CONTENTS 1 章 インサイダー取引規制の趣旨と概要3 1 インサイダー取引の意義...

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iii CONTENTS インサイダー取引規制の趣旨と概要 第 1 節 インサイダー取引の意義   2 第 2 節 インサイダー取引規制の根拠アメリカ判例法の展開 4 第 3 節 インサイダー取引規制の根拠わが国の考え方   7 第 4 節 わが国のインサイダー取引規制の特色 9 1  規制の概要  9 2  構成要件の明確化 11 3  情報受領者と情報伝達者 13 4  重要事実と適用除外取引 15 第 5 節 インサイダー取引規制のエンフォースメント 17 第2章 近年のインサイダー取引の実情 第 1 節 近年のインサイダー取引事例 22 1  刑事罰から課徴金制度導入(平成17年 4 月施行)まで 22 2  平成17年以降市場関係者等によるインサイダー取引の相 次ぐ摘発と 「うっかりインサイダー」 24 3  金融庁・証券取引等監視委員会、各証券取引所、日本証券業 協会らによるインサイダー取引防止のための取組み 27 4  最近の摘発事件の特徴 30 5  バスケット条項の積極的適用 32 6  公開買付け等絡みのインサイダー取引の摘発の増加 36 7  刑事罰適用の積極性 37 8  経済産業省の元審議官によるエルピーダ株式・NECエレクト ロニクス株式にかかるインサイダー取引事件について 39 第 2 節 いわゆる 「公募増資インサイダー」 事案の発生 48 1  「公募増資インサイダー」 とは何か 48

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CONTENTS

第 1 章 インサイダー取引規制の趣旨と概要�

第 1節 インサイダー取引の意義     2第 2節 インサイダー取引規制の根拠―アメリカ判例法の展開    4第 3節 インサイダー取引規制の根拠―わが国の考え方     7第 4節 わが国のインサイダー取引規制の特色     91  規制の概要  92  構成要件の明確化 113  情報受領者と情報伝達者 134  重要事実と適用除外取引 15

第 5節 インサイダー取引規制のエンフォースメント    17

第 2章 近年のインサイダー取引の実情�

第 1節 近年のインサイダー取引事例    221  刑事罰から課徴金制度導入(平成17年 4 月施行)まで 222  平成17年以降―市場関係者等によるインサイダー取引の相次ぐ摘発と 「うっかりインサイダー」 24

3  金融庁・証券取引等監視委員会、各証券取引所、日本証券業協会らによるインサイダー取引防止のための取組み 27

4  最近の摘発事件の特徴 305  バスケット条項の積極的適用 326  公開買付け等絡みのインサイダー取引の摘発の増加 367  刑事罰適用の積極性 378   経済産業省の元審議官によるエルピーダ株式・NECエレクトロニクス株式にかかるインサイダー取引事件について 39

第 2節 いわゆる 「公募増資インサイダー」 事案の発生    481  「公募増資インサイダー」 とは何か 48

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2  各事案の特徴 533  公募増資インサイダーが発生しやすい要因 644  証券会社サイドから見た問題点と防止策 665  投資家サイドから見た問題点と防止策 776  公募増資インサイダー問題の根本的な原因と対応 80

第 3節 インサイダー取引の発生を未然防止するための体制    811  インサイダー取引の防止体制の基本的枠組み 812  インサイダー取引防止体制を整備することの意義 82

第 4節 インサイダー取引防止規程    891  届出制・許可制・禁止制 892  規範としての明確性の確保の確保 933  グループガバナンス 944  その他の留意点 95

第 5節 情報管理体制の整備    971  情報管理体制の整備の必要性と要点 972  野村證券の社員らによるインサイダー取引事件 1023   証券取引等監視委員会事務局 「株式公開買付等に係る実務とインサイダー取引のリスク」 107

4  公募増資インサイダーについて情報管理体制の観点からの検討 110

第 6節 平成25年金融商品取引法改正(情報提供・取引推奨規制導入等)、日本版スチュワードシップ・コードを踏まえたインサイダー取引防止体制上の留意点    116

