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1 第9回 心理学実験システム ~純音の弁別感度の測定~ はじめに 実験心理学 (Experimental Psychology) (知覚心理学 : Perception, 心理物理学 : Psychophysics と呼ばれる領域)において、人間の感じる音や光に対する感覚の強さなど、 五感にもたらす知覚量の強さを「感覚感度」あるいは「知覚感度」という。 感度を示す値として、「弁別閾(Discrimination threshold) 」および「絶対閾(Absolute threshold)」があり、前者は「二つの刺激量の違いに気づく(弁別する)ことのできる最小 強度差」を指し、後者は「単一刺激量の強さを感じる絶対的最小強度」を指す。 絶対閾は、刺激が感知可能となる最小の物理量として定義される。したがって、「見える か」「聞こえるか」という課題を行うことにより感覚閾を決定する。一旦閾値が定まれば、 物理量が閾値以上か以下かによって刺激を閾上刺激と閾下刺激に二分できる。(ただし、プ ライミング効果など、閾下刺激も「見える、聞こえる」という感覚はもたらさないものの、 知覚に影響を与える場合がある)。 本情報学実験では、絶対閾を十分超える物理的音量で、「音(純音)の弁別閾 」を測定 する方法の一例を学ぶ。ここでは、純音の周波数(Hz)の違いを聞き分ける弁別閾を対象とす る。 基準とする純音の周波数を 250Hz1000Hz2000Hz とし、比較刺激として呈示される 純音の周波数が基準からどの程度ずれると「異なる周波数(高さ)の音」として聞こえる かを測定する。 基本的な実験手順 1)グループ3名(当日朝指定する)のうち、実験者1名、被験者1名、記録者1名に それぞれ振り分け、交互に実験を行う(3名ともデータを取得する)。実験者は刺激 の呈示、記録者は呈示条件と被験者の弁別閾を記録する。 2)実験試行開始前に、基準音単一で各基準音の Volume を調節し、調節された値を被験 者ごとに記録しておく。できるだけ小さな Volume で行うことが望ましいが、周囲の 環境を考慮し、聞き取りやすい音量に設定すること。(Volume20程度から調整して 被験者に聞かせ、聞き取りにくければ徐々に上げていく) 3)1名のデータ取得内で、基準音の周波数(3種類: 250Hz, 1000Hz, 2000Hz)×基 準音と比較刺激の呈示順序(2種類: 後述)×基準音と比較刺激との周波数高低(2: 後述)×繰り返し(3回)、の計 36 試行分をデータとして記録する。また、この 36 試行はできる限りランダムな順序で行う(ランダムリストを各班に当日渡す)。従っ て、一試行内で、音ファイルを複数回聞くことになる。

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第 9 回 心理学実験システム

~純音の弁別感度の測定~

はじめに 実験心理学 (Experimental Psychology)(知覚心理学 : Perception, 心理物理学 :

Psychophysics と呼ばれる領域)において、人間の感じる音や光に対する感覚の強さなど、五感にもたらす知覚量の強さを「感覚感度」あるいは「知覚感度」という。 感度を示す値として、「弁別閾(Discrimination threshold)」および「絶対閾(Absolute

threshold)」があり、前者は「二つの刺激量の違いに気づく(弁別する)ことのできる最小強度差」を指し、後者は「単一刺激量の強さを感じる絶対的最小強度」を指す。 絶対閾は、刺激が感知可能となる最小の物理量として定義される。したがって、「見える

か」「聞こえるか」という課題を行うことにより感覚閾を決定する。一旦閾値が定まれば、

物理量が閾値以上か以下かによって刺激を閾上刺激と閾下刺激に二分できる。(ただし、プ

ライミング効果など、閾下刺激も「見える、聞こえる」という感覚はもたらさないものの、

知覚に影響を与える場合がある)。 本情報学実験では、絶対閾を十分超える物理的音量で、「音(純音)の弁別閾」を測定

する方法の一例を学ぶ。ここでは、純音の周波数(Hz)の違いを聞き分ける弁別閾を対象とする。 基準とする純音の周波数を 250Hz、1000Hz、2000Hzとし、比較刺激として呈示される純音の周波数が基準からどの程度ずれると「異なる周波数(高さ)の音」として聞こえる

かを測定する。

基本的な実験手順 1)グループ3名(当日朝指定する)のうち、実験者1名、被験者1名、記録者1名に

それぞれ振り分け、交互に実験を行う(3名ともデータを取得する)。実験者は刺激

の呈示、記録者は呈示条件と被験者の弁別閾を記録する。 2)実験試行開始前に、基準音単一で各基準音の Volume を調節し、調節された値を被験

者ごとに記録しておく。できるだけ小さな Volume で行うことが望ましいが、周囲の

環境を考慮し、聞き取りやすい音量に設定すること。(Volume20 程度から調整して

被験者に聞かせ、聞き取りにくければ徐々に上げていく)

