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多文化多言語児童への言語評価 (Linguistic assessment for multilingual and multicultural...
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多文化多言語児童への言語評価
下井田 恵子米国言語聴覚士学会認定スピーチパソロジスト
バイリンガルとは
2つの異なる言語を日常的に用いている人を指す
コミュニケーションパートナー、状況、場面、話の内容などによって、2つの言語を適宜使い分ける
バイリンガルは、同時バイリンガルと継起バイリンガルに分けられる
同時バイリンガルVS継起バイリンガル
同時バイリンガル生後~3歳未満の間に2つの言語を同時に習得し始める例:
英語話者の夫と日本語話者の妻の間にうまれた子ども
ともにスペイン語と英語のバイリンガルである夫婦の間にうまれた子ども
継起バイリンガル3歳過ぎてから(第一言語・母語がある程度確立してから)第二言語を習得し始める
バイリンガル児童への言語評価
o 子どもの年齢や性格、家庭や地域社会の言語環境、親のバイリンガルに対する認識・態度など、さまざまな要素が子どものバイリンガル度に影響していることを考慮する
o 3歳未満の幼児に対する言語評価は遊びの観察、発話の引き出しおよび親への聞き取りが中心であるのに対し、3歳以上の子ども(プリスクール以上)に対しては標準検査や言語標本(子どもの発話を記録し分析したもの)などを用いた評価が一般的である
バイリンガル児童への言語評価アメリカ言語聴覚士学会の方針
1.子どもの母語および第二言語の両方で言語評価を実施する。評価を担当するスピーチパソロジストが子どもの母語に堪能でない場合は、通訳を介して評価を行う。
通訳ー職業通訳者、母語と第二言語(アメリカの場合は英語)に通じている一般人、子どもの家族・知人など
バイリンガル児童への言語評価
アメリカ言語聴覚士学会の方針(続き)
2.標準化検査ツールを用いる場合は、子どもの文化言語的環境に照らし合わせた規準を採用したものでなければならない。
その理由は→
バイリンガル≠モノリンガルx2
2つの言語を習得する子どもは、第一言語から第二言語、あるいはその逆方向に、手がかりやヒントとなるものを適用している(カミンズの相互依存仮説の共有基底言語能力モデル、メタ言語意識と関連)。つまり、モノリンガルの子とは異なる言語発達過程をたどっている。
そのため、モノリンガルの子どもを規準にした標準検査をそのままバイリンガルの子どもの言語評価に活用するのは不適切である。
バイリンガル児童への言語評価
アメリカ言語聴覚士学会の方針(続き)
3.標準化検査ツールを子どもの母語の評価に活用する必要がある場合、文化的・言語的な偏りのみられる項目は除外しなければならない。
文化的な偏りー質問の形式・内容・様式など、子どもの出身国では一般的でないもの
言語的な偏りー第二言語の特性や構造が子どもの母語・第一言語に存在しないもの
文化的偏りのある項目の例1(語彙検査)
文化的偏りのある項目の例2(語彙検査)
言語的偏りのある項目の例:文法理解を問う問題(英語の標準検査
より)
“What is this? “ “It is a dog.”
“What are these?” “They are dogs.”
この2つの質問と答を日本語にすると?
言語的偏りのある項目の例構音の課題
日本語が母語の子どもに対して英語の構音検査を用いる場合、日本語にない音は除外すべきである
例:日本語にない音ー”v” “th” “r”などが含まれる言葉
van, thing, rock, etc.
評価担当者は、子どもの母語の音韻について基本知識を持っていなければならない
バイリンガル児童への言語評価
アメリカ言語聴覚士学会の方針(続き)
4.多文化多言語児童への言語評価に英語の標準化検査ツールを用いた場合は、評価得点は計算せず、検査結果は参考資料として報告書に記述するにとどめる。
記述の方法としては、子どものできることとできないことを具体的に描写する。たとえば、「はい・いいえ」の質問と「何」の質問には100%答えられたが、「どこ」の質問には70%の正解率であった、のように。
★ここで、これまでの内容に関して質問受け付けます
バイリンガル児童への言語評価言語障害か?言語の違いか?