第 3章 平成25年改正金商法によるインサイダー取引規制�

第 1節 平成25年改正の経緯    122第 2節 情報伝達・取引推奨規制    1241  概  要 1242  規制の趣旨・意義 1293  規制対象者 133

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4  目的要件 1375  情報伝達・取引推奨行為の相手方 1536  情報伝達・取引推奨行為 1557  当該他人による取引の要件(刑事罰・課徴金) 1608  情報伝達とインサイダー取引規制の共犯との関係 1659  氏名公表措置 167

第 3節 公開買付者等関係者のインサイダー取引規制    (法167条)の改正    1771  概  要 1772  公開買付者等関係者の範囲の拡大 1773  公開買付情報の伝達を受けた者の適用除外 178

第 4節 会社関係者のインサイダー取引規制(法166条)の改正    183第 5節 上場投資法人等にかかる投資証券等に関するインサイ

ダー取引規制の導入    185第 6節 その他    190

第 4章 自主規制機関におけるインサイダー取引防止に向けた取組み�

第 1節 金融商品取引所におけるインサイダー取引防止に向けた対応    194

1  はじめに 1942  金融商品取引所の自主規制機関としての役割 1943  インサイダー取引にかかる売買審査 1954  証券会社の法人関係情報の管理態勢にかかる考査 2005  インサイダー取引の未然防止のための各種啓発活動等 2006  近年の公募増資銘柄にかかるインサイダー取引を踏まえた対応 2037  おわりに 206

第 2節 日本証券業協会におけるインサイダー取引防止に   向けた対応    207

1  はじめに 2072  内部者登録制度 208

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3  法人関係情報管理制度 2254  株式等の引受業務における内部者取引等の再発防止対応 2415  プレ・ヒアリング 2476  証券会社における売買管理体制 2547  その他の内部者取引規制にかかる自主規制規則 258

第 5章 インサイダー取引防止に向けた課題�

第 1節 取締当局・立法当局側の課題    2641  課徴金の裁量型行政制裁金への転換の必要性 2642  合意による事件処理モデルの導入の必要性 2713  調査終了の告知の必要性 2764  金融庁・SESCによるガイドラインの作成・公表の検討の必要性 277

5  証券取引等のグローバル化に対する対応 279第 2節 企業側の課題    2851  一般投資家目線を意識した判断の徹底 2852  インサイダー取引は必ず露見するとの意識の浸透 2863  情報管理の徹底 287

●事項索引 289

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第 1章インサイダー取引規制の

趣旨と概要

1  インサイダー取引の意義2 �インサイダー取引規制の根拠� �―アメリカ判例法の展開

3 �インサイダー取引規制の根拠� �―わが国の考え方

4 �わが国のインサイダー取引規制の特色

5 �インサイダー取引規制の� �エンフォースメント

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1 インサイダー取引の意義

 インサイダー取引(内部者取引)は、未公表の内部情報を有する内部者が、その情報が公表される前に有価証券の売買などの取引を行うものである。 インサイダー取引は、それにより利益を上げる目的のほか、損失を回避する目的でも行われる。使われる内部情報は、グッド・ニュース(証券の価格を引き上げる要因となる情報)とバッド・ニュース(証券の価格を引き下げる要因となる情報)とがある。グッド・ニュースを知った内部者は、その情報が公表される前に、証券を安価で購入し、情報公表後に高値で売却することで利益を得ることができる。バッド・ニュースを知った内部者は、その情報が公表される前に、持株を高値で売却することができる。これにより、内部者は、情報公表後の株価が下落したことによる損失を回避できたことになる。さらに、バッド・ニュースを知った内部者は、証券を空売りして、利益を上げることもできる。すなわち、情報公表前に、借り入れた証券を高値で売却しておき、情報公表後に下落した価格でその証券を買い戻すことで、差額分の利益を上げることができる。 内部者は、このような取引で確実に利益を上げまたは損失を回避できる。また、取引にはなんらの努力も使われず、まさに「濡れ手で粟」といえる。このことから、インサイダー取引は、しばしば、「イカサマ賭博」に例えられる1。 インサイダー取引が「悪」であることは、現在では、当然のこととされている。もっとも、過去には、「情報は早い者勝ち」「役得(やくとく)」といった評価もあった。たしかに、努力して情報を入手した者が、その情報を利用して利益を上げることは誰も否定しない。講義中に居眠りをしていた学生と、熱心