3)1名のデータ取得内で、基準音の周波数(3種類: 250Hz, 1000Hz, 2000Hz)×基準音と比較刺激の呈示順序(2種類: 後述)×基準音と比較刺激との周波数高低(2: 後述)×繰り返し(3回)、の計 36試行分をデータとして記録する。また、この 36試行はできる限りランダムな順序で行う(ランダムリストを各班に当日渡す)。従っ

て、一試行内で、音ファイルを複数回聞くことになる。

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4)各試行では、実験者は1ファイル(基準音と比較刺激音の組み合わせ、準備されて

いるファイルについては後述)ずつ再生し、被験者にその2音が違う音として知覚

できたかどうか(同じか違うか)を答えさせる。回答は「YES(はい、同じ音です)

/NO(いいえ、違う音です)」の二択とする。再生は一ファイルにつき3回まで、と

する。被験者が一度の再生で応答した場合、次のファイルに進む。なお、フィード

バック(実際に周波数が異なる組み合わせだったかどうか、つまり回答が正しかっ

たかどうかを被験者に知らせること)は行わない。各周波数の組み合わせに対し、

被験者が「NO」と答えた最小の値(周波数の差)をその条件(基準音、順序、高低)

での「弁別閾」とする。

5)試行中は、被験者の応答によって、変動させる周波数差が変わってくる。たとえば

10Hzの差分で弁別できる場合、さらに周波数差を小さくし、弁別できない箇所まで測定を続ける。もし同様に 10Hzの差分で弁別できない場合、さらに周波数差を大きくし弁別できる箇所まで測定を続ける。

基本的な解析 <主要因は基準音の周波数>

基準音の周波数による弁別閾の違いを検討する。 <二つ目の要因(基準音と比較刺激音の呈示順序)について>

たとえば基準音の周波数 250Hz条件の場合、第一刺激として 250Hz、第二刺激として 251Hzが呈示される場合とその逆の場合の違いによる影響を検討するということである。この要因による差がないようであれば、主要因の解析においてこの要因を

無視して単なる繰り返しとして扱って構わない。差があれば、違いについての考察

を行う。 <三つ目の要因(基準音と比較刺激との周波数高低)について>

例えば基準音の周波数が 250Hz 条件の場合、250Hz と 251Hz の弁別を行う場合の差分は1Hzとなる。また、250Hzと 249Hzの弁別を行う場合の差分も1Hzである。 この高低によって弁別感度に変化があるかどうかを要因として測定する。この要因

は、のちにデータを比較して、差がないようであればこの要因を無視して単なる繰

り返しとして扱って構わない。差があれば、違いについての考察を行う。 [データの集計] 各被験者の基準音別(12データ)の平均値(被験者内平均)を算出し、グラフにプロッ

トし、参考に示したデータと比較してみる。レポートでは、各被験者の基準音別に、上述

二つ目の要因と三つ目の要因別(全部で3種基準音×2順序×2高低=12)の平均値を

計算する。

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終了判定(表紙配付)基準 原則グループ全員のデータを取得し、各条件に対する各被験者の弁別閾の記録、各被験

者の基準音に対する平均弁別閾をプロットしたグラフ(この段階ではグラフ用紙や罫線のあるノート、本資料の参考のグラフに追記したものでもよい)を示すこと。

レポートの評価について 本実験は粘り強く、丁寧に、実験を実施すれば実験自体は難しいところは何もありませ

ん。しかし、実験実施の際に気を抜くと、とんでもない結果(数値)が得られることとな

ります。このような場合は論外ですので、明らかに手抜きによって異常値が得られたと考

えられる場合にはやり直しを指示する場合があります。一方で、人間の反応ですから当然

誤差や個人差があります。得られたデータを十分に吟味して、考察を加え、独自に調べた

り、考えた事が、レポートとして表現(結果と考察と引用の明確な区別して記述)されて

いることを合格の必須条件とします。レポートしての最低限の形式に則ることは重要です。

適切なグラフを示し、適切な図表番号と名前(キャプション)をつけ、本文で図表番号を

用いて説明することは特に重要です。終了条件には、生のデータ(被験者それぞれの一試

行ごとのデータ)を記録することを実験終了条件としますが、レポートとして報告する必

要はありません。条件毎の平均値等の統計解析結果で示してください。

*考察のヒント ・二つ目の要因、三つ目の要因の影響について ・被験者間の比較 何がどれくらい異なるのか。 違いが産まれた原因についての検討。 ・参考にあるグラフと得られた結果の比較検討 違いはあるか。 違いがあるとするとなぜ違いが産まれたのか ・どんな数学的モデルが考えられるか すでにある理論モデルとの比較 ・実験手法 時間や労力を節約できる方法はないか。 精度を高めるためにはどんな方法が考えられるか。

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使用機材 [1] HandyRecorder Zoom H4n(図1): 実験音の再生に使用 https://www.zoom.co.jp/sites/default/files/products/downloads/pdfs/J_H4nSP.pdf [2] ステレオヘッドフォン: SONY MDR-CD900ST

Zoom H4n のフォルダ内のファイルについて FOLDER{1..6}:F Hz 基準 周辺 F±X Hz x Hz 刻み 外側±Y Hz y Hz 刻み

各 FOLDERには、音刺激用ファイルが複数個含まれており、各ファイルは基準音 F Hzとその近傍の周波数音源(正弦波純音)が連続して2音入っている。基準音が第一刺激と

