つに分けられる。ただし、両者は独立ではなく、重心の斜面に沿った移動距離 X と、円柱の回転角 θには、滑らない条件;
X = aθ, (172)
の関係がある。言うまでもないが、円柱の回転速度 ωz =dθ/dtである。一方、円柱に作用する力は、重心に作用する重力Mgと、
斜面からの摩擦力 f である。これらを考慮すると、円柱の運動方程式は、
Md2X
dt2= Mg sin(β)− f, (173)
Izzd2θ
dt2= fa, (174)
摩擦力 f を消去して、θ = X/aを用いると、(aM +
Izza
)d2X
dt2= aMg sin(β), (175)
が得られる。したがって、円柱は等加速度で落下し、斜面に沿った落下の加速度は、
加速度 =g sin(β)
1 + Izza2M
, (176)
である。次の例題で示されるように、一様に質量が分布している
円柱では、Izz =Ma2/2なので、
加速度 =2
3g sin(β), (177)
となる。円柱の回転により加速度が 2/3に低下することがわかる。
10. 例題:円盤の慣性モーメント
半径 a、質量M の薄い一様な円盤の中心を通って板に垂直な軸の周りの慣性モーメント (慣性テンソルの Izz 成分)を求める。ρを面密度(単位面積あたりの質量)とすると、式 (136)から、
Izz =∑j
mj(x2j + y2j ),
=
∫ a
0
r2ρ(2πr)dr =π
2ρa4 =
M
2a2 (178)
ここで、円盤の質量がM = ρπa2 であることを用いた。この計算では、円盤を無限に小さな同心円状の断片に分
割した極限を計算した。
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20
F. コマの運動
コマは円盤とその中心を貫く芯棒からなり、重力を受けて机上で自転しながら運動する。剛体の運動として最も基本的な課題であり、例題として重要であるばかりでなく、ロケットやジェット機の姿勢制御にはジャイロとして使われている。また、コマの運動を記述する基本方程式は、磁場中の原子核や電子の運動を記述する方程式と同じであり、目に見えないそれらの運動を見てきたように理解するための重要な道具でもある。また、磁場中の原子核や電子の運動は、分子の立体構造の解析や、この講義の最後に述べる磁気共鳴イメージング装置の理解に不可欠である。
1. トルクを求める
コマの芯棒の下端は机上の原点Oに固定されているが、原点を中心に自由に回転できる。コマを回さないで立てると、重力によりすぐに転んでしまう。この力がコマに働く力のモーメント(トルク)になる。重力加速度を g =(0, 0,−g)、コマの重心の座標を rG、コマの質量をM とすれば、コマに作用するトルク N は、式 (93)から、
N = rG × gM, (179)
である。これは、先に述べたように、重力が剛体に作用するトルクは、重心に全重力が作用する場合のトルクと同じであることを利用すると簡単に導くことができる。
2. コマの運動方程式
トルクを用いると、コマの運動方程式は、
dL
dt= rG × gM, (180)
となる。ここで、Lはコマの角運動量である。この式を解くためには、Lと rGの関係を表す式を別な条件から導く必要がある。しかしながら、これはかなり複雑であり、ここでは近似を行う。コマの運動を詳しく観察すると、心棒を中心とした円盤
の高速回転 (自転)と、心棒の向きの変化を伴う遅い円運動 (歳差運動)からなる。この運動に対応して、角運動量Lは自転由来の大きな成分と、歳差運動由来の小さな成分からなる。また、コマの自転による角運動量の向きは rGと平行で、歳差運動による角運動量の向きは、rG に対して垂直方向である。これゆえ、Lと rG は平行ではない。しかし、トルク rG × gM を求める場合だけ rGに対して、歳差運動由来の成分を無視して、
rG は Lと同じ向き (181)
|L| ≈ Iω (182)
という近似を行っても、トルクは真の値と大きく変わらないといえる。ここで、ωはコマの自転の角速度、I は心棒(自転軸)を中心とした慣性モーメントで、式 (178)のよう
にして求められる。ただし、この近似が妥当か否かは実験結果と近似計算した結果とを比較し、検証する必要がある。この近似を用いると、重心は角運動量を用いて、