1 龍田節「インサイダー取引の禁止―不公正取引の規制(その二)」法学教室159号(1993年)65頁。そこでは、インサイダー取引は、運動選手のドーピングに似るとも形容されている。また、竹内昭夫「インサイダー取引規制の強化〔上〕」旬刊商事法務1142号(1988年) 7頁は、「さいの目は取締役の方が自由に操れるのであるから、そんなインチキばくちの相手になるために証券市場に集まれと言うことが、そもそも見当違いの話」とインサイダー取引を断罪する。

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1  インサイダー取引の意義

第1章

に講義に耳を傾けていた学生とで、テストの成績に差がつくのは当然である。しかし、インサイダー取引で使われる情報は、このような通常の努力では入手できない類のものである。会社に不法に侵入しなければ入手できない情報について、「早い者勝ち」というのは妥当ではない。 また、「役得」についても、なぜ、内部者だけが利得(あるいは損失回避)が許されるであろうか。会社の従業員が自社製品を安く買えることは「役得」といえる。このような取引は、誰にも迷惑をかけるものではない。また、社内割引の事実を知ったとしても、同じ商品を店において定価で買うことを拒否する消費者は見当たらない。これに対して、インサイダー取引の相手方となった投資者は、内部情報の存在を知っていたら、取引を行わなかったか、もしくは、異なる条件で取引を行ったと考えられる。 かつて、インサイダー取引による利益は内部者の報酬であるので、取引は容認されるという見解があった2。グッド・ニュースで利得するには、その元となる企業の価値を向上させる必要がある。そのため、インサイダー取引は、仕事に励み、企業の価値を向上させるインセンティブになるともいわれた。しかし、このようなインセンティブ報酬は、ストック・オプションなど、別の方法で付与することも可能である。また、このような形で報酬を与えることは、相場操縦などの意図的な価格操作を行うインセンティブにもなることに注意が必要である。さらに、バッド・ニュースを得た内部者が持株を売り抜けることを報酬の一部と解することには無理がある。会社の業績向上にまったく寄与しなかった役員や従業員が、内部情報を知り得る地位にいたというだけで利得が認められる合理的な理由は見出しがたい。

2 「法を経済学」の視点から分析する手法からは、インサイダー取引によって、株主と経営者の間のエージェンシー・コストを引き下げることができると主張された。これは、経営者は、必ずしも株主の利益になる行動をとるとは限らないため(エージェンシー問題)、株主は、報酬として内部情報に基づいた取引を許容することで、経営者が株主の利益となるような行動をとるようなインセンティブを与えることができるというものである(これにより、経営者は、会社に対する残余請求権を有することになり、この点で、株主との利益が一致する)。このような主張と反論について、三輪芳朗・神田秀樹・柳川範之編『会社法の経済学』(東京大学出版会、1998年)349頁(「インサイダー取引規制」[太田亘])参照。このほか、竹内昭夫先生追悼論文集『商事法の展開―新しい企業法を求めて』(商事法務研究会、1998年)395頁(「未公表情報を利用した株式取引と法」[藤田友敬])参照。