• 母語の能力には問題がなく、第二言語の習得が遅れているだけの場合は、「言語の違い」(language difference)であって「言語障害」(language disorder)とはみなされない。
• 「言語障害」と診断されるのは、母語・第二言語ともに難しさがみられる場合である。
「言語の違い」と「言語障害」を見極める難しさ
子どもの母語による標準化検査がない場合(スペイン語で複数の検査、中国語でごく限られた検査があるのみで、他の言語では標準化検査は存在しない)、判断が評価担当者によって大きく異なってしまう。
• 言語障害があるのに(母語でのコミュニケーションにも難しさがある)、「言語の違い」と判断されたため言語療法が受けられないケース
• 「言語の違い」であり母語は標準発達なのに、言語障害と誤診されて言語療法の対象になるケース
母語と第二言語ー使う頻度、相手、場面・状況の違い
たとえば、家庭では日本語を使い、英語の幼稚園に通う子どもは、日本語と英語では話す相手や場面・状況が当然異なってくる。それが、獲得した日本語語彙と英語語彙の違いとして表れる。
そのため、片方の語彙力を測るだけでは、子どもの言語能力を正確には把握できないので、両言語の語彙力を評価することが必要である。
多文化多言語児童への言語評価事例1
• 2歳4ヶ月の男児
• 家庭での言語環境:アラビア語と英語(父親がアラビア語と英語のバイリンガル)
• 言語評価:遊びの観察、両親からの聞き取り、および基準準拠検査ツールのRossetti Infant-Toddler Language Scale (以下、Rossetti)を実施
• 父親が通訳として評価に参加した
• 英語のプリスクールに通い始めてから、理解・表出語彙が急増したとの報告
• 評価結果:理解言語ー軽度の遅れ、表出言語ー中度の遅れ
• 英語による言語療法を勧めた
事例2
• 1歳7ヶ月の男児• 家庭での言語環境:スペイン語が中心• 評価:遊びの観察、両親からの聞き取り、Rossettiスペイン語通訳を介して評価
• 評価結果:理解・表出言語ともに中~重度の遅れ
• スペイン語による言語療法を勧めた(スペイン語・英語バイリンガルのSLPA=スピーチパソロジスト・アシスタント担当)
• (注)スピーチパソロジスト・アシスタントは、スピーチパソロジスト(SLP)の指導の下、SLPの評価・療法計画に基づいて言語療法を提供する
事例3
• 2歳2ヶ月の男児 ASDの診断あり• 家庭での言語環境:ベトナム語
• 評価:遊びの観察と親からの聞き取り 親族がベトナム語通訳として参加
• ASD特有の症状のため、Rossettiは実施不可• 評価結果:理解・表出言語ともに重度の遅れ
• ベトナム語話者のSLP不在のため、英語による言語療法を始めたが、進歩がみられなかったので、ベトナム語・英語バイリンガルSLPのいる別のクリニックへ照会した
事例4
• 2歳6ヶ月の女児 ダウン症の診断あり
• 家庭での言語環境:英語とスペイン語(両親が英語とスペイン語のバイリンガル)
• 評価:遊びの観察、両親からの聞き取り、Rossetti 母親がスペイン語通訳として参加
• 評価結果:理解・表出言語ともに中度の遅れ
• 両親の希望もあり、英語とスペイン語によるバイリンガル言語療法を実施
事例5
• 6歳1ヶ月の男児 ASDの診断あり
• 家庭での言語環境:日本語(両親が日本人)
• 言語評価:標準化言語検査の活用、言語標本、自由遊びの観察
• 評価結果:理解言語は標準、表出言語は平均をやや下回る標準、プラグマティックスが中度の遅れ
• 幼稚園専属のSLPによる英語の言語療法を勧めた
事例6
• 3歳6ヶ月の男児 ASDの診断あり
• 家庭での言語環境:スペイン語と英語(スペイン語が主)
• 6ヶ月目の再評価:標準化検査のPreschool Language Scale (PLS-5)の英語版とスペイン語版を活用 英語・スペイン語バイリンガルのSLPA(スピーチパソロジスト・アシスタント)が通訳として参加
• 評価結果:進歩が認められたが、まだ理解・表出言語ともに中度の遅れがある
事例6 続き
• これまで通り、スペイン語と英語の両言語による言語療法の継続を勧めた
• 両親は子どもの英語能力向上を強く望み、英語のみで言語療法をしてほしいと希望
• バイリンガル言語発達に関する資料を渡し、母語(スペイン語)による言葉かけの大切さを理解してもらうよう働きかけた
• 両親の合意が得られ、スペイン語と英語の両言語で言語療法を継続した
• ★ここで、ここまでの内容について質問受け付けます
バイリンガル言語評価ー理想と現実
理想的なケース:
子どもの親がともにバイリンガルで、バイリンガル言語発達について正しい理解があり、子どもをバイリンガルに育てたいという気持ちがある。
評価担当者は子どもの母語と第二言語のバイリンガルSLPであり、バイリンガル言語評価の方法に関する知識・技術をもっている。
バイリンガル言語評価ー理想と現実
が、現実は・・・。
アメリカ言語聴覚士学会認定資格を持つスピーチパソロジストのうち、バイリンガルは全体の5%にも満たない。
子どもの母語に関する知識のないSLPが、言語評価を担当することがほとんどである。
親が第二言語(英語)でのコミュニケーションを不得手とし、通訳も見つからない場合は、子どもの母語を評価する方法がない。
ダイナミック・アセスメントの活用
• このような場合は、ダイナミック・アセスメントを活用する。
• 母語の評価はできないが、子どもの第二言語習得の潜在能力をダイナミック・アセスメント(test-teach-retest)によって測ることにより、「言語障害」か「言語の違い」かを判断することは可能である(詳細は後で解説)。
参照URL:http://www.asha.org/practice/multicultural/issues/Dynamic-Assessment.htm
家族への啓発・啓蒙活動
多文化多言語児童への言語療法においては、家族がバイリンガル言語発達を正しく理解していることが大変重要だが・・・
o 主流社会で成功するためには高い英語能力が必須という考えのもとに、母語よりも英語の能力向上に力を入れてほしいと希望する家族は多い
o 「(バイリンガル環境は混乱のもとだから、)英語一本に絞ったほうがいい」とアドバイスをする主治医や他の専門家(幼稚園・デイケアの教諭・保育士など)が多数派を占める
多文化多言語児童の言語発達支援におけるスピーチパソロジストの
役割子どもの母語と第二言語それぞれの能力を正確に把握する(子どもの母語に堪能でない場合は、通訳を介して母語の評価を行う)
家族への啓発・啓蒙活動を通して、家庭で豊かな言語環境を実現できるよう支援する
他の専門家(デイケア、幼稚園の教諭・保育士や、理学療法士、作業療法士など)との連携を通じて、子どものバイリンガル言語発達について正しく理解してもらう
母語での言葉かけが豊かな言語環境を築く
母語とは?