rG ≈ rGL
Iω(183)
と表すことができる。ここで、rG = |rG|である。式 (183)を式(180)へ代入して、
dL
dt≈ rGM
IωL× g (184)
が得られる。g = (0, 0,−g)を代入して、成分で書くと、
dLx
dt= −rGMg
IωLy (185)
dLy
dt=
rGMg
IωLx (186)
dLz
dt= 0 (187)
が得られる。この解は、
Lx = a cos(Ωt+ ϕ) (188)
Ly = a sin(Ωt+ ϕ) (189)
Lz = b (190)
ここで、歳差運動の角周波数 Ωは、
Ω =rGMg
Iω, (191)
であり、|L| =√a2 + b2 = Iω である。コマの角運動量
は大きさが一定のまま、ゆっくりと歳差運動をする。式(185)∼(187)は、3元の連立常微分方程式なので、初期条件で決まる未知変数 a、b、ϕが含まれる。a、bは、|L| =√a2 + b2 = Iωおよび、歳差運動の初期の傾き角度で決まり、ϕは歳差運動の初期位相である。ここでは、角運動量を求めたけれど、角運動量は重心と
近似的に平行であるから、角運動量が分かれば、重心の向きが分かり、コマの運動が分かったことになる。式 (184)と似た方程式が、核磁気共鳴イメージングの原
理の説明に用いられる。そこでは、磁場中の原子核の向きを記述する方程式として用いる。
VI. 摩擦と摩耗、潤滑
慣性の法則に従うと、動いている物体は外力が働かない限り一定の速度を保って運動を続けるはずである。しかし、身の回りにはそのような運動はない。これは摩擦によって運動している物体に力が働くからである。摩擦は 2つの物体が接触しながら相対的に運動するとき、相対運動を妨げる向きに力が働く現象である。車で道を走るとき、凸凹道の方が滑らかな道より摩擦が
大きいことはよく知られている。同様に、鉄道は道全体を滑らかにする代わりに、わずかな面積ですむレールの上のみを滑らかにすることで摩擦を減らしている。この様なわ
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けで、表面が凸凹している方が摩擦が大きいように思えるし、日常生活の範囲ではこれは正しい。ところが、実験室で真空をつくり、その中で金属や石の面を平らに磨いて、摩擦の大きさを測定すると、著しく大きな摩擦が生じることが判っている。面をある程度以上清浄で平らに磨くと摩擦はむしろ大きくなる。摩擦の原因について考えてみよう。ほとんどの固体は、異なる物質どうしでも、清浄で平ら
な面どうしを押しつけるとそのままくっついてしまう。たとえば、ダイヤモンドと鉄などである。このためには、ダイヤモンドと鉄を研磨して平らにしたあと、真空中でアルゴンイオンを電場により加速して照射し、表面にあるわずかな汚れを除去する。その後、両者を押しつければ完全に接着し、強引に引き離しても接着面ではがれることはない。清浄な物質の表面は、化学結合が切れている状態で不安定なので、別な清浄面が来れば容易に化学結合をしてしまう。日常の常識に反するかもしれないが、清浄な物質の表面というのは、化学結合が切れてむき出しになっているので、ガムテープのようにべたべたしている。しかし、身の回りにある物質の表面は、水や油、酸化物などにより汚れることでべたべたしなくなっている。清浄でない面どうしを押しつけた場合にはどうなるだろ
うか? 身の回りにある 2つの鉄片を近づけても接着しないようにみえる。しかしながら、微細にみると必ずしもそうではない。日常レベルで平らと思えるような面にも、原子レベルで見るとたくさんの凸凹がある。このような面同士を押しつけると、凸凹があるので実際の接触面(真実接触面)は小さく、接触している場所の圧力は非常に大きくなる。すると、表面の水や油、酸化物などが局所的にえぐり取られて、清浄な原子面が出現し、接着してしまう。ただし、接着面はわずかな面積なので、引き離そうとすればすぐにとれる。2つの物質を押しつけるとわずかな面積であるが接着し、
そのまま相対的にずれるように動かすと接着面の破壊(せん断)が生じる。接着面のせん断に要する力が摩擦力である。したがって、摩擦には接着面の破壊が伴うので物質は磨り減る。摩擦には、摩耗(磨り減ること)が伴う。2つの面を接触させたまま相対運動させる場合より、車