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2 インサイダー取引規制の根拠―アメリカ判例法の展開

 現在では、インサイダー取引規制無用論は影を潜め、世界の主要国で、インサイダー取引の規制が行われている。もっとも、その規制の根拠については、画一的なものがあるわけではない。 アメリカでは、1934年に制定された証券取引所法10条b項およびこれに基づく連邦証券取引委員会(SEC)規則10b- 5の適用により、インサイダー取引が規制されてきた。規則10b- 5は、何人も「詐欺を行うための策略、計略または技巧を用いること」を禁止する規定である。この規定に違反した者は、刑事罰の適用がある。さらに、民事責任の根拠としても利用されている。アメリカでは、この規定の適用について、判例の蓄積がなされてきた3。 まず、最初に、市場に参加する者の間では情報は平等でなければならないという考え方が示された(「情報の平等理論」という)。そこでは、内部情報を有する者は、その情報を開示するか、さもなければ、取引を断念しなければならない。しかし、自分の努力で情報を入手した者についても、情報の平等を要求することは妥当ではない。努力によって入手した情報をもとに取引を行った者が刑事罰の適用を受けるのであれば、だれも、情報収集を行わなくなる。その結果、証券投資も衰退すると考えられる。 そこで、つぎに、インサイダー取引は、内部者が会社(株主)に対して負っている義務に違反するという考え方が示されることとなった(「信認義務理論」という)。信認義務理論は、インサイダー取引は、会社または株主に対して負う信認義務に違反し、この点で、規則10b- 5の「詐欺」に該当すると解するものである。信認義務理論は、インサイダー取引規制の理論的支柱となり、現

3 アメリカの判例法や学説をわが国に紹介する文献は多数にのぼる。近年のもので、比較的入手が容易なものとして、黒沼悦郎『アメリカ証券取引法〔第 2版〕』(弘文堂、2004年)156頁以下、萬澤陽子『アメリカのインサイダー取引と法』(弘文堂、2011年)が参考になる。

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2  インサイダー取引規制の根拠―アメリカ判例法の展開

第1章

在でも「伝統的理論」と呼ばれている。 ところで、アメリカでは、内部情報を伝達した者も規制の対象となる。情報伝達者は、会社の情報を個人的な利得のために他人に伝えた点で信認義務違反が認められる。もっとも、情報の伝達を受けた者(情報受領者)は、会社に対して、信認義務を負う立場にないのが通常である。そのため、情報受領者の取引の違法性は、情報伝達者の義務違反(会社に対する信認義務違反)から派生するものと考えられている4。したがって、情報受領者がインサイダー取引規制違反に問われるのは、情報伝達者が信認義務に違反して情報を伝達したことを知っているかもしくは知るべきであった場合に限られることとなる。わが国では、平成25年の法改正で、情報伝達者も規制の対象とすることになった。もっとも、その立法趣旨は、情報受領者(第一次情報受領者)のインサイダー取引を予防するためのものである。この点で、第一に、情報伝達者が規制され、情報受領者の責任はそれから派生すると考えるアメリカとは大きな違いがある。 このように、信認義務理論のもとでは、取引が規制される者は会社または株主に対して信認義務を負う者である。しかし、これでは規制の及ぶ範囲が狭すぎるという問題が発生した。たとえば、印刷会社Aの従業員Bが、印刷作業中に、ある会社Cについての企業買収の情報を知って、Cの株式を買い付けた例を考えてみよう。そこでは、Bは従業員としてAに対して何らかの義務を負うものの、Cに対して信認義務を負うわけではない。信認義務理論のもとでは、Bの取引を規制することができないことになる。このため、ある者(上記ではB)が情報源(上記ではA)に対して負う信頼義務に違反して、内部情報を不正に流用したときに、証券取引に関する詐欺を行ったとする考え方が示されることになった(「不正流用理論」という)5。そこでは、情報源に帰属すべき情報を自己のために利用したことが問題とされる。もっとも、不正流用理論には、情報源が情報の利用を許容した場合、インサイダー取引規制を適用することが難しくなるといった批判が寄せられている。なお、信認義務理論と不正流用理

4 インサイダー取引における情報伝達者と情報受領者の責任要件を連邦最高裁判所として初めて明らかにした事件はDirks事件(Dirksv.SEC,463U.S.648(1983))であった。本事件については、近藤光男・志谷匡史編著『新・アメリカ商事判例研究』(商事法務、2007年)87頁(「内部情報受領者の責任」[正井章筰])参照。本判決により、情報受領者の義務は情報伝達者の義務から派生するという考え方が確立された。

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論とは相反するものではない。アメリカでは、現在でも、事案に応じて、両理論の使い分けがなされている。

5 連邦最高裁判所(多数意見)は、OʼHagan事件(UnitedStatesv.O'Hagan,521U.S.642(1997)で、いわゆる「不正流用理論」を初めて採用することを明らかにした。本事件については、近藤光男・志谷匡史編著『新・アメリカ商事判例研究』(商事法務、2007年)276頁(「インサイダー取引規制の範囲」[近藤光男])参照。