子どもが生まれ育っていくなかで、最初に触れ、そして日々の成長とともに使われている言語
両親の母語が異なる場合、子どもは同時バイリンガルとして育っていく
!!!重要!!!
多文化多言語児童の「ことばの力」を育てるには、親が自分にとって一番得意で、自信を持って、自由自在に使える言語(母語あるいは第一言語)で言葉かけをすることが重要である
ダイナミック・アセスメントを多文化多言語児童の言語評価に活用
するダイナミック・アセスメントの利点
子どもの潜在的な言語能力および学習能力を測ることによって、「言語の違い」か「言語障害」か判断できる
短期間の媒介学習体験(mediated learning experience)によって著しい進歩が確認でき
た場合は「言語の違い」、進歩がみられなかった場合は「言語障害」と考えられる
ダイナミック・アセスメントの基本的な枠組み
テスト:子どもの現在の言語能力を測定する教える(媒介学習体験):
専門家とのやり取りのなかで子どもが主体的に学習できるような方法を用いるーつまり、指示に対する子どもの反応を見ながら、子どもの潜在能力を最大限に発揮できるよう、適宜アプローチを変えていく
子どもが自分に合った学習方法を確立できるよう支援する
子どもが「教え」に対してどのように変化・進歩するかを観察する
再テスト:子どもの言語能力の変化(進歩)を確認すると同時に、習得した学習方法をどれだけ効果的に活用できているか(認知的変容)も測定する
媒介学習体験の具体例
• 今日は、ものの名前について学習しましょう。
• ものの名前は、それについて相手に正しく伝えるためにとても大事ですね。「あれ」「これ」というだけでは、何のことを言っているか、相手にわかってもらえません。
• ものの名前がわかれば、グループ分け(動物、食べ物、乗り物など)もできます。もし、ものの名前がわからなかったらどうなるでしょう。たとえば、レストランで食べたいものを注文したくても、その名前がわからなくては注文できません。「何かが食べたい」と言っても、レストランの人は何を作ればいいか、わからなくて困ってしまいますね。
• わたしが絵を見せたら(語彙検査)、そのものの名前を考えてみてくださいね。学校(幼稚園)でも、ものの名前を覚えて、使ってみましょう。
媒介学習体験の際に確認すること
• 指示に注意を払い、正しく理解できているか
• 学習事項(個々のものの名前)の理解度
• 学習した事柄を応用できているかどうか
ダイナミック・アセスメントの事例
• ベトナム語が母語の2歳の女児
• 家ではほとんど発話がなく、親からの働きかけに対しても反応が乏しいとして、言語評価を希望した。
• 家庭での言語環境:夫婦の会話はベトナム語、夫は片言の英語を話し、妻はベトナム語のモノリンガル
• ベトナム語の話せるスピーチパソロジストが不在のため、英語による介入(ダイナミック・アセスメントを一部活用)を提供したところ、3ヶ月で子どもの言語能力と認知能力が大きく伸びたことが再テストによって確認された。
• この女児の場合は「言語障害」ではなく、「言語の違い」である。当初みられた、母語によるコミュニケーションの難しさは、家庭での言語環境が豊かでなかったことと関係していると考えられる。
参考文献• 原みずほ.2003.「外国系児童の教科学習に対する小
学校教員の認識 : 相互依存仮説の観点から」http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/handle/10083/50368
• Rossetti, L. 2006. Rossetti Infant-Toddler Language Scale. LinguiSystems, Inc.
• Zimmerman, I. L., Steiner, V. G., and Pond, R. E. 2011. Preschool Language Scale, Fifth Edition (PLS-5). Pearson.
• American Speech-Language-Hearing Association. Knowledge and Skills Needed by Speech-Language Pathologists and Audiologists to Provide Culturally and Linguistically Appropriate services. www.asha.org/policy/KS2004-00215.htm.
• American Speech-Language-Hearing Association. DyanamicAssessment. www.asha.org/practice/multicultural/issues/Dynamic-Assessment.htm