輪のように転がる場合の方が摩擦は少ないが、転がる場合でも摩擦はゼロにはならない。これは、ガムテープの上で車輪を転がしてみれば判るように、接着したあと接着面を破壊して剥離させる必要があるので力が必要になり、摩擦力が生じる。接触させたまま滑るように相対運動をさせるときに生じる摩擦をすべり摩擦とよび、車輪のように転がる場合に生じる摩擦をころがり摩擦という。ころがり摩擦の方がすべり摩擦より小さい。
A. 摩擦の法則
摩擦は、上述のように非常に複雑な機構で生じるので、摩擦に関する厳密な法則というのはないが、ある程度適用できる経験則がしられている。これは、1669 年にフランスのアモントンが発表し、クーロンが確認したので、アモントンの法則またはクーロンの法則と呼ばれている。すべり摩擦に関して、(1) 摩擦力は接触面に垂直に加え
られる力に比例し、物体間の見かけの接触面積とは無関係である、(2)動摩擦力はすべり速度に無関係である、(3)静摩擦力は動摩擦力より大きい。
1. 摩擦係数
摩擦の大きさは物体の種類や状態によって大きく異なる。しかしながら、摩擦は自動車や機械など動く物体におけるエネルギー効率、発熱、耐久性(寿命)、安全性(ブレーキ)と言う極めて重要な要素を左右している。物体の摩擦を短い言葉で的確に表現できれば、摩擦によって決まるこれらの要素の改善がやりやすくなる。摩擦を表す尺度として、摩擦がクーロンの法則に従うこ
とを考慮し、見かけ上の接触面に垂直に加えた力と摩擦力の比を摩擦係数として定義する; 摩擦係数 µは、
µ =摩擦力
接触面に垂直に加えられた力(192)
である。クーロンの法則に従うと、摩擦力は、摩擦係数が分かれば、接触面積や速度に関係なく「垂直抗力かける摩擦係数」により求められる。摩擦係数は、極めて複雑な機構で生じる摩擦という現象
を、幾つかの実験事実をもとにして得られたクーロンの法則を用いて簡潔に表現していると言う点で、摩擦に関するすばらしい指標である。しかしながら、摩擦が発生する機構を考えても分かるように、必ずしも全ての摩擦がクーロンの法則に従うわけではない。
B. 潤滑
摩擦力を減らすにはどうすれば良いか。摩擦は固体どうしの面が接触することに伴う接着で生じるので、固体どうしが接触しないようにすれば減少させることができる。このためには、面を積極的に汚せばよい。金属面どうしの摩擦の場合、摩擦係数は 1前後であるが、故意に接触面に油などを塗って汚すと、固体の面に油の分子が強く結合し金属の面が全て油の分子で覆われる。このような状態になると、金属どうしが接触しないので摩擦係数は 0.1程度になる。しかし、この状態では、金属どうしの接触は避けられても付着した油も固体状態なので、固体どうしの接触であることにはかわりない。したがって、摩擦係数はさほど小さくはならない。さて、摩擦や摩耗を極端に嫌う重要な例に、車軸がある。
車軸は丸い穴に丸い棒(軸)を差し込んで相対的に回転させる構造であり、人類は紀元前から用いている。車軸に油を入れると摩擦係数は 0.001程度にさがる。これは、たいへん好ましいことであるが、平らな面に油を塗っただけでは 0.1程度の摩擦係数がなぜこんなに小さくなるのか、不思議であった。研究の結果、軸の回転に伴って油が巻き込まれ、1µm程度の液体の油の層ができるからであることが解明された。これにより、摩擦係数がさがるのみでなく、摩耗も小さくなり、車軸の耐久性も向上する。
C. 摩擦のまとめ
摩擦、摩耗、潤滑は機械に限らず、生物など動く物すべてにあてはまる課題であり、その機構を理解し、工夫することでエネルギーの節約や長寿命化が可能である。
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22
VII. 力の釣り合い
ここでは、剛体に力が作用して、釣り合っている状態について述べる。剛体が静止するためには、並進方向の力の合力がゼロになることと、剛体に作用するトルク(ねじる力)がゼロになっていることが必要である。
A. てこの原理