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3  インサイダー取引規制の根拠―わが国の考え方

第1章3 インサイダー取引規制の根拠

―わが国の考え方

 わが国でも、アメリカ判例法の展開が紹介されているものの、それが、わが国における規制の根拠として主流なものになるには至っていない。前述のように、アメリカの信認義務理論や不正流用理論は、詐欺を根拠とするといったアメリカ法独特の背景から生まれたものである(さらに、それ以前の、いわゆるコモンローの考え方を大きく受けていると指摘される)。また、わが国では、取締役は会社に対して忠実義務を負う(会社法330条)ものの、株主に対して信認義務類似の義務を負うとまで解されていない。さらに、株主が会社やほかの株主に信認義務類似の義務を負うとは考えにくい。不正流用理論については、なぜ情報源への義務違反が、証券市場での詐欺に該当するが不明と批判されている6。 わが国のインサイダー取引規制は、投資者の市場への信頼とそれによる証券市場の健全性の維持を保護法益としていると解するのが一般的である。 インサイダー取引は、情報格差(非対称性)を利用したものである。しかし、その格差は、是正が不可能なものであることは既述のとおりである。この点で、内部者は、情報を知らない投資者と比較して著しく有利な立場にある。もっとも、わが国のインサイダー取引規制は、投資者間の不公平そのものを根拠とするものではない。情報を隠して取引を行うことは、証券取引に限らない。法律(金融商品取引法)が、刑事罰をもってインサイダー取引に対して厳しい態度で臨むのは、それが証券市場の健全な発展の障害になると考えるにほかならない。いうまでもなく、証券市場は、企業の資金調達の場であるだけでなく、国民の重要な資金運用の場でもある。経済の発展には、証券市場の健全な運営と

6 なお、わが国には、取締役や主要株主が 6月以内に反対売買を行った場合、会社はその利益の提供を請求できる制度がある(短期売買利益の提供制度)(法164条)。この制度は、インサイダー取引の予防策として位置付けされるが、会社に請求権がある点、信認義務理論に馴染みやすいものといえる。

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発展が不可欠である。インサイダー取引は、投資者の証券市場に対する信頼を損なうものであり、この点から、厳しく規制される必要がある7。現行法が証券市場の健全性の観点から規制を行っていることは、それが、取引所市場で証券が売買される上場会社などを対象としていることからも明らかである。 なお、学説では、証券市場の健全性を問題としながら、特に、公正な価格形成を保護法益とするものがある。そこでは、内部者による取引は、真摯に情報を分析した投資判断に基づくものではなく、そのような取引は、公正な価格形成を阻害すると主張するものである8。

7 昭和63年の法改正のもととなった証券取引審議会報告「内部者取引の規制の在り方について」(昭和63年 2 月24日)は、以下のように述べている。

   「内部者取引が行われるとすれば、そのような立場にある者は、公開されなければ当該情報を知りえない一般の投資家と比べて著しく有利となり、極めて不公平である。このような取引が放置されれば、証券市場の公正性と健全性が損なわれ、証券市場に対する投資家の信頼を失うこととなる。内部者取引の規制が必要とされる所以である」

8 上村達男「新体系・証券取引法〔第 6回〕:流通市場に対する法規制(三)―インサイダー取引規制」企業会計53巻10号(2001年)68頁。

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インサイダー取引規制と未然防止策~取引事例と平成25年改正を踏まえたポイント~

2014年 9 月20日  初版第 1刷発行 著 者

発行者 金 子 幸 司発行所 ㈱経済法令研究会

〈検印省略〉〒162―8421 東京都新宿区市谷本村町3―21電話 代表 03(3267)4811 制作03(3267)4823

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ⓒ YasuhiroKawaguchi,HiroshiKimeda, ISBN978―4―7668―2351―6KoichiHirata,HiroyukiMatsuzaki2014 PrintedinJapan

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川口 恭弘 木目田 裕平田 公一 松崎 裕之

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