なっているものが f(first)で開始される名前が付けられている(fF_*.wav)。また、基準音が第二刺激となっているものは s(second)で開始される名前が付けられている(sF_*.wav)。*の部分には、差分の周波数が表示される。また、小数点の代わりにアンダーバーがファイ

ル名となっており、例えば f250_249_5.wav は、第一刺激が 250Hz、第二刺激が 249.5Hz を意味している。また、s250_249_5.wav は逆に、第一刺激が 249.5Hz、第二刺激が 250Hz を意味している。 <使用する ZOOM にあらかじめ存在するフォルダとファイル>

FOLDER1: f250Hz 基準 周辺±1Hz 0.1Hz 刻み 外側±10Hz 0.5Hz 刻み (説明: 250Hz に近い周波数前後1Hz、249.0~251Hz は 0.1Hz 刻みのファイルが第二刺激となるもの。少し遠い外側 10Hz 、240~249Hz、251~260Hz は 0.5Hz 刻みのファイルが第二刺激となっている。以下略)

FOLDER2: s250Hz 基準 周辺±1Hz 0.1Hz 刻み 外側±10Hz 0.5Hz 刻み FOLDER3: f1000Hz 基準 周辺±5Hz 0.5Hz 刻み 外側±20Hz 1Hz 刻み FOLDER4: s1000Hz 基準 周辺±5Hz 0.5Hz 刻み 外側±20Hz 1Hz 刻み FOLDER5: f2000Hz 基準 周辺±10Hz 1.0Hz 刻み 外側±30Hz 2Hz 刻み FOLDER6: s2000Hz 基準 周辺±10Hz 1.0Hz 刻み 外側±30Hz 2Hz 刻み

図 1:音ファイル再生(録音)機器 (Zoom H4n) 左は FOLDERボタン、中央は FILEボタン選択画面。右のように本体側面に Volume、電源スイッチ等が配置されている。

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【心理実験を行う上での実験者の基本的注意事項】 1) 実験者は、被験者ができるだけ落ち着いた状態で課題(Task)の回答のみに集中できるよう、最大限の配慮をすること。不要な私語、回答に対する感想などは厳禁。また、

「正解」「不正解」のフィードバックを与えるかどうかなど、実験条件に影響する要因

となりうる。今回の実験では、フィードバックは与えないものとする。 2) 被験者へは「教示(Instruction)」と呼ばれる実験課題に関する説明を必ず事前に行うこと。また、データの取り直しが不可能な場合が多いため、不明な点は実験前に質問

を受け付け、可能な範囲で回答すること。場合によっては練習試行を設け、課題遂行そ

のものに慣れさせることも必要となる。今回は、練習試行は行わない。 3) 被験者より申し出があった場合、適宜休憩をとる。 4) 測定中に気付いた点があれば、必ずメモを取るなど記録として残しておく。 ※本来、心理実験データを取得する場合、あらかじめ十分な説明(特に安全倫理上の説明)

を行う必要がある。事前の説明が実験計画上不可能な場合、事後の説明を十分に行うこと

とされている。使用する機材の特性、取得後の個人情報を含むデータの取り扱いなど、書

面および口頭での説明を要する。 参考: 公益社団法人日本心理学会 倫理規定

http://www.psych.or.jp/publication/rinri_kitei.html

【被験者への基本的注意事項】 被験者は、心理実験に参加する際、自らのデータが科学的研究の礎となることを理解し

たうえで、真摯に課題の回答に集中するよう心掛けること。また、課題遂行上十分理解で

きていないと思われる点は、実験前に実験者に確認をとること。不真面目な態度で臨んだ

場合、データの分散が大きくなるなど、正しい感度が測定できないことになりかねない。

また通常の状態と比べて体調に異変がある場合など、正直に実験者に伝えておく必要があ

る。心理実験では「取得された(定量的)データがすべて」であるため、データに人為的

な要因による変動がある場合でも気づかれない恐れがある。

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参考 1.今回実験に使用した音ファイルは、以下を使用している。 音声信号生成&信号分析ソフトウェア(http://www.ne.jp/asahi/fa/efu/ より入手) ・WaveGene (WG140) (ステレオ:(±)0dB 16bit サンプリング周波数 44.1kで生成) ・WaveSpectra (WS150) 2.過去の研究データから得られた周波数弁別閾 以下に示すデータは、今回と同様の実験によって被験者の正答率が 75%になる周波数の隔たり(DLF)を示したもの。Wier(1977)らが、周波数の関数として DLFを表したデータ

を log(DLF)対 (周波数) の形でプロットすると、データが直線状に乗ることを見出し

た。Shower & Biddulph(1931)は測定方法が異なり、ゆっくりと周波数変調がなされた音で変調を検知するために必要な変調量を測定したものである。

参考文献: B.C.J ムーア著、大串健吾監訳「聴覚心理学概論」

第 5章 音の高さの知覚 (山田和夫 訳)