てこは、小さな力で重量物を動かす場合などに用いられるが、棒や板であり、慣性力 (ma)が重要になるほどの加速度で動いていない。したがって、静止した剛体棒として扱うことができ、てこの支点、力点、作用点に力が作用し、釣り合っている。ここでは、支点を中心とした回転させる力(トルク)に注目しよう。トルクがゼロなので、
作用点と支点までの距離×作用点に発生する力=力点と支点までの距離×力点に加える力, (193)
という関係が成立する。これは、紀元前 200年頃にアルキメデスにより発見された。てこの原理は小さな力で威力を発揮でき、すばらしいけ
れど、人体には好ましくない場合もある。例えば、体重が70 kgの人間ならば、骨にかかる力も最大 70 kgwのように思えるが、骨は複雑に結合しており、てこになっている場合もある。このような場合、思わぬところで大きな力が生じ、骨などが損傷する場合がある。
1. 片足立ちのとき、股関節に作用する力
片足立ちのときに股関節に作用する力 Rを例として求めてみる。腰の筋肉により引っ張られる力を F1, 体重をW , 足の重さをWL =W/7、Rの水平成分を Rx、垂直成分を Ry とする。垂直・水平方向の釣り合いの式と股関節を中心としたトルクを求めよう。
足を剛体とみなし、力の釣り合いを求める
垂直方向 F1 sin(70)−Ry −
1
7W +W = 0,(194)
水平方向 F1 cos(70)−Rx = 0, (195)
トルク (股関節を中心とする)
F1 sin(70)7cm +
1
7W3cm−W11cm = 0, (196)
これを解けば F1 = 1.6W, Rx = 0.55W, Ry = 2.37Wとな
るので,R =√R2
x +R2y=2.43Wとなる。股関節には、体
重の 2.43倍の力が加わる。
次に、同様に松葉杖をついて立つ場合を解析してみる。
足を剛体とみなし、力の釣り合いを求める
垂直方向 F1 sin(70)−Ry −
1
7W +
5
6W = 0,(197)
水平方向 F1 cos(70)−Rx = 0, (198)
トルク (股関節を中心とする)
F1 sin(70)7cm− 1
7W0.3cm− 5
6W11cm = 0, (199)
これを解けば F1 = 0.65W, Rx = 0.225W, Ry = 1.31W
となるので, R =√R2
x +R2y=1.33W となる。股関節に
は、体重の 1.33 倍の力が加わる。
片方の足をケガしたときなどに長時間片足歩きをすると、健康な方の足を痛める可能性があり、極めて危険である。また、病状が改善したあとでも、同様の理由でしばらく松葉杖を使用する必要があることの根拠となっている。
参考文献:
医系の物理 力学 ベネディク、ビラース著 吉岡書店
医歯系の物理学 赤野松太郎 他著 東京教学社
力学 戸田盛和著 岩波書店
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23
床 床
1F 1FR R
N=W
N= WN= W
床からの抗力は体重Wに等しい
片足立ちの場合 松葉杖で立つ場合
WL=W/7WL=W/7足の重さは
体重Wの1/7 足の重さは体重Wの1/7
股関節に作用する力F :腰の筋肉によ1り引っ張られる力
F :腰の筋肉によ1り引っ張られる力
70度 70度
11cm
3cm
3mm
7cm 7cm
y y
x x
垂直(y)方向の力の釣り合いy F sin(70)-R - W+W=01
垂直(y)方向の力の釣り合いy F sin(70)-R - W+ W=01
1-7
1-7
1-7
1-7
水平(x)方向の力の釣り合い F cos(70)-R =0x1
水平(x)方向の力の釣り合い F cos(70)-R =0x1
股関節を中心としたトルク F sin(70)×7+ W×3-W×11=01
股関節を中心としたトルク F sin(70)×7- W×0.3- W×5=01
1これらを解いて、F =1.6W, R =0.55W, R =2.37Wx y2 2したがって、R= R +Ry =2.43Wが求まる。x
1これらを解いて、F =0.65W, R =0.225W, R =1.31Wx y2 2したがって、R= R +Ry =1.33Wが求まる。x
重心位置この直線上
重心位置この直線上
5-6
1-6足に対する床からの抗力
松葉杖に対する床からの抗力
松葉杖
5cm
5-6
5-6